2008年10月10日

"SMiLE"とサブカルチャーと淡夢の終わり 07 〜Surf's Up〜

"唯一つの救いは、この曲が公に残ったこと"

今の目で見れば、その充実した内容や、彼らなりの70年代に対する
時代感への気配りも見事にこなしたと言え、何故チャート的にこれほどまでに
失敗したのか理解に苦しむ『サンフラワー』であるが、結局いくら峠を過ぎたとは
言え、ベスト100にも上れないアルバムを作ってしまったことにより、再度の
方向転換へと進むことになった。いや、進まざるを得なかったと言えば良いか。

第一にはジャック・ライリーの広報マネージャー登用である。

当方は彼に詳しい訳ではないが、元々NBCのようなTV業界界隈の
ジャーナリストとして活動しており、彼らの特番製作がきっかけで
ビーチ・ボーイズ、特にカールに近づいていった模様である。

ジャーナリズムの観点から、ライリーは政治的にもそれなりに精通しており、
当時の世情の一つであった”ヒッピー以降”のミュージシャンが持つ
ある種の左派的雰囲気をビーチ・ボーイズにも持ち込むようアドバイスしたと
される。それは確かに彼らに欠けていた”現代性”の一つではあった。

ここでこの時代の政治的な背景とミュージシャンの作品への反映などに
話してると長くなるので余り触れないが、マーヴィン・ゲイが単なるショービズで
あった(良い意味でもある)モータウンの中で、『ホワッツ・ゴーイング・オン』と言う
ソウルにおけるエポックメイキングなアルバムを出し、世に憂いを問うたり、
エコロジカルな提言を歌に込め始めたのもこの時期であるし、それは新しいソウルの
形として70年代以降のミュージシャンに大きな影響を与えていくことになる、
そんな時期であった。ジョン・レノンも政治的活動が活発になっていた時期である。

そう言った、娯楽以外の要素を強く打ち出して現代性を獲得しようと言うのが
一つである。この時期には各種のフェスティバルなどにも参加していたようだ。

もう一つは、小出しにしつつも何処かでパンドラの箱になっていた
『スマイル』への再接近である。

すでにここまでも『フレンズ』を除く大概のアルバムで『スマイル』のマテリアルを
小出しにし続けてきたのだが、ここに来ていよいよ彼らは『スマイル』の本当の
コアであった「サーフズ・アップ」を引っ張り出そうと言う話になっていく。

ここにもジャック・ライリーの商業的戦略が絡んでいることは想像に難くないのだが、
それにしても、いよいよをもって『スマイル』で最も輝きを放っていた「サーフズ・アップ」を
公にすることで、商業的な回復も目論んでいたのではないだろうか。

これを聞いたブライアンは当初大反対したようだが、彼の意図とは裏腹に、
この企画は進んでいくことになる。

そして、それらに当時の新曲などを加えたアルバムがタイトルも正に
『サーフズ・アップ』へとなっていく訳である。



正直に言って、そこにどんな理由があろうが、「サーフズ・アップ」がきちんと録音物として
世に残ったのは、当時のブライアンの状態などを鑑みると、奇跡と言って良く、
また、本当に良かったと個人的には思っている。この曲がもし残せなかったら
それはポピュラー・ミュージック史における大きな損失になっていただろう。

それくらい、これに勝る曲を見つけるのは至難だろうと思うし、
こんなに複雑で美しい曲を他に僕は知らない。
ビートルズやジョンやポールでも作り得なかった曲だと思っている。


「Surf's Up」(Brian's Solo Demo) Brian Wilson


「Surf's Up」(B.Wilson-V.D.Parks) The Beach Boys

「サーフズ・アップ」自体はバッキング・トラックに66年当時のものを利用し、
そこにカールが信じられないほど美しいヴォーカルを録音、後半のピアノ
弾き語り部分は、これも66年当時のブライアンが歌うものをそのまま流用し、
そこに最低限のオーバーダブを加えて完成させた。

言葉では説明できない曲である。難解な部分もある。
しかし、10年以上聴き続けて来た今でも心に響き続けるものがあるし、
聴けば聴くほど素晴しい曲だと思う。それは僕がそんな世代のせいもあるだろうか。

アルバムとしての『サーフズ・アップ』は、サウンド的には前作『サンフラワー』を
継承している部分もあるが、前作のように風通しの良い楽曲はほとんど見受けられず、
どちらかと言うと、どんよりとした輪郭のはっきりしない楽曲や暗い感じを受ける。
それはジャケットにも反映されている。

歌詞は一気に社会的、思想的に傾き、その辺にライリーの影響を感じさせる。
当時のシンガー・ソング・ライター達にもあった内面を浮き出すような、そんな手法が
前に出ている。しかし、楽曲そのものが前作より全体的に弱く、アルバムとしては
『サンフラワー』には完成度で遠く及ばないと僕は考えている。
これには、再びブライアンが衰え始めていることを示唆するものもある。

そもそも「サーフズ・アップ」は66年の『スマイル』のマテリアルをそのまま使用したもの。
新曲は「ティル・アイ・ダイ」と「ア・デイ・イン・ザ・ライフ・オブ・ザ・トゥリー」で、どちらも
深い楽曲であるが、この2曲がブライアンのメンタルがいよいよ限界に来ていることを
暗示、いや明示しているものなので、聴いていると切ない気持ちになってしまう。

「ア・デイ・イン・ザ・ライフ・オブ・ザ・トゥリー」は、何故かジャック・ライリーがヴォーカルを
取っているが、この辺りがブライアンのセンスの良さだろう。
本来歌手では無い彼の朴訥とした歌声が、逆にこの曲の良さを際立たせている。
良く言われているが、この曲が晩年のブライアンのヴォーカルによる世界観と
被る部分があり、その辺も含めて興味深い。後半に僅かだがヴァン・ダイク・パークスの
ヴォーカルも登場する。派手な曲ではないが個人的には名曲だと思う。
聴いていると、自然と意識を失ってしまいそうな、そんな幻想的な曲である。

「ティル・アイ・ダイ」はブライアンの当時における精神状態そのものを表した有名曲だろう。
タイトルからしてあからさまであるし、その歌詞は既に当時の鬱状態そのものにも
疲れ果ててしまったのではないかと思わせる節がある。それでも抜け出せないのだが。

この曲はブライアンがブライアンらしい歌声で歌った最期を捉えた楽曲としても重要で、
この後、アルコールやドラック漬けが更に進み、いよいよこの天使のファルセットを
失ってしまう直前の歌声でもあるので、その点でも重要作だろう。
この後のブライアン復帰作で、余りの歌声の変化に、ファンは愕然させられたのが事実だ。

淡々としたリズムボックス、不安定さを煽るようなヴィブラフォンの音色、重層的なコーラス。
そのどれもがシンプルなコードながらも見事な完成度を見せる。
自らが堕ちて行く様子すらこれ程美しく表現出来てしまうのが、彼の類まれなる才能でもあり、
そしてそれこそが悲劇でもあるのだが。


「'Til I Die」(Brian Wilson) The Beach Boys
『エンドレス・ハーモニー』に収録されたオリジナルとは異なる長いヴィブラフォンのイントロが
導入されている別ヴァージョン。絶望的ながらも美しく、耽美的な長めのイントロを切り裂くように
始まるコーラスが何度聴いても素晴しい。


「僕が死ぬまでこんな状態だ」と絶望するかのような内容の曲を、ここまで仕上げてしまうのは
上記で触れたとおり才能でしかないのだが、しかし、この後ブライアンはいよいよ深い闇に
向かい、この後の数作ではまともに楽曲を提供できない状態になり、更には録音そのものには
ほとんど参加できないようになってしまう。そして深酒とドラッグが彼の天賦の才である
歌声を奪っていってしまうのである。そう言った意味で、この曲はここまでの自分への
別れの曲のように個人的には感じている。結果的にそうなったと言えば良いのか。

他のメンバーの楽曲は基本的に前作のような結束力は感じられず、アルバムを通して聴くと
弱い曲が多い。そして、ブライアンの状態に足を引っ張られたかのように暗めの楽曲が
多いのも特徴だ。シンガーソングライター時代の流行を取り入れた面もあったのかも
知れないが、それが過ぎると余り彼らには似合わないのもまた事実である。

マイクの「スチューデント・デモンストレーション・タイム」などは左派的な政治歌のつもり
なのだろうが、なんとも中庸でどっちつかずな歌詞や、ジョンの「レボリューション」を
意識したものの、出来損ないのような意味不明なハードなアレンジなど、聴いていて呆れる。

その中でもカールがソングライターとしての成長を見せた「ロング・プロミスド・ロード」は
地味ながらも静と動の対比が聴き所の佳曲であるし、インテリジェンスを感じる。

また、ジャック・ライリーとの対立からこのアルバム後に脱退してしまったブルース・ジョンストン
の「ディズニー・ガールズ」はソフトロックとして文句無しの名曲である。
彼のビーチ・ボーイズ作品の最高傑作だろう。3拍子ながらかなり洗練されているのも特徴。

こんな風に楽曲単位ではそれなりに聴き所もある。何よりも「サーフズ・アップ」が収録
されている。そういう点でこのアルバムは重要作なので買って損する類のものでは無い。

結局「サーフズ・アップ」を持ち出した効果だったのか、このアルバムは彼らにとって
本当に久しぶり(67年作の『ワイルド・ハニー』以来)のベスト30内を記録する(29位)
アルバムとなり、セールス的には少なくともジャック・ライリーを起用したことが
吉と出たと言えるだろう。

しかし、毎度の事ではあるが、ブライアンの更なる不調、安定して優れた楽曲を提供出来る
ブルース・ジョンストンの脱退により、この後のBB5はカール頼りのバンドに傾き始める。
カールはこの後更にバンドに70年代色を強めて行き、ドラムとヴォーカルに黒人である
ブロンディ・チャップマンとリッキー・ファターを加えると言う大胆な改革?を行う。

それがビーチ・ボーイズとしての進むべき道なのかと問われると、カール贔屓の自分でも
首を傾げざるを得ないような方向性と言わざるを得ないし、この路線でも大きな成功には
程遠かった。

この後のアルバムについては余りレビューで触れるほど愛着があるものが少ないので、
(『M.I.Uアルバム』は秀逸だと思っているが)長く続いたレビューはここまでに。

次回編ではここまで『スマイル』を軸に、それらが散りばめられた時期のアルバムを
振り返ったが、そのまとめを自分なりに。どうしてこのようなタイトルにしたのかも含めて。
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2008年08月16日

"SMiLE"とサブカルチャーと淡夢の終わり 06 〜Breakaway〜

”華々しく、充実した幕開けになるはずだった移籍と70年代”


69年にリリースされた『20/20』をもって、愛憎入り混じる関係とも言えた
キャピトル・レコードとの契約は終了する事となった。

前項で書いたとおり、この時期のブライアンの状態は芳しく無く、
アルバムにほとんど新曲を提供できなかった。

しかしながら、アルバムリリース後にブライアンは回復の兆しを
見せ始める。とても勝手な話なのだが。

そして、シングルとしてキャピトルから最後のリリースになった曲が
「ブレイクアウェイ」となった。この曲は、当時ベットに篭りがちだった
ブライアンが突如創作意欲を取り戻し、作曲からプロデュースまでを
久々にすべて一人で行った(作曲自体は父との共作)意欲作であった。


「Breakaway」('69) by The Beach Boys
カールの歌うメロウなAメロ、そして短めのブリッジを経て、一気に向かう
アルの歌う開放的なサビ。そのどちらも見事な仕上がりで、聴く者に息をつかせない
完璧な”3分間のポップチューン”である。比較的難解なコードやハーモニーで
聴かせる事の多いビーチボーイズの楽曲にあって、ストレートなポップ感が
ポールやビートルズ好きにも聴きやすく感じる。事実イギリスで大ヒット曲となった。


上記の通り、今聴けば間違いなく彼らの名曲の一つであり、今でもブライアンがツアーで
良く取り上げる曲の一つであるが、直近のアルバムにも入ってない上、キャピトルが
既に自らのレーベルを離れることが決まっているバンドのシングルをまともに
コマーシャルしてくれるとも考え難く、楽曲やブライアンの充実とは裏腹に、全米63位と言う
パッとしない順位で終わった。但し、彼らへの評価が高まっていたイギリスでは6位に
食い込むと言う、この時期においては大健闘を見せることになる。
実際楽曲もイギリスの方が受けそうなポップ感を持っているような気がする。

このシングルの失敗もあってか、またブライアンは落ち込んでしまったようだが、
それでもこの曲は、来るべき70年代の充実を十分に予感させるものであった。

そして、ビーチ・ボーイズはレコード会社を移籍することになる。
その移籍先は、ヴァン・ダイク・パークスも所属するワーナーであった。

当時、ワーナーの社長がBB5贔屓だったこともあって念願の移籍であったようだが、
そう簡単ではなかったようだ。それもそのはずで、当時どんどんチャートが下降線を
辿っていた”過去の遺物”みたいなバンド、しかも中心的なコンポーサーである
ブライアンが精神的に病んでいるのが公になっている状態で、喜んで契約をしたがる
レコード会社があるとも思えない。

この契約自体も思ったよりBB5にとっては不利なもので、その中には
「スマイルの音源を積極的に利用する、もしくは再リリースする」と言うような
条項もあったようだ。また、アルバムの内容に関してもそれなりに口を出すと言った
条件もあったようである。

そうは言っても、最後は裁判沙汰にまでこじれたキャピトルを離れられた開放感は
有ったであろう。もちろんその仕打ちとしてキャピトルは彼らの移籍後、すべてのカタログを
廃盤にすると言う仕返しを行うのだが。

ともあれ、新レーベルでの記念すべき1作目をリリースすべく、アルバムの録音作業は
始まった。それは「ブレイクアウェイ」で見せたような開放的かつ力強い路線を引き継ぐ
ものとなった。

何度かワーナーからの検閲は入ったようだが、無事移籍第一弾として発売されたのが
70年発表の名作『サンフラワー』である。



このアルバムは、簡単に言うと、『フレンズ』や『20/20』で試行錯誤していた、
「ブライアンだけでなく、バンドとして自分たちに何が出来るのか」と言う部分での
集大成とでも言える様なアルバムである。

そこまでは、結局ブライアンが弱ると、ほかの面子では力不足な面が目立ってしまったが、
ここに来て、デニスが朴訥とした魅力のある楽曲を書けるようになり、そしてカールは
ヴォーカルの熟成だけでなく、プロデュースにも力を発揮するようになる。
更にはそこまで控えめだったブルース・ジョンストンが持てる力を発揮できるようになり、
”バンドらしい”傑作が作られる素地が出来上がったと言えるだろう。

勿論ブライアンもアルバム全編とは言わないまでも楽曲を提供出来るくらいに回復を
一時的ではあるが見せていた時期である。

そう言った要素が交じり合って、非常に充実し、バラエティに富んだ、今までと違う魅力を
持つBB5のアルバムが完成することになった。それが『サンフラワー』である。

最も、『サンフラワー』が発表されるまでの過程すら、順調と言えるわけではなく、
当初『サンフラワーズ』もしくは『アド・サム・ミュージック』などと言う仮タイトルで予定
されていた移籍第一弾アルバムは、ワーナーからの検閲なども入り、幾度か収録予定曲
を変更し、最終的には『サンフラワー』として世に出たのである。

なので、この時期に録音された楽曲の中で、どうして『サンフラワー』に収録されなかったのか
と言う佳曲もアウトテイクには多く存在する。

一番惜しかったのは、既に上記で紹介済みの名曲「ブレイクアウェイ」だろう。
ブライアンが、突如閃いて作られたこの曲は、ワーナーでの最新シングルではなく、
キャピトルでのラスト・シングルとなってしまった。この曲は収録すべきだっただろうが、
当然レコード配給会社が異なるので収録できなかった。

上記は取り敢えず発表されているからいいとしても、未発表曲でとんでもないクオリティのものが
この時期にはあったりする。それが98年に発表されたサウンド・トラック『エンドレス・ハーモニー』に
収録された未発表曲「ソウルフル・オールド・マン・サンシャイン」である。



この曲はサンレイズのリック・ヘンとブライアンの共作による壮大な”ソフトロック”で、
オープニングの豪快なハーモニーから、息つかせぬポップな展開に、カールの正に
”ソウルフル”なヴォーカルが乗ると言う逸品で、この開放的なサウンドが『サンフラワー』に
ぴったりなのにも関わらず、何故ここまで陽の目の見なかったのか、本当に疑問である。

『エンドレス・ハーモニー』は一見同名のドキュメンタリー番組のサントラ体裁を取っているが、
その内実は貴重な未発表曲、テイクのオンパレードで、前述「ブレイクアウェイ」の
ブライアン一人で歌うデモや、「ティル・アイ・ダイ」の発表版より長く、遥かに美しいミックス、
「英雄と悪漢」の一見ラフなピアノ・デモが、実は途中から『スマイル』の重要な未発表曲(当時)
である「アイム・イン・グレート・シェイプ」「バーンヤード」の歌メロへと展開していくとんでもない
貴重な”断片”であったりと、マニアには必携とも言えるアイテムの一つである。

これだけアルバムに入れるべきでは無かったかと言うマテリアルが欠けている『サンフラワー』
ではあるのだが、それでも内容は非常に充実している。

デニスのファンキーな1曲目「スリップ・オン・スルー」に導かれ、ギターリフとカールの
力強い歌メロでスタートする「ディス・ホウル・ワールド」はファンには大人気の名曲である。
この僅か2分足らずの楽曲の中に、息をつかせない美しいバースが次々と訪れ、
聴く者を虜にして飽きさせない。ある種ポップで性急な曲調にミスマッチにも聴こえる
ゴージャスでゆったりとしたコーラスも素晴らしければ、カールの潤い溢れるヴォーカルも
完璧と言う言葉以外見当たらないのである。

続いて、初期を髣髴させつつも、どの初期の彼らの曲よりも壮大なコーラス・ワークが
楽しめる「アド・サム・ミュージック・トゥ・ユア・デイ」もBB5流ゴスペルと言った趣で
捨てがたく、現在のブライアンのツアーでも人気曲の一つである。

「ディードリ」はブライアンとブルース・ジョンストンによる共作で、各々の特徴が良く出た
佳曲である。ブルースらしいやや甘めのヴォーカルと歌メロのAメロの後、
ブライアンの突き抜けるようなファルセットが響くサビへのメリハリが心地よく、
ただの甘いソフトロックに終わらせない。

もう一つのブルース作でこちらは単独作の「ティアーズ・イン・ザ・モーニング」は意欲作で、
実はコード3つほどの展開が延々と続くのだが、都度歌メロやアレンジを変えて、
立派な”ポップ・ソング”として成立している。コードを多用するイメージのある人だが、
ミニマルなコードで”聴かせられる”歌を作ると言うテーマはポップ職人にとって、
一度はやりたい職人芸なのだろう。

ポールの「幸せのノック」「心のラブソング(Silly Love Song)」もその好例である。

そして、アルバムのハイライトの一つであるデニスの「フォーエバー」もこの作品を
象徴する1曲である。作風はここまでも見せてきた朴訥としつつも味わい深い
スローテンポな曲なのだが、その作風の完成系とも言える仕上がりである。

まだデニスの声も晩年のようにしわがれておらず、淡々と、渋いながらもジェントリーな
その歌声と、それに対比するようなブライアンを中心とした迫力のあるコーラスも完璧である。
後半の”Baby, Baby”と言うコーラスの掛け合い部分が何度聴いても美しい。

カール中心に作られた「アワ・スイート・ラブ」も派手さは無いのだが、『ペット・サウンズ』を
思わせるような深い音像のアレンジが心地良い、隠れた名曲の一つである。

そして、ラストにはお馴染み『スマイル』セッションから作られ始め、『ワイルド・ハニー』
セッションで現在の形の原型になった「クール・クール・ウォーター」が収録。
中盤の不穏なコーラス・パートは『スマイル』セッションのものをそのまま流用したものだし、
この曲の原型自体がセッション中に録音された「アイ・ラブ・トゥ・セイ・ダ・ダ」と言う曲である。

曲自体は如何にも『スマイル』時代らしい抽象的でサイケデリックな作風である。
アルバムの雰囲気には合ってないような気もするのだが、まぁこれはこの時期の
ビーチ・ボーイズの”お楽しみ”編みたいなものだろうから、それは致し方ないか。

これだけこのアルバムには良い事が思いつくし、実際に現在では名作の誉れも高く
個人的には大げさとは思うが、この作品を「BB5の”サージェント”である」と言う人までいる。
バンドとしての結束感が良い形で結びつき、バラエティに富みつつ充実した楽曲が揃うと言う
素晴らしいアルバムである。70年代と言う時代背景が生んだ録音技術の向上も、彼らの
美しいハーモニーをこれまで以上に堪能でき、本当にベストのタイミングで作成されたと思う。

しかし、意気揚々と、移籍の船出を告げたかにも思える名作『サンフラワー』だったのだが、
当時のチャート的には151位と言う、信じられないような結果に終わってしまう。
これは『フレンズ』の失敗を上回る(下回る?)結果である。

当時人気を博していたイギリスにおいても29位と言うぱっとしない結果となってしまった。

この結果には本人たちも落胆しただろうが、それ以上にワーナーが酷くショックを受けたようだ。
まぁ当たり前だろうが。

どうしてこれ程までにチャート的に失敗したのか理由に窮する作品である。
『フレンズ』の場合、今の耳で聴けば”癒しの小品集”とでも言える良さはあるが、
一つの作品としての弱さは拭えないし、キャッチーさにも欠けるし、時代がロック一辺倒
なのに、チルアウトみたいなポップアルバムなんて誰も求めてなかっただろうとは推測できる。
それに比べると『サンフラワー』は、適度に70年代の横風を受けつつも、彼ららしさを失わず、
かつ力強い楽曲がしっかりと並んでいる。バラエティも豊かだし、開放的なジャケットだって
悪くない。それなのに、である。

強いて言えば、やはりワーナーが神経質になって検閲に走った結果、収録すべきだった
曲を外してしまったり、ブライアンの気紛れで、キャッチーさではトップクラスの
「ブレイクアウェイ」のこのアルバムに入れなかったりと言う所だろうか。
大体においてレコード会社が執拗に内容の方に立ち入ると、かえっておかしな方向に
行くものである。

そうは言っても今日では、彼らの作品の中でもベスト5内に間違いなく入る名作で、
個人的にこれからビーチ・ボーイズを聴きたいと言う人に最初にリコメンドしたいアルバム
はこれで決まりである。それくらい聴きやすいのである。

彼らの初期も素晴らしいのだが、リアルタイムでない耳で聴くと、ややオールディーズ感が
強くて、懐メロ的にいいねとなってしまう傾向がビートルズ以上に強い彼らなので
(ミスター・ドーナツで流れるオールディーズにおあつらえ向きなのである)
現在のポップ・ファンやビートルズ好きには、このアルバムがお奨めなのである。

しかし・・・やること成す事上手く行かないとはまさしくこの事で、本当に息の長いバンドで
ありながら、ある意味幸の薄いバンドでもある。普通この内容でここまで失敗しないだろう。

そして、彼らはこの失敗を受け、いよいよ迷走の70年代を更に突き進む事になる。
ブライアンは更に病状を悪化させ、遂には大事な能力の一つをこの先失うことになる。
posted by cafebleu at 23:58| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | Brian Wilson[Beach Boys] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月27日

"SMiLE"とサブカルチャーと淡夢の終わり 05 〜Nearest Faraway Place〜

”キャピトルとの別れとスマイルのチラ見せが始まり・・・”


凄く酷い言い方をしてしまえば、「心を病んでいる人のためのヒーリング・ミュージック」
とでも言えたアルバム『フレンズ』の信じられない失敗によって、十中八九キャピトル
レコードとの契約更新は非現実な物へとなりつつあった。

そうは言っても商売にならないほど売れないのでは困るので、ビーチ・ボーイズは
再度の方向転換に迫られる。

そんな中でマイク・ラブはもう一度サーフィンや西海岸の女性を題材にする事を考え始める。
ある意味での原点回帰とでも言えばよいのか。

結局ポピュラー・ミュージックで出来る最上の仕事と思われる『ペット・サウンズ』では
ファンに戸惑いを与え、サイケとアメリカ再発見を融合させるはずの『スマイル』は
ブライアンのブレイクダウンによって発売中止。

ソウルやロックが力強く響く時代に合わせたとは言え、ある意味パンチ力に欠ける
『ワイルド・ハニー』も、マハリシ傾倒以降の癒しのヒーリングのつもりだった『フレンズ』も
チャート的には全く世間に相手にされないのであれば、結局海に帰るより他は無かった。

だって”ビーチ・ボーイズ”なのだから。

そう言う訳で、マイクはブライアンにこの案を持ちかけ、そしてシングルとして発売されたのが
「ドゥー・イット・アゲイン(恋のリバイバル)」だった。

歌詞はサーフィンや海の女の話で、サウンド的にはシンプルな初期BB5を思わせるような
ロックンロール色のある楽曲だった。
勿論、アレンジの所々には『ペット・サウンズ』以降を思わせるような仕掛けもあるのだけど。

それは端的に言うと、当時にしては珍しいエレクトリック・ドラムのようなサウンドや、
ミドルのメロディに現れているのだけど、基本的には初期的な薫りのする楽曲である。

この曲がベスト20に入るスマッシュ・ヒットになって、取り敢えず前作の信じられない低迷
からは立ち直った。

しかし、相変わらずブライアンは不調で、更には躁鬱が酷くなりつつあり、普段は部屋から
全く出てこないが、ある日は突然元気になってスタジオで作業をしたり、そうかと思えば
それを完成させること無く捨ててしまったりと、もうまともにアルバムに足る楽曲を
揃えるだけの創作力を彼に求めるのは厳しくなりつつあった。

そうは言ってもシングル一曲だけではアルバムは作れない。
という訳で、ブライアンに頼るのではなく、各々が1~2曲の楽曲を用意して、
それを主導したメンバー各自でプロデュースやアレンジを施すという手法で
アルバム制作が進んだ。その結果が69年の『20/20』である。



このアルバムで象徴的なのが、ジャケットにブライアンの姿が無いことであろう。
その位ブライアンの状態は悪化していたということか。

内容的には、他のメンバー達が足りないブライアンの穴を埋めようと必死なのは
わからなくも無いのだが、まだまだどこか未熟な面も有るのと、各々が各々の
やり方でプロデュースや選曲したものを寄せ集めたアルバムなので、アルバムとしては
何処か散漫な印象を受ける。その最たるものが、海よもう一度と歌った「ドゥー・イット・アゲイン」で
アルバムがスタートしながら、最後の曲が、遂にかの『スマイル』セッションからの音源を
そのまま流用した「キャビンエッセンス」で終わることだろう。

単純に方向性が無いのである。

アルバムとしては、中途半端な歌もあったりするが、一曲一曲で見ていくと、興味深いものや
次の名作『サンフラワー』に繋がって行く、開放的な楽曲も聴けたりする。
但し、アルバムに影を落としているのは何よりもデニス・ウイルソンで、いよいよ作曲も
盛んになりだすのだが、実はこの頃デニスは、かの悪名高きチャールズ・マンソンと実際に
付き合いを持ち始めていて、彼の思想に傾倒していた。

ここでチャールズ・マンソンの多くは書きたくないので余り触れないが、
(この辺りのサイトで詳しい話が知れる)
女優シャロン・テートの惨殺事件を初めとする数々の殺人事件や、”ファミリー”と称した
カルト宗教のアイコンとして、60年代の歴史に大きな影を落とした彼の影響が
このアルバムで強く出始めている。日本で言えばオウム的なものだろう。

チャールズ・マンソンに関しては、ビートルズ・ファンにもある意味御馴染の存在だろう。
ビートルズは直接関与しているわけでは無いが、彼らの『ホワイト・アルバム』を勝手に
自らへの”黙示録”と受け取り、歌詞を勝手に解釈していたのは有名な話である。

結局程無くしてデニス本人もチャールズ・マンソンに命を狙われる羽目になり、
その恐怖に慄く最中でシャロン・テート殺人事件によって逮捕されることにより
難を逃れるのだが、本当にこのバンドはブライアン以外もまともではないというか、
やれマハリシだの、チャールズ・マンソンだの勝手に騒ぎに首を突っ込んでいるように思える。

この話はここら辺にしておいて、内容に戻ると、何よりもカールの活躍はそんな中にあっても
輝きを失っていない。初めて自らのセルフ・プロデュースで録音された
「アイ・キャン・ヒア・ミュージック」は、ロネッツのカバーだが、オリジナルをはるかに上回る
瑞々しいアレンジと中間のアカペラが美しい。外れの少ないカールのヴォーカルの中でも
1、2を争う美しい歌声が堪能できる点でも完璧である。

この曲もシングル・カットされ、24位と中ヒットを記録し、先の「ドゥ・イット・アゲイン」と
併せて一時の低迷はチャート的には抜け出しつつあった。


「I Can Hear Music」('69) The Beach Boys
モノクロのプロモフィルムのようで、映像も綺麗だ。しかし、こう見てみると、リード・ヴォーカルが
何もせずに音楽にのっている様は普通では考え難い上、遥かにギタリストの方が歌が上手い
のに楽器も持たずに平然としているのは、何だか不思議な感じである。


「ニアーレスト・ファーラウェイ・プレイス」は初めて登場したブルース・ジョンストンの楽曲。
元々ブライアンを除けば作曲家としてのキャリアでは他のメンバーよりずっと経験のある
彼だが、ビーチ・ボーイズへの加入経緯自体も”ツアーにおけるブライアンの代役”としての
ものだったので、その点での遠慮などや力関係もあって、中々クレジットに加わることが
出来なかったのだろうが、ようやっと作品を披露する段階に来たということだろうか。
インストでは有るが、彼の流暢なピアノや『ペット・サウンズ』を思わせる深い音像が
堪能できる作品である。

ブライアンはこのアルバム向けにはほとんど新曲を用意していない。
しかし、『スマイル』の残骸を初め、いくつかの楽曲を再利用、もしくは引っ張り出している。
「アイ・ウェント・スリープ」は『フレンズ』セッションの頃の作品をカールがまとめたもののようだ。
確かにサウンドも『フレンズ』的な美しいワルツの小品ではあるが、歌詞やメロディを含め当時の
ブライアンの心情を表していて切ない気持ちになる。

「タイム・トゥ・ゲット・アローン」は本来自らのレーベルであるブラザーからデビューさせる
つもりだったレッドウッドに提供した楽曲だったが、彼らがマイク・ラブと揉めてしまい、
追い出されてしまったので、その時のバッキングを流用したもの。
そんな経緯でありながらも、流れるようなメロディラインと適度なポップ感が心地よい名曲で、
カールとブライアンのヴォーカルも相変わらずの相性の良さを見せている。


Time To Get Alone('69) The Beach Boys
個人的には彼らの楽曲の中でも10指に入る1曲。アレンジも開放的で美しく、
そのまま翌70年の『サンフラワー』に繋がって行くような仕上がりである。
カールのスイートなAメロ、ブライアンのファルセットによるサビの対比も素晴しい。


デニスの楽曲「ビー・ウィズ・ミー」「ネバー・ラーン・ノット・トゥ・ラブ」は前述したとおり、
本人がチャールズ・マンソンのようなカルト宗教にはまっている頃の楽曲でもあり、
また、これらはクレジットこそされていないものの彼との共作曲と言われているので
どこか不穏でおどろおどろしく、歌詞も何やら意味深で聴いていても少々怖いのだが、
それらを取り除いて考えれば、後の荘厳な彼独特のバラード的世界感が完成しつつあり、
才能の開花を思わせる部分もある。

ただ、明らかに曲調に合わない弾きまくりのリード・ギターが炸裂する
「ブルー・バーズ・オーバー・マウンテン」であるとか、
マイク・ラブの時代に対峙していけない焦りすら伺える、彼によるローリング・ストーンズ?風
シャウトをフューチャーした「オール・アイ・ウォント・トゥ・ドゥ」などは、
完全にこの時期のBB5が路頭に迷っていたことを示す楽曲ではあったりする。

しかし、このアルバムの焦点はコアなブライアン・マニアにとってはやや稚拙で散漫な内容が
目立つアルバム全体ではなくて、遂に『スマイル』の楽曲がそのベールを脱いだことである。

「アワ・プレイヤー」は『スマイル』の冒頭を飾る予定だったアカペラだ。
既にここで聴けるアカペラは賛美歌のような佇まいで、他に無い美しい瞬間である。

「キャビンエッセンス」も『スマイル』の中核をなす楽曲の一つだった曲。
古き良きアメリカを思わせるノスタルジックなメロディから一転、サイケデリックで
うねりのあるパートに突入する対比と、そのサイケ感を独特な音程のコーラスで
聴かせる辺りにブライアンのアレンジ力の妙を感じる。

そして、そこに乗るヴァン・ダイク・パークスの抽象的かつ啓示的な歌詞が
『スマイル』的世界観を代表するような楽曲の一つである。

そう言った好事家達へのアピールもあってか前作よりは順位を戻し68位に
アルバムはチャートインするが、結局これがキャピトルでの最後のアルバムとなった。

このアルバムのセッションでは不調でほとんど楽曲を提供しなかったブライアンだが、
アルバムのリリース直後に突然回復傾向を見せ、いくつかの意欲的な楽曲を
作り出すことになる。

このように、全くアルバムのリリースデートに合わせられない病持ちのコンポーサーを
抱えたまま、彼らは70年代をレーベルの移籍から始める事になる。

そして、そんな中で更に『スマイル』の亡霊はおぼろげな形を見せ続けることになる。
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2008年07月19日

"SMiLE"とサブカルチャーと淡夢の終わり 04 〜Meant For You〜

”低迷がもたらしたプレッシャーの無い自由”


『ワイルド・ハニー』からのシングルカットであった「ダーリン」は全米19位と
そこそこのヒットを記録し、この後の彼らのライブにおける代表曲の一つと
なったが、それでもこの時期のビーチ・ボーイズと言うのは、どんどん時代から
期待されない存在へと急激にシフトして行った。

もう誰もストライプの冴えないシャツとサーフィンとカリフォルニア女を賛美する
裕福なアメリカ西海岸の歌なんて聴きたくなくなっていたのだ。

例え本人たちが、その束縛から逃れようとしてもそのイメージから逃げられなかった。

結局『ペット・サウンズ』で海から離れても批判されたし、かと言って海の歌なんて
誰も相手にしない、そういうスパイラルの中にビーチ・ボーイズは埋もれていく。

有名な話だが、英国で『ペット・サウンズ』は2位を記録し、その後の低迷期に
おいても英国チャートではそこそこの成績を上げていく。

それまでの西海岸的なサウンドと言うのは、そう言った気候に無縁のイギリス人には
まるでピンとくるものではなく、まとな注目をされていなかったと言えるだろう。

しかし、『ペット・サウンズ』で時代と対峙して見せたことで、”ビートルズ”を生んだ
イギリスにおいて、逆にこの作品の良さが素直に接することが出来たと言うことか。

今でもポール・マッカートニーやエルヴィス・コステロのようなミュージシャンにとって
『ペット・サウンズ』は最も偉大なアルバムの一つと言わしめている。

そして、『スマイル』のリリースを楽しみに待っていたのもイギリスであった。
この時期、イギリスの音楽新聞では”Genius Brian Wilson”の文字が躍っていたのだ。

smile16beachboyssmile_l[1].jpg
恐らく『ペット・サウンズ』辺りの録音風景だろうか。名作を作っているときの写真と言うのは
不思議なもので雰囲気のある写真になるものだ。『サージェント』辺りの写真もそうであるように。


話は戻って、『ワイルド・ハニー』でも巻き返しを図れなかった彼らは徐々にレコード会社
からも期待をされないようになっていき、後は契約時に取り決められたアルバム数を
消化していくこと位しか要求されていなかったのではないだろうか。

その位時代はどんどん進んでいた。それが60年代と言うものである。

ブライアンは相変わらず『スマイル』ショックから立ち直れずに、基本的には隠遁生活を
送っていて、精神状態もさほど良くなかったようだが、それでも時折ベッドから抜け出しては
意欲的に作曲やプロデュースをする時があったようだ。

この時期の作曲数は以前ほどでは無いものの、それでもやはり彼にしか成し得ない
美しい作品を数多く残しているのがこの時代からの特徴でもある。

勿論『スマイル』の残骸もしばらく顔を出すことになる。
皮肉なことに足りない楽曲数の穴埋め的存在として。

68年に発売された『フレンズ』、今となってはもはや名盤で、特にサブカルチャー時代の
ソフトロック・ファンにとってはこれが一番の名作だと言う輩も多いだろう。
ある意味日本では一番人気のあるアルバムと言ったところだろうか。

サウンド的にもソフトロック的な薫りが漂う辺り、その手におあつらえ向きな感じである。



僕もこのアルバムは大好きだが、決して名作とか言って祀り上げる類の音楽ではないだろう。
とても美しい小品集とでも言えば良いだろうか。どれもこれも曲が短く、あっさりと
終わってしまい、淡々とアルバムが進んでいく。しかしながら久々に良く練られたアレンジも
聴けたりするし、前作『ワイルド・ハニー』のような、自分たちの演奏ではなく、また
『ペット・サウンズ』のようにスタジオ・ミュージシャン中心の落ち着いた演奏に戻っているのも
特徴である。オーケストレイションも派手ではないが彩りを添えている。

何というか、ヒーリング的なサウンドにも聴こえてしまう。

ブライアンが衰えはじめていた中、他の皆もプロデュースや一部作曲で登場回数が
多くなり始めるのもこのアルバムからで、それも良い意味で結束力を高めている。

そして朴訥としつつも凛とした佇まいを見せるデニス・ウイルソンの楽曲が初登場するのも
このアルバムからで、カールの歌声に磨きがかかってくるのもこの辺りから顕著である。

サウンド的には、ここまで続いていた『スマイル』シンドロームがひと段落しているのも
実は特徴である。実際に『スマイル』後から72年の『サーフズ・アップ』まで延々続く、
アルバムの中に『スマイル』の残骸を1曲収録すると言う行為もここでは行われていない。

それ故にアルバムに統一感があり聴き易い。

サウンド的にも、スケールは小さいが、クラシカルなアプローチが再浮上している
所から、『スマイル』より、むしろ『ペット・サウンズ』の方に近いのではないかと思える。

また、地味ながらもビートルズの横風をブライアンなりに受け続けていたようで、
それらはホーン・アレンジなんかにも見え隠れする。
恐らくは「フール・オン・ザ・ヒル」のような曲を聴いていたのではないだろうか。

1曲目の短い導入曲「メント・フォー・ユー」に導かれ、サブカルご用達の「フレンズ」が
ワルツで心地よい。この曲は何とも癒し系な楽曲であるが、実際の作曲の複雑さたるや
物凄く、延々転調を繰り返しながら、ほとんどキーと言う物が楽曲の中で一定しないと言う
ポップ・ミュージックでは有り得ない様な楽曲なのである。


「Friends」('68) The Beach Boys

それで居ながら非常に覚えやすいと言うのだからやはりブライアンの能力は並外れている。

蛇足だが、「フレンズ」は音楽学校の作曲の勉強でも難解な曲の代表例として
題材にあがることがあるそうだ。最もそう感じさせないのが凄いのだが。

ちょっとビートリーなアレンジで穏やかな「ウェイク・ザ・ワールド」は良い曲なのに
2分も無くて中途に終わってしまうのが少々残念。

「ビー・ヒア・イン・ザ・モーニング」もワルツでブライアンとカールのヴォーカルの対比が
とても相性が良くて、個人的にはアルバムのベストトラックである。
ちょっと愛らしいファルセットを聴かせるブライアンと、カールの落ち着いた
ヴォーカルが交互に来て心地よい。

「アナ・リー・ザ・ヒーラー」はミニマルな楽器と楽曲構成でありながらとても美しい。
何でも歌詞はマイク・ラブによるマハリシ賛歌らしいが、そんな事が気にならないくらい
美しいハーモニーと素朴なアレンジを味わえる佳曲である。

「ビジー・ドゥーイン・ナッシン」もファンには人気の曲で、ブライアンの独唱による
元祖ネオアコ・ソングとでも言える様な楽曲だ。
ありそうでそれまでに無かった淡々としたブライアンのヴォーカルも悪くない。

上記のように、小品ながらも佳曲、名曲が揃った好作なのが『フレンズ』の特徴である。
しかしながら、このアルバムはビーチ・ボーイズ史上最低のチャート成績に終わる。
それもちょっとやそっとの失敗ではなく、126位と言う、ベスト100にすら入れない成績である。

ブライアンも少し意欲を取り戻し、他のメンバーも持てる力を少しづつ発揮し始め、
”結束”して取り組んだであろうこのアルバムの商業的失敗により、またしても
ブライアンとビーチ・ボーイズは混迷を極めていくことになる。

失敗の原因は、この時期に企画された彼らのツアーで、マイク・ラブが当時ご執心だった
マハリシ・マヘシ・ヨギを引き連れてツアーを強行し、結果的に1週間で集客率が悪すぎて
中止になり大赤字を出したとか(既にジョンが「セクシー・セイディ」を歌っていた時期である)、
そう言うのもあるだろうが、やはり時代であろう。

今聴けば、”癒しのお洒落ソフトロック”的な今作も、当時の流行はインプロビゼーション
主体の長尺ロックな時代である。ストーンズはサイケの時代から抜け出して、
「ストリート・ファイティング・マン」や「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」で力強くロックへの
躍動を表現していた。そしてあろうことかトイレをデザインにあしらった
『ベガーズ・バンケット』でより一層不穏な雰囲気を漂わせていたのだ。

ビートルズですら「ヤー・ブルーズ」や「ヘルター・スケルター」のような、彼らにしては
相当ラウドなロックを披露していたのである。そういう時代だったのだ。

そんな時期に脱力系癒しポップなどが成功するはずが無かった。

結局ビーチ・ボーイズもそれに気がつき、またもや方向転換するのだが、
ブライアンの状態はここから更に悪化の一途をたどり始めてしまう。

本当に時代とブライアンに翻弄されたバンドである。
posted by cafebleu at 09:38| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Brian Wilson[Beach Boys] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月12日

"SMiLE"とサブカルチャーと淡夢の終わり 03 〜Aren't You Glad〜

”カールの台頭とブライアン依存からの表層的な脱却”


『スマイリー・スマイル』がチープなアマチュア録音物のような
仕上がりになってしまい、その結果としてチャートでも全米41位と言う、
そこまでトップ10ヒットが当たり前だったビーチ・ボーイズにとっては
屈辱的な結果となったことで、彼らは60年代の象徴するようなミュージシャンから
脱落して言ったのである。ある意味自ら転げ落ちるかのごとく。

つまりはビートルズやシュープリームズ、ジミ・ヘンドリクスやストーンズとは
もうチャートの上で争えるライバルでは無くなったと言う事だ。
それが67年のことであった。そう、『サージェント』の年である。

それでもビーチ・ボーイズは続いていくのだ。

まず、『スマイリー・スマイル』での失敗があったので、早いスパンでの
改善策が望まれた。それらを踏まえて短いインターバルで登場したのが
『ワイルド・ハニー』である。



このアルバムは完成度としては相変わらずアレンジ能力と言うか、プロデュース能力が
低いと言うか、全体的に散漫な部分は拭えないのだが、今後の彼らを占う新機軸なども
見え隠れする点、また、ブライアンが『スマイル』で成し得なかった事をどこかで
再構築しようと試みている点が伺えることが興味深い。

この頃は時代は”ロック”にシフトしていた。それは簡単に言えば
ジミ・ヘンドリクスでもいいし、クリームだってそうだろう、トラフィックも間違いない。

そんな時代の横風を受けつつ、今までのコーラス重視主義から若干のシフトが
伺える。それは1曲目の「ワイルド・ハニー」から顕著で、シンプルなコード展開に
焦燥間?を煽るようなテルミンのリフ、カールのひっくり返りそうなほど若々しくも
力強いヴォーカルなど、この時点で今までのBBとは大きく異なる部分がある。

でも、”ロック”とは書いたが、そこはあくまでもビーチ・ボーイズ、結局作曲の
中心は力を落としているとは言えブライアンな訳で、感じ的には
「パワーのあるポップ」と言った趣向である。

そう、このアルバムはある意味パワーポップ的にも映るのである。

その代表的な好例が、ブライアンの名曲の一つ「ダーリン」だろう。
この曲が90年代の英米パワーポップ周辺の連中に愛されていたのは
ある程度有名な話である。


「Darlin'」(Live Version) The Beach Boys
70年代後半のライブ・バージョンである。
いつ聴いても惚れ惚れするカールのソウルフルなヴォーカルが素晴しいが
パンチのある優れたパワーポップとしても完成度が高い。名曲である。


「ダーリン」と言えば、カールのソウルフルな名唱が光る曲でもある。
このアルバムではスティーヴィー・ワンダーの「アイ・ワズ・メイド・トゥ・ラブ・ハー」も
カールの趣味で取り上げており、彼が次作以降、ヴォーカルだけでなく、
プロデュースや作曲でも台頭していく上で、”ソウル”と言うのは重要な
キーワードになるのでそういった点でも興味深かったりする。

直接『スマイル』セッションの残り物ではないのだが、ここにも『スマイル』の
亡霊は見え隠れする。その最たる例が「カントリー・エアー」では無いだろうか。


「Country Air」('67) The Beach Boys
一聴するだけでも何とも不思議な雰囲気の曲で、その辺りは67年と言うサイケの
時代を思わせる曲だ。ただ、アレンジそのものも途中で諦めてしまったかのような
散漫な印象を、それまでの楽曲に比べて受けるのも事実である。


コンセプト・アルバムとなるはずだった『スマイル』には、地・火・水・風と言った要素を
持つ曲が盛り込まれる予定で、その中の”風”の要素をもつ曲を原型に、このアルバム
の為に再構築したのが「カントリー・エアー」と言われている。

実際”地”の要素曲と呼ばれる「ベジタブルス」、”火”の要素を持つ
「ミセス・オレアリーズ・カウ」、”水”の要素を持ったと言われる「クール・クール・ウォーター」
(04年の『SMiLE』では「イン・ブルー・ハワイ」と言う楽曲に化粧直しされた)
と言う風に、あくまで好事家の推測範囲とは言え、『スマイル』セッションでは
各要素を思わせる楽曲が有ったにも関わらず、”風”を思わせる楽曲そのものは
どれかと言われるとさまざまな議論?が有ったりしたので、「カントリー・エアー」が
『スマイル』の亡霊の一つであるという説も根強いし、実際曲調もそう言った浮遊感の
強い物であることは確かである。

ブライアンが何処かで『スマイル』的な物を再構築、もしくは別の形で試みようと
していたと言うのは、他にも根拠があり、この時期のセッション未発表曲で
「キャント・ウェイト・トゥ・ロング」と言う楽曲がある。この曲が強烈に『スマイル』を
連想させる組曲的な楽曲なので、そう言った意味でもブライアン自身にだって
『スマイル』の未練は有ったのだろう。それは当然のことなのだが。
同時に「アイ・ラブ・トゥ・セイ・ダ・ダ」と言う原題を持つ「クール・クール・ウォーター」の
録音も途中までであるが、この時期に開始しているので、それはあながち間違いでも無いだろう。
(上記2曲は現在だと『30イヤーズ・オブ・ザ・ビーチ・ボーイズ』の4枚組BOXで聴ける)

他にも軽くてポップな「アント・ユー・グラッド(うれしくないかい)」、ブライアン流の
フォーク・ロックなのだろうが、何故か洒落ていてむしろネオアコ的な
「アイド・ラヴ・ジャスト・ワンス・ユー・シー」、ローファイ・ソウルみたいな
「ヒア・カムズ・ザ・ナイト」、そして70年代にカールのソウルフルなヴォーカルで
甦る「レット・ザ・ウィンド・ブロウ」など、楽曲はどれもコンパクトながらも質は高い。

しかし、統一感や、アレンジ(プロデュース)と言った点で中途半端な感は相変わらず
拭えず、結果として”チープで愛らしいパワー・ポップ”にはなっているのもの、
それが彼らの本領なのかと言われると、そうではないだろうと言う感想である。

ある意味既に古臭いレッテルを貼られつつあった彼らにとっては新機軸だった
『ワイルド・ハニー』だが、これもまた24位に終わり、更に時代から取り残されていくことになる。

『ペット・サウンズ』や『スマイル』の残骸が余りに崇高な完成度なものだから、
それ以降というのは本当に難しいのかもしれない。
それは例えブライアンが病んでいなくても、である。

そう思うと、『リボルバー』『サージェント』に加え同時期のシングルに
『ペニー・レイン/ストロベリー・フィールズ』『愛こそはすべて』をリリースしても
なお飄々と『マジカル・ミステリー・ツアー』や『ホワイト・アルバム』を出していた
ビートルズの底力と言うか、その時期の才能のほとばしりってやっぱり
とんでもないのだなと改めて思ってしまうのも事実である。

次回は今の時代的には1、2を争う人気作でありながら、当時は最低の
セールスを記録して崖っぷちに立たされた『フレンズ』辺りを中心に。
posted by cafebleu at 17:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Brian Wilson[Beach Boys] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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