2007年09月12日

My Heart Hurts

「とてもシンプルなのに少しもまともではないポップソング」

ヲタレンをやってからと言うものビートリーな話題一辺倒と言うか、途中から
楽器好きの趣味ブログと化していたので久々に”音楽のつぶて”を。

そうは言っても英国のポップ・メイカーのお話である。

ヲタレン・リーダーにニック・ロウが近年BBCに出演した時のDVDを貰った。
そこに居るニック・ロウは近年の渋み溢れるニック先生だった。

lowe07[1].jpg

昔のポップ曲もやるが、そこにはアコースティカルかつニック・ロウのお里でもある
カントリー・フレイヴァー溢れる大人のポップに化粧直しがされている。

しかし、彼の凄いところは本当に無駄のないシンプルで良い曲を書くところである。
「ホワッツ・シェイキン・オン・ザ・ヒル」なんてギターで弾き語られても
本当に名曲なんだなと改めて聞き惚れてしまうのだ。

続いてバンドが入って「ウイズアウト・ラブ」だ。もうファンだと自然に引き込まれる
DVDだと言えるだろう。

カントリーやジャズを思わせる大人のロック。ストイックでもあるけど近年のコステロ
のようにやや遠くに感じるほど高いところに行ってるとは思えないし、ウェラーのように
やや洒落に決めすぎてると言う事も無い。

それはある意味リアルなパブ・ロックなのかも知れない。

どんなに渋みを増してもニック・ロウの何処かに「良いメロディ」が失われる事は無い。
「フェイスレス・ラバー」に卒倒しそうになっても直後に「ロンサム・レヴァリエ」のような
ナンバーをさらりとやられてしまう。

最初ニック・ロウが好きになった頃に既に彼は「シェリー・マイ・ラブ」のように贅肉を
削ぎ落としたようなシンプルなアコースティック・バラードを奏でていて、それは
最初に手を出す『レイバー・オブ・ラスト』で聴かれる様な安くてめくるめくような
ポップスとは違うような気がしていた。自分もまだ若かったのかもしれない。

実際それから数年で彼は来日してくれたので僕はライブに行ったのだ。
確かアルバム『ディグ・マイ・ムード』のツアー時ではなかっただろうか。

そこで聴かれるニック・ロウのサウンドは最近良く観ているDVDと大きく異なる事は無く、
渋みを増して以降のニック・ロウの大人な世界観であった。

ようやっとニック・ロウを観る事が出来た喜びもあったのは確かだけど、
「ローズ・オブ・イングランド」や「恋する二人」、そして「マイ・ハート・ハーツ」のような
カラフルでポップで一癖ある音楽に絆されて観に行ったのでそれしかわかってない当時の
僕には渋すぎたのも確かではあった。

「マイ・ハート・ハーツ」、展開もアレンジもとてもシンプルなのだけど、拍子と歌の入る
タイミングが尋常ではない。一筆書きのように歌っているけどとてもそんな風には書けない
とんでもない歌なのである。こんなテンポでポップに聴かせるこの人はやっぱり変態
なのである。

そんな一面だけを見て僕は彼のファンだとか言っていた様な気がする。

最近リーダーとも話していたのだが、渋みを増してからの彼の楽曲が時を経つにつれ
どんどん心に染み入るように感じるようになってきたのではないかと思う。
それは年齢も関係あるのかもしれない。

随分前の日記で彼の事を書いたときに、僕は彼を
「カントリーの目線からポップを見ている」と評した。

結局こう考えるとブリンズリー時代のザ・バンドへの傾倒も、
ブリンズリー末期の初期ビートルズ風味も、
ソロ初期の「ウイズアウト・ラブ」も、
新作からの「手足の長い女の子」もちゃんと一本の線で
繋がっている。そんな邪推が出来るのだ。

いつだかニック・ロウがコステロやマッカートニーの作曲について、
「彼らは曲にメロディを詰め込みすぎちゃう、僕は一曲にそんな無駄な展開は要らない」
と言っていた。そんないちゃもんがすんなり頷けるのがニック・ロウの凄さなのだと
改めて思うのだ。

リーダーから貰ったDVDはブートなので何処でも手に入るものではないのが
残念なくらい素晴しいスタジオ・ライブである。まぁそうは言ってもどうやら
”ここ”で手に入るようなので興味のある方は是非聴いてもらいたい。

ニック・ロウって本当に素晴しいソングライターだ。結局そんな風に腑に落ちた深夜だった。
posted by cafebleu at 12:52| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Nick Lowe[Brinsley] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月07日

The Ugly Things

「職人技の光るニック・ロウ流”ビートリー・ポップ”」 by Brinsley Schwarz(74)


ブリンズリー・シュウォーツというのは音楽の歴史的には
どんな存在なんだろうと考えた事がある。

勿論パブロックの系譜で必ず名前が挙がるのはわかりきった
事なのだけど、彼らはドクター・フィールグッドのように
明らかに後のパンクの架け橋になったとかそういう確固たるものはない。

簡単に言えば「パブで演奏してたバンド」って感じの安上がりな質感。
だからザ・バンド的なロックからマージー・ビート辺りの音楽まで
節操無く取り上げた、こうも言えるんじゃないだろうか。
そしてこの振り幅はそのままニック・ロウの嗜好でもあったりする。

彼の音楽のベースにカントリーがあることは僕が言わずとも彼の
残した音楽や日常(ジョニー・キャッシュの義娘と結婚していた)からでも
安易に推測がつく。実際ポップな時代でも2拍子的なニュアンスを
持つナンバーが彼には多い。「ローズ・フォー・イングランド」辺りの
曲には顕著にカントリーの匂いがするし、
初期の名曲「カントリー・ガール」
なんてタイトルからでも明らかだったりする。

結局ザ・バンド的なルーツ・ロックであれ、初期ビートルズのような
マージ・ビート・スタイルであれ、その根っこにはカントリーが見え隠れ
するわけで、そこからポップを見つめているニック・ロウにとっては
大きな違いは無いのだろうと考えると腑に落ちるのだが。



CSNやザ・バンドなど米国ルーツ系の香り漂うバンド・スタイルだった
初期ブリンズリーはその後商業的な理由もあってか徐々にポップに
シフトし始める。そして彼らの最終アルバムとなった、
『ザ・ニュー・フェイバリッツ・オブ』はその後のニック・ロウのソロ活動に
直結するようなややレトロでシンプルなポップ・アルバムとなった。

ここで有名なのはコステロもカバーした
「ピース・ラブ・アンド・アンダースタンディング」だろうが、
それと並んで素晴らしいのは
「ジ・アグリー・シングス」では無いだろうか。

イントロ無しで歌に入りスウィートなAメロがまず良い。
そして全体的にややチープなところもまた悪くないのだ。
愛しき「B級ポップ」、それがニック・ロウの真骨頂でもある。

安いけど素晴らしいメロディ・メイカー、パブロック界の
マッカートニー的なニック・ロウのスタンスは
ポップ・ファンにとって愛すべき重要な要素だと思う。

意外と「ジ・アグリー・シングス」みたいな曲を
彼は多く残してくれてないので
こんなお里が露わな一曲も捨てがたいのだ。

『インポシブル・バード』以降渋味を増した
「大人のパブロック」傾向が顕著な彼、
もちろんそこにも味わいがあるし、
それが歳を重ねた彼の姿であることも間違いないが、
(それでも正直「フェイスレス・ラバー」を最初聴いた時は少々たまげた)
若き日の、毒っ気がありながらもカラフルな
ポップを奏でた彼の姿が今となっては貴重でもあったりする。

ニューウェイブとパンクの狭間でちゃっかりポップしていたニック・ロウ、
僕は彼があの時代では一番好きな人だったりするのだ。
posted by cafebleu at 07:44| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Nick Lowe[Brinsley] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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