2008年11月18日

潮時

気がつけば1ヶ月ほど更新が途絶えていた。

日々としては例の障害対応から1ヶ月、各所で対応に追われ、
特に被害の酷い名古屋の方の対応がまだ断続的に続いている。

そんなのもあってか更新も何となく忘却へ・・・
業務柄何時でも何処でも更新出来なくは無いのだけど、
仕事で疲れて帰ってきて、寝つきの悪い寝床で綴ってみた所で
愚痴であるとか、ご飯が不味いとか、そういう事に終始するのも
自分の本分ではないなと思っていたので。

今日はタイトルの通り”潮時”について考えてみた。

別に僕が何かの潮時と言うわけでも無い。

ふと、色々な潮時と言うものを耳にしたので、たまには以前やっていた
一単語シリーズと言うか、シリーズ化されてもいないけど。

一つはタイトルにもかけているのだが、例のバトミントンのアイドル的存在、
『オグシオ』のコンビ解消である。彼女たちはその有終の美を見事に
決勝戦で、ご丁寧にも五輪で彼女たち以上の成績を残し、これまた
とって付けたように命名?された『スエマエ』に勝利して飾って見せた。

ogushio[1].jpg

別に普段からオグシオのファンであるとかでも無ければバトミントンにも
詳しくないので、特別な感慨などが有る訳ではない。
何となく潮田って人は普通にTVとかでも通用しそうだなとか思ってたら
本人もそう思っているようで、次の五輪までは現役でいるかわからない、
でも相方の小椋って人はまだバリバリで、それなら目標が違うからコンビを
解消しましょうっていうわかりやすい理由らしい。

9年もコンビでいたらしいが、元々近年は仕事(バトミントン)以外は共に活動する
ような仲ではなく、そういうものも引き金にあるとか。

でもそういったドライな関係と言うのはある意味理想的で、やる時は集中して
共に力を合わせ、それ以外は我関せずと言うか、むしろ不仲だろうが気にしない。
得てして、そういう関係は想像以上の結果を残すものである。

逆に盟友と共に挑んだ五輪の舞台で大きく歯車が狂ってしまったのがご存知の通り
星野監督である。大学時代からのライバルであり、プロでも互いに異なるチームで
しのぎを削り合い、各々がその時代を築いた選手の一人でもあった山本、田淵両氏
との”星野ジャパン”はメダルに届かないと言う結果に終わり、それまで日本シリーズ
での勝利こそ無いもの、中日、阪神で一定の評価を得ていた星野氏の株は急降下
している。そして、ちょっと異常とも思えるほどのバッシングを未だに受け続けている。

当方は別に元々星野監督が代表監督に向いているとは思ってなかったし、
そもそも誰が監督であれ、優勝と言うのは簡単ではないと考えていた。
そもそも長嶋さんが倒れて中畑氏が代理で指揮を執った時も3位と言う結果に
批判が相次いだ。それが今はむしろ中畑は良くやってたなんて余りにも虫が良すぎる。

じゃあイチロー他メジャー選手が参加したWBCは優勝したじゃないかと言う向きも
あるだろうが、そもそもWBCとて磐石ではなく、予選、本選と韓国に敗れ続け、
挙句はアメリカにだって審判の問題は有ったとは言え負けているのである。
WBCはむしろ、そのやや不可解なルールと、その後のアメリカの不覚による
運も味方し、少なくともトータルの負け数は韓国やキューバよりも多かったのである。
王さんの采配だってこう言った国際舞台での短期決戦で暗中模索の中で辿り着いた
薄氷の采配だったと言える。

もっと厳しく言えば、チーム事情で出れない、もしくは出る気の無いメジャーリーガーも
多く、必ずしもアメリカ代表がベストメンバーとは言えなかった事。
そもそもサッカーのように強豪国が凌ぎを削るような文化も無く、メジャー全体も
自分たちが最高であると言う自負があるので、プレシーズンのちょっとしたイベントと
してしかWBCを見てない雰囲気が2009年大会を控えた今でも充満している。

要するに、本気モードかと言われると、微妙なのである。

そもそもどうして星野監督であるのかと言う部分が五輪にはあって、それは五輪が
プロ野球の期間中に行われるのだから、現役の監督やコーチから選ぶのは無理があり、
かつ、比較的近年まで監督を務め、それなりに結果を残し、人的にも知名度の高い人
と言う事で、ONの次世代では星野氏が妥当だと言う人選だったのだろう。
その点では確かにわからない話でもない。

シーズン中と言うのが、WBCとの最大の違いで、星野監督に対して実戦感覚に乏しいとか
そういう批判があったけれども、じゃあシーズン中に”実戦感覚”に定評のある落合監督
であるとか、野村監督を連れて行けたのかと言われれば、それは厳しい話だろう。

結局、星野氏はその強気なキャラクターやそれに伴う発言も災いして、彼一人が
ちょっと過剰なまでの批判に未ださらされているが、元々短期決戦型とは言えない
指導者だったのはある程度わかっていたことな訳で、「ONの次のカリスマは星野」
みたいな理由のみで監督に選んだ上にも責任があるのである。

確かに采配にも疑問を感じなくは無かったが、それ以前に誰を起用しようが、
五輪代表というのは、三流の選手などは最初から居なく、皆スタークラスが
ある程度は揃っているのだから(少なくとも敗戦処理専門の投手などは選ばれない)
ダルビッシュを使わないから打たれたとか、そういう批判も的外れだろう。

それは一流で有る以上、誰でも期待に有る程度答えなければいけないし、
何よりも選手自体も悪いのである。采配だけではないのだ。

それなのに、まるで便乗したかのように選手側からも批判の声が上がるなんていうのは
そこで何があったかは置いておいても愚の骨頂で、責任転嫁にしか聞こえない。

イチローのようなメジャーリーガーが呼べないからこんなものって言う意見もあったけど
イチローがいかに偉大な選手であれ、野球は一人で勝てるようなスポーツではない。
もっと言えばイチローが居ないから勝てないと言うほど日本の野球はお粗末な物なのか。

イチローがそんなに偉くて、イチローが居ないと何も出来ないとか、イチローの意見が
全てであると言うのであれば、それこそ野村監督が言った様に、イチローに
プレイング・マネジャーでもさせれば世論は納得するのだろうか。
そんな訳は無いのである。選手と指導者と言うものは別物である。

星野監督じゃだめだから弱っている王さんを連れ出すなんて暴挙に等しく、
それなら星野監督にもう一度責任を取らせるほうがマシだったろうと思う。
さすがにそうはならなかったのでこれ以上世論だけに振り回されないで
欲しいとは思うし、いかにも世論から見て、批判も歓迎もそこそこで
中庸な原監督が選ばれたのは、それ以上に世論対策なのかもしれないが。

でも、批判をしたくなるのもわかるが、一個人をここまで叩き潰して、それで
いいのだろうか、僕らが言っている批判は「たられば」でしかなく、机上の理論
だけで現場の人間を責めるべきなのだろうか?家族まで小さくなってなければ
ならないほど僕らは野球の結果だけを一人の人間に押し付けていいのだろうか?

それは間違ったナショナリズムなんじゃないかと僕は思う。

でもあれだけたいそうなポジションにいて、野球界でご意見番的に振舞っていた
人が、まるで威光を失ったかのようにさせてしまう世論って凄い影響力なんだなとも
改めて思うのである。民意って強いけど時には上手く使わないと人を潰してしまう。

星野氏は最近HPを閉鎖した。僕はあのHPが何だか自分が野球界の中心だ的な
文面(日記)が好きになれず、普段どうこうと言うのは無かったのだけど、
最後の日記を見ると、13年も続けたきたものを終わらせるとの事。
外とのコミュニケーション手段の代表例と言えるWWWは既に彼には疎ましいのであろう。
本人も内心相当堪えているのだろうし、もうこの辺にしといたら良いのではないかと思う。

さておき、僕は私見論だと、代表の監督はバレンタインにやって欲しかった。
だって本人が意欲満々だもの。やりたい人にやらせてあげるべきじゃないかな。
そして、彼は短期決戦に向いている。情に流されず、奇策も持ちえる、そんな
監督が短期決戦にはベストである。またメジャー経験も含め、情報の手段としても
有りだったのではないかな。

日本人なら落合氏かな。やはりこの人の考え方は抜けてると思う。
でも本人が断ったみたいだし、どうも代表にはそれほど興味が無いようで。
特に読売主導のWBCには。

でも、勝てないのは今の日本の実力でもある。それは選手も指導力も含めて。
またリベンジすればいいじゃないですか、WBCはこれからなんだから。
posted by cafebleu at 12:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Base Ball | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月27日

さよなら ”三本柱”

〜桑田引退の一報を聞いて途中まで書いていたけど、忘れていたので書き足して〜


パイレーツで2度目となるメジャーへの挑戦をしていた桑田が
事実上の戦力外になり、引退を表明した。

むしろこれ程のニュースになっている事に驚いたが、
やはり”KKコンビ”が与えたインパクトとは大きいのだなと
改めて思った。

桑田真澄、80年代以降のプロ野球を代表する投手の一人であった。
そして、ちょうど彼が入団した86年(85年ドラフト一位)と言うのが、
PL学園の投打の要、桑田と清原がプロ入りした年で、子供心にも
その時のドラフトが印象に残っているし、野球にも興味を持つような
年頃の小学生だった。

最も桑田に対しての世間の反応と言うのは、現在のような”野球人の見本”
的な風情でいる桑田真澄ではなく、大学進学を強く表明しておきながら
巨人の単独指名と言う、通常なら考えられないような一本釣りで一位指名を
受けると言うきな臭いドラフトだったので、江川ほどではないにしても、
「やっぱり巨人はえぐい事をする」と言う印象が強かった。

今では考えられないけど、入団数年目までの清原と桑田と言うのは
今と正反対で、”常勝西武の4番を張る爽やかなスポーツ青年”なイメージの清原と、
”不動産投資で借金、未成年で飲酒、挙句は自軍投手の当番日漏洩疑惑!”
と言う信じられないようなスキャンダルにまみれていたのが桑田であった。

そんなスキャンダルにもめげず?毎年15勝前後は挙げて灰色のエースとして
君臨したのが懐かしくもある。

当時の巨人を知るならこの頃のキーワードは何といっても”三本柱”
勿論、桑田、槙原、斎藤雅樹を指す言葉である。

観ていて退屈になるほど安定感のあった斎藤
はまればTVで観ていても全く打たれる気がしなかった槙原
そして、美しいフォームからしなるムチのようにキレのある球を投げた桑田。

悪評は尽きなかったけど、当時の野球好きにはやっぱりKKコンビの桑田は
人気が高かったものである。

僕は斎藤雅樹のファンだったけど。

でも、これで3本柱は居なくなってしまった。
巨人最後の生え抜き野球の象徴だった高校生ドラフト1位の三人衆。

200勝を射程に捉えながらも怪我がちになってからは数年であっさりと
引退したのが斎藤なら、衰えと戦いつつも、その姿でボロボロになるまで
挑戦し続けたのが桑田と言ったところか。どちらもそれは美学である。

いつから近年のように”ストイックな野球人格者”として桑田は捉えられる
ようになったんだろうと。

たぶん95年に肘の大怪我をして、2年後にカムバックしてからだろうか。
あの有名なマウンド・プレートに肘をつけた復活当番辺りからである。

実際その頃から言動も明らかに(あからさまに)インテリ調になったと記憶している。
まぁ苦境が人を変えることもあるだろう。

でも、僕はダーティで、小憎たらしくて、当番日を漏洩したって勝ち続けた
そんな灰色のエースだった桑田が懐かしい。

小さな体で、本当に凄い投手でした。
晩年の斎藤が進退をかけた復帰当番で好投し、それをリリーフした
桑田が打ち込まれてその好投を台無しにした時は心底
「お前が引退してくれ」
と思いましたが、実際辞めてしまうと寂しいものですね。

お疲れ様でした。


全盛期の桑田の勇姿。88年の映像のようである。88年は僕の記憶だと
前年ほど良くは無かったのだが、この日の好投をビデオに収めていた投稿者は凄い。
スピードガンでは計れない低めのボールの美しい軌道が晩年とは全く異なることが良くわかる。
posted by cafebleu at 06:11| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | Base Ball | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月03日

いびつなプレーオフ制度003

プレーオフについての意見が長くなったので小分けにして上げている
内にプレーオフどころか日本シリーズも終わってしまった。

しかも中日ドラゴンズの53年ぶりの日本一、いや焦点はそれよりも
山井が8回まで完全試合だったのにも関わらず岩瀬にリレーした事だろう。

とんでもないドラマが最後に待ち構えていたものである。

確かに最小失点差の「1-0」、山井は故障明けで少なくとも今シーズンの
主戦級の投手ではなかった。また、最後に継投した岩瀬は入団してから
ここまで大きなスランプ、故障を経験することなく毎年60試合以上を
セットアップ、又は抑えと言うポジションで投げてきた現在の中日では
一番の功労者と言って良かったので、ある意味山井と岩瀬の当人達は
納得の継投なのかもしれない。

仮に、この日の先発が川上、朝倉、中田のようなエース、もしくはそれに
準ずるクラスの投手だったら一体どうしていただろうか。

しかし、2リーグ分裂後から始まった日本シリーズの歴史の中で、
未だに完全試合どころか、ノーヒット・ノーランすら達成された事が無い。
そんな中での継投と言う事で、TVを観ていた僕としては、落合監督の
冷静な采配には敬意を表しつつも、がっかりしてしまう部分が無いかと
言われれば嘘になるし、取り敢えず今シリーズでは中日、いや落合監督を
多少応援はしていたのだが、興醒めしてしまう感覚を覚えたのも確かである。

少なくとも歴史の目撃者になれなかったのは残念である。

でも強豪でありながら53年もの間、日本一を味わう事の無かった『中日』
そのものへの重い歴史を打ち破る事が、むしろ落合監督の役目だったのかも
知れないし、ここら辺はむしろ本当の中日ファンでないとわからないのかも知れない。

僕がニュースで確認した限りでは、星野監督は「自分なら代えない」と発言、
また、知将である野村監督までもが
「普通、監督が10人いたとして、10人が代えないだろう」と言うコメントを残していた。

両者とも、采配の能力、評価などは色々あろうが、どちらかと言うと継投やデータに
裏打ちされた固めの野球を得意とする監督たちであるのにも関わらず、このような
コメントを残す所から見ても、今回の落合監督の継投は「異質」に映ったのであろう。

もしかしたら、この継投策は後々様々な議論を呼ぶかもしれない。

いずれにしても、もし岩瀬が打ち込まれていたら、落合監督はもしかしたら監督を
続けられないほどの批判を各方面から浴びる事になったかも知れないので、
その点でも今回の采配と言うのは、自らの野球生命を賭けた「大勝負」だったようにも
思える。それ位大変な事であるし、その中で抑えた岩瀬が一番凄い。

ただ、これも僕のプレーオフ反対論と逆になるような話なのだが、2位でシリーズを
初めて迎えたセ・リーグのプレーオフ勝者である中日は、これによって今まで
シリーズで抱え続けてきた”トラウマ”から少し開放されたのではないだろうか。

中日は落合監督就任以降は間違いなくセ・リーグ最強チームである。
これはそれ以前では無いほどの成績になって明らかに現れている。
2004年からの4年間でリーグ優勝2回、CS制覇1回、シリーズ進出3回、2位2回
こう書いてもいかに中日が安定しているかわかるだろう。せいぜい無い物と言えば
シリーズ優勝と交流戦優勝くらいである。

パリーグとの日本シリーズ、もしくは交流戦・・・
そう、それが落合竜以前から中日が抱えるトラウマそのものなのである。

落合監督以前でも中日は弱小チームなどではなく、10年に2度くらいはリーグ優勝
を経験している。また、2位が多い事でも知られる球団で、リーグ2位でのシーズン数は
実はセ・リーグでダントツなのである。リーグ優勝回数も巨人に次いで2位である。

それくらいの力をいつも持ちながらも、中日が最後に日本一になったのは既に50年
以上前の話だと言うから驚きである。これは新規参入である楽天を除くと
11球団で最大のブランクになると言うから更に驚く。

近年は下位に泣いている広島だって80年代に日本一になっているし、
最も優勝回数が少ない横浜も98年に日本一になっている。後の4チームは
それぞれ90〜00年代に強い時期が有った訳だから当然と思うが、
実は中日だけがシリーズ制覇においては蚊帳の外に居るわけである。

勿論パ・リーグでも西武、オリックス(阪急)は黄金期が存在し、ソフトバンクは
90年代後期からは常に強豪の一角である。また、日本ハム、ロッテは長く
低迷したが、近年の躍進で当然日本一を経験しているわけだ。

話を戻すと、それだけ力を持っていながら、昔から持つ”パ・リーグ・アレルギー”
のせいで、中日にとって日本一はここまで遠いものとなってしまっている。
2005年交流戦の大きな負け越しも記憶に新しいところであろう。

実際に僕が野球を観る様になった80年代以降でも、中日は何度かリーグを
制しているが、シリーズではあっけなく負けるなんていうのが良くあった。
覚えているところでは88年のシリーズで西武に軽く捻られた事や、下馬評でも
「完成されたチーム」と評判だった99年のシリーズだってダイエーに完全に
力負け。去年のシリーズも日本ハムの勢いに全く付いていけずに終戦だ。

少なくとも善戦したのは04年の西武とのシリーズくらいなものだろう。

それほど中日にとってパ・リーグとの戦いは鬼門なのである。しかしながら、
リーグを制してシリーズを制する、今までのそんな重圧がリーグ2位と言う、いわば
中日には慣れた順位で終えた事により、プレッシャーを感じずにシリーズに
突入できたのではないだろうか?

話がそれ続けているが、それにしたって色々な意味で”プロ・スポーツ”に必要なものは
何なのか?それが今回のシリーズによって改めて議論の余地が出来たような気がする。

勿論ファンにとっては53年ぶりの日本一を達成したのだから落合監督を擁護するだろう。
しかしながら、それ以外の多くの野球ファン、もしくは野球ファンではない、もう一つ言えば
野球から心が離れつつあるような人たちにとって、この継投は日本一が霞むほど
衝撃的とも言えるだろうし、がっかりしたと言う向きも多いのではないかと思う。

自分も落合監督は選手時代から評価している野球界の偉人だとは思っているが、
それを差し引いても時間が経つほど後味の悪い日本一に思えて、手放しで評価
する事の出来ないし、こういう夢の無い采配が結局長く続く”プロ野球人気”の低迷に
一役買っているのは間違いないだろうとは思えてくる。

プロ野球はその収入の主たる部分を経営側である親会社が支える。
更にプロは興行収入と言う、ファンがお金を払って応援する事で本来は成り立っている。

本来は、と書いたのは実際のプロ野球は余りに選手の年俸が高騰しすぎて、
興行収入だけで年俸を実際に払えている球団は無いだろうと言う事だ。
そこには親会社の資金力やTV放送権料なども必要になる。最も放送権で儲けると言うのは
ファンにTVを通して応援してもらうと言う要素でもあるのでこれもある種の興行収入
なのかも知れないが、その放送権ですら、巨人戦の視聴率低迷により難しい局面を
迎えつつある。

それにしてもこれを書き始めてからの過ぎた日だけですら、誰も巨人が「リーグ優勝」
だなんて覚えていないのではないだろうし、そんな事は何の役にも立たなかったのを
当の選手たちが一番実感しているだろう。

今後プレーオフ自体の在り方も少なくない未来に再検討されるだろうし、いみじくも
セ・リーグがプレーオフを導入し、更に中日が日本一になった事により、
パ・リーグだけ開催されていた頃に言われていた「勝負勘の差がパに有利」と言う
議論を裏付ける結果にもなったことも間違いないだろう。

パ・リーグにプレーオフが施行されてからと言うもの、ここまでセ・リーグは
負け続けていたのだから。

また、ソフトバンクのようにプレーオフと言う制度自体に苦しめられている球団も
存在する。結局これは不公平感を生んでいるのである。

僕としては、どうしてもプレーオフをやるなら、昔の前後期制くらいしかある程度の
平等を感じない。ただしこれも前期、もしくは後期だけ何とか頑張って後は温存と言う
戦い方もできるし、当方は生まれる前だから知らないが、昔野村監督率いる
南海ホークスは薄い選手層を踏まえた上でこの手を利用しているようだから、
前期、後期、シーズン総合で一位が違う場合は3チームで、前期、後期のどちらかが
総合も一位なら2チーム、場合によっては総合も優勝であるチームにはアドバンテージ
を与えて行う。こんな形くらいしか何処がシリーズに出ても「まぁしょうがない」と言う
風に納得できないのではないだろうか。

それでも、例えば前期優勝チームが後半意図的に無理をせず、6位とかになると、
総合でも4位とかになりかねないので、総合2位が前後期優勝チームとは別になるようなら
初めてワイルド・カードのような権利を与えて4チームのプレーオフを、と思うものの、
そんな複雑なルールを作れるほど今の野球界が賢いようにも思えないし
これではファンもわかりづらいだろう。

結局僕としてはやっぱり2リーグ12球団しかない日本のプロ野球でプレーオフを
無理やり設けるのは止めた方がいいのではないかと思う。
上記は、「プロは興行である」と言うのを前提にした上での折衷案でしかない。

まぁこれだけ書いておいてなんだが、プロ野球だけが偉いなんていう時代はとっくに
終わって、今後は一つのスポーツだけが一人勝ちするような時代なんて来ないと
思うし、他にいくらでも面白いスポーツはある。自分もとっくに興味は薄れているし、
元は巨人ファンでありながらも今シーズンは中日がシリーズに出るべきだと正直
最初から思っていたのである。

僕の野球への情熱は斎藤雅樹が引退した時に終わってしまった。
そう言う訳で長々続いたプレーオフの話もこの辺でお仕舞いに。

プレーオフ自体は良いブログネタにはなりました。
posted by cafebleu at 22:13| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Base Ball | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月01日

いびつなプレーオフ制度002

少し前の日記で野球におけるプレーオフ制度の是非について
私的な感想を書いていたのだが、長くなりそうなので途中で切った。

で、それを少し加筆訂正してその2として上げようと思っていたら
リーダー所有のヘフナーのペグが壊れたと聞かされ、一気に話題はそちらへ。

壊れた週に久々の練習が入っていたのでどうなることやらと思っていたが、
購入店で代替ペグを貰って事無きを得たようで無事練習にはヘフナーが。

そういう訳で、書いていた頃行われていたセ・リーグのプレーオフもとっくに終了。

結果は中日の3連勝である。別にこうなったから書くわけでも無いが、僕は
初戦の互いの采配を見たときにこうなることをある程度予想していた。

ずらりと自慢げに左打者を並べた無策の巨人に対して中日は左の伏兵
小笠原を先発投手に起用した。つまり監督の采配能力においてはこの時点で
勝負あったと言う状態だったのだ。

また、シーズン中執拗にエース級の中四日登板や方程式である豊田
(途中で故障)や上原の登板にこだわった原巨人にポスト・シーズンを
戦える余裕は残っていなかった。

僕は選手の状態、監督の采配共に、中日が勝って当然だと思ったし、
このままプレーオフが無く巨人がシリーズに行ったとしてもまともに戦えない
だろうなとは思った。

しかしながら、巨人は余りに惨めな「リーグ勝者」では無いだろうか。
シリーズに出ないチームに「リーグ優勝」を与える事がどれだけの意味が
有るのだろうか。そして現在好調の中日が「日本一」を奪取した場合、
それとリーグ優勝はどちらが尊いものなのだろうか?

僕はシリーズを良い緊張感の中で戦っている中日の姿を見るにつけ、
少なくともリーグ優勝はならずとも日本一を争える満足感は見て取れるし、
リーグを制してもシリーズをTVで観戦すると言う屈辱を味わった巨人が
満足感に満ちてるとは思いがたい気がするのだが。

繰り返すが、巨人が優勝後、嬉々として謳っていた『5年ぶりの奪還』と言う
言葉も含め、「慙愧に堪えないリーグ勝者」である。

さておき、前回の続きである。

W杯や野球で言うWBCのような国単位で戦うようなイベントはともかくとしても、
近年ではサッカーでも、また別の次元では有るが問題が生じてきているのだ。
欧州のクラブ・サッカーの場合は、大体8月から翌年5月くらいまでにまたがる
長い自国のリーグ戦に加え、欧州の各国リーグ上位チームが戦う
『欧州チャンピオンズ・リーグ』と言うものが存在するのは、僕が言うまでもない。

この場合、イングランド、スペイン、ドイツ、イタリアのような欧州の主要リーグを始め、
オランダやトルコ、そしてスコットランドからフランスなど多くの各国クラブリーグ上位
チームが相対する。最初は名前の通り総当りのリーグ戦からスタートし
(予備予選の話は置いておく)、年度によって多少仕様が変わるが16強に残った
所からはホーム&アウェイのノックダウン形式によるトーナメントが行われる。
そして決勝戦は中立地による一発勝負で優勝チームが決まるのだ。

このようにチャンピオンズ・リーグはプレーオフや日本シリーズのような完全なる
”短期決戦”とは違うものだが、逆にトーナメント以降はその時の調子が反映
されやすく、またトーナメント自体が組み合わせの妙も大きいので、近年は
チャンピオンズ・リーグを制したチームがイコール欧州最強のクラブなのかと言うと
非常に微妙なものが有ったりするのだ。

参考までに06-07シーズンの決勝戦で戦ったACミラン(イタリア)とリバプール(イングランド)
は共に同年の自国リーグ優勝チームではなかった。
(イタリアはインテル、イングランドはマンチェスター・ユナイテッドがリーグ制覇)

また、06-07でも準優勝し、04-05にはチャンピオンズ・リーグ制覇している常連
リバプールだが、実は自国のプレミア・リーグでは1990年以降未だに優勝が無い。
オーウェン在籍中の全盛期でも優勝は出来なかったし、近年リーグでの優勝は
チェルシー、マンU、アーセナルのどれかに限られている状態だ。

つまり、リバプールは明らかに自国リーグよりも欧州カップ戦にウェイトを置いた
戦いをしているのだと言える。これも野球ほどではなくと短期決戦ならではの
戦い方が可能で、選手層が薄くても、戦略とエース・プレイヤーの能力さえ何とか
なるのであれば不可能な事ではない事を示唆しているだろう。

但し、先述したとおりこれは野球における現行のプレーオフが抱える問題とは
質が違うと言えるだろう。
例えそれがスペインやイングランドのように、世界一流の選手が集うような
華やかで世界最高峰のリーグであっても、あくまで放送ベースがローカルな
自国リーグに対して、欧州各国のクラブが集って”欧州一”を決めるグローバルな
舞台で好成績を収めたいと言うのは良くわかる話なのである。
それは世界が注目する舞台でもあるのだから。

短期とは言ってもシーズンの合間を縫って繰り広げられるチャンピオンズ・リーグ。
運が関係ないとは言わないが、単なる運だけのチームが優勝できるわけでもない。
実際に現行のリーグ制度になって以降の優勝クラブの国を分けていくと、
イタリアとスペインが各4回づつ、ドイツとイングランドが各2回、後はフランス、オランダ、
ポルトガルが各1回づつと言うわけで、やはりそれなりに強いリーグを持つ国のクラブが
最後まで残っているのもまた事実である。

サッカーの話が長くなってしまったが、サッカーの抱える問題は、リーグか欧州での戦いか
と言う話であって、欧州チャンプになったと言っても自国リーグの優勝者になれる訳では
無いし、それは問題としての次元として別の話である。

今年からリーグ優勝チームは例えクライマックス・シリーズで敗れたとしても、
リーグの優勝チームは変更される事が無く、2位のチームが勝ちあがった場合は
2位のチームが日本シリーズに出場すると言う事になった。

しかし、リーグ優勝したチームが日本シリーズに進めないなんておかしな話ではないか?
だとするとやっぱり日本シリーズはエキシビジョン的な扱いに成り下がってしまう。

そうは言っても今回のクライマックス・シリーズを手抜きして戦っているチームなど
いない訳で、例えリーグ優勝で無かろうが、”日本一”の称号を与えられる日本シリーズ
を戦いたい、そう思う球団はCS進出6球団全てにあったわけだ。

まだまだ一位で終えて日本シリーズに向かうと言う原監督のような
「巨人の定位置は首位であるから、ペナントは僕らが取らなければいけない」
と言う誰も今では思っていない古風な思想を持っている人も居るのでシーズン
後半はローテーションを崩してでもエースクラスを投入しているようなチームも
有ったが、逆にロッテなどは手慣れたもので、シーズン終盤、
一位を争うのが不可能ではない時点でも決してローテーションに無理をかけず、
中6日をほとんど貫いていた。つまり成瀬や渡辺俊介、小林宏のような投手に
連投などはさせず、クライマックス・シリーズを見越して体力を温存していたように思える。

結果としては日本ハムの前に今年は敗れたものの、勝負は最終戦までもつれ込み、
最後は今年最高の投手であった成瀬で敗れたのだからしょうがないと思える部分も
あるだろう。それでもお互い連勝の無いシリーズとなった今回、ロッテに転ぶ可能性も
大いにあったのは事実だろう。日ハムにも前年ほどの勢いは感じられなかった。

僕は現在のチームと言う点ではロッテが一番好きだし、ずらりと好投手を先発に並べて
成績以上に癖のある打者が存在し、そしてバレンタインの采配が加わる何とも言えない
スタイルには非常に魅力を感じている。シーズン後半で無理をせずに2位狙いに行っていた
スタイルも、狂ったように優勝を定位置と勝手に決めている原巨人とは対照的にクールな
ものに映った。

しかしながら、このような「体力温存2位狙い」を生んでしまうのも現行の
プレーオフ制度の問題なのである。
ロッテほどはっきりした形では露顕しなかったものの、中日だって天王山と
呼ばれた10月はじめの巨人戦を1勝2敗で落とした時点で、冷静に考えれば
2位で終わろうともCSに進む事は出来るのだと、CS反対派だった落合監督だって
考えていたはずである。

こういう物が最終的に1位にこだわった巨人との差になってCSにも現れたのだと
僕は思う。巨人の選手は既に燃え尽きてしまったように僕には映った。

まだまだ続く・・・と思う。
posted by cafebleu at 07:23| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Base Ball | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月19日

いびつなプレーオフ制度001

昨日はパ・リーグの日本シリーズ出場チームが2年連続で北海道日本ハムに決まったのと、
セ・リーグでも遅れて第二ステージである巨人vs中日が始まった。

パ・リーグではほぼ同じ仕組で2004年から導入されているプレーオフ、今年より
両リーグで開催される事となり、名前も新たに『クライマックス・シリーズ』となった。

正直プレーオフはプレーオフなのだから、そんなセンスのかけらも感じない名前を
つける必要があるのだろうかと疑問なのだけど、むしろ正面から「プレーオフ」とは
言い難いから『クライマックス・シリーズ』何ていう名前に落ち着いたんじゃないか?
そんな風にも思える。

僕は元々今の制度によるプレーオフには反対派である。
それは140試合以上を1年に渡って戦ってきたリーグ戦への軽視に他ならないからである。

更には今年のように両リーグとも1位から3位までが団子状態で、そう大きなゲーム差が
無いのならともかく、場合によって3位チームは貯金どころか借金を背負ってシーズンを
終える場合がある。もし、そのチームが短期決戦の勢いに乗ってプレーオフを制し、
日本シリーズまで制した所で、そのチームにどれだけの価値があるのだろうか。
そしてその年の大半において良い結果を残したであろう1位チームがそう言った晴れ舞台に
出場できないと言う事は、長きに渡って戦い抜いたシーズンには意味が無いと言う事になる。

これは恐らく”140試合を超えるリーグ戦”と言う物をルールにしている現行のプロ野球に
おいてはある程度正論ではないかと僕は思っている。

また、日本シリーズがオープン戦に近い価値と言う意味での単なる”ポストシーズン・ゲーム”
だと言うならそれも良いのかもしれないが、過去の日本シリーズにおける価値と言うのは
間違いなくそんな「単なる」ポストシーズンではなくて、1年戦ったチーム同士が最後の力を
振り絞り、知略を巡らし、実シーズンよりも短い当番間隔でエース級が故障も厭わずに
投げ続け、勝者には”日本一”と言う栄光が、敗者には涙が(時に87年の清原のように
勝者でも試合中に感極まる)と言う、短期決戦の真剣勝負であるはずである。

ただし、一流のアスリート達が魅せる「短期決戦」における集中力と言うのは素晴しい
緊張感を生むのもまた事実なのである。その点において確かにプレーオフと言うのは
導入されて以降、日本シリーズに準ずる筋書きの無いドラマを提供していると言える。

そこがとても難しいのだ。

実際に2004年からパ・リーグにプレーオフが導入されて以降、観客動員のような
商業的な要素だけで無く、内容においても非常に充実したものが多いのも事実だ。
このような濃い試合内容は、1年と言う単位で戦うリーグでは余り味わえない。

2005年のロッテは1位であるソフトバンクとのプレーオフを3勝2敗で制する。
特に最終戦の試合終盤における里崎の逆転タイムリーは先述したような
”短期決戦の集中力”が形になって現れた典型ではないだろうか。

この後ロッテは2位チーム(当時のルールではプレーオフを制すればリーグ優勝扱い)で
ありながらも、勢いに乗って阪神との日本シリーズを4連勝、しかも内3戦で10点以上の
二桁得点記録すると言う圧倒的な強さで日本一を手中に収めた。

これこそがプロが見せる「短期決戦の集中力」と言うものであったのではないだろうか。

続く2006年のプレーオフではやはり第2ステージでドラマが待っていた。
この年限りの制度となった、「リーグ一位チームに”1勝”のアドバンテージ」もあって
初戦を制した日本ハムは王手をかけていた。逆に後の無いソフトバンクはエース
斉藤和が登板、日本ハム八木との息詰まる投手戦を繰り広げていた。
0対0で進んでいたこのゲームは最終回に森本が内野ゴロの間にホームベースまで
駆け抜けてサヨナラ勝ち。これにより2連勝となった日本ハムがプレーオフを制した。

2004年から3年連続でプレーオフによる敗退を味わう事になったマウンド上の斉藤は
マウンド上で崩れ落ち、動かなかった。確か記憶ではカブレラとズレータに抱えられ、
泣きながらマウンドから運ばれていった光景が記憶に残っている。

こんなスポーツが生む筋書きの無いドラマこそが、短期決戦の魅力であると言えば
それも間違いないのだ。もし、単なるシーズンで斉藤がサヨナラ負けを喫したからと
言って、彼がマウンド上で泣き崩れると言う事は先ず無い事であろう。

こんな感動的な場面、他のスポーツでも見かけることがある。

少し前の話になってしまうが、2002年のワールド・カップ決勝、下馬評では決して
優勝候補といわれてなかった当時のドイツは、GKカーンの守りを中心に、ディフェンス
ラインは程好く統率され、そこまでも最小失点(決勝まで失点1)で決勝まで進んだ。
また、攻撃陣でもこのW杯で台頭し、現在では世界クラスの選手となったバラック、
クローゼに加えてビアホフ、ノイビルのようなベテランも渋い働きを見せていた。

しかしながらブラジルと当たった決勝では、全盛期のロナウド、ロナウジーニョに加え、
老獪なリバウドまでも元気だったブラジルの攻撃力の前に2-0で敗れ去った。

その後ゴールポストを背にして座り込む脱力したカーンの映像は、本人の身姿は
ともかく「敗れてなお美しい」スポーツ選手の筋書きの無いドラマを体現したものだった。

これとて国の代表を背負うW杯という要素や、一発勝負というやはり短期決戦の
生んだ様子だっただろう。別にブンデス・リーガの一試合で2-0で負けたからと言って
バイエルン・ミュンヘンのカーンが一々泣いているわけも無いのだ。

久々のスポーツ論は長くなりそうなので続く。
posted by cafebleu at 03:15| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Base Ball | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。