2012年06月13日

Stand Upright In A Cool Place

"15年間、心に鳴り続けていたメロディ"

『スタンド・アップライト・イン・ア・クール・プレイス』 2012 Dodgy

この前のブラー再結成によるBrit Awards2012への出演もそうだったけど
最近自分の青春時代を彩ったバンドやミュージシャンが再び活動するニュースを
目にするようになった。それはつまりそれだけの年月が流れたという証左で
感慨深いし、色々と胸に去来するものもある。僕が19、20歳頃に何をしていたか
どんな気持ちで音楽を演奏し、そしてイギリスやアメリカのミュージシャンを
聴いていたか、パートでは鮮明に想い出す。その時のメロディと一緒に。

その中でも特別なものの一つがDodgy(ドッジー)である。
90年代前半から中盤過ぎまで活躍したブリティッシュ・ポップのバンドであり
ブリットポップ時代に人気が花開いたバンドの典型でも有るだろう。

しかし、彼らのデビューは92年頃からで、所謂"ブリット・ポップ"が隆盛を
極めるよりは少し前からシーンに出ていた。このブームの火付け役とも言えた
ブラーのアルバム『パーク・ライフ』がリリースされた1994年よりも前である。

92年頃のUKシーンと言えば、マンチェスターのグルーヴ系バンドのブームが
一段落して、シューゲイザーやサイケな音像のポップ・バンドが人気であった。
言わずもがなだけど、今や完全にブリット・ポップの括りで語られる
ブー・ラドリーズやブラーだって初期にはどちらかというとシューゲイザーの
方が近かったと言えるだろう。

映画『トレインスポッティング』に使われたブラー1stに収められている
「シング」なんかはそれを象徴している一曲だと思う。


「Sing」 blur('91)

彼らはその後より伝統的かつポップな方向にシフトしてブレイクしていくわけだけど
ドッジーはデビュー当時から完全にキャッチーなポップ・ロックを志向していると言う
点で特異だ。93年発表の1stの時点からプロデューサーにライトニング・シーズ率いる
UKポップ職人のイアン・ブロウディを迎えているという点でも明確に当初から"ポップ"
で有ったと言えるだろう。

最も、スティーヴン・ダフィやテリー・ホールなどと並ぶ箱庭的ポップのレジェンド
(あくまでニッチなポップファンにとってのレジェンドという意味だけど)
であるイアン・ブロウディのシュガーコーテッドなプロデュースは後のドッジーにある
躍動感を表現できていない感じは残る。ドッジーはベース・ヴォーカルの
ナイジェル・クラークが紡ぎだすマイナーめでキラキラ感のあるメロディラインに
それを助長してくれる甘めのヴォーカルが主体ではあるのだけど、それを演奏する
ドラムのマシュー・プリーストとギターのアンディ・ミラーはどちらかと言うと
ザ・フーのようなモッド・ロック・スタイルに近いので、演奏自体は時にポップバンドの
それとしてはかなりアグレッシブである。そういう部分をイアン・ブロウディが
プロデュースした1stアルバム『ザ・ドッジー・アルバム』では表現しきれてない。

とは言え、マンチェスターやシューゲイザーが主流だった92〜3年頃から
有り体に言ってしまえば
「ザ・フーなどをよりメランコリックにした英国的情緒のあるポップ・ロック・バンド」
だったドッジーは後にブームを起こすブリット・ポップのパイオニアだったと言えるし
その先見性はもっと評価されるべきであると思う。

ただ、特にブラーのスタイルが一つの雛形とも言えたブリット・ポップの他のバンドに
比べると、XTCやジュリアン・コープ、もしくはワイヤーと言ったような
ニューウェイブの影は殆ど見えず、むしろ2nd以降はそのコーラスワークを生かして
時にアメリカ西海岸、CSN(&Y)やドゥービー・ブラザーズを思わせるようなサウンドをも
取り込んでいくので、そのサウンドの幅においても一概のブリット・ポップ・バンドとは
一線を画する存在だったと言えるし、それが災いして日本での知名度の低さにも繋がった
ような気がするのだが。

要するにスーパーグラスやメンズウェアのような華やかさや解りやすさには欠けたし
かと言ってマザー・アースやオーシャン・カラー・シーンのようにジャケットから
サウンドまで如何にも90年代のウェラー以降のモッド・ロック・スタイルとも異なった。
見た目なんてむしろサマー・オブ・ラブを当時でも引きずってるような、そちら系の
ヒッピーバンドのようだったし(実際ドッジーはそういうリベラルな社会性も強くあった)。

とは言え、彼らはアルバムを重ねるたびに着実にチャートを上げていき、2ndからの
シングル「ステイング・アウト・フォー・ザ・サマー」がベスト20に入った時点で
ブレイク寸前まで来ていた。そして満を持してリリースされたアルバムが1996年の
『フリー・ピース・スイート』だったという訳である。


『Free Peace Sweet』('96) Dodgy

このアルバムがチャートの7位まで食い込み、順位はその後10位前後だったが長きに渡って
ベスト20に居座るロングセラーとなったこと、ここから切られたシングル
「イン・ア・ルーム」と「グッド・イナフ」が共にベスト10台のヒットシングルとなった。

特に「グッド・イナフ」は全英チャートの第4位まで登り詰め、96年夏を彩った完璧な
ポップ・チューンとして、ブリット・ポップ・ブームの中でも記憶に残る名曲の一つに
なったといって間違い無いだろう。これにより本国でドッジーはアリーナ・アクトとして
ツアーやフェスでも主役級のバンドとなりブームを牽引する存在となる。

その当時でもドッジーの人気というのは日本でも地味だったが、それでもさすがに
「グッド・イナフ」のライト・ソウルでキャッチーな感じは受け入れやすかったのか
FMなんかでも結構流れて、当時の少しとんがったサブカルな女子高生が渋谷を歩いていた時
話題にしていたのが聞こえてきて、何だか嬉しかったのを今でも想い出す。


「Good Enough」('96) Dodgy

プロモも夏の楽しさが伝わってくるようで素敵である。
いつもより彼らの映りもいいね(笑)

上記のヒットを受け彼らは日本にもやってきたが、会場はクラブ・クアトロだった。
勿論ファンには嬉しい会場だけど、本国ではフェスで10万人とか相手に、自分たちの
ライブですら1万近い人を集めるような会場でやってるような人達が数百人しか入らない
クアトロで2日程度の公演なのか、、という温度差は感じたりもした。

でもここで僕は忘れられない想い出が有る。それはライブ前にクアトロの下で、
つまりビル前付近で時間を調整しようとしていたら、ドッジーのアンディとマシューが
フラフラして握手やサインに応じているではないか。

彼らはできる限りそういうふうにファンと触れ合ってるとはインタビュー等で
言っていたものの、極東の小さな会場での公演でも変わらずそうやって接してくれたこと
見た目はやっぱり19、20歳の自分にはいかつかったけど、でもとっても優しく握手や
サインをしてくれたこと、そのピースフルな姿は今でも忘れられない。
普通ナーバスになる外国でのライブ前にそんな風にしてくれるだろうか。

ライブも全部は覚えてないけど、良い演奏だったし、実は大曲「グラスマン」の時に
ベースの音が出なくなって、アカペラでブレイクの部分を歌っていたのは記憶にある。

その時僕は彼らを少しでも日本で人気を広める手伝いがしたいと思った。
僕がそう思ったのはドッジーとダフィーくらいのものである。

その位思い入れのある彼らだったが『フリー・ピース・スイート』は名作級だと
思いながらも彼らの幅広い音楽性なら、ブリット・ポップだとかそういう枠を
超えたところでもっと高いポテンシャルを持ってると思っていたし、実際その位
バンドの状態は良かったように傍からは見えていた。

僕は「彼らの次のアルバムはマスターピースになる」と言い続けていた。

でも、それは訪れることは無かったのである。

98年、ベスト盤発表と同時に解散を発表(正式にはナイジェルが脱退)。
ファンを、と言うより僕は愕然とした。

良くも悪くもブリットポップと言うのはハイプ的なバンドやシングルは
良くてもアルバム1枚で聴くと・・・みたいな一発屋も多かった。

ブーム当初は6〜70年代の自国ポップの影響を率直に表しつつも自分たちの
世代なりに再構築するといったような、ある意味サンプリング世代らしい
ムーヴメントだったのが、何となくブラーのようにルックスが良くてシニカルで
捻くれていればそれで良しと言うような方向か、オアシスのようにギターの強い
コード感をベタッとした8ビートでやるというような方向に収束していってしまい、
変に定形が出来てしまったことがブーム自体に自ら首を絞めていったような感は有る。

最後にはレトロな物のクールな再構築なはずが、単なる根無し草がやる
ブラーやオアシスの亜流のようになって飽和してしまったのだ。

ま、それもブームというもので、そうやってチャートにポップバンドが
溢れた当時が僕は嫌いではなかった。Beat UK観るのが楽しみだったし(笑)。

スウィンギン・ロンドンだってそうだったでしょ。皆がスモール・フェイセズや
ゾンビーズ、ザ・フーのように質が高かったわけではない。
当時は珍し物を見つけたとしたり顔で購入していたアクションやらクリエイション
やらに一瞬の輝きを見出すことは出来ても、今でも熱心に聴くことは無いのだ。
少なくとも僕にとっては。

つまりはブームっていうのは玉石混交で盛り上がるのがブームって言うわけだから。

閑話休題、そういう"定形"が出来つつ有ったブリットポップの中で、ドッジーというのは
ある意味規格外な部分も有ったのは先に触れているとこだけど、そういう幅の広さが
彼らにはブームが去ってもしぶとく残っていけるし、エバーグリーンな世界観を
深めていけると思っていた。98年頃と言えばブリットポップのブームも一段落し
カラフルでポップなバンドもめっきり減っていたとは記憶しているが、そういう
一過性の流れが過ぎていっても、残れるものは残っていくものである。

その好例がオーシャン・カラー・シーンだろう。彼らのサウンドはブリットポップ
ではなく、ウェラー直系の90sアーシー・モッド・ロックと言った趣向だが
レトロなスタイルを現代的に見せるという点で共通項が有り、同時期に人気を博した。
そして現在でも彼らは地味ではあるが活動を続けているし、当時ほどではないにせよ
今でも一定の支持を得て、良い意味で"変わらない"モッドなサウンドを届けてくれている。

そういう事がドッジーにも間違いなくできたはずだと僕はずっと思っていた。
そして、それは今回の新作で確信に至るわけだけど。

随分を通り越して前置きが長いけど、最新作について。



先行シングル「ホワット・ビケイム・オブ・ユー」のPVを観た時には
マイナーなメロディと個人的な贔屓感情も相俟って、様々な思いが去来したが
それを差し置いても良い曲だ。昔のような派手さは無くなって、少し
枯れたかなと思うけど、それが一層CSNのような雰囲気が強くなってきていて
"大人のブリットポップ"として完成している。


「What Became of You」 Dodgy(2012)

全体的にテンポの早い曲も殆ど無い上、どこか憂いのあるメロディとトーンが
アルバム全体を覆っていて、この謎のテクノみたいなジャケットとは全く
合ってない感じはするけど、そのメロディ一つ一つが丁寧な感じで、技巧を
感じる。それはそれだけ時が流れ、彼らも成熟したということなんだろう。

全体的にトラッドやフォークを思わせるようなフィンガーピッキングの
アコースティックギターから静かに始まる曲が多い。
演奏やヴォーカルのテンションは歳相応に落ちているが、その代わりに
こういった静かな部分での表現力は向上していると思う。

「ウェイティング・フォー・ザ・サン」「オンリー・ア・ハートビート」辺りの
メロディセンスは珠玉であるし、トラッドスタイルのマイナーコードで始まる
「ラゲッドストーン・ヒル」の一気に開けていくスケール感溢れる展開はドッジー
にしか出来ない世界観だ。

枯れたけど、独自のキラキラとした世界観と、コーラスワークを多用する楽曲の
芯は健在だし、本当に大人のブリットポップとして完成していると思う。
素晴らしいアルバムだと思う。

だからこそ、この15年間の空白が無かったら、彼らはどんな音を聴かせてくれた
のだろうと、余計にそんな思いを強くしてしまう。

素晴らしい作品だし、久々に集ってこれだけの音が作れるのだから僕は
間違っていなかったと思うのだけど、やはりこのアルバムに漂う黄昏感と
15年前の『フリー・ピース・スイート』には大きな時間の流れを感じる。

間を埋めてくれる作品が無いような、そんな気持ちになってしまうのだ。

とは言え、15年待った甲斐のある作品を届けてくれた彼らに感謝して
また細々ではあるけど応援していきたい。

是非とも日本に来て欲しいけど、アルバム発表から3ヶ月以上経過して
未だ日本盤の出ていないこの現状をどうしたら良いのかすら僕には分からない。
日本でもちゃんと発売してもらえないだろうか。。
こんなんばっかだよ、ライラック・タイムもそうだけど。

でも、いつか再会出来ますように。

僕やドッジーのファンだった皆に素晴らしいメロディを届けてくれた
彼らのために、今日は書きました。

"Melodies haunt you♪"って歌っていたドッジーのために。
posted by cafebleu at 23:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Dodgy | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月23日

Good Enough

「狂騒の中でひっそりと咲いた一輪の花」 by Dodgy('96)


今ではリバイバルも起きてあの狂騒も
何処かで懐かしがられたり、それをリアルに経験していない
世代には「ポップでいいじゃん」という事に
なっている「ブリットポップ」。

リアルに経験した世代としてはあれが最後の
「バンド主体」の大きなブームではなかったかと思う。

とにかくシングルではなかなか良くても
アルバム一枚分の曲は書けない人たちが多すぎたのと、
もうメンズウェアのような「ハイプ」であることを
最初からわかりきったようなヴィジュアル、イメージ
先行の人達も多くてそこら辺も
当時は批判の対象に挙げられた記憶がある。

でもそもそも60年代の「スウィンギング・ロンドン」
だってどれだけのグループが「本物」だったのか?
大概はビートルズの右にならえだった時代。
彼らがシタールを使えばそこかしこでシタールの音が、
彼らがジャケも中身もサイケなコンセプトアルバムを
作れば皆がこぞって「SGT」風のアルバムを
作る。そんな時代だったじゃないか。

ポップ・ミュージックなんて所詮商業音楽
でしかないのだから皆が聴いて楽しめる事、
女子供に受け入れられるようなキュートなルックス、
それでいいのだと僕は思う。

ビートルズもそうだったでしょ、スタート地点は。

ただそれにしたってブリットポップは
質の低いバンドが多すぎたし、そういうのがシングルとアルバム
一枚位はそこそこ売れちゃうからあっという間に飽和状態になってしまった。

本来はブラーやドッジーのように
「英国ポップの伝統を踏まえた再構築」がブリットポップだったはずなのに
そこを飛ばしてブラーやオアシスの模倣に
走ったようなバンドが多すぎたのも困り者だった。

でもアメリカのカレッジ周辺のパワーポップ、
同じ英国のスコットランド周辺のグラスゴーものなど
90年代初頭から中盤にかけてレトロな色合いを
持つ音楽がそれなりにブームだったのは
何だか興味深い。

それは60年代をリアルに知らない世代が
その時代を再発見したブームだったような
気もする。それだけその当時の
「ロック」に辟易としてる人って多かったのだと思う。

ドッジーはブリットポップの裏方。
彼らはこのブームの黎明期から6〜70年代に根ざした音楽を
提供していたし、彼らの持っている音楽のキャパも
当時のバンドたちと比べても広かった。

そんな彼らの最大のヒット曲になったのが「グッド・イナフ」。
日本での人気が不当に低かった当時ですら
この曲だけはFMラジオで流れたりしていた。

未だ聴いても全然色褪せる事の無い完璧な「ポップ・チューン」
オアシスやブラーのように大物にはならなかったけど、
その音楽の耐久性は彼らを上回る。

もっとも僕はオアシスは今も昔も余り好みではないのだが。



良く「ブリットポップ」ブームのきっかけになったアルバムはblurの
2枚目で93年発表の『Modern Life Is Rubbish』だと
言われている。勿論『モダンライフ〜』はグランジや
シューケイザーのような轟音が溢れてた音楽シーンの中で明らかに
異彩を放っていた。XTCかジュリアン・コープのようなコード感、
「エアクッションソール(Drマーティンの事)を履いて」なんて言う英国的な
歌詞世界。そしてロンドンを讃えるかのようなシングル
「For Tomorrow」の美しいプロモ。彼らのモッドなファッション。
これが後に良くも悪くも英国を支配していくとは思いも
しなかったが・・・。この後Oasisが登場してその
ブームは本格化するのだけど、Dodgy、実はその前から
「良質なブリティッシュ・ポップス」をやっていたのである。

僕も知るのは少し後からだけど、彼らはポップ職人
イアン・ブロウディをプロデューサーに迎えblurの
『モダンライフ〜』に先駆けること半年ほど、93年6月に
『The Dodgy Album』でデビューする。
キース・ムーンのような躍動感溢れるドラムにCSN辺りまで
聴いてるかのような美しいハーモニー、時に過度なまでに
メランコリックなメロディライン。まさにそれはポップそのものだった。

94年発表の『Home Grown』で志向がより明確になり、
ホリーズあり、Whoあり、Badfingerあり、マッカートニーあり、クイーンあり
である意味継承者としてのブリティッシュ・ポップスとしては最高の部類
に入るアルバムを発表した。同じ年にblurが大ヒットアルバム、
『Park Life』を発表していよいよ英国でブリットポップは
サブカルチャーだけのものでは無くなっていたので彼らも大ブレイク
するかと思いきや、そこそこセールスは稼げど特に日本での
扱いは低いまま。。。

そして96年、彼らの集大成とも言える『Free Peace Sweet』を
発表。もう「英国的」の枠を飛び越えてモータウンや
ラスカルズ、CSN辺りまで聴こえてくるような素敵で完璧な
ポップアルバムを作った。そして彼らにも転機が。
ここからの第二弾シングル「Good Enough」が大ヒット。
このライトソウル感覚溢れる軽やかなポップソングは正に
「エバーグリーン」な魅力溢れる最高の一曲でした。
当時何故か日本のFM局でもうけ、さらに音楽好きな都市の
女子高生の間で小さなブームになったりしたことを思い出す。

個人的には2枚目が好きなんだけど、もし初めて聴くなら
3枚目の『Free Peace Sweet』がおすすめ。悪い曲が
見当たらない。前述の「Good Enough」は勿論のこと、
CSN&Yのような緊迫感のある「In The Room」
モータウン有名曲のベースラインをそのまま頂いた(何の曲は聴いてみて!)
モッドな 仕上がりの「You've Gotta Look Up」
ドッジー流ラーガロックとも 言えるクールな「Ain't No Longer Asking」
お得意のシャッフルポップにソフトなサイケ感を加えた「Found You」
彼らの十八番なWho系ビートナンバー「Jack The Lad」
作者本人が「マッカートニーに良い曲だと言ってもらいたい」
なんて言ってた大作バラード「Long Life」。
当時英国のダンスシーンを賑わせていたアブストラクト的リズムを
利用した「u.k.r.i.p」

とにかくポップス幕の内弁当的な好アルバム。

個人的にはこのアルバムを聴いたあと
「ドッジーは次のアルバムでマスターピースを作るよ」
とか周辺に流布していたのだけど、何とこれを最後に解散。。

最高傑作は残すことなく、余力を残したまま。

その後再結成されるけど、ヴォーカル兼ソングライティング兼ベーシストが
いない状態での再結成。こんなのが同じものな訳が有るはずもなく。

今思うと偶然渋谷クアトロでやった彼らのライブに行けたのは
良き思い出で。しっかりとした演奏力、歌心のある楽曲。
Small Facesの「I Can't Make It」なんかもやってくれたっけ。

本当に良いバンドだった、それだけは今でも変わらない。
posted by cafebleu at 18:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Dodgy | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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