2010年12月08日

(Forgive Me) My Little Flower Princess

毎年この日はやってくるので、僕は毎年必ずしも思い出すわけでは
無いのだけど、今日はジョンが去ってから30年目の日である。

30年、僕がビートルズにのめりこんだ初めての時が10歳前後だった
はずで、その時点では85〜6年ということになるから没後5年程度だった。
更に細かく言えばジョンのソロを聴きこんでいたのは高校生位だっただろうから
その時は15〜6歳で、それでも90年前後だから没後10年程度。

時の流れを感じずにはいられない。毎年彼を思うたびに時は流れるのだけど、
その哀悼の回数も自分ですらもう20回を超えるかどうかという所だから
僕も大分歳を取りました、ジョンさん。

だいたい毎度こんな感じのこと書いてるし、何か言うのではなく
じっくりと彼の歌声でも聴いていればそれが一番なんだけれど
去年は確か触れてないはずなので今年は思い出したし、せっかくなので。

ポールを半官贔屓してるけど、ジョンが嫌いだなんて一言も言ったことは無い、
だから悪口は聞きたくないよって感じなので。

強いて言えば狂信的に宗教扱いするファンが相容れないだけなのかな。

ビートルズというよりもジョン信者なのがジョンファンで、
ビートルズ・ヲタなのがポールのファンである意味これもしょうもない(自分もそうだが)
ビートルズ嫌いだけどジョージの一枚目が好きだとか言っちゃう人はUnionへ、
ビートルズや周辺を制覇してもリンゴは手を出してないというマニアも意外といる。

しかし、ジョンってやっぱり柔らかい歌、けだるい歌が本質をついているようで
良い気がしてしまうのだけど。有名なのなら「夢の夢(#9 Dreams)」や「ハウ?」とか。

アルバムは前から言ってるとおり『イマジン』と『マインド・ゲームス』が
兄弟的でありながら英国勢と米国勢のミュージシャンが固めているということで
凄く対照的で音楽的だし、間違いなく良い作品。

という訳で今日は「マイ・リトル・フラワー・プリンセス」でも。
明らかに未完の作品『ミルク・アンド・ハニー』から。
ちょっとリズムがイカしてるよね。マイナーコードだけど全く湿っぽくない。


(Forgive Me) My Little Flower Princess('80) John Lennon

関係ないけど、息子のショーンがホンダフリードの宣伝に出てるけど、
絶対フリードには乗らないだろうお前とツッコミを入れたくなるが
地味に音楽活動も続けているようで。派手にやる理由を見つけるのが難しい
だろうけど、そこそこに頑張ってもらいたいような気も。宣伝の歌はいいよね。

そうですね、宣伝にさりげなく登場して小遣い稼ぎも忘れない。



何だか伯父の話も有ったので続いてしまったね。まぁ誤解を恐れずに言えば
人を想う事を意識するよい機会でもあると。
posted by cafebleu at 01:10| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | John Lennon | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月08日

Bless You

"28年・・・短くない時間が過ぎて"

g2v354[1].jpg

毎度の事であるが、ジョン・レノンの命日であった。

実はほとんど僕は触れたことが無いと思う。
正直、なぜかこの日は毎年忙しくて、余り彼の音楽を聴いた記憶も無い。

いや、そんな事言いながらも2〜3年前に触れてるかな。
80年の悲劇の時は、父親が愕然としていたのは覚えてるって話は
前にもしたような気がするし。

当然その時は5歳な訳だから、ジョンも知らないし、ビーヲタでもないけど。

今日もやっぱりデータセンタで新しいスイッチ増設に係わる調査で
その場を出たのが既に21時だった。僕のSmartphoneにはジョンが
入ってなかったので、家について、何か聴こうと思い「ブレス・ユー」を。

とっても緩いグルーヴのソウル・バラッドなんだけど、やっぱ切ないね。

iTunesがシャッフルして「マインド・ゲームス」か、リミックス盤だからか、
物凄くヴォーカルが生々しく聴こえる。単調なのに良い曲だね。

更に「オールド・ダート・ロード」か。この曲こんなに良い曲だったっけ。

今日はビートルズのジョンより、ソロのジョンだね。そういう日だから。

自分ははっきり耳年寄で、何でこんな時代に生まれたのかと思う。
つまんない時代だな、僕が好きな人達は、ジョンだけじゃなくって
もうこの世に居ない人ばかりだなって。

ジョンも、フレディも、ブライアン・ジョーンズも、マリオットも、ロニー・レインも、
マーヴィンだって居ないんだから。

でも、ポールは毎年この日に何を思うんだろう。

凡人にはわからないな、他人が何をいわんやだろうし。


「Bless You」

ありがとう、貴方と同じ星座なのが数少ない誇りです。
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2007年10月06日

Intuition

”ジョンを再発見しながらセッションマン達の演奏に酔う”

『ヌートピア宣言(マインド・ゲームス)』('73)



最初に言うとジョンのアルバムでは『イマジン』と並んでポップな仕上がりとして
ベストだと思う。『イマジン』と同様に思想はあるのだろうが、それよりも内省が
目立つのと、ニュー・ヨーク界隈の一流ミュージシャンを起用したのでより音楽的
な方向にベクトルが向いているように思える。

ヲタレンが4人になって、きちっとしたジョージへの愛情を持っている、いや、そんな
簡単な言葉では済まされないほどジョージを愛している人が仲間になった。
そう言う訳で以前よりもう少し僕はジョン的な役割を担うようになるわけである。

なので最近は意識的にジョンを良く聴くようにしている。
ビートルズの楽曲の場合、例えポールびいきであろうが、前にも言ったように
それは”レノン・マッカートニー”を愛しているわけだから、好きな曲はジョンにも
ポールにも有る意味分け隔てなくあるのである。子供の頃に一番感銘を
受けたのもジョンの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」だったし。

まぁ「アナザー・ガール」を好きなのはやっぱりポールへの判官びいきなのかも
知れないが。ジョン・ファンが「ドクター・ロバート」を捨てがたいと思う気持と
似ているのか、そうでもないのか。

では、ソロ以降となるとどうだろうか。こうなると僕は完全にポールに傾く。
ビートルズを聴いたきっかけがビートルズ本体ではなく、ジョンの「イマジン」
だった上、最初に通した聴いたのが、それが収録されている『イマジン』だった
のにも関わらず、だ。

でも『イマジン』の中でお気に入りだったのが「オー・マイ・ラブ」「ハウ」「ジェラス・ガイ」
だったのだ。歌詞や背景がわからない子供にとってこれらは美しいバラード達でしか
無かったのである。この時点で自分にとってビートル達に求めるものとは
”メロディアス”と言う至ってありきたりな要素だったのだろう。

そういう要素であればポールの方が多いしわかり易いのである。
最もそれと共に並んでいるポールの酷い変態性と言うのは後に毒された部分だ。

理屈だけでなく、ポール自身が多感な年頃に来日したと言うのも大きいだろう。
僕と同世代には来日がきっかけとなって彼を判官びいきするファンって多いと思う。

何よりもジョンにのめり込めなかったのは『ジョンの魂』が自分には合わなかった
と言うのも大きい気がする。ポールの『マッカートニー』や『ロンドン・タウン』が彼の
踏み絵的な作品なのとある意味同じように、『ジョンの魂』が自分にとってとても
踏めないような代物であるならば、もう少し自分が思うジョンへの愛情は異なった
だろうと思う。

ジョンの音源と言うのはポールのように多くは無いので、レアなものやマニア向けの
前衛作品などはともかく、基本的にEMIから出た物は手にしていた。
それでもアルバムを通して聴く事はここ10年くらいほとんどなかったと言ってよい。

数年前にジョンのソロ作はリマスタリングだけでなく、一から音像や音の定位を
変えたリミックス盤が発売された。これらによってだいぶ印象が異なるようになったし、
今まで埋もれていたものがクリアになったので、「音楽」を楽しみたい僕には歓迎
すべき事であった。「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ」に至っては、ベースをほとんど削る
と言う気の利いた”いじわる”まで追加されている。

と言う訳で音楽的に一番楽しめるアルバムと言う観点でようやっと『マインド・ゲームス』
のリミックス盤を今更手に入れた。

これが本当に素晴しい演奏とジョンのヴォーカルを収めたアルバムであると言う事が
改めて思い知らされた。

間に政治色が強い『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』を挟むものの、
『マインド・ゲームス』は『イマジン』の兄弟的なアルバムとして語られる事も多かった。
と言うよりも、『マインド・ゲームス』は閃きの無い『イマジン』の続編的な批評も当初は
多く、精神性という点でもやや散漫である意味での”ジョンらしさ”には欠けたアルバム
なのかも知れない。

逆に言うとそれがコアなレノン・ファンとは言えない僕にも聴き易かったのかなと思う。
僕はこのアルバムの収録曲にお気に入りが多いのだ。
そしてリミックスされたそれは、むしろ『イマジン』とは有る意味対を成すようなアルバム
では無いかと思うようになった。

これが発表された73年と言うのはアメリカの音楽シーンでは”シンガー・ソング・ライター”
と言うキーワードが主流のひとつであった訳だ。内省的で何処かメランコリック、そして
それらは60年代のヒッピー思想に対する諦めとアンチテーゼも含まれていたと言われる。

その代表がキャロル・キングの『つづれおり』であり、他にもジェイムス・テイラー
(アップル出身)、ジャクソン・ブラウン、バリー・マンそしてランディ・ニューマンのように
出身地を問わず”シンガー・ソング・ライター”と呼ばれるような人たちが台頭していった
時代でもあった。

実は彼等、ぽっと出の新人とかではなく、60年代からキャロル・キングは職業作曲家
だったし、ジャクソン・ブラウンはその音楽からは見当も付かないがセッション・ミュージシャン
としてヴェルヴェット・アンダーグラウンドのニコとも接点があった。ランディ・ニューマンは
所謂”バーバンク系”の音楽家としてヴァン・ダイク・パークス辺りとも関わりがあるし
彼らの音楽的素養と言うのは最初から深いものがあったのである。

また、これら”シンガー・ソング・ライター”のアルバムの聴き所として、特にニューヨーク
界隈の人たちのもので、一流のセッション・ミュージシャンによる味わい深い演奏を
楽しむと言うのも有ったのではないだろうか?

そう言う訳で『マインド・ゲームス』も見方を変えればそう言った当時のアメリカ音楽の
横風を受けて、内省的でありながらもミュージシャンシップの高い人達の演奏を収めた
”シンガー・ソング・ライター”的な名盤と言う事も出来るのではないか、そんな思いを
リミックスから聴こえてくるご機嫌な演奏を聴いて改めて思った次第である。

先ずはドラムのジム・ケルトナー。言わずもがなの名セッション・プレイヤーである。
歌物でセッション・ドラマーを起用するなら彼以外のベスト・チョイスは無いとまで
言われる素晴しいドラマーである。先述したジャクソン・ブラウンを始め、ジョンより先に
ジョージがソロ・アルバムで起用しているし、クラプトンもケルトナーのドラムをベストの
一つに挙げている。また、コステロも彼の転機となった『キング・オブ・アメリカ』で知り合い、
以後重用している。こんな風に彼のセッション・ワークを一つ一つ挙げていたらキリが
無いくらい至る所にケルトナーのクレジットを見ることが出来る。
派手さは無いがずっしりとしたタイム感、エンディング近くに一瞬だけ見せるスゴ技など
聴けば聴くほど彼のドラムは素晴しい。1曲目、「マインド・ゲームス」における
中盤以降のドラムはリミックスで聴くと格別な味わいである。

ベースはクロスオーバーを代表するインスト・バンド”Stuff(スタッフ)”の
ベーシストであるゴードン・エドワーズである。
何とゴードン・エドワーズがこのアルバムのベースだったとは・・。と言う気持である。
15年前にクレジットを見ても彼が誰だかわからないのは当然なのかも知れないが、
コーネル・デュプリーやスティーブ・ガッドなど名だたるソウル、フュージョン系の
セッション・プレイヤーが揃っていたスタッフを聴いたのは大人になってからで、
こんなところで音楽は繋がってしまうのだから本当に面白いものだと思う。
彼のベースがリミックスされて一番鮮明になった要素のひとつで、改めて注意して
聴いてみると、終始とんでもないベース・ラインを弾いているのが良くわかる。
「インテューイション」のイントロで聴ける裏から入る一瞬のハイ・ノート・フレーズの
ようなプレイはこのアルバムでいくらでも聴く事が出来る。

全員のプレイを書いていると大変な事になるのでこの辺にしておくが、素晴しい
ミュージシャンたちの”こっそりと凄い”演奏に支えられて、ジョンはリラックスして
情緒豊かな歌声を聴かせてくれている。勿論本人の個性的なギター・プレイは
「ミート・シティ」なんかでも健在である。

当たり前の事だが、基本としてジョンは素晴しい楽曲を書く人で、彼の状態が
良かれ悪かれそう言った要素を含めて”良い曲”が書ける人なのだから、
良い曲にご機嫌な演奏が加われば、それが悪い音楽になるはずも無いのである。
特に内省的な状態で良い曲を書く能力はポールを遥かに上回ると思う。

リミックスでの再発見と言えば「アイ・ノウ」だろうか。リーダーがお気に入り(さすがジョンヲタ)
だと言うので改めて聴いてみたが、こんなに良い曲だっただろうか思うくらいである。
変な例えだが、ビートルズ時代の癖のあるジョンの曲をセッションマン達が演奏している、
そんな錯覚を覚えてしまうくらいジョンらしさとキャッチーさを兼ね備えた佳曲である。

アメリカ的と言えば、同時期のポールも徐々にウイングスを大陸的なハード・ロックに
仕上げていった。それは後に商業的には大きな成功を得るが、今改めて耳にすると、
『ヴィーナス・アンド・マース』のような作品より『マインド・ゲームス』の方がエバーグリーン
な音楽だと言えるような気がする。アメリカ的なるアプローチにおいて、ジョンの方が
洒落ていたのである。事実次作の『心の壁、愛の橋〜Walls and Bridges〜』では
よりソウル的な世界にジョンは傾き始め、その趣向は最後の『ダブル・ファンタジー』
まで続く事になる。

これは後に英国的な部分に回帰する事になるポールと大きく異なる部分だろう。

『イマジン』と対を成すと思ったのはまさしく参加ミュージシャンである。
『イマジン』がニッキー・ホプキンスやアラン・ホワイト(イエス)、クラウス・ヴーアマンの
ような、英国的かつバンド的なミュージシャンによる”憂い”や”湿り気”を感じるのに
対して、『マインド・ゲームス』はニューヨーク界隈のセッションマン達によるクールで
タイトでコンテンポラリーな演奏を収めたものであること。共に比較的穏やかな
ジョンの姿を切り取った二つのアルバムをこんな風に聞き比べて見るのも面白い
のでは無いだろうか?

10数年悩んでいたジョンのソロで愛せるものが無いものだろうか、
と言う悩みが少し解決したような気がした。
posted by cafebleu at 10:09| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | John Lennon | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月09日

Cleanup Time

「レノンのお掃除は最高にファンキーでクール」 by John Lennon('80)


今月中に引っ越すことになってはいたのだが、引越しの予定が諸事情で
定まらないでいた。既に新居は入れる状態。

で、急遽金曜に引越し決定。行き先は同じ大田区内どころか
歩いても10分くらいのところ。

この町が静かで気に入りました。

引越しは荷物の多い自分にとっては大嫌いである。
でもいろんな大人の事情で今の家は半年強しかいなかった。

少し更新できなくなるかな?
在宅の仕事しかしてないのでここや自分のバンド
更新や整理が少ない楽しみだったのだけど。



ジョンは掃除の歌でも格好良いなぁと、そう思う。
自他とも認める「ポールヲタ」だけれども、ジョンも素敵。
ジョンは僕が応援しなくてもいっぱいいっぱいファンがいるけど、
ポールはとっても過小評価なので意地になって応援してる。
それだけの事なんだ。

このアルバムを聴いた子供の時分では
ヨーコの歌が一杯でビビった記憶がある。

「クリーンアップ・タイム」これはファンクです。
ブルー・アイド・ソウルです。
アンディ・ニューマークのドラム、凄い格好良い。
さすがスライで叩いていた人。
このアルバムのフェイバリット。

と言うわけで僕も掃除をする。

posted by cafebleu at 09:43| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | John Lennon | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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