2007年06月04日

Passing Show 〜Ronnie Lane〜

「スモール・フェイセズ、”もう一人の顔”の命日に寄せて」

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前回の日記でベーシストとしての欲求に絆されていると
書いたからという訳では無いのだが、ちょうどイギリスで昨年公開
されたロニー・レインのドキュメンタリーが日本でもミニシアターの
レイトショウで公開されていたものだからWLWのメンバーで
観に行くことにした。

邦題は『ロニー MODSとROCKが愛した男』と、何だか身も蓋も
無いようなタイトルだが、実際の題名『The Passing Show』は
ロニーがフェイセズ脱退後、スリムチャンスを結成して行った
リアル・ロックンロール・サーカスのようなツアーのタイトルから来ている。

結果から言うと、ドキュメンタリーとしては、比較的出演している人間が
ロニー周辺の音楽を知っている人なら有名無名に関わらず納得できる
人選(つまり、クラプトンからヘンリー・マッカロック辺りまでという事)であるにも
関わらず、焦点の絞りきれていない散漫な内容だったと個人的には思った。

邦題でModsを煽っておきながら、実際にスモール・フェイセズ時代の映像は
正規版で観れなくとも西新宿のブートでほとんど流出してる程度の物だし、
結局その程度しか映像が残っていないのか、皆が一番触れて欲しい時代で
あるにも拘らず、さらりと序盤で流されてしまう。

逆に筋硬化症を患い晩年は苦しんでいたのだが、その話題よりも色恋話や
金を持ち逃げされたとか、どうでも良い話が後半も続いて正直最後まで
観ているのがドキュメンタリー好きの自分でも辛かった部分があった。

それでも大音量で聴けるスモール・フェイセズやスリム・チャンスの音源は
やはり素晴らしいもので、結局彼の残した音楽だけが救いとなったのが
皮肉な話か。

日本モッズが御用達のオーダーメイド紳士服店、『並木屋』が協賛
しているのは感心したが、映画自体は近年音楽のドキュメンタリーは
それこそ『アンソロジー』ほど立派なものでなくとも、充実しているので
その点でも不満の残る作品であった。

ロニー・レイン、60年代の英国、首都ロンドンをザ・フーやストーンズ
と共に代表したバンド、スモール・フェイセズのベーシスト兼ソングライターである。

いや、最高のモダニストと言ったほうが良いのかも知れない。

僕は若い頃を自分なりにモッズに傾倒して過ごしたので、スモール・フェイセズは
特別なバンドである。ロニーとスティーブ・マリオットは特別だった。

英国で一番のバンドは勿論ビートルズだが、「一番憧れたバンド」は
自分にとってスモール・フェイセズである。
彼らはマッカートニーやブライアン・ウイルソンのような天才ではないのかも
知れないが、僕はスモール・フェイセズがアイドルだった。

METRDCD561[1][1].jpg

実際はたったの3枚しか(デッカの2枚目をカウントするなら4枚)
オリジナル・アルバムを残さなかったスモール・フェイセズ。
でもそのアルバムは今でも僕の大事な部分に染み渡っている。



その後、マリオットが脱退し、ロッド・スチュワート、ロン・ウッドを加えて
”フェイセズ”として再出発するも、ロッドがどうしても好きになれないので
僕は熱心にフェイセズを聴いているとは言えないが、それでも「デブリス」の
ような名曲でロニーのヴォーカルを聴く事が出来る。

フェイセズで大陸的な成功を収めながらも結局ロッドのバックバンドのような
扱いに嫌気がさしたロニーが脱退して求めたものは何とも素朴で可憐な
スリム・チャンスであった。この時の都会っ子が見つめる田舎的な音楽は
当時の音楽シーンと余りに剥離したものだったし、商業的とも言えなかったので
成功したとは言い難いのだが、現在はポール・ウェラーなどによって再評価
されているし、実際にスリム・チャンスの音楽はエバーグリーンな物である。

本当に偶然なのだが、奇しくも今日(6月4日)はロニーの命日である。
結局僕はロニーもマリオットも観る事が出来なかったが、それでも
彼らの残した音楽はどんな陳腐なドキュメンタリーよりもリアルに
響くし、それは時間が過ぎても永遠のものなのである。

改めてご冥福をお祈りします。

posted by cafebleu at 03:49| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Small Faces | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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