2011年01月07日

Memory Motel

"これ以降でも以前でも醸し出せない過渡期なストーンズのニューソウル感"


『Black And Blue』('76) The Rolling Stones

「決して評価は低くないが、存在感は70年代初頭の名作ほどではない」
おそらく一言で言えばそんな表現で良いのかと思う。例えば『メインストリート〜』の
ような何処でも出てくる名作はともかくとしても、『スティッキー・フィンガーズ』
辺りと比較してもその存在感は地味だろう。逆にこれ以降になると
『女たち(サム・ガールズ)』のようにパンクやディスコの横風を受けてキャッチーさが
上がってくるのである意味もう少しこのアルバムよりは名前が上がる。
そもそも『サム・ガールズ』には「ミス・ユー」という彼らの代表曲の一つが
存在するわけだし。代表曲という意味でこのアルバムにそういう物は存在しない。
誰も「ホット・スタッフ」を代表曲とは言わないだろう。

しかしながら、このアルバムはくどくなくて、聴く程に味わいもあるし、所々に良い
メロディやリズムが有るという点で一般的な視点で見ても、名作とまでは言えない
かも知れないが、佳作であることは間違いないだろう。

そして個人的にはこれが黄金期と言われる70年代ストーンズのアルバム中でも
屈指の一作であると考えている。勿論キーワードは"ソウル感"。

アルバム自体1曲目の「ホット・スタッフ」のイントロのギター・カッティングだけで
ソウル、ファンク色が強いことを強く匂わせる。ミニマルなコード展開や少し
歪みの多いワウ・ギター、単調な歌メロなどバンドが明らかにファンクに傾倒
していることをここでは挨拶がわりに披露してアルバムは始まる。
ここで変化が乏しいのははこんな曲調なのに延々ただの8ビートを刻む
チャーリー・ワッツくらいだろう。

良く言われてることだが、この曲が前作『イッツ・オンリー・ロックンロール』の
最後を飾ったハード・ファンク「フィンガープリント・ファイル」の続編の
ような仕上がりになっていて、なかなか興味深い。前作の楽曲は決してファンクや
ソウルの色が強い訳ではなかったが(タイトルほどストレートな内容では無いが)、
最後のこの曲のみまるで本作を予見してるかのようなファンクだったからである。

「ハンド・オブ・フェイト」は派手な曲ではないのだが、この時期のストーンズらしい
粘りのあるビートが特徴のストレートなロックで、ファンには人気がある。

「メモリー・モーテル」はアルバム中でも出色の長尺ソウル・バラードで、
長らく埋れていたが、90年代の『ヴードゥー・ラウンジ・ツアー』からセットリストに
時折入るようになって陽の目を見た。ミックとキースが各々のパートで交互に
リード・ヴォーカルを取るスタイルも珍しければ、ミックが生ピアノ、キースが
エレクトリック・ピアノを担当しているというのもかなり珍しい。

曲自体はミックのピアノの弾き語りでスタートし、最初はそれほどソウルフルでも
無いのだが、中盤のブリッジからキースのエレクトリック・ピアノが聴こえてきて
そのままキースのヴォーカル・パートに入ると華やかさが増して来る。キースの
パートで華やかになるというのも珍しい話だ。そしてまたミックのパートに戻り・・
を繰り返すのだが、その演奏や歌は繰り返すたびに熱を帯びてくる。

個人的には彼らの楽曲で五指に入る好きな曲である。

他に「愚か者の涙(フール・トゥ・クライ)」もファルセットを多用したソウル・バラード
で、中々良い楽曲である。これをより分り易く発展させているのが次作収録の名曲
「ビースト・オブ・バーデン」では無いかと勝手に思っている。

ただ、正直ミックのファルセットってあまり好きではないのだが。

アルバムの曲数も多くないし、楽曲単位のお気に入りは2〜3曲と言ったところなのだが
アルバムの雰囲気全体に今までにも、この先にも無いフィーリングがあって好きだ。
そう感じる要因の一つに、リード・ギタリストの過渡期というのが有るだろう。
この時期ストーンズはリード・ギタリストを探していた。それは前作でミック・テイラー
が抜けてしまったからである。70年代の骨太なギター・アレンジにおける、正しく
屋台骨でもあったミック・テイラーの離脱はバンドにとっても大きかったはずである。

またまた個人的な話だが、ミック・テイラーはそのフレーズやサウンドも含めて大好きで
6〜70年代のギタリストの中でも屈指の名ギタリストだったと思う。
ブライアン・ジョーンズを失ったストーンズが、クラプトンのようなギタリストを
求めた結果が、同じブルーズ・ブレイカーズ門下生のテイラーだったことも納得である。

僕の中でテイラーはクラプトンよりもギターは甘く(ブルーズマンにありがちなスクイーズ
スタイルのプレイが少ない)、フレーズもとても流麗な印象で、レスポールで
音作りをさせたら右に出るものがいないという点でも稀有である。

テイラーについてはまた別の機会に譲ろうかと思うが、そのような経緯も有った上、
まだロン・ウッドは加入してない状態でレコーディングは進んでいったので
本作には多数のゲスト・ギタリストが客演している。その中にはジェフ・ベックのような
ビッグネームもいれば(彼の演奏自体は収録されていない)、程なくしてメンバーに
加わるロン・ウッドもいた。実際に本作中多くの演奏に参加しているのは
ハーヴェイ・マンデルやウェイン・パーキンスなのだが、特にハーヴェイ・マンデルの
演奏がソウルフルかつ流麗で非常に良かったりするのは余り語られていないところである。

当方もこのハーヴェイ・マンデルについては詳しくないのだが、彼も
ブルーズ・ブレイカーズ出身のギタリストで、当初はやはりテイラーの脱退が
余りに突然だったので、同系統のギタリストを模索していたのではないかと推測される。
最もマンデルのほうがテイラーよりもだいぶクロスオーバーなアプローチをしている
タイプだから同じとは言い切れないが、クロスオーバーなアプローチを得意とする点で
ジェフ・ベックも当時はそういった影響が強かったので、
「テイラーの幻影を追いつつもよりクロスオーバー的な時代にアプローチした」
ベックとテイラーの中間辺りに位置しているマンデルの起用というのは、
彼らの中で理に適ったものだったのだろう。

こうやって理屈でストーンズを追うと、もの凄くロジカルに音楽を考えている時があり
そういうストーンズ(ミックとキース)のセンスにははっとさせられる時がある。
クラプトンがミック・テイラーにジェフ・ベックがハーヴェイ・マンデルにというのは
中々思いつくものでは無い。

この試行錯誤と、"ストーンズへの参加"があるかも知れないという前提に対する
ギタリスト達の気合が、このアルバムのギターを今までのどのアルバムにも無い位
良いテンションとして引き上げており、結果的にキース以外のギターがこれほど全面に
出ているアルバムというのは後にも先にも余り無いし、それが功を奏して?大変
引き締まったギターサウンドを作り上げている点も見逃せない。

最もそれだけゲストのギターをフューチャーしないといけなかった理由には
キースのドラッグ鍋による不調というのも有ったようだが。

しかしながらストーンズのリード・ギタリストの座を得たのは最終的に
クラプトンやテイラーのようなストレートで優れたブルーズ・スタイルを確立している
者でも、ベックやマンデルのようにテクニカルなクロスオーバー風情のある者でも無く
最もキースに親和性の高い上(似たスタイルのギターが弾けるとも言える)
でリードも"そこそこ"こなせるギタリスト、ロン・ウッドが加入したことにより、
この路線はこれ一枚限りになってしまった。

そういう意味でも貴重なアルバムで、これを聴いている時にいつも思うのは、
もしロン・ウッドではないギタリストが加入していたら、これ以降のストーンズは
どんな風になっていただろうかと思うのである。

どちらにせよ方向性もサウンドも中々捨てがたい一枚なのがこの
『ブラック・アンド・ブルー』って言うところかな。
僕の中では一曲目の「ホット・スタッフ」が強烈なファンクのせいでこのアルバムを
ブルー・アイド・ソウルのくくりで見ているが、レゲェやジャズもありでサウンド的に
今までのストーンズからより拡がりを見せているのも見逃せない。

個人的にはこれが黄金期ストーンズの到達点で、正直これ以降のパンクやディスコへの
性急なアプローチの仕方など、ここまでは「時代がストーンズに着いてきていた」感じ
だったが、これ以降は「時代にストーンズが追いつこうと必死」になるような気がして
余り熱心に聴いていない。ここで得たサウンド・アンサンブルの成熟を次作以降
どこかで捨て去ってしまうのも気にかかる。

70年代ブルー・アイド・ソウル好作の一つだと思う。


「Memory Motel」(Live At Bremen '98)
1998年のドイツ・ツアーより。ライブにしてはパフォーマンスよりも歌心を
大事にしている事がミックのヴォーカルから伺える。全体の演奏もラフだが
悪くない。いつも思うがバラードでもう少しグルーヴをためてほしいけど
どんどんテンポが上がっていくチャーリーのドラムはご愛嬌、なのだろうか。。

ミックもスタジオ盤同様どんどんヒートアップしていく。キースと交代で歌う
この様子、ファンにはたまらないんだろうな。そういう意味でライブ向きの曲。


「Fool To Cry」('76)
アルバム発表前後のTV出演か何かの映像だろうか。やっぱり若い時のミックは妖艶な
感じがする。実際この時期のライブでは映像のようにピアノを弾いてステージで
この曲を披露している。
posted by cafebleu at 22:44| 東京 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | The Rolling Stones | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月02日

Coming Down Again

「ドラッグ漬けは完全に自分のせいだと思うが、それを良い曲に昇華するのは才能である」


いつだか書いたライブ・レポートでも余り良い事は書かなかったけど、
ストーンズ、やはり70年代においては、ルーツロックやニューソウル(ファンク)を
自己の中にどんどん取り込んでいきつつ、商業的にもそれらを広めたと言う点で
評価しているし、実際70年代のストーンズこそが彼らの黄金時代と僕も感じる。

60年代のストーンズと言うのは結局「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」や
「ストリート・ファイティング・マン」を収録したブルージーなアルバム
『ベガーズ・バンケット』を作り上げるまでの過程であり、特にサイケ期辺りの
音楽は(個人的には嫌いではない)、明らかにビートルズの後追い的な要素が
強く、更には『サタニック・マジェスティーズ』ではB級な匂いすら漂っていた。

ストーンズはロックらしいロックでやはり本領を発揮するし、その点でも
ブライアン・ジョーンズと言う象徴的ながらも、晩年は明らかにプレーそのものも
精彩を欠いていた彼を失うと言う言わば「不幸中の幸い」の中で、
ミック・テイラーと言う希代のギタリストを手に入れた70年代のストーンズは
明らかにパワーアップしていったのだと思う。



タイトルからしていかがわしい『山羊の頭のスープ』は個人的に70年代のストーンズの
アルバムでベスト3に入れたい。
(因みに他の2作は『スティッキー・フィンガーズ』と『ブラック・アンド・ブルー』)

70年代の名作と言えば荒々しくてスワンピーで、そして冗長で、そんな所が格好良い
『メインストリートのならず者』が定番だ。僕もそれに相違は無い。
しかし、思い入れと言う点で、このサイケをまがまがしい物に再構築しつつも
ソウル・フレイバーを盛り込み始めた『山羊の頭のスープ』は小粒ながらも良い曲が
揃っている。子供の頃、父の部屋にこのLPが置いてあったが、ジャケットが恐すぎて
しばらく聴く気になれなかったのが思い出である(笑)。

ストーンズと言えば「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」や「ブラウン・シュガー」のような
リフでグイグイ引っ張る王道的なロックこそ代表的な部分だが、僕はむしろ怠惰で
ドラッギーで不健康なストーンズこそ魅力を感じる。そしてそれこそが今のストーンズに
欠けてしまったものである。

その点で、1曲目の「ブラウン・シュガー」以外はとてもダークで怠惰な曲が続き、
これがレーベル独立後第一弾とは思えないほど”ブライアン・ショック”を引きずっている
『スティッキー・フィンガーズ』はこの時代のストーンズでなければ作りえなかった名作だし、
キースのドラッグ鍋による衰退が明らかになりつつあり、その中で流行り物好きの
ミックがイニシアティブを取って作られたと言う『ブラック・アンド・ブルー』における
ニューソウル〜ファンクへの傾倒っぷりも、僕の元々の趣味と合致していて心地良い。

話は戻って『山羊の頭のスープ』である。

このアルバムは「アンジー」が収録されていたこともあって、日本では人気が高かった
ようだ。他にも「ハート・ブレイカー」や「100年前」のようなソウルの影響下にある曲が
捨てがたい。

70年代辺りのアルバムからアルバム毎に一曲程度はキースがヴォーカルを取る曲が
収録されるようになる。そして近年のライブでもミックを休めるため、そして観客が
トイレ休憩を取るため?にキースが2曲ほどヴォーカルを取る時間が中盤に存在する。

キースのヴォーカル曲にも「ハッピー」や「スリッピング・アウェイ」のようなファンには
人気曲があるのだが、個人的にキースが歌った歌でベストと思っているのは
このアルバムに収録された「カミング・ダウン・アゲイン(夢からさめて)」である。

どうも、ドラッグでバッドトリップでもした事を悔いてるような内容の歌で、
それを「また落ち込んじまった」と歌うのには
”あんた、それは自分が100%いけないんじゃないの”
と突っ込みを入れたくなるのだが、そんな自分勝手な自己陶酔を美しい歌に
昇華させられるのは、やはり優れたミュージシャンの証なのかも知れない。

このアルバムでよく見られるソウル・フレイバーのあるバラードと言った風情なのだが、
後年のこの手の曲で見られるような芝居がかった役者の心のような歌い方ではなく、
線が細くて淡々としているところが、逆に好感を持てる。

近年はキースも「ハッピー」とか「ワースト」のような曲だけでなく、色々と
マニアックな曲も披露してくれているようだが、この曲はやっているのを聴いた事が
無いので、本人にはそれ程思い入れがある曲ではない様なのが少々残念である。
(もしかしたらやっているのかも知れないが、詳しい情報は僕にはわからない)

因みに子供の頃、父に数回ストーンズのライブに連れて行ってもらったが、
父はアメリカ人のように、キースが歌いだすと、本当にトイレに行ってしまったり、
煙草を吸いに席を離れてしまっていた。。
(日本人は行儀が良いのと、キースのファンが多いので普通あまりやらない)


「Coming Down Again」 The Rolling Stones

70年代のツアー移動映像と共に。
良くわからないがレアな映像のように思える。この褪せたカラーと
この曲がマッチして中々味わいのあるプロモに仕上がっている。
最近は投稿する人の質も高いYouTubeである。
posted by cafebleu at 01:04| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | The Rolling Stones | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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