2011年08月22日

伊勢志摩天体観測と『Ray Of Hope』そして『Joy1.5』と創作海鮮料理に舌鼓 Pt.1

夏休みが終わる。

今年は久々長めに休めたが、途中伊勢志摩一泊二日旅行の
強行軍も有ったし、ライブも有ったので結構忙しなかった。

伊勢志摩への道は電車だと三重の中でも交通が良い方ではない。
特に関東から向かう場合にはそうだろう。
新幹線で名古屋まで行って近鉄に乗り換えてまた1時間以上だ。

そもそも今回はプロヴァンスという名の宿泊した宿が駅からも遠い上
スペイン村や伊勢神宮(おかげ横丁)への移動などもこなすため
車で行くことにした。まぁ電車移動は出張が多くて少し飽きて
来ていたし、僕の夏休みは盆の終わりからなのでラッシュにも
ぶつからないだろうと、そういう算段。

行きは盆の終わりの夜に東京から出たので快調。
東名高速を順調に飛ばしていく事になる。

そして今回車中のお楽しみは山下達郎さんの新作
『Ray Of Hope』と初回ボーナスの『Joy1.5』
電車の窓広告で出ることを初めて知るほど最近音楽鑑賞音痴
なのだが、それでも休み前は9月頭に予定されている大きな仕事の
事で正直頭がいっぱいで、関係各所への調整に神経を尖らせて
いたので何となく音楽を散策する気にすら最近なってなかった。

でもいつもどおりモダプロの相方が先に入手していて、
教えてくれたのでその経由で。

現在のヤマタツ・バンドの名演が詰まった『Joy』は既に名ライブ盤の
誉れが高い逸品で、濃いヤマタツ・サウンドを満喫できる名盤だが
ここ数年そろそろ続編が出るのではないかと囁かれ始めていた。
特に『Joy』がリリースされた以降のライブにも評判のツアーや演奏曲が
どんどん追加されている状況なものだから。

今回の『Joy1.5』はそんなコアなファンへのちょっとしたプレゼントで
8cm時代の現在では入手困難なシングルCD時代のB面等にそっと収録されていた
トラックを中心にライブトラックをミニ・アルバムにまとめたもの。

それがボーナスで収録されているものだから、ファンの間では最初から
こちらの話題がヒートアップ状態だったようで。

joy15.jpg
達郎さんの愛機がただジャケットになっているだけでも
「アァ」としか言いようのないボーナスCD『Joy1.5』

今回はシュガー・ベイブ時代の"はっぴぃえんど"人脈な楽曲の
ライブ・テイクが収録されているというだけでも皆大満足だろう。
「こぬか雨」「砂の女」を高音質のライブ・テイクで聴けるだけでも
胸が一杯になる人も多いのではないだろうか。

実際このボーナス・ディスクのテイクは素晴らしく、聴いてると
達郎さんのライブに行きたくなって落ち着かなくなるくらいなのだが
(車で移動しながら最初に聴いたのもあって余計ライブが心地よかった)
新作である『Ray Of Hope』も2011年、現在の達郎さんをしっかりと
映し出しているという点で素晴らしいアルバムだと思う。



前作『Sonorite』と同様に基本はドラマやCMのタイアップを中心とした
アルバムとなる訳だけれど、それは現在の商業音楽にとって欠かせない
大事な要素とも言えるので、それはそれで良いのではないかと思う。
勿論アルバムで初めて耳にする曲がもっと多ければいいのにという考えも
有るには有るのだけど、それは音楽を聴くこと自体を相応に好きでないと
現在のように趣味趣向の多様化が広がった現代では通用しないのだとも思う。

もはや音楽なんてアルバム(CDやLP)を有難く買う時代では無くなり、
普通にMP3プレーヤーやスマートフォンで音楽を聴いてるものは
ダウンロードで好きな曲だけ買ったりどこかから探してきたりというのが現実である。

さておき、アルバム内容だが、前作でDTMと格闘している達郎さんの姿が
浮き彫りになった感じがしたし、本人もそのようなコメントを載せていたが
今作ではそのデジタルツールをより消化しているのがよく分かる。

固くデジタルなのは間違いないのだが、そのレンジの広さはデジタルならではの
ダイナミックさだし、そこに不思議と暖かみも感じる。それは結局
人間が作るものだからと言えば簡単かもしれないけど、そんな気持ちになる。
そして達郎さんのメロディや歌声のリアルさがそう思わせるのかもしれない。

逆にデジタルでないとこれほど生々しい"こえ"というのも中々記録できない
というのも事実で、そのデジタルに潜むくぐもりの無い"記録"のされ方を
達郎さんがコントロールしているようにすら感じる。これは凄い事である。

最も僕なんかみたいにとうに録音なんかしてない人間が偉そうに云々
言う必要もなく、ハイファイで艶かしい歌声とサウンドを堪能すれば
良いのではないかと、簡単にはそう思う。

アルバムはタイトルの日本語である「希望という名の光」のアカペラ
ヴァージョンからスタートする。ここで最初に聴かれるブレスも聴きどころだろう。
ちなみに『Ray Of Hope』というタイトルは3.11の東日本大震災を受けて
当初予定だったものから変更したとのこと。社会性をほとんど織り交ぜない
達郎さんでもさすがに今回の震災と原発事故はかなり想うところが有ったようで。

映画の主題歌だった「希望という名の光」が結果的に東日本大震災を
受けたあとの人々にとって意味のあるメッセージになっていると言えるだろう。
そう考えて聴いてみると改めて壮大で重いメッセージを持つバラードである。

個人的にベスト・トラックに上げたいのは久々に"伝家の宝刀"を使った
「街物語」である。タメのあるソウル・フレイヴァーなリズムに達郎さんの
メランコリックなメロディが乗るだけでも贅沢というものだろう。

「プロポーズ」はコード展開の妙が楽しめる佳曲。
最初にコードを余り鳴らさないので意識させないように同じコードで
メジャーからマイナーに進んでいくのが妙である。
最初の少し不穏なメロディからサビは堂々のマイナー鉄板コード展開
に進んでいくのがまた作曲として格好良い。音が少ない(ように聴こえる)のも
また良い。マイナーの使い方で作曲家のセンスって出るなと改めて。

「俺の空」はもうコアなファンなら皆喜んでいるだろう。僕も最初これに痺れた。
久々のストレートかつブルージーな骨太ファンクナンバー。歌詞も最高。
本人の弾くリード・ギターもAutoTuneの効果に全く負けない図太いヴォーカルも
ここでは逞しい。個人的には『For You』収録のこれまた個人的内容を歌った
ぶっといファンク「HEY REPORTER!」をすぐに思い起こした。

「ずっと一緒さ」「愛してるって言えなくたって」は月9や日曜劇場などの
主要ドラマの主題歌を担った売れ線なバラード群で、本人もバラードを
期待されるので、何曲もアルバムにバラードが入ってしまうと言っていた。

売れ線といえば売れ線だけど、やっぱり達郎さんのバラードは素晴らしい。
それだけは事実だと思うし、これは売れるだろうと思う。ドラマを見てないけど
そのドラマの質を2割くらい高めてくれる、そんな重要な役割を果たしてると思う。
クライマックスシーンでこれくらいの曲が流れば印象に残るだろう。
既に「売れて何が悪い、それが商業音楽だ」という貫禄すら感じる。

「HAPPY GATHERING DAY」は軽やかなシャッフル・ポップ。
僕は何となく「パレード」を想像してしまった。文句なく名曲の域。
ライブでも聴いてみたい。

「いのちの最後のひとしずく」はタイトルから胸に来る文語的な表現。
僕は達郎さんや、彼の楽曲に提供した歌詞が好きなのだが、それはとても
文学的だからである。そういう歌詞であれほど音楽的で洋楽の横風を受けた
楽曲に溶け込ませているのは美しいと思ってしまう。

僕は幼少の頃から洋楽を聴いて育ったので、ある歳まですごく邦楽から
聴こえる日本語が苦手であった。やっぱりポピュラー音楽は英米からの
借り物のフォームだと考えてしまっていた。

だけど、それを一番解消してくれたのは間違いなく山下達郎さん。
美しい表現を素晴らしいメロディに載せれば楽曲も歌詞も決して
褪せることは無いのだなと強く思った。

桑田佳祐さんも全く逆の手法で邦楽の中に日本語を丸め込んでしまったが
その手法は全く逆なのが面白い。

まるで英語を聴いてるかのような錯覚にすら陥る桑田佳祐さんの楽曲と
口語では使わないくらい文語的で、少し古臭いくらいの文学的な表現を
しっかりとメロディの中で歌い込んでしまうのが達郎さんなのである。

それが出来なければ、伊藤銀次氏の曲だが「こぬか雨」なんて表現で
あれ程格好良く決めてしまうことなんて出来無いと思う。

だから僕は達郎さんの楽曲は日本語の歌のほうが好きである。

閑話休題、「いのちの最後のひとしずく」なんて表現を歌に入れるのは
やりたいと思っても中々出来ないものである。女性的な視点の曲を男性が
歌うスタイルも古典的で僕は結構好きなのである。
ちょっとAORっぽい雰囲気なのもこのアルバムのスローな雰囲気に合ってる。

このアルバムを聴いていると改めて歌を日本語で歌ってみたくなる。
日本で僕が最も美しいと思うところは、"ことば"そのものである。

『Joy1.5』についても少し。

「素敵な午後」のスローで濃密なバージョンで始まるのだが
もう大半の信者(あえてこう書く)はノックアウトだろう。
ここではスタジオ盤の数倍濃ゆい達郎さんのヴォーカルを堪能しよう。

「ビッグ・ウェイブのテーマ」では最初の神経質で不穏な緊張感溢れる
イントロから少しづつ開けていくところが楽しい。

「こぬか雨」と「砂の女」については前述したとおり
多く書く必要も無いだろう。シュガー・ベイブ時代の名曲を
素晴らしい演奏と音質で。「こぬか雨」、改めて素晴らしい曲だなと。
70年代の夢に溢れたアレンジとサウンドである。
「砂の女」のヤマタツ・バージョンでお馴染み「冗談は〜顔だけに〜♪」も
勿論健在。この曲近年のライブでもやっているようで聴けたら卒倒してしまいそう。

最後は色んな意味で意味が有りそうな「アトムの子」の超絶テイクで。
ドラムの凄さもさることながら、歌の後半のMCがしゃべりなのに
リズムに乗っていて、達郎さんのリズム感は恐ろしい。

アルバムの話だけでこれだけ書いてしまったので旅行と天体観測の
話はまた、そのうち。

明日は初日から大きな案件の準備が始まる。


posted by cafebleu at 01:34| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 山下達郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

Solid Slider

「キモカッコイイ!」 by 山下達郎


山下達郎氏を端的に表そうとして
思わず口をついたのがこの言葉である。
週末に相方とスタジオで
ヤマタツ談義をしていたときの事だった。

因みにエロリータと言えばYukiであると僕は思う。

さておき、「完全な米洋楽オタク」っぷりを70年代という
4畳半風吹き荒む日本邦楽時代に貫きながらも
出てくる音楽はそんな洋楽オタク臭も、
クールでドライブに良く似合う雰囲気も
持ち合わせた山下達郎。
音楽オタクにも業界人にも好かれたのはこういう部分だろう。

最も当の本人はそんな80年代の業界人のような体でいる訳でもなく
天才的な音楽神経を真摯な精進によって極限まで磨き上げた
学者のようなある種の博学感さえ感じさせてしまうので
深く入り込めば入り込むほどその音楽への超神経質と言えるほどの
拘りを知り始めてしまうと、この耳慣れた心地良いグルーヴさえ
計算し尽くされた産物である事に気付いたりしてある意味気色悪い
(勿論僕にとっては良い意味で言っている)
くらいの完成度を誇っている。それが"キモカッコイイ!"なのである。

音楽性は異なるがこの感触が似ているのを強いて挙げるとするなら
スティーリー・ダンだろう。『エイジャ』や『ガウチョ』辺りの
神経質なサウンドをじっくり聴いていると気色が悪くなる時が有る程。
これが何も意識しなければ良質なAORというカテゴライズなのだから
本当に恐ろしい。

但しスティーリー・ダンのヴォーカルは山下達郎氏には遠く及ばない。

外面やファッションと音楽が直接的に
出ている代表はポール・ウェラーだろう。
あれだけスタイルにも拘ったから
スタイル・カウンシルのような鼻持ちならない気取った音楽も
それなりに受け入れられた。
ただし彼は強いて言えば楽曲自体が「弱い」。
その欠点を彼はリスナーや表現者としての
「センスの良さ」でここまで乗り切っているように思う。
ファンならわかってることだけど、
彼は決して「天才」と呼ばれる類の人間では無いだろう。

デビュー・アルバムにしてニューヨークとロスで
録音されたデビュー盤もある意味凄いが、
やはり名曲揃いなのは『スペイシー』だろうか。
参加した面子も細野春臣、坂本龍一、村上ポンタなど
只事ではない。冒頭を飾る「ラブ・スペイス」、
この曲は70年代後半の日本の邦楽なのにすでに
90年代の「フリーソウル」や「レア・グルーヴ」
なんてキーワードを思い浮かばせる。
とにかく何度聴いても素晴らしい曲だと思う。
他にも甘く美しいソウル・バラード「キャンディ」や
ヤマタツ流サイケ「アンブレラ」、
精神的にブライアン・ウイルソンの影響を表した「きずぬれ」

ラストでどんと構える長尺ファンク
「ソリッド・スライダー」も徹頭徹尾タイトである。



70年代後半から80年代前半にかけての作品は
どれもそれ相応に素晴らしい。ベースにあるのは
「ブルー・アイド・ソウル(日本人なので青い目はしていないが)」で、
それをアルバムを追うごとに上手く
商業ベースにはめていくようになるのだが、
商業ベースになっても質が落ちないのが
この人の素晴らしいところ。

因みに個人的に一番好きな曲は
『ゴー・ア・ヘッド』に収録された「ペイパー・ドール」。
乾いた音像、クールなリズム、淡々とメランコリーなメロディ、
本人が弾く短いが素晴らしいワウ・ギター・ソロ。
僕の理想とする作曲の典型でもある。



『ゴー・ア・ヘッド』もヤマタツ流
ソウル・ファンク満載の好アルバム。
今ではもう聴けないようなコテコテのファンク
「ボンバー」なども収録されている。

僕なんかはアングラの中のアングラみたいなのは
知らない人だし、毎週UNIONに通うとかもしないのだが、
やはり音楽をそれなりに聴いていると段々マニアックにはなっていってしまう。
僕らのような人間が「ビートルズやビーチボーイズを好きです」と言う時、
それは単に彼らのヒット曲を指すわけではなく、
ある意味その周辺を聴き尽しているということになる。

で、それなりに歳もとり、
ひと段落した僕が自分の棚から引っ張り出す事の多い音楽というのは
普通に有名なものであったりする。
当時は必死で探したレアなアーティストなんかは今では
聴かないものも多い。勿論全てではないのだが。

以前にも書いたが山下達郎とは「近すぎる存在」である。
日本人にとってはビートルズやビーチ・ボーイズ以上に
彼は近いものになるだろう。僕らは何も意識しなくても
彼の歌を耳にすることが出来る。それはクリスマス前の
街でも聴くことが出来るし、人気ドラマの主題歌であったりもするし、
本人が歌わなくともジャニーズ系アイドルの
楽曲提供なんかでも彼の歌は聴けたりする。

もっと近いものならミスター・ドーナツにでも
行けば間違いなく彼の歌は流れるだろう。

朝のニュースでも聴けたし。。

誰でも少し音楽に詳しくなれば
「サザンが好き」とか「オレンジレンジ聴いてます」とは
行かなくなる。ともすれば山下達郎もそういう範疇に入ってしまう。

でも大事なのは
「皆に愛されるのにはそれなりに理由がある」っていうことだろう。
そして今でも彼は全盛期とまでは行かなくても
優れた楽曲を提供し続けている。
それを「つまらなくなった」というのはいとも容易いが、
20年以上一定のクオリティを
保ち続けるというのは才能と努力以外の何者でもない。
posted by cafebleu at 13:43| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 山下達郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月21日

Midas Touch

「ProToolsとヤマタツ至高ファルセット」 by Tatsuro Yamashita


何かと評判の芳しくない新作『SONORITE』のオープニング・ナンバー。
確かにここ数年のシングルをただアルバムに入れただけという点で
まとまりには欠けるかも知れないし、ケツメイシとのコラボによるKinKi Kidsへの
提供曲のセルフ・カバーもファンにはちょっと素直に喜べない。

しかし、この「マイダス・タッチ」は程よくカーティス辺りのノーザン・ソウル色を
思わせる佳曲。十八番といったところか。

今回のアルバムではほぼ全編にProToolsによるコンピュータ中心の
レコーディングが採用されていて、そこらがコアなファンの批評の対象に
なっているようだが、元々生身の人間を起用しても神経質なほど
カチッとした音にこだわる人なので僕はそれほど違和感は感じなかった。



近くにいるから逆に気づかないということがある。

山下達郎とはそんな要素もあるのじゃないか?


シュガー・ベイブで玄人受けした古い世代から、音楽に無頓着な最近の若者まで
山下達郎の名前はほぼ知れ渡っている。
それは「クリスマス・イブ」がこの時期の定番であるとか、
「ライド・オン・タイム」がキムタクが主演したTVの主題歌に
使われたとか、そういうのもあって広く市民権を得ているのだろう。

でも桑田佳祐辺りとはまた違う位置にいるのも確かだと思う。
強いて言えば小田和正あたりが似たラインにいるのかも知れないが
山下達郎はメディアへの露出が未だ一切無いのでやはり独特だ。


僕が山下達郎の音楽を意識して初めて聴いたのは13〜4歳の時だったと思う。
当時アルバム『僕の中の少年』がリリースされて
レンタルCD屋で借りてきた記憶がある。
その中のタイトル・ナンバー「僕の中の少年」が歌詞、
楽曲共に少年時代の自分には響くものがあり、このアルバムがお気に入りだった。

その後も何処かで耳にはするし、いくつかは手元にも彼の楽曲はあるのだが
そんなに強く意識して彼を聴く事も無かった。高校以降は自分も洋楽志向が
よりいっそう強くなっていったわけだし。

近すぎるのだ。

確かにシュガー・ベイブは伝説になってるし、
ヒット曲でも他のくだらないオリコンの上位に
入る曲とかとは一線を画している。
でもそのソウル・フレイヴァーでアーバンなサウンドは
80年代のTV業界人とかにも好まれそうだし、
金稼ぎとしてアイドル向きの楽曲やドラマ主題歌も手がけている。

そういう「近さ」がかえって彼を音楽好きから遠ざけてしまうところがある。
はっぴいえんどは誰しも持ち上げる時代になったが
山下達郎といえばそうはいかない。
「シュガーベイブは良いけどね」というのは良く聞くが、
そのシュガーベイブでの山下達郎の
名曲「ダウン・タウン」はその後の
ソロ活動に濃密に繋がっていくものである。

そのシュガーベイブにしたって、
山下達郎の持つ当時の「ニューミュージック」辺りとは全く
異なる「洋楽オタク」っぷりが今もってあのアルバムを輝かせてるんだと僕は思う。

とにかく彼をまた強く意識したのはここ一年ほど。

たまたまネットワーク関係のラボで講習を
受けていたときにそこで教えていた講師の方が
山下達郎が好きで話が弾んだ。
その後たまたまどこかで久々に「僕の中の少年」が
流れて僕は改めてこの曲が「ただの綺麗な曲」で無いことに気づいた。

子供の頃よりこちらも多少音楽の知識を得て
改めてこの曲を聴いたとき、この曲の真価に
気づかされたのだ。

ライトソウル感覚に始まり、メロディックなリフレイン。
ここまではある意味普通なのだ。
そして後半に長いインスト・パートが待っているのだが
実はこれがブライアン・ウイルソン的「SMiLEの世界」。

こんなシングル・ライクな曲にこんな仕掛けがしてあったなんて。。。



音楽を好きになりたてな子供が聴いても、
あるいは音楽に偏りすぎた大人が聴いても
この曲は素晴らしい。
これこそがある意味山下達郎を象徴している一曲だと思う。

もっとも当の本人はさほどこの曲を気に入ってないようであるが。

さらに言えばやはり彼もソロ初期が素晴らしかったりするのだがそれはまたその内に。
posted by cafebleu at 13:51| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 山下達郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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