2007年06月07日

See Your Sunshine

「2年のインターバルでの新作、実は80年初頭以来の事」
by Paul McCartney('07)


スターバックス・レーベル移籍第一弾となるポールの新作
『追憶の彼方に 〜Memory Almost Full〜』がリリースされた。



長年どころかビートルズ時代から少なくとも英国では
変わる事の無かったEMIからの移籍、
ゴシップ的に騒がれていた離婚問題、
スターバックスの店頭での販売との事で
色々噂された音楽性などなど、話題には事欠かなかった新作ではあるが
蓋を開けてみれば普通にレコーディングされた普通の楽曲で、特にスタバで
聴くためのコンセプトがあるアルバムでもなく、純粋に「移籍第一弾」という
内容ではあった。当初日本のスタバでは店頭販売が遅れるとの事だったが、
結局輸入版が店頭に置かれているようである。但し一般販売もしているので
AmazonなりCDショップで購入すれば良いので余計に普通な感じだ。

じっくりとレビューを書くほど聴き込んでいないし、ファーストインプレッションは
WLWのブログで僕なりリーダーが書いているので詳しくはそちらで。

今回のアルバムは良し悪しはともかくとしても、中々奥深いアルバムだと思う。
一聴ではマッカートニーのアルバムらしい「とっちらかり感」があるのだが、
その一方で今まで耳にした事の無い雰囲気も感じる。
サウンド的には演奏した面子、プロデューサーを踏まえれば前々作
『ドライビング・レイン』が最も近いのだろうが、あのアルバムはすぐに
「ダークで今様な音作り」が一つのテーマになっているのはわかるので
その点ではわかり易いアルバムだったと言える。

今作は意欲作なのは間違いないのだが、ポールがこのアルバムで
求めてる真意が「喪失」なのか「出発」なのかを計りづらい。
もっと言えばその両方が入り混じってるのかもしれないが。

僕は前作『ケイオス・アンド・クリエイション〜』が時期的なものを
踏まえてやや暗く、重いタッチもあるものの、ポール・ファンにとっては
久々に溜飲を下げる出来映えだったと思っている。
一つ一つの楽曲、アレンジが良く練られているし、その完成度も高い。
ある意味ポール・ファン向きに期待に答えた部分もあるように思える。
その最たる例が明らかに「ビートリー」な作風であった「イングリッシュ・ティー」
などには顕著だろう。

今作では、そんな思い出にすがろうとするファンを軽くあしらって、
ポールは次の地平に向かおうとしているようだ。
中盤からの5曲は一応メドレーという体裁と取っているが、
それは『アビイ・ロード』のようなめくるめくような美しいものでは無く、
何か捕まえる事の出来ない何かをあても無く探し求めてるような、
そんな捉えどころの無い抽象的なメドレーのようにも聴こえる。
全く曲として共通点は無いものの、どちらかと言えば
『レッド・ローズ・スピード・ウェイ』のメドレーの方が近い。
年齢を重ねる事によって増えていく苦悩の分、今作の方が重苦しく、
思慮的ではあるが。

僕はどうしてだかわからないのだが、このアルバムを聴いていると
とても切ない気持ちになる。暗い楽曲の割合だけなら、前作や
前々作の方が多かったかもしれないし、「ダンス・トゥナイト」や
「エバー・プレゼント・パスト」のような楽しいポップ・ソングも入っているのに。

その理由を知るにはもう少しこのアルバムと向き合う必要があるかも知れない。

日本盤には相変わらずビートルズ・クラブ執筆の宗教的なレビューがあって、
それはそれで冷静さを欠いてるようでどうでも良いと思ってしまうのだが、
ポールの言葉の和訳が載っていたのでここに記しておこうと思う。

「僕にとって音楽は優れたセラピー。行き場の無い想い、激しい感情は
自ずと音楽に向かっていく。意識しなくとも僕の場合はそうなってしまう。」


音楽の話ではないが、ポールが2年のインターバルで純然たるアルバムを
発表するのは80年の『マッカートニーU』、82年の『タッグ・オブ・ウォー』以来の
事なのである。
(1年のインターバルでの発売は『タッグ〜』と『パイプス・オブ・ピース』あり)
ライブ盤やサントラ、ファイヤーマンやオーケストラのような
特殊なものを除いての話である。これって凄い事なのかもしれない。

ざっとおさらいすると、
79年『バッグ・トゥ・ジ・エッグ』(ウイングス)〜80年『マッカートニーU』〜
82年『タッグ・オブ・ウォー』〜83年『パイプス・オブ・ピース』〜
86年『プレス・トゥ・プレイ』〜89年『フラワーズ・イン・ザ・ダート』〜
93年『オフ・ザ・グラウンド』〜97年『フレイミング・パイ』〜01年『ドライビング・レイン』
05年『ケイオス・アンド・クリエイション〜』

『ブロード・ストリート』は位置づけが難しいが、大半が過去の曲のリメイクで、
純然たる新曲は数えるほどしかないし、映画のサントラなので別物と考えた。

どちらにせよ、M-TVの躍進で、マイケル・ジャクソンやスティービー・ワンダー辺りと
組んで比較的シングルやプロモを良く作っていた80年代前半以来の事なのは
特筆すべき事なのでは無いだろうか。

とにかく創作意欲溢れるポールにもう一度来日してもらう事を願ってやまない。
ストーンズもベスト盤だけで来日したりしてるのだから、ポールにも気軽に
来日してもらいたいものである。



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2006年01月17日

English Tea

「英国的箱庭”紅茶”ポップ」 by Paul McCartney('05)


ポールの昨年末に発売された新作
『ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード(裏庭の混沌と創造)』
は久々にファンの溜飲を下げた力作となったのは間違いないだろう。

はっきり言ってこれと言って突出している曲も無いし、
だからといって心惹かれるようなコンセプトが
構えられているわけでもないのだが、ポールのアルバムに良く見られる
散漫なところが無く、
集中力を持って各楽曲に臨んでいるようで非常にブレがない。

アルバムの音作りや全体的に枯れた味わいのする楽曲、
アレンジ辺りは96年作『フレイミング・パイ』に
通じるものがあるのだけど、リラックスしてるようで
締まるところはきちっと締まっている
今回のアルバムは恐らく今後評価が高まるだろう。

枯れた味わいの中にも、
友人でありライバルでもあるブライアン・ウイルソンが04年に
『スマイル』をリリースし、精力的にツアーなどを行っていたこともあってか、
「プロミス・トゥ・ユー・ガール」のようなブライアンへの
ポールなりのオマージュのような
分裂的ポップもあったりして聴き所は少なくない。

ただ一つ感じるのは、
このアルバムだけでなく『フレイミング・パイ』以降のアルバムを
覆ってる感のあるポールの「精神的な暗さ」だ。
あからさまな暗いメロディなどが出てくるわけでも無いのだけど、
歌詞世界や楽曲などにそこはかとなく感じる「暗さ」は
近年のポールの音楽においてキーの一つになっている。

ただ前回「マジック」、そしてアルバム
『ドライビング・レイン』の話のときに書いたような
自暴自棄なところは通過して、
静かにリンダを弔っているという事なのかもしれない。

アルバムの中でも極めて私的で
暗い感じのする「シーズ・ソー・ビューティフル」が
ボーナス・トラック扱いな事もそういうのと無関係ではないだろう。



さて、「イングリッシュ・ティー」だ。
この曲はポールにしては久々の「純英国的ポップ」という気がする。
楽曲的にはビートルズ時代の「フォー・ノー・ワン」の兄弟的な位置付けだろう。
ルート音を下降させるというポップの王道的作曲方法。
ただこんなに素直な「ビートリー感」のある曲を
ポールからはあまり聴いたことが無かったのでそれはそれで嬉しかったりする。

歌詞的にもまぁ言わずもがなだろう。「イングリッシュ・ティー」だもの。
まるでレイ・デイヴィスが付けそうなこのタイトルも
英国的だ。彼のような風刺でもないようだが。

もっと言えばこれほど英国的なスタンスを
打ち出した楽曲って今までのポールには余り
無かったような気がする。
もちろん「マル・オブ・キンタイア(夢の旅人)」のようなケルティックな
楽曲もあるにはあるが、
そういうトラッド云々でないレベルで「英国的100%」な楽曲って
あまり記憶が無いのだ。

ふと思うことがあった、
ポールはリンダとの結婚を境に段々と「アメリカ大陸的」な音楽が多くなる。
その最たるものがもっとも成功していた頃のウイングスだと思う。

そのリンダと死別して、
ふと我に返ったポールが再び英国的な部分を意識している。
「イングリッシュ・ティー」とアルバム
『ケイオス〜』はそういうポールの新たなスタート地点なのかも知れない。
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2006年01月03日

Magic

「もし、ポールが大好きだったら耳を傾けて欲しい」 by Paul McCartney


「マジック」と言うタイトルを聞いてどんな曲調を思い浮かべるだろうか?

何かワクワクするような響きである。
しかもポールの「マジック」だ。凄く安直な考えだが
ポールは過去に「マジカル・ミステリー・ツアー」
なんていうめくるめくサイケ・ポップなんかも
作っている。またはラヴィン・スプーンフルの
「ドゥー・ユー・ビリーヴ・イン・マジック(魔法を信じるかい?)」
なんて曲は本当にジョン・セバスチャンの魔法に
こちらがかかってしまいそうなポップ・ソングだ。

で、ポールの「マジック」はどうだったかというと、
まるで魔法の力が解けてしまったような曲だった。
とても内省的で、独白的で、後ろ向きな「感情」を露にしている。

こんな曲はポールから滅多に聴いた事が無かった。

ビートルズが解散に向かうやるせなさを
「なすがままにしかならない」と歌った「レット・イット・ビー」でさえ
まるでクラシックのような佇まいを見せる楽曲としての
完成度が先に立ち、ポール自身の感情を歌った曲
であるにもかかわらず、本人の感傷は程ほどに抑えられている。
むしろ受け取った僕らの方で歌詞と曲調をしみじみと
味わうような曲だ。誰かが何処かで共感できるような、そういう「典型的」な
バラードの雛形であるような曲だと思う。

それに対して「マジック」は誰かに聴いてもらいたいと言うより、
吐き出さずにはいられなかったポールの生々しい現在
(楽曲発表当時)を露骨に表した曲だったと思う。
そしてこの「行き場の無い混乱」は
この曲を収録したアルバム『ドライビング・レイン』全体に覆いかぶさっている。

こんなポールの状態にはれっきとした理由があった。
このアルバムが発売される少し前に長年の
伴侶であったリンダ・マッカートニーが病気で亡くなっていたのだ。

既に前作『フレイミング・パイ』録音時にリンダは
闘病が始まっていたようで、当時は公式声明などで
「手術は成功して快方に向かっている」と発表されたものの、
勝手だがこちらにも「予感」はあった。

それを感じたのは『フレイミング・パイ』の最後を飾るバラード、
「ビューティフル・ナイト」を聴いた時である。
この曲はポールにしてはとてもメランコリックな曲調で美しい曲だが、
一方で珍しく感傷的な曲だなと感じ、
何かあったのではないかと勝手に思っていた。またこの「重さ」が
比較的アットホームな雰囲気の
このアルバムで一層目立って引っかかっていた。

しかしながらリンダの死後、程なくしてポールは再婚し、
「あらら元気そうじゃないの」と胸を撫で下ろしていた。

こんな話しは何だがアーティストと言うのは
身内や長年の仲間が亡くなったりした時というのは
皮肉な事に次のアルバム製作の際に
大きなインスピレーションを得る事になる。現にポールは
ジョンが亡くなった後に『タッグ・オブ・ウォー』という
今も非常に評価の高いアルバムを発表していた。

このアルバムはジョンに捧げた「ヒア・トゥディ」もあるが、
アルバム全体としてはそれ以上に
当時の先端であったブラック・ミュージックや
スティーリー・ダンを思わせるような緻密なサウンド作りを
行っており、そういった意味でも「モダン」なアルバムをしっかりと作って見せて、
ジョンを惜別しながらも彼が亡き後の音楽継承を
自らが行っていくという「決意表明」のようにも見えた。

しかし、リンダを失ったポールはそうは行かなかったようだ。

彼女を失った後に作られたアルバム
『ドライビング・レイン』は終始荒々しく、混乱していて、自暴自棄な
とても再婚をして幸せだと言っている
人間が作ったアルバムとは思えないものだった。



「マジック」は67年頃に初めてリンダと
出会った瞬間の事が歌われているとの事。

先ずは歌詞を読んでみる。


「Magic」 Paul McCartney (抜粋)


きっと魔法が起きた

二人が出会った夜

もし僕が君を止めなかったら

僕は後悔しつづけた

(中略)

彼女は手を伸ばして

空を指していた

僕は無力に追いやられ

訳も知らされないまま

ちょうど時間が来た

灯りが消される頃だ

追憶だけが

はっきりと輝く はっきりと輝く

きっと魔法が起きたんだ



改めて歌詞を読んで、
書き起こしてみたがこんなにありのままを描いたポールの歌詞を
見た事が無い。そもそもポールは自分の身に起きた事でも
3人称を良く用い、まるでストーリーテラーの如く自らの
ことを淡々と描写するのが得意技だったのに、
ここで歌われている内容は誰が見たって
「リンダとの出会いと別れ」をそのまま描いたものである。
しかもこの歌には「救い」や「希望」は無いのだ。
リンダを失って呆然としている所で話しが終わってしまっている。

歌詞だけでは無く曲調も今までの
ポールには無いものでとても重い。特別にメロディアスでも無いし
ポップでもない。こういうと矛盾するが、
曲自体は起伏も少なく淡々と進行する。

しかしその淡々さは「呆然」であり余りに痛々しい。

このアルバム自体混迷を感じすぎ、
余り「音楽」として成り立っていない曲も多いので
好きになれないと言うよりも、買った当時は憤りすら感じたのだ。
事実「マジック」も一聴では全く心に残らなかったが、
金を払って買ったものなので何度も意地になって聴いてる内に
この曲の持つ「魔法」の意味に段々気付いていった。

それでもこの曲は「隠れた名曲」とは違うものかも知れない。

ポールと言うのは精神性でどうこう言うよりは
明らかに「音楽」そのものに重きを置いた人なのは
自他ともに認めるところだろうし、実際ここで聴かれる
「精神性」もジョン・レノンの『ジョンの魂』のような
ある種「これは精神的な作品ですよ」という
わかりやすさも無いし、その点でポールはジョンに遠く及ばない。

正直普通にポールを聴きたい人にとって
「良い曲ですよ」と言える自信も無かったりする。

ただ、15年以上彼を追いかけ続けている僕にとって、
この曲は重く響いたし、彼が音楽にせよ人生にせよ、
相方が無くては生きていけない人なんだなと改めて認識させられた、
そんな曲でもあった。

もし、ポールが
あなたにとってかけがえの無いものになった時、
聴いてみてください。
posted by cafebleu at 13:02| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Paul McCartney | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月02日

Little Lamb Dragonfly

「紛う事のない美しきケルトライクな組曲」
by Paul McCartney & The Wings


ポール・マッカートニーは誰でも知ってるが、
その活動はビートルズ時代から現在までかなり多岐に渡るし、
彼自身のアルバム・クオリティ自体もある意味ジョン以上に波があるので
「隠れた名曲」がとても多い人でもある。
アルバム自体は退屈な出来でも、1曲や2曲は
「ポールらしい」メロディアスなバラードやポップナンバーは大概忍ばせてある。
それらの「隠れた名曲」はウイングスだけでなく、
現在も活発に行われているライブ・ツアーでも
ほとんど披露される事は無いのでとても勿体無かったりする。

ビートルズにはもう本当の意味で「マイナー」な
曲など存在しなくなってしまった気もするが、
まぁ敢えて言えばシングル曲やアルバムを
代表する曲以外もポールは最近ライブで結構
披露してくれる様になったので
(「シーズ・リービング・ホーム」「ゲッティング・ベター」「ユー・ウォント・シー・ミー」「アイル・ゲット・ユー」など)
楽しみは増えたが、ソロ時代やウイングス時期の
「隠れ名曲」はなかなかそうも行かない。
もっと言えばウイングス、ソロ時代の
いくつかのヒット・ナンバーですら近年のライブツアーで披露される事は無い。
(「ウィズ・ア・リトル・ラック」「テイク・イット・アウェイ」「プレス」「グッドナイト・トゥナイト」など)

まぁジョンとの共作色が強い「アイル・ゲット・ユー」を
歌うようになるなど、ビートルズの曲の再演は
だいぶ充実してるのだ。
あとは自伝で「実は僕の歌」と思わず言い切ってしまった(困ったもんです)
「イン・マイ・ライフ」でも歌ってくれれば話題騒然なのだが。

因みにここら辺の「ウイングス、ソロ時期」の
隠れた名曲をマニアが待望している話しは
『レコード・コレクターズ』2002年12月号が
ポールの来日特集号で、そこに寄稿された
本秀康さんの「レコスケ」という漫画で
ブラックジョークを交えながら描かれていて
とても面白い。ただし、話しの大半は
相当のポール好きで無いと全く意味不明なものなので
いくらレココレ誌とは言え、
良くこの内容でそのまま載せたなと今でも感心する(笑)

で、「リトルラム・ドラゴンフライ」だ。
この曲は72年発表のアルバム『レッドローズ・スピードウェイ』に
収録された美しい「トラッド組曲」とでも言えば良いか。

「ブラック・バード」で会得した
美しいオープン・コードを利用したイントロでスタートすると
めまぐるしく曲想が変化していく。
お得意の「組曲」的な曲なのだけど、どのパートもいちいち
美しいメロディが溢れていて、
そのパートをもっと聴きたいのだけどどんどん曲は進行していく。
バラード調で6分以上あるのに
美しい展開が次々に訪れて時間を感じさせない。
そして相方であるデニー・レインのトラッド好きも手伝ってか、
そこはかとなく「ケルト」の香りが漂う素晴らしい曲だ。
これだけプログレッシブな展開をしながらも自らのルーツを漂わせるのは
並の人間には到底出来ないと思う。
この頃のポールのメロディアスなセンスが充実していた事を
思わせる素晴らしい「隠れた名曲」だと思う。



アルバム『レッドローズ・スピードウェイ』自体はポール、
そしてウイングスにとっても過渡期に当たるアルバムだと思う。

ウイングス自体はポールのルーツである
「ケルト系スコットランド人」を軸にして
明らかにメンバー選定が行われたと思われる。
初期のメンバーがドラマーと奥さんを除いて皆パブロック界隈の
「スコットランド人」で固められているのだ。しかしながらこの初期ウイングスの
「質の高いパブロック」を目指したサウンドはセールス的に躓き
『レッドローズ』の頃には方向転換が求められていた。
そしてポールとウイングスはこのアルバムの後、メンバーを刷新して
「大陸的ロック」に向かうわけだが、その予感と、
ポールのファーストソロアルバム辺りから続いていた
「自らのルーツを意識した」音楽観が混在しているようなアルバムである。

しかしながらその後見られるような大味な音楽性もまだそこそこだし、
サウンド的にはウイングスそのものよりも、
名作の誉れ高いセカンド・ソロ『ラム』に
通じるものがあるので楽曲の完成度は低くない。
実際に『ラム』からのアウトテイクを流用したナンバーもあるようだ。

先に紹介した「リトルラム・ドラゴンフライ」
以外にもファンには人気の高い
「ビッグ・バーン・ベッド」「ワン・モア・キス」「ホエン・ザ・ナイト」
等佳曲も多いし、最後のメドレーも退屈なようで
中々聴き所があったりして捨て難い。

勿論『アビー・ロード』B面のようなものを
期待すると痛い目に合うだけだが・・。

敢えて最大の欠点を述べさせてもらうと、
この上なくセンスの悪い本人が薔薇を咥えたジャケットに
尽きるだろう。このセンス、どうにかならないものなのか・・・。
おおよそ『ラバー・ソウル』ジャケにおける
アイデアの主軸を握った人間とは思えない。
このジャケットのせいでかなり印象を悪くしているアルバムではある。

でも、そんなところもまぁ
ポール・マッカートニーであるのも紛れも無い事実。
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2005年12月25日

No Words

「レノン・マッカ以来のスウィートなハーモニー・バラード」
by Paul McCartney & The Wings('73)



ウイングスのアルバムでは最高傑作の誉れも高い
73年発表のアルバム『バンド・オン・ザ・ラン』
に収録されたスウィートでポップなナンバー。

ポールとメンバーであるデニー・レインとの共作曲。
デニーとはいくつか優れたナンバーを
共作しているが、「夢の旅人(マル・オブ・キンタイア)」
と並んでこの二人の作品では質の高い楽曲と言える。
また、ここでデニー・レインとマッカートニーが終始聴かせる
ハーモニー・ヴォーカルは、何だか「ビートリー」なものを
意識しているように思えてしまう。

アルバム全体がキャッチーで展開のはっきりとした曲が
多いので目立たないがポールの曲の中でもとびきり
ソフトロック的なこの一曲。中々味わい深い。

まさに「影の名曲」と言えるクオリティの高い曲。
ポールには珍しい元気なファルセットも愛らしい。

先に「最高傑作の誉れ」と書いたが、
実は当方このアルバムが決してポールの中で一番好きとは
到底思えないし、彼の最高傑作とも考えていない。
ウイングスの作品の中でも聴かない方に入るだろう。

そもそも今の時代ではウイングスが成功した時期のアルバムほど、
70年代の大陸的ハードロック臭がして何だか古臭く感じるのは事実。
敢えて言えばこのアルバムはそんな「ウイングス」らしさがいよいよ
前面に出始めたアルバムでもあり、
このアルバムでの成功を受けてポールはもう一度アメリカを制覇しにかかる。
次作『ヴィーナス・アンド・マース』も評価は悪くないが僕は好みではない。

勿論『バンド・オン・ザ・ラン』や『ヴィーナス・アンド・マース』にも
いくつかキラリと光る楽曲はあるわけで、
それが今回の「ノー・ワーズ」でもあるわけだ。

因みにこの時代の音楽を今聴くなら、
全米ツアーの様子を収めたライブ版『オーバー・ザ・アメリカ』が
良いと思う。この時期の代表曲はほぼ網羅されてるし、
その多く(特にアップテンポ)のナンバーは
スタジオ盤では余計な装飾やもったり感を
ポール自身で付け加えてしまっているので、
勢いのあるギター主導な演奏を聴かせる
ライブ版の方が全然出来が良いのだ。

特に完成度が高いのは、
完全なるロッカ・バラードに仕立てた「メイビー・アイム・アメイズド」の
ウイングス・ヴァージョン。
ツアーによる少し枯れた喉で熱唱するそのヴォーカルは素晴らしいとしか
言い様が無い。



余談だが、79年のウイングス・グラスゴー公演を収めた名作
ブートレグの『Last Flight』で「ノー・ワーズ」の貴重なライブ・ヴァージョンを
耳にすることが出来る。この海賊版は正規盤に勝るとも劣らない
素晴らしいライブ・アルバムなので後ほど紹介するつもりだが、
この曲の紹介でレインが「僕がこのバンドで最初に書いた曲のひとつ」
と言って歌いだす。さすがはソロアルバムでわざわざウイングスのTシャツを
着こなすセンスの持ち主だ。大きな仕事は見逃さず自分にも
手柄としたいのだろう。悲しいかなこの曲を「マッカの名曲」という人は
いても、「デニー・レインの名曲」とは誰も言わないのだが。。。

ポールに関しては個人的には音楽の楽しさを教えてくれた人。
最高も最低も全て聴き尽してるので
書き出せばキリが無い。それはまた次回以降に。
posted by cafebleu at 08:06| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Paul McCartney | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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