2011年01月14日

MELTING SUN & ICE MOON

"第二期音楽活動の集大成は彼女らしく美しい映像作品で"


『MELTING SUN & ICE MOON』〜TOMOYO HARADA LIVE TOUR 2010 eyja〜
20 APRIL,2010 AT MEGURO PERSIMMON HALL, TOKYO


2009の晩秋に発売された原田知世さんのアルバム『eyja』に伴うツアーの
東京公演を収めたDVDが先程リリースされた。

アイドルとしての付随活動であった初期の活動以外の、所謂能動的な
ミュージシャンとして原田知世の音楽活動というのは大きく分けて二つの時期に
分かれるのではないかと僕は考えている。

一つは90年代前半に鈴木慶一氏の薫陶を受け、一気に普通のアイドルから
決してメインカルチャーでは無い音楽らしい音楽を追求していた時期である。
この活動自体は途中でトーレ・ヨハンソンと出会ったことにより、よりポップで
キャッチーな方向性に向かって「ロマンス」などのヒット曲を生んだことにより
サブカルチャー界隈では大きな成功を得たと言える。トーレとのコラボは
3作に渡って続き、それはスウェディッシュ・ポップの流行と衰退と共に終わりを
迎えることになるが、今聴いてもトーレや元エクスキューズのウルフ・トゥレッソンら
による優れた楽曲やプロデュースは輝きを失っておらず、彼女の声にもフィットして
素晴らしい成果として作品に残されている。

この後彼女は音楽家としての活動を徐々にペースダウンしていき2002年の
『My Pieces』を最後に長い休止状態に入っていく。

その後の彼女は映画女優などの活動が主になり、ほとんど音楽舞台に
出てくることは無かった。

彼女がもう一度音楽のフィールドに戻ってくるきっかけになったのは2006年
伊藤ゴロー氏のユニットである"MOOSE HILL"で2曲ほどヴォーカルで客演した事が
きっかけとなり、彼女は自身がゲストとして呼ばれた伊藤ゴローを今度はプロデューサー
として起用することで、自分自身のソロアルバムを作成することになった。
それが2007年末に発売された『music & me』である。



この作品についてのレビューは過去に書いているので興味があればここを見てもらえればと思うが
(というか知世さんの近年は活動が有る度僕は何かしら書いている)
5年以上のブランクで発売されたこの作品には後のアクティブな音楽活動を予見する
ほとんどの要素が入っていたのではないかと思う。それは数十年の活動を経て得た
彼女の幅広い音楽仲間とのコラボレーションで出来た作品で、後に彼女がソロでも
pupa(ピューパ)でもどんどん活動していくきっかけがここにはあったのである。

翌2008年にはこちらも久々のライブツアーを行い、千秋楽となった恵比寿ガーデンホール
の公演では、多くのゲストを招いて彼女の芸能生活25周年の節目となるライブとなった。
これについても僕は観てきているのでここでレビューを書いている。

この後彼女は音楽活動のペースを上げ、2008年はpupaとしてアルバムをリリースして
多くの野外フェスなどに登場する。pupaとしてのライブツアーも行った。
僕はpupaの音楽は1stを聴いた時点で「Anywhere」以外は彼女を生かしているとは
到底思えず気持ちが離れてしまったので、余り熱心には追っていないのだが、
少なくとも彼女自身の"ミュージシャン"としての活動はいよいよもってギアが入った
感じになっていた。


「Anywhere」('08 Live) [2008年11月30日@渋谷CC LEMON HALL]

更にこの勢いは続き、2009年は自らのソロ作品制作のため、再び伊藤ゴローと共に
アイスランドまで赴いて、久々の"北欧"路線まで飛び出してファンを喜ばせた。
その成果が2009年晩秋の『eyja』発表とそれに伴う2010年に行われたツアーだった
という訳だ。そしてツアーの映像作品が『MELTING SUN & ICE MOON』である。

駆け足で彼女の主な音楽活動について振り返ってみたが、この2007年前後から
現在までの活動が"第二期"と言える音楽活動に当たるかと思う。

今回原田知世のソロ名義のライブ映像としては1999年発表のアルバム『Blue Orange』
に伴うライブツアーの映像として'00年に発表された『Blue Orange Tour』以来10年
ぶりの作品で有ることと、『Blue Orange Tour』自体がスウェディッシュ・ポップ時代
の彼女の集大成的なライブ作品であったことも思い返すと、今回の映像作品
『MELTING SUN & ICE MOON』も彼女の第二期音楽活動の集大成なのでは無いかと
リリースされた時最初に感じたのである。

早速封を開けてみると、デジパック仕様の派手ではないがセンスの良いジャケット。
中にはフォトブックも封入されていた。どちらもアルバム『eyja』と共通する
トーンを抑えたデザインでまとめられている。

tomoyotaso01.jpg

tomoyotaso02.jpg

映像自体は基本的に2010年4月に目黒パーシモンホールで行われたライブを収録し、
その合間に若干のイメージ映像がプラスされているという感じである。
『Blue Orange Tour』の時も実際のライブ映像の合間に本人の寸劇みたいなものが
収録されていたが、今回はそういったしゃべりや台本みたいなものが有るわけではなく
曲間で彼女のシルエットと風景が映った映像が少し流れる程度である。
ちょうど2枚目の写真のような映像が流れる。それだけなので進行は実際のライブの
感じをそのまま伝えていると言えるだろう。

ライブの内容だが、『eyja』のリリースに伴うツアーなので、基本的には『eyja』
収録曲が中心で進むが、一曲目から意外な選曲でスタートする。

「LOVE-HOLIC」は'02年の『My Pieces』収録のアコースティック・ナンバーなのだが、
実際ここでもカホンやアコギを中心に、アコースティックなセットでオープニングは
始まる。

勿論このツアーは僕も観に行ったのだが、平日だった上に天候も悪く、パーシモンホール
は都立大学駅から15分も離れたところに有るので開演に少し間に合わず、ちょうど
上記をやっている最中に会場に着いたことは良く覚えている。あれ、変わった曲
やってるなと思ったので。

三曲目で早くも今作のハイライト「Fine」が演奏される。ここでは彼女自身も控えめに
だがアコースティック・ギターを披露。さりげなくGibsonのレアな小ぶりのギターを
弾いていたりする。

続いて彼女が本格的に音楽世界に飛び込むきっかけとなった鈴木慶一プロデュースの
意欲作『Garden』に収録された「中庭にて」を素晴らしいバンド・アレンジで披露。
後述するが、このライブバンドは非常にパワフルでヘヴィーなアンサンブルを
持っていて、それが繊細な彼女の声と素晴らしいコントラストとなっていて演奏にも
酔いしれてしまった。特にヘヴィーなグルーヴ感はライブで実際聴かないとなかなか
伝わらないのだが、とても良かった。

この曲の後半からのつなぎで木に関する本を朗読した後、今作でも屈指の出来だった
「Giving Tree」が実際は始まったのだが、朗読の部分はカットされていた。映像では
本を手にしていることからそれが分かるが。この朗読から始まる感じが彼女のライブ
らしくてとても良かったのだが、カットされてしまったのは少々残念である。
恐らく権利などの問題なのではないだろうかと思うのだが。

この楽曲でのリズム隊のグルーヴは物凄く、特にベースのMito(クラムボン)のプレイは
素晴らしい。彼は『eyja』にも数曲参加している。ここでの曲後半の
インプロビゼーションはこのライブの音楽的ハイライトだと思う。


「Giving Tree」('10 Live)

このインプロの間に彼女は衣装替えをして登場するが、前半のメイド風?から大きく
変わってバレリーナのようなかなり露出の高い格好になり、最初は驚いた。
まぁメイド風にしてもそうだが、この格好が同世代で出来るのは間違いなく彼女だけだ。
本当に透き通るような美しさは健在で、ちょっと怖いくらいであるが、それが彼女の
最大の魅力の一つでもあるので。永遠のアイドルだから、見た目も大事ってことで。

衣装替えをして歌われた「voice」では不思議かつかなりエロティックな振付で
歌われて衣装に続いて驚いたのだが、これは説明のしようが無いので映像を観てもらう
しか無いだろう。彼女の持つ潜在的なエロスがかなり引き出されてると思う。

この後、「リセエンヌ」「地下鉄のザジ」「ロマンス」と初期、中期の懐かしい曲が
続く。当方は初期アイドル時代の曲には詳しくないのだが、「リセエンヌ」は
坂本龍一氏がアイドル時代に提供してくれた曲だと紹介していた。因みにリセエンヌは
フランス語で女学生みたいな感じだと思う。「地下鉄のザジ」は新作でも楽曲を
提供してくれた大貫妙子氏の作品。この辺りは古くからのファンへのサービスと言った
所だろうが、それにしても当時から彼女は素晴らしい音楽家のサポートに恵まれている。

「ロマンス」は近年だるくやるようになっていて、折角の躍動感が失われてると
感じていたが、今回のバンドでは元気なアレンジでやっていたのが嬉しかった。

続いて彼女の自作曲で、オリジナルではかなり本格的なファンクだったのに
シングルにまでしてしまってびっくりした「You Can Jump Into The Fire」を披露。
この曲自体が出てきたのがサプライズだったが、更に大幅なアレンジを施した。
これもこのバンドのヘヴィーさを全面に出したベースにギンギンのファズをかけて
しまう実験的なアレンジで、伊藤ゴロー氏のアレンジであるという。これも
ライブでは相当ヘヴィーに響きわたっていて、かなり格好良かった。

本編は『eyja』のラストを飾るスケールのあるバラード「青い鳥」でフィナーレ。
この曲はアルバムの充実ぶりを締めくくる素晴らしいラストだったのでぴったりだ。

アンコールは「黒い犬」と前作でキセルが提供した名曲「くちなしの丘」。
ここで彼女たちが着ているツアーTシャツを自分も思わず買ってしまった。
ポール・ウェラーのグッズなら自分でも腑に落ちるのだが、彼女のツアーTシャツも
中々可愛いデザインだったもので。。「くちなしの丘」では再度ギターを弾いている。

再度のアンコールではこれも近年の彼女の定番「時をかける少女」のボサノヴァ
バージョンを披露してライブは終了する。

ちょうどライブレポートを書いてなかったので、それも含めたようなレビューに
なったが、本作の収録日に観に行っていたし、ほぼ進行も変わらないので。

前回のツアーのようにゲストをたくさん招いて豪華に楽しくという内容ではなく
彼女やバンドが練り上げた音楽や演出上のコンセプトを丁寧に表現していくという
点で今回のツアーは大分趣旨が違うように感じた。バンドの主軸が伊藤ゴローで
有ることには少しもブレは無いのだが、伊藤ゴローも原田知世も前回以上に
バンドとしての一体感を意識したのではないだろうか。そういった意味で今回の
バンドはベストで、基本的には『eyja』に参加した人を中心に、その中でも
Mitoや千住宗臣のような比較的若い世代の人選を行ったことで、バンドに躍動感が
出てライブとしても素晴らしい演奏を堪能できた。この辺りの人脈はpupa等で
知り合った高野寛も関係してそうだが。

個人的には客人を次々招くライブよりはこう言ったコンセプトがしっかりあって
それを必要な人数で表現するライブのほうが好みなので、見る側としては今回の
ライブのほうが充実感が有って良いライブだったと感じた。

欲を言えば、『eyja』の収録曲で意外にアイスランド的楽曲が選ばれてなかったのと
今回もスウェディッシュ・ポップ時代の楽曲はほとんどやってくれなかったのは
残念だったけど、内容自体が悪いわけでは無いのでとっても楽しめた。

聴けなかった曲はまたのお楽しみ、と言いたいところなのだが、僕は何となく
引っかかっている。それは最初にこのDVDを「彼女の音楽的集大成」と表現したこと。

そもそも'07年に彼女が『music & me』をリリースしてからのペースというのは
結構凄くて、毎年ソロかpupaかもしくは伊藤ゴローの作品などで彼女は音楽活動を
続けている。ライブも単に数回やるのではなく、pupaではフェスにも多く出演
しているし、pupaやソロでのツアーでも全国を回ったりしていた。おかげで彼女
絡みのアルバムが'07年以降発売されなかった年が無いという充実ぶりである。

このハイペースは10年以上前のスウェディッシュ・ポップ時代に毎年アルバムを
リリースしていた頃に重なるものがある。この成果が先述した『Blue Orange Tour』
と言う事になるのだが、これ以降彼女はペースをぐっと落として行き、長らくの
音楽活動休止に向かって行った。

これは以前のレビューでも書いたのだが、彼女は音楽家である前に、女優であり
根本的にはそちらが本業の人でもある。だから、音楽を延々やっているわけにも
行かないだろうという事情も有るだろう。映画出演があれば、それなりに時間は
割かれるわけだし、その間に今のような音楽活動を行うのには無理がある。

だから、今回の映像作品を観ていると、ちょうど10年くらい前に彼女が
スウェディッシュ・ポップ時代のまとめとして、わざわざバックにエクスキューズ
(後にFree Wheelに改名)のメンバーまで日本に呼んで行った『Blue Orange』ツアーを
最後に女優活動に戻って行ってしまった事が思い出されるのである。

別に女優が本業だからそれで良いのかも知れないが、僕に取って原田知世の音楽世界は
決して彼女の女優業からは見えてこない、年齢や世代を超えたピュアさや時代に
流されない凛としたものがあると思っているし、何より音楽をやると不思議と彼女
自身もどんどん若返っていくように思えるので、出来ればマイペースで良いので
これからも音楽を続けてほしいなと思っている。これこそ平子理沙とかが逆立ちしても
出来ないナチュラルなアンチ・エイジングなんじゃないかって思えるのである。

今でもサブカルチャーな世界観を持つ女の子たちからは彼女は慕われていて
いつだかTVで木村カエラが本人を前に熱くリスペクトしていることを語っていた。
それに近年流行っている"森ガール"なる言葉やそういう向きの子達を見ていると
(例えば典型例として宮崎あおいとか)、原田知世こそが"元祖森ガール"なんじゃ
無いかと思えてくるし。ブレンディのCMなんてまさにそんな世界観だ。

そんなエイジレスで変わらない彼女と、素晴らしい音楽と歌声がある。
僕はこれからも彼女をそっと応援し続けたいと思うのである。
偉そうな言い方かもしれないが。

だからまたアルバムやライブも時折やって欲しいと純粋な一ファンとして想っている。
posted by cafebleu at 01:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 原田知世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月25日

eyja

”アイスランドに降り立った氷の妖精”

『eyja』 原田知世




嬉しいことにここのところすっかり音楽のフィールドに
戻ってきてくれた原田知世の2年ぶりの新作が21日にリリースされた。
『eyja』と書いてエイヤと言うらしい。
アイスランドでの録音と言うだけでも意欲作なのは伝わってくる。
そもそも最近の原田知世の音楽活動自体が意欲的である。

ソロアルバムとしては2年ぶりとは言っても、昨年はpupaでの活動が
有ったわけだし、07年の『music & me』でひっそりと音楽活動を
再開させて以来、彼女の音楽熱は止むことなくここまで続いている。
それは彼女を「ロマンス」や「シンシア」などの音楽によって
知ることになった僕らの世代には嬉しいことだし、実際脇を固める
メンツがいつも素晴らしいことも相まって質も高い。

今回も前作に引き続きMOOSE HILLやNaomi & Goroを手掛ける
伊藤ゴローによるプロデュースである。一部ゲストの楽曲や
アイスランドのサウンドクリエイターによる楽曲や編曲もあるが、
多くは彼の楽曲が中心である。作詞はほとんどが原田知世本人に
よるもの。楽曲参加でも久々に本腰を入れている。

しかし、トモヨタソ贔屓な自分ではあるが、本当に充実した
素晴らしい作品ではないだろうか。伊藤ゴローとの相性は
前作の時点でぴったりだと感じていたが、今回はより深い所で
溶け合っている感じである。もしかしたら彼女の作品史上で
最高傑作かも知れない。アイスランドにエッセンスを求めたのも
なんとも彼女らしいのだけど、それが素晴らしいコーティングを
施している、そんな邪推をしたくなるような作品である。

何よりも、この北欧路線、往年のサブカルファンには懐かしい
感触では無いだろうか。原田知世が”歌い手”としてブレイク
(ここで言うブレイクとは商業的と言うよりもサブカル的な意味)
したのは90年代後半にスウェーデンに赴いてトーレ・ヨハンソンの
プロデュース作品を発表してからだが、当時そんな音楽を
聴いているような輩でもちょっとびっくりするようなささやかな
インパクトを与えて以来のヨーロッパ回帰がこんな形で、しかも
アイスランドで実現したというのだから興味深い。

そんな郷愁をふと感じてしまうが、前回の"スウェディッシュ・ポップ"
スタイルとは当然サウンドは異なる。そもそもアイスランド録音とは
言ってもそれはスウェディッシュ時代のようにトーレ・ヨハンソンと
ウルフ・トゥレッソンと言う当時のサウンドを代表するような
クリエイターによる作品とは異なり、あくまでプロデュースや楽曲の
軸は伊藤ゴローが中心だ。アイスランドのクリエイターによる音響的、
エレクトロニカ的な作品もあるが、あくまでそれらはエッセンスである。

僕はこれは正しいと思う。伊藤ゴローの楽曲やアレンジは前作でも
素晴らしい相性の良さを見せていたので、この点がぶれなかったのは
良い選択だと思う。

作品としては前作とベースは同じでも、その方向性は大きく異なる。
前作が久々に彼女が音楽の世界に舞い戻ってきて、ちょっとだけ
気恥ずかしそうに昔の自分の楽曲(「シンシア」や「時をかける少女」)を
大人なボサノバ調にアレンジして、ファンにも入りやすい呼び水を
用意しながら復活の一歩をそっと標したのに対し、今回のアルバムは
『music & me』における名うての音楽家たちによる復帰歓迎ムードや
高橋幸宏らとのpupaの活動を経て、再び音楽をやっていくことへの
ほのかな自信をつけて望んだ意欲作であることは間違いないだろう。
そうでなければアイスランドと言う、日本にはビョーク以外は決して
知名度の高くない北欧の孤島には赴かないだろう。

アイスランドはイギリスのはるか北西、ノルウェーの西辺りに位置し、
本土の一部が北極圏にかかるような厳寒地の一つである。

更にアイスランドの北西には島の多くが北極圏に位置し、
本土の多くが氷河に覆われているグリーンランドがあったりする。

ヨーロッパでも地続きでは無く、独立した孤島な上
(イギリスやアイルランドもそうではあるが)
氷河や気候的、土壌的条件により資源にも恵まれていない。
近年の世界的不況により、国家財政が破綻危機にさらされているなど
決して楽観視できないような状況に陥りつつあるのも事実で、
日本人にとっては響きのよい国名とは裏腹に、現実問題は山積している
ようである。しかしながら、(逆に)気候的な理由と、エコロジーの発展に
より、「世界で最も空気が綺麗」とも言われるなど、北欧らしさも
あるようである。ビョークやシガーロスのような英国で活躍する
ミュージシャンも輩出しているし、チェルシーによって才能を見出された
エイドゥル・グジョンセンのようなフットボール・プレイヤーもいる。

アルバムからの作品である「Fine」のプロモに、そんなアイスランドの
風景がふんだんに収められている(これもスウェディッシュ時代を思い出す)が
恐らく8ミリか16ミリフィルムで撮られたと思われる独特の映像が
厳しくも美しい景色と、そして彼女の歌声と相まって幻想的である。


「Fine」('09) Tomoyo Harada

アイスランドの現実と言うのは厳しいようだが、そんな北欧の孤島でしか
得難いエッセンスと、伊藤ゴローのプロデュースと楽曲を中央に配した
アルバムには一体感があり、アルバムのサウンド全体のトーンが統一
されているように感じる。そういう意味においては、スウェディッシュ
時代の後半作品で、楽曲のほとんどをウルフ・トゥレッソン作品に
まとめ、演奏も彼の率いるFree Wheel(Excuse)で行った98年の
『Blue Orange』に一体感と言う点で近い印象も受ける。

1曲目のかなり穏やかな「ハーモニー」からアルバムはスタートするが
この辺りは前作の「Cruel Park」でも同様だったので伊藤ゴローの
好みであろうか。しかし、彼女のナチュラルなウィスパーヴォイスを
活かした静かな始まりは印象的で導入として良い効果をもたらしている。

2曲目の「Giving Tree」はストリングスをシャープに扱ったクールな
楽曲で、この辺りから前作とは大きく印象が異なっていく。
メロディそのものよりもコード感や原田知世の歌声を前に押し出した
ような楽曲で、ここでも彼女の歌声に耳を奪われていく。

3曲目の「us」はアイスランドの実験的グループ、mum提供に
よる楽曲で、ここでは幻想的アイルランド風情を感じるような楽曲で
彼らが巷でエレクトロニカ系と紹介されている質感よりも、例えば
スコットランドのトラッドのような厳寒の中の土着音楽のようにも
聴こえる、このアルバムの”雰囲気”を象徴するような一曲である。
そう言えば、アイスランドに当初移住した民族と言うのはノルウェー人と
アイルランドのケルト人たちだと言われている。

4曲目の「Fine」はアルバム中でも最もキャッチー(この作品の中では)で、
PVが有ることからもシングル向きの楽曲だろうと思うが、
厳しいストリングスのイントロから一転、優しいアコギの調べに
のって歌が始まる展開がとても良い。

これはとにかく前述した美しいプロモと共に聴いてほしい。後半の
マーチングスタイルのブリッジも含めて、サブカルポップファンには
鉄板の様な展開なのであるが、そんな原田知世をファンは聴きたいのである。

6曲目「夢のゆりかご」は大貫妙子作品で、前作「色彩都市」でも
そうだったが、原田知世と大貫妙子楽曲は抜群の相性を見せる。

7曲目の「予感」は再度mumの手による楽曲で、先程の幻想的ケルト風味
とは異なり、非常に実験的な音像の作品で、言葉にし難い雰囲気である、
"凍えるようなポストロック"と言った風情の編曲である。

9曲目の「ソバカス」は、細野春臣による提供曲。
今回は全体的に実験的なコード展開や編曲が目立つので、逆に
日本人的情緒を持つ彼の楽曲が一番大人びていて、少々AOR的な
編曲に聴こえたりするのはこのアルバムの妙かも知れない。

最後の「青い鳥」はアルバム全体を包み込むような穏やかで
控えめなスケール感を持つ楽曲で有るが、アイスランド人たちに
おけるオーケストラが非常に効いている。静かな終幕である。

オーケストレーションは最後の楽曲だけでなく、アルバム全体の
"雰囲気"を決定づける印象深いものであり、アイスランド録音の大きな
収穫ではないだろうか。人数も控えめで派手さは無いのだが、
アイスランド人における鋭くもどこか独自のメランコリックさと
言うのは、非常にこのアルバムの深みに貢献していると思う。

こうして振り返ると、キャッチーさなどは前作に比べても更に
控えめで、前作のようにゲストに囲まれて同窓会的に音楽を
やっているという風情から一転、アイスランドの厳寒で澄んだ空気を
取り入れたような影のあるこの作品は、派手さには無縁のようにも
思えるし、スウェディッシュ時代のカラフルな華やかさには無縁である。
ジャケット通りのセピアな世界観で作品は終始する。

しかし、本人も再度音楽の世界に戻ってきて、意欲的に取り組んでいる
のが伝わってくるし、一つ一つの楽曲の質は非常に高い。
何度も聴いてみたくなるような奥行きのある作品という点では、
今まででも出色の出来だと個人的には感じている。

しかし、ここまで深く入り込んだ作品を耳にすると、普段ブレンディの
CMで見せる「年齢不詳できままで綺麗なお姉さん」と言う風情とは
遠い次元まで到達しているように思えるので、原田知世のアイドル時代
からのファンにはどう聴こえるのかと言うのはいよいよ心配には
なってくるのではあるが。

メインストリームやカウンターカルチャーも含めて、所謂現代的な
音楽とは有る意味程遠いし、大きなセールスとは無縁の世界観だとは
思うけど、もし、音楽好きであったら、ちょっと耳にしてほしい作品なのは確か。

個人的にはpupaがPVの楽曲「Anywhere」以外はがっかりな結果と
なったので心配していたが、見事に軸をぶらさずにいたのは流石と、
そんな風に思うアルバムであった。僕にとって深秋から冬へかけての
情景に合わせて聴くサウンドトラックとして愛聴盤になりそうである。

追記だが、「Fine」のドラムが素晴らしいなと思ってクレジットを良く
見たら坂田学であった。どうだろう、この歌ものへの見事なアプローチ。
スタイルはともあれ、既に日本のジム・ケルトナーの域じゃないだろうか。
posted by cafebleu at 17:14| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 原田知世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月27日

”凛として、瑞々しく、透明な姿声”

『Music & Me』 原田知世


何だかんだで入手が一ヶ月ほど遅れたが、5年ぶりになる原田知世の新作を入手。



僕の女性趣味と言うのは余り内輪からも評判の良いタイプではなく、
このブログでは雰囲気やコンセプトに合わないのでほとんど取り上げないのだが、
例えば辻希美であるとか、小倉優子が大好きであるし、もう少しまともなものを
上げろと言われても、ソロ以降、特に年齢を重ねる毎に何故か年齢に逆行した
ファッションやアクションをするようになったYukiなどが音楽などは別に好みである。

要するにそういう点はある意味アキバ系的なのである。

それは置いておくが、そう言った日常の嗜好とは別に、自分にとって
理想的な女性はと言うと、それは原田知世である。

最も、原田知世への情景と言うのは、姿と言う見た目だけの要素ではない。
今ではコーヒーの宣伝くらいでしかTVなどのメディアでは見かけなくなったが、
それはそれほど重要な事ではない。勿論相変わらず年齢不詳な美しさを感じるが。

原田知世を僕が変わらず応援しているのは、やはりセンスのある音楽と、
それを支えている美しいヒーリングヴォイスだろう。余りにその身姿と良く似合う
派手さは無いが、洒落を伴った音楽と美しい歌声には惚れ込んでいるのかもしれない。

そうは言っても、僕は彼女がアイドルらしいアイドルだった頃から好きだったとは
全く言えない。

彼女のアイドルとしての黄金期と言うのは、僕は小学校低学年とかで、
追いついていないし、仮にもう少し歳が行っていたとしても、果たして興味を
持ったかは疑問である。スキーの映画に出ている頃の原田知世に今の洗練を
見出すことは難しいのである。

原田知世の第二のブームと言うのは、そんなアイドル時代を終えてしばらくした後だ。
これは以前書いたが、96年辺りに突如として当時日本のサブカルチャー周辺で
ブレイクしていたカーディガンズのプロデューサー、トーレ・ヨハンソンの手による
プロデュース作品がリリースされたのである。

これには思い出があり、当時19〜20歳だった僕は自分の住んでいたマンションの
下にあったコンビニの店員さんが音楽好きで、良く話していたのだが、その人に
「そうそう、今度トーレが原田知世プロデュースするらしいよ」
と聞かされ驚いていた事を今でも思い出すのだ。

”原田知世”・・・その昔アイドルだった人がスウェディッシュ・ポップ・・・。

そう感じるくらい当時は一般的なメディアで原田知世を見かけなくなっていたのだ。
既に彼女も20代後半で、どう言った感じになるんだろうと思っていたが、
やがて「100 Love Letter」や「Metro」などいよいよトーレ・プロデュース作品を
リリースし始め、そして「ロマンス」「シンシア」のヒットによって彼女の存在は
サブカルチャー周辺の間で、以前とは違った形でクローズアップされたのだ。

現在の原田知世の、主軸とは言えないけど、どこか流行とは違った場所で
存在感を持ち続けるようになった原型は、初期のアイドル時代ではなく、
間違いなくスウェディッシュ・ポップでの再浮上以降なのだ。

そんな再浮上以降の彼女が自分にとっては理想的で、憧れの女性である。
まぁ他にも彼女があなどれない理由もあるのだが、それはともかく。

今回の作品は「シンシア」や「時をかける少女」の再録があるものの、基本的には
新曲と、今回のために選んだカバー曲が中心の純粋な新作である。
カバーも大貫妙子からバカラックやビートルズと、「そんな」雰囲気でまとめてある。
また参加ミュージシャンも、彼女を音楽家へと導いた鈴木慶一(ムーン・ライダーズ)、
高橋幸宏(YMO、サディスティック・ミカ・バンド)、伊藤ゴロー(Moose Hill)など
新旧サブカル的人選で行われている。この辺もある程度今まで通りか。

実際のサウンドはアコースティカルかつボサノバ的なアレンジが多く、
ここら辺も以前発表したゴンチチとのカバー集『Summer Breeze』に近い
如何にもな洒落感を漂わせている。この傾向が彼女の作品に多いのは、
恐らくプロデュースする側から見ても彼女の声とフィット感が良いのだろう。
但し今作の方がオリジナルなども存在する分、ただのBGMに終わらない
骨子があって、作品としても充実感は強い。

既に5年前の作品である前作『My Pieces』が鬼束ちひろのプロデュースなどで
知られる羽毛田丈史による作品だったのだが、ここでは良い楽曲も収められている
ものの、変にシリアスな方面に導かせるようなアプローチが目立って、
彼女の透明感を生かせていないのが気にかかったのだが、今回は瑞々しさも
戻ってきているのがうれしい。

また、今作は自作曲や自作詩は多くないのだが、提供楽曲やカバー曲のセンスにも
支えられて非常にどの曲も充実しており、また作曲陣も多彩なので飽きさせない。

強いて言えば、本当にデビュー当時の楽曲リメイクである「時をかける少女」はともかく、
「シンシア」のボサノバ・ヴァージョンは出来不出来とかは別にしても、こう言った
アレンジはライブで聴ければ楽しいものの、わざわざアルバムの一曲を削ってまで
収録する必要があるのかは多少疑問が残る。
しかもこの手法は、以前レビューも書いた本人プロデュースによる作品
『A Day Of My Life』('99)でも「ロマンス」で同様にボサノバ・アレンジを収録
しているので尚更である。

ただ、この時も本人作曲中心の楽曲が一般的なキャッチーさには乏しく
(個人的にはこのアルバムは大好きである)、そう言った対策として過去のヒット曲を
入れたのであろうから、今回の「シンシア」再録も、やはり近年音楽活動をしていなかった
事に対する話題づくりとして、必要な作業で有ったのかも知れない。

個人的に収録された楽曲の中で一聴した程度では有るが耳に
残った曲を上げてみる。

「色彩都市」は82年ごろの大貫妙子の作品のカバーであるようだが、
歌詞も独特のメロディも原田知世にぴったりで、素晴らしい出来だ。
相変わらずのピュアな歌声には本当に癒されてしまう。
何となく楽曲の雰囲気は『みんなのうた』に提供した「メトロポリタン美術館」
に近い感じもする。

「きみとぼく」は自作詩による曲。これも派手では無いが、やはり声に
導かれて聞き入ってしまう。

「アー・ユー・ゼア?」はポップ・マニアが決して避けて通ることは出来ない
バカラック作品。バッキンガムズ辺りで有名だろうか。
バカラック自体もそうであるが、この選曲自体も非常にサブカル的である。
このアルバムの中では比較的エレクトリカルなサウンドが聴けるが、
高橋幸宏が編曲と知って納得である。

「菩提樹の家」は原田知世にとっては音楽の師匠である鈴木慶一作品。
相変わらず少し癖のあるコード展開と作詞なのだが、実は
10年前にプロデュースした『Clover』で提供した楽曲と共通点があるように思う。
鈴木慶一は原田知世を”不思議ちゃん”のように扱うのが好きなのではないだろうか?
何となくすっとんきょうな風情に聞こえる楽曲が多い。
実は彼の楽曲は必ずしも原田知世とぴったりとは思ってないのだが、何せ彼女には
代え難い師匠であろうし、アルバムの中の一曲としては良いアクセントになっている。

「くちなしの丘」はPVもあるので、ファースト・シングルだろうか。
当方は詳しくは知らないのだが、キセルによる提供曲のようだ。
京都の兄弟ユニットでくるりとも大学の先後輩関係に当たるよう。

原田知世本人も痛く気に入ったようで、確かにアルバムの中でも一番わかり易く、
日本的な情緒も薫る中々の佳曲である。


「くちなしの丘」 PV 原田知世

最近映画などでは年齢相応の役柄が多かったけど、やっぱり音楽では
若返る模様で、格好も随分年齢を超えた可愛らしさである。
やっぱりトモヨタソには音楽の方が似合うと思うのは僕だけだろうか。


久々のアルバムであったし、もう彼女も40歳になってしまった。
確かに「ロマンス」や「自由のドア」で弾けていた20代後半に比べれば
多少歳は重ねたかなと、最近は思わせることもあるのだが、
そのスタイルは変わることが無く、既に流行とは無縁の位置に
彼女は居るような気がする。

洗練されているが、その姿勢は凛とした佇まいを感じ、そして
透明感も相変わらず失われてはいない。

普段は少女趣味の自分ではあるが、多才でこんな素敵なお姉さんにも
少なからず情景を抱き続けていきたい。
posted by cafebleu at 05:39| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 原田知世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月05日

You Can Jump Into The Fire

「"音楽家" 原田知世の奮闘記録」 by 原田知世('99)


このレヴューの元自体は結構前にブログとは
全く関係ないところで載せていたもので、
それに多少手を入れてここに載せました。



最初に聴いてすぐに「音楽家への挑戦」という言葉が頭に浮かんだ。
勿論そんな肩肘張ったような音楽を奏でているわけでも無いのだけど、
そうなる為に彼女はここまでやってきたのだ。
「自然体の音楽家」原田知世になるために。

原田知世、何とも位置のわかりづらい人だ。
何かの一線で先頭に立ってきたと言うほどの成功は収めて無い気がするし、
僕は幼かったのであまり良くわからないのだが角川のアイドル時代ですら
同僚の薬師丸ひろ子の後塵を拝していたようなイメージがあるのは
当方がその世代ではないからなのかも知れない。
それでも今も年齢不肖な綺麗さと透明感を歌声だけでなく姿でも
感じる事は出来る。
そして知らない間に薬師丸ひろ子との立場は逆転してしまったようにも見える。

前述したように、原田知世が正に「アイドル」だった時代、
僕はまだ小学校に入るかどうか位の頃だったので彼女に対する記憶はあまり無い。
ブレザー姿の映画の主役だったとか、スキーの映画に出ていたのではとか、
そんな曖昧な記憶しか思い浮かばない。
彼女が僕の世代に注目されるのはそんなアイドル時代を終えて、
音楽の中で自分を模索し始める20代中盤辺りからではないのかと思う。
恐らくはアイドルとして一段落ついた頃の彼女はそれ相応の危機感を
自分で感じていたのだろう、先ず彼女は自らの楽曲をムーンライダーズの
鈴木慶一の元へ持ち込んだらしい。そして彼もその意図を汲んだ、
というよりもそんな思いで原田知世に訪ねられては断るよりも何とか
してあげようと言う気にはなったのかも知れない。

そして鈴木慶一プロデュースの元、92年にアルバム『Garden』を発表する。
これが「音楽家」原田知世の記念すべき第一歩にあったのは間違いないだろう。
そこには自作曲や自作詩も含まれていた。その後もカバー・アルバム等で
鈴木慶一との二人三脚は続く。恐らくこの中で彼女は音楽家としての
意識のあり方を鈴木慶一から学んだのではないかと思う。
ただ僕はまだこの頃彼女を「音楽家」として注目する事は無かった。
でもここで鈴木慶一と出会ったのが今後の原田知世の
立ち位置を決めたような気がしてならない。

そして彼女に大きな転機が訪れる、それが96年の『clover』だ。
このアルバムでは半分は今までどおり鈴木慶一のプロデュース、
そして残り半分があの「スウェディッシュ・ポップ」の仕掛け人、
トーレ・ヨハンソンだったのだ。これは彼女にとって余りに大きな出会いであっただろう。
彼女キャラクター、声質など考えてみれば、トーレ・ヨハンソンとの
相性が良い事はすぐにわかること。そして彼女は「サブカルチャー」にの方に
向かって意義ある一歩を踏み出す事になる。

ここでは詳しく触れないが、『clover』は二人のプロデューサーが
「ポップ」というのをキーワードにして各々の世界観でプロデュースを
行ってる印象がある。前述のようにトーレは勿論「スウェディッシュ」な感じ。
では鈴木慶一は?と言うと、これもある意味彼らしく
「中期ビートルズ経由〜XTC箱庭ポップ行き」とでも言える
楽曲、アレンジを用意した。

個人的な意見だが、僕は当時も今も「ブーム」としての
スウェディッシュ・ポップには余り馴染めなかった。
カーディガンズを始めとするトーレ・ヨハンソンの申し子達は、
確かに全てが悪いものとは思わなかったが、明らかにサブカルチャー、
しかもそれが下北沢の女の子達や渋谷系の残党をあからさまに
ターゲットにしたような作為を感じるものだったのも確かで、
それがどうにも自分には違和感があった。ただし、
個性的な音響感覚を持つトーレ・ヨハンソンのアナログ感覚溢れる
プロデュースや、彼やその右腕的存在だったウルフ・トゥレソン
(エクスキューズ、Free Wheel)の作る楽曲はメロディックかつ
ノスタルジックで、ブームの去った今改めて耳にしてみると
「エバーグリーン」な暖かい感覚もあって、決して批判だけで
迎えるものでは無いのだと今更ながら思ったりもする。
実際カーディガンズは本国や日本だけの「小さなブーム」を超えて
イギリスでも大きな成功を収める事になる。
でも実際にトーレのプロデュースと最高の相性を見せたのは
原田知世だったのではないかと思う。
その位彼女にはあのアナログサウンドとイメージが良く似合った。

それはともかく、このスウェディッシュ路線を歩み始めた原田知世は
早くも評価を得ることになる。それが翌97年のシングル「ロマンス」だ。
トーレ・プロデュース、ウルフ・トゥレソン作曲のこの完璧な
ポップ・チューンはノータイアップだったにも関わらずスマッシュヒットを記録する。
ここで彼女は自分の音楽家としての「イメージ」を確立できただろう。
そしてこの後この路線に突き進む。同じ年に出されたアルバム
『I Could Be Free』は全編トーレ・プロデュース、タンバリン・スタジオ録音。
ジャケットの淡いデザインから実際の中身まで完全無欠の
「スウェディッシュ・ポップス」に仕上がった。実際そんな事を抜きにしても
このアルバムはサブカルチャー的ガール・ポップとして素晴らしいアルバムだと思う。
この時彼女は30歳、今までとは違った成功をこの歳で手にすることになった。

更に自分が出演したドラマに「シンシア」がエンディング・テーマで起用され、
これもヒットを記録して当時の彼女はその波に乗っていた。

その後、このトーレ・ヨハンソンとのコラボレーションは次作
『BLUE ORANGE』まで続く事になる。何かblurの「ブリットポップ3部作」の
様な例え方になるが、原田知世にとって『clover』から『BLUE ORANGE』
までの「スウェディッシュ・ポップ3部作」で得た事は大きかっただろう。
一人の「アイドル」として始まった原田知世が「音楽家」としての自分を模索して、
試行錯誤して異国の大物プロデューサーと仕事をする事、
これが彼女にとって実りあるものだった事は想像に難くない。

鈴木慶一との出会いで「音楽家」としての在り方、作法を学び、
トーレ・ヨハンソンとの出会いで自分の立ち位置、
つまりはイメージを確立できた。評価は賛否あれど彼らのような
「音楽」で形を成している人たちとのコラボレーションによって彼女は
「音楽家」として相当感化されたはずだ。そして彼女は楽曲、
プロデュースを含めて全てを自らでやろうと決意をする。
これは彼女の大きな「挑戦」だっただろう。それがこの『a day of my life』である。



とても前置きが長くなってしまったが前述したとおりこのアルバムは
全編彼女のセルフ・プロデュース、作詞は勿論全て彼女自身、
作曲も数曲ウルフ・トゥレソンのものがあるが、
それ以外は全て彼女によるもの。
今までも自作詩や自作曲が無い訳ではないが、
これだけ徹底的に自分でやったのは明らかに初めて。
正に原田知世の「音楽家」としての挑戦アルバムだったのだ。
勿論エンジニアや演奏陣は皆この「音楽家」原田知世を
暖かくバックアップしているので、これらの貢献も見逃せないのだが。

それにしても大したものだと思う。
先ずは彼女自身の楽曲に耳が奪われる。
本当の作曲家では無いので基本的にはコードをシンプルに
使っているのだがその展開は大胆で突然だ。
転調も急にしたりするのだが意図したものではなく、
自分の中では自然にそうなるのだろう。そんなどこか竹を
繋いだようなまだ不器用なところも含めて「ピュア」で微笑ましいのだ。
そしてそこに彼女独特の透明感のあるヴォーカルが乗る。
スウェディッシュ路線で歌にも自信をつけた彼女がこれまで以上に
恍惚的なヴォーカルで自ら作曲した曲の中を自由自在に動き回る。
実はこのアルバムでの歌唱が「やり過ぎ」とか「自分に浸り過ぎ」
との批判も見受けるのだが、「音楽家」として必死に個性を出そうと
しているこのスタイル、僕は評価してあげたい。

ジャンル的にはその頃彼女が好んでいたであろう物が混在している
感じと言えば良いだろうか?フォークあり、ファンクあり、ボザノバあり。
それらが適材適所というより「ただ」並んでる。という感じである。
それでいてとっちらかった印象は無いのは「彼女がしたかった事」
というコンセプトでまとまってるような気がするからだろうか。
あとどこかで通底してるのは簡単に言うと「70年代」と言うことになるだろうか?
キャロル・キング、トラフィック、セルジオメンデス、ニューソウル等を
原田知世は発見していたのではないだろうか?
音楽を志せば誰しも通る道ではある。そしてそれがとても素直に出ている。

楽曲を簡単に説明しておくと、M-1「シンプルラブ」は緩やかなアルバムの
幕開けを飾るフォーキーな曲。どうってことのない曲なのだがそんな感じが
とても心地よい。M-3「Road And Blue Sky」はフルートとMaj7コードの
絡みも気持ちよく、そこに低く抑えた彼女のヴォーカルが乗る佳曲。
ニューソウル的なコード感とアレンジ、それに反したようなフラットな彼女の
歌い方がミスマッチで逆に良い。タイトル曲M-4「a day of my life」は
彼女独特のコード感が良く出た曲でだらだらとしたAメロから突然
メランコリックなサビに突入するという結構強引な展開なのだがこれも悪くない。
M-6「花と人」も突然開けるサビが素晴らしいが、
ポップの作曲フォームの基本としての「つまらないAメロとわかりやすいサビ」を
知ってると言うよりは自然にそうなったのだろう。先行シングルとなった
「You Can Jump Into The Fire」は敢えて言わせてもらえば
「完全なファンク」でもろにアイズレー・ブラザースやスライ辺りを想像させる
様な彼女にしてはミニマルなナンバーだ。意欲的だがこれを先行シングルに
持って来るのは如何なものなのか・・・。
M-11「Take me to a place in the sun」はスウェディッシュ・ポップで
吸収したものを彼女なりに解釈したようなポップ・ナンバー。
その世界にある意味浸ったようなヴォーカルスタイルがまた愛らしい。
他にもあるがここまでが原田知世自身のペンによるナンバー。

ウルフ・トゥレソン作曲のナンバーも簡単に紹介しておくと、
M-2「君の住む星まで」はやはり彼女に歩調を合わせたかのような
ファンキーなナンバーだが、さすがに職業作曲家、ファンキーだが
「ファンク」になり過ぎないように適度にポップなメロディでサビに向かう。
M-5「LOVE * TEARS」はウルフらしいメランコリックなナンバー。
M-10「SECRET ADMIRER」は彼のバンド"エクスキューズ"
(後にFree Wheelに改名)でも聴けるようなアコースティカルで
メロディアスなナンバー。ポール・マッカートニーの「Blue Bird」的な
影響を感じる曲をウルフ・トゥレソンは良く書いていた。

本当にピュアな「音楽家」原田知世を見事にパックした
アルバムだったのだが、キャッチーさに乏しい事やスウェディッシュ・ポップの
ブームがこの頃には完全に終焉し、彼女にもやや逆風が
吹き始めていた事などもあってセールス的にはここまでのアルバム程の
成果は残せなかったようだ。恐らくこのアルバムが非商業的なのに
危惧を抱いてわざわざヒットしてそんなに時間の経っていない「ロマンス」を
妥協案としてボサノバ・ヴァージョンで再録までしたのだろうが。

実際にこのアルバムをただ「原田知世のアルバム」という意識だけで
普通に聴いてもピンと来ない人は多いような気もする。
どうもこのアルバムでのセールス的な躓きによって彼女の
「音楽家」としての冒険は終わってしまった様な気がするのが少々残念だ。
勿論この後もゴンチチなどと組んで所謂「ヒーリング・ミュージック」をやったり、
いち早く「Cafeミュージック」なんかにも手を出す辺りさすがな部分もあるが、
そこら辺の選定は本人だけとは限らないので何とも言えない部分がある。

結局彼女は「音楽家」ではなく女優であるわけでいつまでも
自作を数十曲も作るとかセルフプロデュースでアルバム作りますとか
やってられるわけでもないのだろうが、このアルバムを聴いていると彼女には
「音楽家」としてまだまだ伸びしろが有ったような気がして勿体無いと
思ってしまうのは当方だけなのだろうか?でもどこか「未完成」な
このアルバムに耳を傾け「音楽家」原田知世がもしこの道を進んでいたら
どんな形になっていたのか?と想像しながら聴いてみるのも悪くないかな、と思う。
posted by cafebleu at 12:54| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 原田知世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月27日

Lullabye

「ヒーリング・ヴォイスの子守唄」 by 原田知世('02)


ドキュメンタリーのナレーションで有名なのは恐らく森本レオだろうか?
当方はあまりTVを観ないのでそんなに詳しいわけじゃないが
「森本レオ=癒し声のナレーション」というのは良く知られたところか。
彼は元々俳優でもあり、そういう意味では
「俳優兼任ナレーショニスト?」と言う事も出来るか。

まぁ処女好きと言うのが一番有名かもしれないけど。

では女性ナレーションで似たような立場の人は?
それは原田知世である。
もっとも森本レオ程認知されてるとも言えないが。
表舞台での仕事がコーヒーのCMくらいでしか見かけなくなった分、
彼女は裏方でナレーションの仕事を多くこなしている。
今度ドキュメンタリーで女性の声がしたらチェックしてみて欲しい。

彼女の場合その癒し声は女優業で
評価されたというよりも「歌」によって認知されたのではないか?
キー如何に関わらず済んだ水面のような
透明感のある歌声には僕も良く癒される。

スウェディッシュ・ポップ時代に活躍した頃は
その柔らかい歌声が先に成功していた
カーディガンズのニーナとも共通するところがあっての
起用というのもマーケティング・サイドや
プロデューサーであったトーレ・ヨハンソンにもあったのだと思う。

そしてその時代は少し前の話になりつつあった2002年、
彼女も30歳をとうに過ぎた「大人の女性」になっていた。
以前のように活発な音楽活動からも離れつつあった。

もう、渋谷系もスウェディッシュ・ポップもブームとは無縁のものでしかなかった。

そんな中久々に彼女のアルバムは製作された。
プロデューサーは当時鬼束ちひろなどで売れっ子だった
羽生田丈史。この組み合わせで製作された『My Pieces』は中々完成度の高い
「大人の」女性ヴォーカル・アルバムという感じだ。
正直に言うと悪くは無いが以前のようなわくわくするような
ポップではなかった。「手堅く」「無難」なアルバムというべきか。
何より本人も以前ほど音楽には情熱が無いように聴こえた。

実際にこのアルバム以降彼女は作品を全く出していない。
確かに本業は女優であるが、活発な頃は毎年のように
アルバムを出していたのを考えると彼女も歳を重ね本来の場所に
戻ったのか、それともニーズ自体が無くなり作品を作る事も無くなったのか。

何だか少々残念である。



「Lullabye」は非常にシンプルなピアノ弾き語りの繊細な歌。
まさしく「子守唄」、澄み渡ったピアノと
彼女の歌声がどこまでも響き渡るよう。
posted by cafebleu at 02:03| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 原田知世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。