2012年09月09日

山下達郎 シアターライブ PERFORMANCE 1984-2012

"予想通り非の打ち所が無いライブ音源と、予想を遥かに超える貴重な映像の数々"

山下達郎『シアター・ライブ PERFORMANCE 1984-2012』



いくら臨場感が有る映画館のライブ上映とは言っても、実際のライブの4列目とかで
達郎さんの姿を拝んでしまった自分としては、はち切れるほどの期待をしていた訳
ではなかった。変わらず健在だったPerfomance2011-12ツアーを思い出しながら
軽い気持ちで大きな画面と優れた音響の有る映画館でライブ音源を楽しめればと良いと。

しかしながら、実際の映像と音源はこちらの想像を超えるもので、日曜の夜、
憂鬱で次の日が気になるひとときと言うシチュエーションを忘れて楽しませてもらった。

感想から先に始めたが、8/25より1週間限定で山下達郎さんのシアター・ライブが
全国で上映された。音源や映像は"PERFORMANCE"と題され彼が行なってきたライブツアー
からのもの。

彼のライブ音源としては既に名盤の誉れ高いライブ・アルバム『JOY』('89年)が有り
こちらは1981年〜89年までのライブ音源をまとめたもので、ファンなら大概の者が
手にしている作品と言えるだろう。

しかしながら、これも有名な話だが、彼には映像作品というものがオフィシャルには
全く存在しない。これは80年代以降に活躍しているミュージシャンとしては稀な話である。

だからシュガー・ベイブ時代のTV出演を除いては僕の知る限りではTV出演すら無い。
80年代当時はベスト10のような音楽番組も複数放送されていたし、ヒットスタジオの
ような番組も有ったのだが、そこでランクインしても彼が出演することは無かった。

唯一の例外が92年頃アルバム『アルチザン』がレコード大賞を受賞した時に
電話!で受賞のコメントを述べて、そこで「さよなら夏の日」の本人プロモが流れた事は
有ったが、何れにせよ本人が受賞に登壇した訳でも、楽曲の演奏を行ったわけでも無かった。

これには本人の思想やプロの音楽家としての戦略など様々な理由が有るのだろうが
それにしたってあれだけライブが凄いのにライブDVD一つも無いのは不自然ではある。

そもそも音源としてのライブ・アルバムですら1989年の『JOY』以降は正式なリリースは
無く、熱心なファンはシングルのB面に入っているライブ・テイクや彼がDJを務める
『サンデー・ソング・ブック』における本人のライブ特集で小出しにされながら、
ツアーの度に噂になったり、本人も口にする「Joy2をそろそろ出そうかな」的な話に
期待させられて早23年も経過しているというのが現状だったりするのだが。

そういう切望感の中シアター・ライブが決まり、僕もライブ音源を丸々映画館で
鑑賞したことが無かったので一つの楽しみとして鑑賞しに行く事にした。

しかし、このシアター・ライブの問題はチケットの販売方法で、先ず前売り券を
ワーナーから購入すると、印字ではないちゃんとした鑑賞券を入手できるのだが
これがクセモノで、この鑑賞券を上映映画館で指定席に変えてもらわないといけない。
しかも引換可能なのが上映開始の2日ほど前にようやく上映スケジュールがリリース
される勿体ぶりで、ギリギリでようやく何時の回なら自分は都合が合うかなどを
考えられるわけ。

普通にサラリーマンでそこそこ忙しい人間なら、平日新宿だの桜木町だのに仕事帰りに
寄って指定席をゲットして、そして二日後にもう一度映画館に赴いて実際に観るなんて
行動がどれだけ負担になるのかレコード会社や配給先は考えたことが有るのだろうか。

僕は東京近郊の公開劇場だった2つの映画館(新宿バルト9、桜木町ブルク13)には共に
向かえる距離ではあったけど、仕事の行き帰りには全くかすらないので事前に
指定席を取りに行くのは難しい。よって当日少しだけ早めに行けば良いかなくらいに
考えていたが、この目論見は見事に撃沈し、日曜20時過ぎの新宿バルト9の回には
現地まで行ったのに「もう空いてないです。後は26:30からの回が空いてますが。。」と
言い放たれて一度目のチャレンジには失敗した。普通に考えて月〜金に働いてる
サラリーマンの何処に日曜(明けて月曜)夜中2時から映画を観れる余裕があるんだと
叫びたくなったが、無いものは無いんだから仕方無い。

その後2日だけ延長の発表が有ったので、日程スケジュールに土日にもう一度かかることが
判明し、今度は新宿より余裕が有る様子だった桜木町のブルク13まで先に指定席を取りに行って
ようやっと映画まで漕ぎ着けたのである。

映画館の前売りなら印字券では有ってもネットで指定席を予約できたようで、これだったら
最初からワーナーの前売りなど買う必要が無かったし、少し安いとかそういうのはこんなに
何度も映画館に行っていたら交通費でとっくに相殺か損してるわけだから酷い話である。

せっかく熱心なファンが足繁く作品を楽しもうと忙しい中工面して出費してるわけだから
その辺りは今後是非とも改善してもらいたい事項として苦言を呈させてもらう。
映像を簡単に解禁しないと言う事自体は音楽家としての考え方の一つだろうから
それはそれで致し方ないのだけど、その待望感を知ってか雑に展開しても客は集まるだろう的な
レコード会社や映画の配給会社にはウンザリである。

さて、内容だが、それ自体は至ってシンプルなコンセプトで、山下達郎さんのライブを
80年代から2012年までダイジェスト的かつベスト的にまとめた映像作品である。
特に合間に独自映像が入るとかそういう事は無く、通常のミュージシャンであればDVDとして
発売しても何ら不思議の無い純粋な"ライブ・ダイジェスト"と言ってしまって良いだろう。

ダイジェストと言っている理由としては、ライブ特有の長尺なインストやヴォーカルの
パートは一部省かれているためだ。専らその理由はどちらかと言うと映画上映の尺に
合わせたからという推測が出来るので、もしこれがDVDとかならそのまま収録
されたかもしれない。

それでも各曲のコアな部分はしっかりと収録されており、不満の残る編集ではない。
選曲自体は言い出したらキリがないのだが。。。

実際の選曲は以下の通り。

01)SPARKLE
1986.7.31@中野サンプラザホール(PERFORMANCE '86)
02)LOVELAND, ISLAND
1986.10.9@郡山市民文化センター(PERFORMANCE '86)
03)メリー・ゴー・ラウンド
1985.2.24@神奈川県民ホール(PERFORMANCE '84-'85)
04)SO MUCH IN LOVE
1986.10.9@郡山市民文化センター(PERFORMANCE '86)
05)プラスティック・ラブ
1986.7.31@中野サンプラザホール(PERFORMANCE '86)
06)こぬか雨
1994.5.2@中野サンプラザホール(Sings SUGAR BABE)
07)煙が目にしみる(SMOKE GETS IN YOUR EYES)
1999.2.4@東京・NHKホール(PERFORMANCE '98-'99)
08)ずっと一緒さ
2008.12.28@大阪フェスティバルホール(PERFORMANCE 2008-2009)
09)DOWN TOWN
2008.12.28@大阪フェスティバルホール(PERFORMANCE 2008-2009)
10)希望という名の光
2012.4.1@神奈川県民ホール(PERFORMANCE 2011-2012)
11)今日はなんだか
2010.10.27@神奈川県民ホール(PERFORMANCE 2010)
12)アトムの子
2012.4.30@大宮ソニックシティ(PERFORMANCE 2011-2012)
13)RIDE ON TIME
2012.4.30@大宮ソニックシティ(PERFORMANCE 2011-2012)
14)恋のブギ・ウギ・トレイン
2012.4.30@大宮ソニックシティ(PERFORMANCE 2011-2012)
15)さよなら夏の日
2010.8.14@石狩湾新港樽川埠頭横 野外特設ステージ(RISING SUN ROCK FESTIVAL 2010 in EZO)


選曲としては比較的王道と言うか、ある程度彼の作品を知っていたり
ライブを観たことが有るのなら解りやすい構成といえるだろう。

正直に言うと、ライブの定番である一人アカペラやオーケストラ物
(バックに自分のハーモニーやオーケストラをカラオケで流すやつ)
こういう作品では割愛してストイックなファンキー・チューンを増やしても
良いのではないかとは思うのだけど、初めての映像作品では有るので
そこは有難く鑑賞させて頂くとして。。

先ず驚いたのが動く達郎さんの映像がしっかりと残っていることだった。
彼が映像作品を好まないのは随分昔から有名な話で、実際僕が観に行った
3回のライブでもカメラクルーが入っていた記憶もなく
(実は同行していたモダプロ・リーダーはその内の1日にカメラが有ったと
言っていた。どうも僕はステージに気を取られすぎて気付いてなかったらしい)
PAの録音は毎度していても、映像には興味が無いのだろうと決めつけていたのである。

だから当初このシアター・ライブも
「もしやライブ音源に合わせて写真とかがスライドショーのように出てくるのでは?」
と不安な気持ちになっていたのである。

そんなモノだから、特に80年代の映像がこれ程しっかり残っているとは思いもしなかった。
しかもその多くは『Joy』に収録されたテイクだったというのも驚きであった。

上記の通り80年代の音源の殆どは『Joy』収録のテイクと同一の物であったが
映像が乗ってくると印象もまた変わるもので、例えば軽やかな楽曲として知られる
「ラブランド・アイランド」辺りの実際の演奏時のテンションたるや半端ではないし
ファンクと言って良い「メリー・ゴーラウンド」の緊張感は観てるこちらにも
ヒシヒシと伝わってくる。やっぱり改めて80年代の
青山純、伊藤広規、椎名和夫で編成されたバンドは最高だったし、
あの年齢や時代でしか成し得ない笑顔一つ許さないようなミュージシャンシップの
対決を聴いているような様には痺れるとしか言い様がないのである。

映像では大体時系列的にライブ映像が進んでいくが、80年代のライブの後は
94年のシュガー・ベイブ全曲ライブでの「こぬか雨」を挟んでいきなり2000年代
後半のライブが主となる。

ここには比較的名演が多い"PERFORMANCE'98-'99"からの映像
(例外的に「煙が目にしみる」のみ収録されているがバンドの映像はない)や、
2000年代前半に行われRCA時代の作品を演奏した
"PERFORMANCE 2002 RCA/AIR YEARS SPECIAL"の
映像は含まれていなかったが、これは意図したものなのか、この時代の
映像が残ってないのかは詳しくは分からない。

上記がほぼズバッと抜けているので、前半の80年代映像と前述した「こぬか雨」が
終わると「煙が目にしみる」を挟んでいきなり2008年の「ずっと一緒さ」に
なるので、結構若い頃と現在でのライブに対する取り組み方の違いが明確になる。

勿論今でも手抜きなく素晴らしい演奏でステージを続けている訳だし
還暦を間近にしてヴォーカルはむしろ近年のほうがより上手くなっているような
印象さえ受けるのだけど、80年代の作品のように、誰かが間違えたらその場で
崩れてしまうような危うさや緊張感は大分収まり、各ミュージシャンにも自由な
フォームをある程度は許可しているのだろうと言う事は想像出来る。

解りやすいところでは椎名和夫から佐橋佳幸に代わったギターの部分で
ミュートのリフでも達郎さんの顔色を伺いながら慎重に一音一音を弾き出していた
椎名和夫のギターと比べると、佐橋佳幸のギターは幾分自由に表現しているように
映るし、実際ライブを観ても弾く時は結構弾きまくるなという印象は有った。
僕は椎名和夫時代のバンドは観れてないので全貌は分からないけど、その位
時間が経って、達郎さんの中でもライブに臨む姿勢って変わってきているのではないかと
そんな風にも思えた。

後はイケメンドラマー小笠原拓海くん。とてもスマートで上手なドラマーだと
思うし、これからも伸びしろが十分ある人だと思うのだけど、やはり青山純、伊藤広規で
気づいてきたグルーヴっていうのは20年にも渡るわけで、その後につくり上げるのは
大変な事だとは思うけど、頑張って欲しい。青山純という人は例えばライブだと
「さよなら夏の日」のようなバラードでもヘヴィなグルーヴをいとも簡単に作り出して
しまう人なので、そこに耳がチューニングされているヤマタツ・ファンとしては
スマートが過ぎてしまうように聴こえるのだけど、その中でも彼が見据えるべき
究極のスタイルはまだまだ先に有るように思えるので、これからだと思う。

しかし、直前のツアーとなった"PERFORMANCE 2011-2012"では大宮ソニックシティでの
公演でかなりテンションが高かったのだなとこの映像を観て思ったりもした。

最後はRising Sunで何十年かぶりにフェスに出た時の「さよなら夏の日」で
遅い夏のプレゼントとして届けてくれたこのシアター・ライブはお終い。

凄く曲に感動して泣いている女性がクローズアップされていたのは・・・何故?
とか思ったけど、ちょうど上映時期的にも良いエンディングでは有ったのかな。

しかし、この上映に行った後も「あぁあの映像観たいなぁ」とふと思う時が有る。
それくらい達郎さんの動く姿、ライブでの雄姿にこれまでありつけないで居たので
それがほんの少しだけ満たされた想いも有るのだろうけど。

達郎さんは、例えば最近別の回で取り上げてる高野寛さんのように、ビジュアルと楽曲
そのものが本人のポップ感を作り出しているというような、そういう感じではなく
本人自身は職人気質の人で、素晴らしい作品のためにこれ見よがしな映像は不要だって
いう考えの人だとは思う。これはどちらが正しいとかではなく考え方なのだけど。

例えばウェラーが全くヴィジュアルに訴えなかったら、そもそもモッズというカルチャー
自体がファッションと音楽を中心としたイデオロギーでも有るので、彼の存在感の
半分も伝わらなくなると思う。

でも達郎さんの場合は本人も音楽で100%伝えるタイプだという自覚も有るだろうから
今までも映像作品という物に重きを置かなかったのだろうと邪推できるし、
実際僕もそれほどの拘りは無かったのだけど、こうやって初めて映像で観る音楽と
相対してみると、そこに満ちていた空気とかそういうのは、凡人には補足しきれない
部分も有る訳で、改めて何故『Joy』があれほど完成度も高く、世間の評価も高いのか
映像も含めて少し分かったような気がしたのである。

そういう意味ではどうかこの貴重な作品もDVD化してくれたらいいのになとは思う。
きっとしてくれないだろうけど。。。

そう思っていたら、何と渋谷でアンコール上映か。。

http://theaters.toei.co.jp/theaters/shibuya1/

さ、最初から渋谷でやってくれれば行き易かったな、何て思ったりして。。
でもこれは良い知らせなので、もう一度観て焼き付けてこようかな。

今回は長い割に散文だったけど、やっぱり達郎さんは素晴らしいということで。
後は『Joy2』のリリースを本当に待望している。

8月下旬に観た高野寛+伊藤大助のライブは仕事の都合で1時間以上遅れてしまったので
9/27に再度高野寛さんのソロライブでリベンジ予定なので、それを観た後また
感想を書こうかと思う。
posted by cafebleu at 15:00| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 山下達郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月24日

ヤマタツのつぶて 〜Pt.3 POCKET MUSIC〜

〜デジタルへの悪戦苦闘を実況化した人間らしいアルバム〜


達郎さんのライブチケットも無事当選したので
(初日市川と2週間後の群馬の両方。しかもその間には
オーシャン・カラー・シーンの振替公演も有ったりする)
引き続き"ヤマタツのつぶて"を続けていこうかと思う。

今回は少々前後のアルバムが派手なので埋もれがちな
86年作の『POCKET MUSIC(ポケット・ミュージック)』を紹介。


『POCKET MUSIC』('86) 山下達郎

このアルバムは前作(サントラの『BIG WAVE』をここでは含まない)に
収録されていた「高気圧ガール」のヒットを受けて、CM、特に自動車関係での
タイアップなどが増え、その他にもオレたちひょうきん族などでEPOによる
「DOWN TOWN」のカバーや達郎さん本人が本編でネタにされたり、
実際本作に収録された「土曜日の恋人」などもエンディング・テーマとして
採用されたりと、より一層"山下達郎"の認知度が上がってきた中での作品と
いうことになろうか。

しかし、まだまだCMなどでは匿名性の高さ故、逆にBGMとして主張しない上
自動車の疾走感と彼の楽曲のライトなソウル感がぴったりフィットしていた
という理由のほうが大きかったかも知れない。元々CM用のジングルで稼いだ
時期も有った訳だし。


「山下達郎&竹内まりや夫妻 70's〜90'sCMコレクション 」


一人アカペラなどの才能も生かしてこれだけCMに絡んでいたのかと
唸らされる映像。しかも夫婦でこれである。単に商品CMだけでなく
本人のアルバムの宣伝なども含まれている。これを保存していた方も
凄いとしか言い様がない。ある意味永久保存物だろう。
ヒットしてから自動車での起用がグンと増えていくのがわかる。
勿論JR東海"Xマス・エクスプレス"のCMも収録されている。


彼が世間的にも一気に認知されるのは89年のJR東海におけるCM
「クリスマス・イブ」からなのではないかと僕は考えている。

どちらにせよ、本作は80年代前半から続いていた『FOR YOU』「RIDE ON TIME」
「高気圧ガール」らのヒットにおける注目度の中で製作されたであろう一作だが
実際の所は録音にせよ作風にせよ大きな転換期を迎えつつ有る中で制作された
アルバムと言って良いだろう。特に録音に関しては本作から本格的にデジタル
レコーダーやPCを利用した打ち込みMIDI音源によるシーケンスを導入したのだが
それらが望むような音質や打ち込み精度を得ることが出来ず、録音の完了に
手間取り、アルバム発売日を延期するという自体にまで陥っている。

当時のPC環境はNECのPC-8801シリーズのような8ビットパソコンを
利用していたようで、これがかなり言うことをきかなかったようである。
本作録音の最中にPC-9801のような16ビット機も出てきていたのは当時僕も
自宅に音楽用ではないがNECのPCを置いていたので覚えているが、そういった
移行期の中で達郎さんは相当苦労していたようである。そもそも9801シリーズ
と言ったって、その後のPCとは思い返しても隔世の感すら有るので大変だったと
思う。また、デジタル・レコーダーも当時はマスタリングの際における音質が
低かったようで、デジタルで広がるはずのレンジも出ないような状態だったようだ。

確かにこれに関わらず当時の録音物を今聴き返してみると、何だかノイズとかは
少ないのかも知れないが、何となく曇ったような音質のものが多く、これなら
多少のヒスノイズなどは有るにしても、70年代のアルバムのほうが、
テープ・コンプレッション等による中域の充実も重なって迫力のあるサウンドに
聴こえるような気がする。ま、一概では言えないだろうけど。

そもそも86年当時ではCDは出てきていたが、まだ主要メディアがレコードや
カセットテープなどのアナログ・メディアだったのも事実である。

結局リリースが延期になる程の制作過程における苦闘は作品にも現れており、
いくつかの楽曲では実験的なアプローチも聴かれ、本人もサウンド的には
「試作品」と言うようなニュアンスの談話を残しているので、そういった意味でも
「高気圧ガール」や後に大ヒットする「クリスマス・イブ」を収録した
前作『MELODIES』や、デジタル・レコーディングやシーケンスを会得した感のある
『僕の中の少年』に比べても全体的に地味な印象は拭えない。

ジャケットも何だか地味である。可愛らしいが、本人が写ってない上、
何だかその辺りのコンピレーション盤のような匿名的なジャケットなのも
後に彼を追って聴くような人間にとっても地味な印象を与えている。

僕はアルバムジャケットというのはとても大切だと考えている。
サウンドを思い出す時に、ジャケットを思い出す時が有ると思う。
そんな時に冴えないジャケットデザインや色味だと、まるでその印象が
楽曲に乗り移ってしまうように感じるからだ。
例えば『サージェント〜』なんて、あの強烈なコンセプト感のあるジャケが
アルバムをより強烈な印象にしているのは間違い無いだろう。それを証拠に
あのアルバムは楽曲単位で捉えると、彼らにしては(あくまで彼らにしては、だ)
地味な物が多かったりするのである。

最も『ペット・サウンズ』のように、ジャケとしてはある意味アイドルグループの
それとしては普通であっても、余りに内容が凄いので、あのジャケを見ると
名作にしか見えなくなってしまう物も世の中には存在するのだが。

楽曲にも触れておくと、アルバムの最初を飾る「土曜日の恋人」は
オレたちひょうきん族のエンディング・テーマとなった楽曲。
聴き覚えが有るという人も多いかも知れない。EPOの「DOWN TOWN」や
本人の古い曲「パレード」が起用された事を受けて新曲を書き下ろし
自らひょうきん族のスタッフに売り込んだらしい。なるほど
確かに「DOWN TOWN」を80年代当時に蘇らせたようなテーマである。

中々に良い曲なのだが、思ったよりヒットしなかったようである。

タイトル曲でもある「ポケット・ミュージック」は何とも中途な感じの
作品なのだが、僕はこの曲がアルバムの中でもかなりお気に入りである。
本来打ち込み用に用意された楽曲であったが、上手く行かなかったようで
結局上原裕と伊藤広規のドラムとベースによるテイクなのだが、
それがまるで打ち込みのビートをなぞったようなかなりミニマルな
リフの繰り返しで、でもそのミニマルなリズム隊とアコギ、最低限の
キーボードで淡々としている感じが人力シーケンスのようで悪くないのである。

「MERMAID」は全面にシンセサイザーやMIDI演奏によるエレドラムを
採用したこの時代の音がする曲。Rolandのデジタル・ドラムをPCに
プログラミングして叩かせたのではないかと思われる。ドラムの音は
今のエレドラムやDTMのサンプラー音源では聴けないような音がしている。
しかし、アラン・オデイによる英詩にのる軽やかなメロディが悪くない。

「メロディ、君のために」は80年代の彼の作品で良く聴かれる
ポップな曲に伊藤広規のドンシャリなチョッパー奏法を多用したベースが
乗る楽曲である。これも近年では余り聴かれないミドルハイを多用した
ヴォーカルを含めて中々心地よい楽曲である。

「THE WAR SONG」は彼にしては珍しいポリティカルな作品で、
当時首相だった中曽根康弘が日本をアメリカの前線基地のようであるかに
例えた「不沈空母」発言を受けて書かれたものようである。
この作品辺りから詩作が明らかによりパーソナルに入り込んだ、
ラブソングの範疇から離れたような作風が増えていくのだが、
これはその中でも異例の一つと言って良いだろう。

全く個人の意見として、僕は達郎さんに政治や社会的な歌を歌って欲しくない
という気持ちが有るので複雑であるが、サウンド的に捉えると、いかにも
80sな音のシンセサイザーはともかくとして、彼にしては珍しく中途な
コードでブレイクする辺りのメロディとバックのタイトで切迫感の有る
演奏は悪く無いと思う。特にライブ・アルバム『JOY』におけるバージョンは
タイトである。

「シャンプー」はアン・ルイスに提供した楽曲のセルフ・カヴァー。
女性言葉の歌詞を男性が歌うのが結構僕は好きなのでお気に入りで、
ソウル・バラードを少しねちっこく歌うヴォーカルも秀逸。

タイトルからしてロマンティックな「ムーンライト」はファルセットを
中心とした美しい小品と言った趣向で。ここでは打ち込みによるサウンドが
こじんまりとまとまっていて、本作の中で最もデジタル・サウンドとして
完成しているような気がする。こういう作品で彼の作品に外れなしである。

「風の回廊(コリドー)」は当時スポーツ・クーペとして大ヒットした
ホンダ・インテグラのCM曲として使われた楽曲で、車が大好きだった
少年時代の僕の思い出の一曲として残っていたので、大人になって
ベスト盤で久々にこの曲を聴いたとき、少し郷愁に浸ってしまった。
ちょうど"思い出へと続く心の回廊"というテーマもぴったりである。
そういう意味で特別な一曲。彼の曲でも1、2を争う大好きな曲である。

Aメロの美しさの割に、実はサビらしいサビのない、この当時にしては
少し珍しい作曲だったりするのだが、それが噛み締めるほど良くなる
名曲である。ここでは打ち込みも曲にフィットしている。

こうして振り返ると、"中々に良い"とか"悪くない"という言葉が多く
出るのだが、僕にとってこのアルバムは聴けば聴くほどやっぱり良い作品だなと
感じているし、名作とまでは言わないのかも知れないけど、佳作なのは
間違い無いと思っている。今聴くと80年代的な音が結構するのだけど
それも次作『僕の中の少年』程ではないのでかえって聴きやすかったり。

最もデジタル機器と格闘しながらも結果として"山下達郎"という一人の
人間の暖かみを感じるこのアルバムは、忘れてしまうには勿体無い
作品だと思っている。

結局このアルバムのマスタリングには余程納得出来なかったのか
91年、このアルバム発表後5年という所でリミックスしなおして
再リリースしている。これは近年良くある最新のデジタル技術での
リマスタリングとかリミックス以前の時代における話なので、
単純に作品として納得いかずお色直ししたかったのだと思う。

その際にボーナスとして収録された「MY BABY QUEEN」が中々良い
曲だったりする。

一聴で引き込まれるようなキャッチーさや突出した楽曲やアレンジが
聴かれない"悪くなさ"こそがこのアルバムの特徴で、時折引っ張り出して
耳にすると、やっぱり変わらずに、むしろ聴く度に発見のある噛み締める
ようなこの作品は、達郎さんの名作をある程度聴きこんでから立ち寄って欲しい
そんな作品である。


「シャンプー」 アン・ルイス

アン・ルイスのバージョン。元々歌唱力の高い彼女のテイクも悪くない。

こうしてレビューを書こうと思って始めた当初、僕はやっぱり大人になって
改めて達郎さんに凝りはじめてから衝撃を受けた70年代やRCAの作品を紹介
しようと思っていたのだが、レビューのためにアルバムを聴き返していると
30代も半ばを過ぎた僕には何故だか80年代以降の作品の完成度の高さに
段々心を惹かれるようになってきている事に気づき始めた。

商業音楽としてのキャッチーな完成度の高さ、それでありながら音楽の深みは
しっかりと保っている楽曲。結局ポピュラー・ミュージックと言うのは
人にも感じ取ってもらって、ある程度商業的な成果を残せるものが正しいと
僕は個人的に考えている。そういう意味で「ライド・オン・タイム」以降の
彼の作品というのは普通に聴いても耳に残る良質なメロディだし、その
作曲というのは理路整然としていてとても合点が行くものなのである。

技巧は有っても奇をてらわない、ニーズに合わせてもベースはブレない。
そういう事って誰にでも出来ることではなく、職業作曲家としての
彼の才能というものを端的に表しているのだと思う。

時代の先を行き、ストイックなほど己のソウルを突き詰めていたソロ初期も
凄いの一言に尽きるのだが、時代がそれを理解できるようになって、自らも
時代に寄り添うようになった80年代以降を"日和った"というのは余りに
パーシャルな見方で、この美しい作品を見落とすのは勿体無い話である。

最も最近僕がそれを感じるようになったのは、僕が今30代半ばを過ぎて
彼がこれらの作品を出していた頃の年齢に近づいたからかも知れない。
誰しも若い頃のほうが物事を斜めに考えるものである。
そういう部分が自分からも少しづつ無くなってきているのは間違い無いだろう。

まだ続く、かな。。結構レビューは久々に書くとパワーを使うので
そろそろ一旦休みになるかも知れない。またライブに行けば色々
書きたくなるだろうから。
posted by cafebleu at 01:47| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 山下達郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

ヤマタツのつぶて 〜Pt.2 COZYその2〜

〜自らの時代(80年代)が過ぎた後、模索の渦中で再評価され〜


前回は90年代の音楽背景やブーム、ナイアガラ系譜の
再評価についての話で終わってしまったので仕切り直しで。

80年代、言わば彼の時代の集大成とも言えた『ARTISAN』の後
93年に「MAGIC TOUCH」のシングルをリリースして動き始めた
達郎さんで有ったが、CMやドラマのタイアップなどを除いて
ライブ活動などはしばらく休止状態になっていた。

前編でも書いたが、80年代のサウンド的な流行が一段落し、
90年代中盤辺りから明らかにシンセ音やエレクトリック・ドラムを
全面に出したようなアレンジを世間で耳にしなくなっていく。

その反面、アメリカではニルヴァーナ等を筆頭としたオルタナティヴ
と呼ばれる退廃的かつストレートなロックが大流行するし、イギリスでは
アシッド・ジャズがブレイクした後、次は自国のカルチャーである
ブリティッシュ・ポップをよりレトロに捉え再構築していくような
バンドが次々現れていくことになる。それはブラーやオアシスのような
ブリットポップでもそうだし、ティーンエイジ・ファンクラブのような
アメリカのカレッジ・ポップとリンクしているようなグラスゴーのバンド
でも大まかにはそう言えるだろう。

そしてDJ界隈などを中心に、CD化が進んで一時消えかけていたレコードの
復活にクラブ界隈だけでなく、ポップ・ミュージックも一絡げになって
推進力になっていくことになる。それはR&Bなどで見られたような
アナログ盤でしかできない(当時は)スクラッチのようなテクニックの為
というだけではなくて、アナログ盤を集めること、それをクラブで流すことが
一つのトレンドになっていくのである。

その要因の一つに、CD化されていない、もしくは廃盤と化している
"レア"なアナログ盤を収集するのがサブカルチャーにおける一つの
ステータスと化していた気すらするのである。

最も僕は殆どそういう事には興味が無かったが。
CD時代が来たおかげでようやっとテープに落とすこと無くその場で
音楽を聴ける時代(CDウォークマン)が来たのだからあんな大きい
アナログ盤を持って歩くなんてナンセンスにしか感じなかった。

余り関係ない話だが、僕は古いものは大好きなんだけど、出来れば
現代のエッセンスも入れて欲しいというか、何といえば良いだろう、
"温故知新"に対して自分なりに拘りが有るような気がする。

古いものを聴くにするにも使うにしても便利に使いようが有るはずである。
その為に新しいことを覚えることは何の苦もない。
これが確信に変わったのはニューMINIに乗るようになってからだけど。

だから手が出ないというのもあるけど、余りオールドギターに興味が
無かったり、DTMには結構すぐに手を出したんだと思う。

閑話休題(が多いが)、こんな風にデジタルが進化していく過程で、
それが録音方法であれ、音の出し方であれ、"アンチ・デジタル"な
カルチャーも間違いなく育ち始めたのが90年代だと思う。

それは古い音楽を聴く過程の中で、例えば70年代のルーツ・ロックやSSW
におけるサウンドに深みのある音像や、生楽器の素晴らしい録音状態などが
シンセや深いエコーに埋もれた80年代の音楽に比べて、当時の若い世代に
とって明らかにリアルに、そして新鮮に響いたからだと思う。

そんな中にシュガー・ベイブやRCA初期の彼のソロ作品も含まれていたと
そう言って差し支え無いだろう。

山下達郎さんという人は、根本的な部分は全くブレない人だと思う。
サウンドやスタイルが変わっても、それは単に流行を追い回しているのではなく
自我という強い基盤の上に何をエッセンスにするかという程度の話で
彼が言うような「何年でも色褪せない音楽を作る」ことが先ず大前提なのだと
思う。基本的なベースはソウルで有ったり、ドゥ・ワップやビーチ・ボーイズ
の世界観。もっと言えば良き時代のアメリカのショービズ的なるもの。

しかし、録音や機材の新しいもの好きも顕著で、シンセやエレドラムのような
デジタル楽器、そして録音に至るまでかなり早い段階でそれらを導入している。
2011年の現在だってProToolsを使ってレコーディングを行っている。

達郎さんの70年代のソロ作品は、洋楽も含めた上で言うならば、ニューソウルの
横風を受けながらも独自のファンキー・ポップとして完成しているという点で
その頃のサウンドとしては有り得ない話ではないのだが、それを日本のミュージシャン
がやってしまっているという点が先ず凄いのである。例えばデビュー作の
『CIRCUS TOWN』は76年の作品だが、76年のヒット曲を見てもらえばわかるが
この頃の日本でこのアルバムに収録されている「Windy Lady」のようなヘヴィな
16ビートのファンクなんてやっている者は全く居ない。

「なごり雪」や「無縁坂」のような楽曲のヒットを見ると、フォークブームの
面影を感じるものである。勿論上記二曲は良質な楽曲であるが、達郎さんの
向かっている世界は余りに次元が違いすぎる。

アルバムとしてのターニングポイントは色々と言い様が有るのだが
ヒットシングルとしてのはっきりとしたものは「ライド・オン・タイム」の
大ヒットだろう。これ以降はアルバム『FOR YOU』を経て80年代的な
サウンドの牽引者となっていったのは既に触れている。

こんな風に自らも推し進めてきた80年代なるサウンドが後退して、さて
本人も90年代の自分というのはどうなるものかと模索していたように感じる。
また、詩作についても試行錯誤が有ったようで、近年作では自作詩が増えていた
のだが、その中でもやはり詩作というのは洋楽育ちの達郎さんには一つの課題の
ようで、最も頭を悩ませるものだったようである。その中で別の作詞家と
組むことを考えたようで、今作は久々に新しい作詞家と組んでいる。

それがはっぴぃえんどのドラマーにして、既に歌謡界で作詞家として
確固たる地位を確立していた松本隆だったという訳だ。
因みに達郎さんはここまで直接自分の歌の歌詞は依頼していなかったが
自らがカバーしていた大滝詠一の「指切り」、鈴木茂の「砂の女」で
彼の歌詞を歌った経験が有った。

サウンド的にも変化が見て取れる。それは明らかなシンセ・サウンドの後退だ。
Moon移籍以降特にそうなのだが、ここまで80年代の彼のサウンドはシンセや
エレドラム、シンセベースと言った要素が大きな比重を占めるようになる。

例えば前作収録の「Endress Game」なんかは作曲手法としては
ドラマ向きのマイナー・バラードという点でその後にも有るような
スタイルだが、キラキラしたシンセの音から曲が始まり、それが全体を
包むようなアレンジの中で、シンセベースらしいシンセベース音が耳に残る。

他にも前々作『僕の中の少年』や『POCKET MUSIC』辺りは80年という時代の
音が顕著で、「ルミネッセンス」「The War Song」辺りはシンセ・サウンドが
アレンジの中心に居る感じである。「THE GIRL IN WHITE」などは、楽曲の
出来は置いておいても、いきなりこれでもかという程のエレドラム音で
スタートして、そこにシンセベースがご機嫌に滑りこんでコードもシンセで
奏でられているので、さすがに時代を感じてしまう。
この楽曲のオールド・スタイルなアメリカン・ポップの雰囲気や中盤に
いきなりメランコリックになるブリッジは素晴らしいのだけど。
(まるでビーチ・ボーイズの「Do It Again」のような曲である)

今作では上記のようなサウンドは達郎さんにしてはかなり控えめになっている。
勿論録音時代が90年代初頭から後半までと幅があるので全体にまとまりが
有る訳では無いのだが、それが打ち込みにせよ生音にせよ、そこまでの
アルバムとはかなり変わってきていると思う。

前述したように詩作にも変化が有り、まずは吉田美奈子以来の作詞家、
松本隆を数曲で起用している事である。この間も一部では他の作詞家
例えば奥様である竹内まりやの歌詞なんかも有ったし英詩の歌では
アラン・オディを起用してるが、アルバムの半分程度を本人以外の歌詞が
占めるのは久々のことではないだろうか。

正直僕は松本隆の詩が余り好みではないし、達郎さんの洒落た楽曲上に
心のない詩が乗ると何となくこそばゆいような感じもするのだが、
楽曲面全体においてはそれなりに効果が有ったようである。

アルバムはその松本隆の軽薄?な詩が冴え渡る「氷のマニキュア」でスタート。
軽快なアコースティックギターのコード・カッティングにベースと
ギターのリフが裏から入ってくるイントロでいきなりファンの微笑が見えてくる
ような素晴らしいファンキー・ポップ・チューンだが、意外にも
アコギのカッティングと薄いギターのリフ、そこにピアノの控えめなコード
が乗るようなアレンジの曲って少ないのではないだろうか。
何より全体のサウンド・バランスが80年代とは全く異なる。ベースが
しっかり鳴って、そこに生楽器のアンサンブルを最低限乗せている感じ。
勿論シンセとかホーンも入ってるので全体の音が薄いわけではないのだが
とてもタイトなサウンドに聴こえる。個人的にこの歌はこのアルバムの
ベスト・トラックで、達郎さんなりの渋谷系やアシッド・ジャズブームへの
理論的な解答のような気がしている。


「氷のマニキュア」

シングルにもなった「ヘロン」は最初のカスタネットの音とエコーで
すぐにフィル・スペクターの世界観だと解る。中々良い曲なのだが
僕は余りフィル・スペクター的エコーは熱心に好きになった輩ではないので
なるほど、そうですかという感じである。僕が好きなウォール・オブ・サウンドは
『ペット・サウンズ』位なんだと最近気づいてきた。
(バンドの相方は既に気づいていたようで、「ジョンのロックンロール嫌いって言ってたからそうなんだろうと前から思っていた」とのこと)

「FRAGILE」も多分に90年代のR&B的なサウンドを感じるミニマルな展開の曲。
いきなり達郎さんの英詩のファルセットから始まる感じがかなりクール。
彼にしては展開も少なく、ほとんどAメロの繰り返しのような感じである。
R&Bっぽい打ち込みに、アナログのスクラッチ音が隠し味で入ってる。
こんな所も90年代っぽい。個人的に彼のファルセットの中でも最も美しく
聴こえる楽曲の一つだと思う。何故か中盤のサックス・ソロでスティングを
思わせるのだが、そう言えばこのタイトル。。。彼もヴァン・モリソンに
なろうとして洒落すぎてしまったブルー・アイド・ソウルだと思うが。


「FRAGILE」

「DONUT SONG」は説明不要だろう。今やこのアルバムで一番息が長く
有名な曲。ミスタードーナツのテーマ曲である。
ニューオリンズのリズムをこんなに愛らしく楽しい曲にしてしまうのは
ただただ凄いとしか言い様がない。コードだってほとんど3コードなのに。
これのライブが凄くていきなり「春よ来い」を歌い出したかと思うと
いきなりソウルフルなシャウト、後半はドクター・ジョンの「Iko Iko」の
メドレーとやりたい放題なのだが、それがとても格好良い。
この曲もニューオリンズを持ちだしている所が90年代っぽい。
本人の歌詞も素晴らしいと思う。

「群青の炎」は全編ファルセットのバラード。珍しく人の死をテーマに
したような歌詞に、達郎さんの試行錯誤を感じる。この曲は本人の詩には
大変珍しく外来語が全く入っていない。少し悲しい歌だが、コードを
そこまでマイナーにはしていないので美しいバラードとして成り立っている。
達郎さんの全編ファルセットも聴きどころ。この曲は比較的80年代から
続く達郎さんのスタイルに近いアレンジだと思う。

「BOOMERANG BABY」は何と加山雄三のカバー。僕らの世代だと
「加山雄三か。。。」となるのだが、GSブームの最中、サーフ・ミュージックを
いち早く広めた先駆者として桑田佳祐なんかも尊敬しているので
そういう人なんだと思う。こういう曲でもしっかり咀嚼してまるで
ビーチ・ボーイズの曲のように聴こえてしまうのはさすがで、彼の
レア・グルーヴ的再発見なんだろうと思う。こんないい曲有るんだよ、と。
しかし、アルバムの中では少々浮いている気もする。

「STAND IN THE LIGHT」はメリサ・マンチェスターとのデュエットによる
英語詩の曲。S.S.Wを経てソウル、ショービズへと傾倒していくメリサと
達郎さんって何処か共通点が有るような気がするのは気のせいだろうか。
楽曲は売れ線な70年代の煌びやかなモータウンのようと言うことで
僕はすぐにダイアナ・アンド・マーヴィンを想像したが。実はサビで
達郎さんが歌うパートの後半がかなりテンションっぽいメロで技巧的。

「セールスマンズ・ロンリネス」は彼の楽曲の中でも最も異色なものの
一つだろうと思う。先ずサラリーマンの悲哀を付かず離れずの三人称で
捉えているこの歌詞が異色そのものである。中々素晴らしい描写なのだけど
やっぱり音楽一筋の達郎さんが歌うと、少し他人事のように僕には
聴こえてしまう。それが良いのかも知れないけど。
楽曲的にも間だらけのエレピアノとオルガン位しかバッキングが存在しない。
こんなスカスカな達郎さんの楽曲は余り記憶にない。
これもある意味90年代的な感じかな。また僕がキーワードに上げている
"模索"も見え隠れしている典型的な曲。

「サウスバウンド No.9」は派手さはないけど優しいメロディと気の利いた
リズムの対比が心地良い佳曲で、ちょっとループ・リフっぽいリズムが
聴いているうちに癖になる。「氷のマニキュア」「ヘロン」「DONUT SONG」
と今作ではグルーヴやリズムに重点をおいた曲が多く、それが何となく
僕にはやっぱりレア・グルーヴへの解答って感じがする。

そう言っておいて何だが、次の「DREAMING GIRL」はベタな彼らしい
ミドル・テンポのメロディックなシングル向きの楽曲。
エコーは深いが、アレンジはシングルにしてはシンプルで本人も
本作のベスト・トラックと言っているようである。
しかし、何よりも驚いたのはPVにさとう珠緒を起用している事と
本人のシルエットが映ることだろう。さとう珠緒みたいな子が好きなのかな。。


「Dreaming Girl」

しかし、こじつけかも知れないが、彼女は今こそ露出は多くないが
錆びること無くエイジレスな愛らしさを保っているといえばそうである。
(キャラクターも余り変わっていない・・)
このプロモは96年頃のものだから今から軽く15年くらい経っているが
彼女はある意味普遍的な感じがする。(ブログで見て変わってなくて驚いた)
つまり、エバーグリーンなドリーミング・ガールだと見抜いてたと。

・・・考え過ぎかな。

「いつか晴れた日に」は当初弾き語りを強く意識して作曲したとか。
確かにアコギのバッキングが曲の中心になっているが、アルバムに
収録されているのはバンド・スタイルでのバージョン。
どうだろう、これとか「LAI-LA –邂逅–」辺りはアンプラグドを少し
意識したのだろうか。特にこれはエレキギターも入ってないので。
『RARERITIES』で弾き語りのバージョンが収録されている。

最後は前編で紹介した「MAGIC TOUCH」で終わる。
全体で見ると、初期の録音な分だけ、むしろアレンジは他の曲より
派手で、このアルバムの中では歌詞もいつもの達郎さんらしい
世界観かも知れない。個人的には歌詞、アレンジとも打ち込み物として
秀逸でお気に入りの一曲である。

そう言えば『ARTISAN』でリリースされなかったアナログ盤であるが、
今作の『COZY』からは再度アナログ盤も復活してリリースされていた。
しかも収録曲が異なる。繰り返すがこんな所も90年代っぽい。

その異なる曲とは「BLOW」なのだが、個人的には前作に肌触りが
近い曲で、『COZY』には合っていない気もするのでCDの曲順で
良いのではないかと思う。こちらも『RARERITIES』に収録されている。

このアルバムくらいからタイアップ曲を集めたものがアルバムという
最新作『Ray Of Hope』まで続くスタイルが確立されていくので
アルバムとしてのまとまりというのはそれほど無いのだが
時代風景を鑑みた上で耳にしてみると本当に幕の内的な名盤だと思う。

また、意外にもここで多く聴かれる80年代以降のシンセスタイルを
後退させて、ファンキーなアコギをアレンジの重要点に添えるような
サウンドは後にも先にもほとんど聴かれないという点でも貴重である。

この後、DTMレコーディングに移行していく格闘が始まるのだが
再度シンセ・ベースやシンセらしい音を時代に関係なく楽曲に合わせて
前に出していく。つまり、それは時代に沿うのではなく、自分の世界観を
より重視して行くと言う事なんだと僕は解釈している。

自分が一番音楽を熱心に聴いていた頃の作品なので、その頃の音楽文化や
背景との接点についても触れたかったので長くなってしまった。

今日には先行販売の抽選結果が発表されるのでその前に書き終えた。

さて、このシリーズは続くのか、落胆して中途で終わるのか。

次回は初期の重要作『GO A HEAD!』の予定。
posted by cafebleu at 00:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 山下達郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月08日

ヤマタツのつぶて 〜Pt.2 COZYその1〜

〜レア・グルーヴと渋谷系への大人な回答〜


『COZY』('98) 山下達郎

年代順に気に入ってるアルバムを紹介しようと思ったが
個人的に本作『COZY』は先程紹介した『SPACY』などで
影響を受けたミュージシャン達が流行らせたブームに対する
達郎さんなりの静かなる回答という気がしているので
敢えて比較的近年作であるこの『COZY』を紹介しようと思う。

『COZY』は91年発表のレコード大賞受賞アルバム『ARTISAN』から7年もの
インターバルを置いて発売された待望作だったと記憶している。

この7年の間もCMとのタイアップや遂にと言って良いNHKの
連続テレビ小説主題歌を書き下ろすなど、意欲的な活動は続いていた。
また、この頃後にミスタードーナツには欠かせないBGMとなる
「ドーナツ・ソング」も提供していた。今やミスドでこれを聴かない日は
無いくらいイメージの一部になってしまった。

この楽曲をミスドの為に書いた達郎さんも見事だが、彼の古き良き
アメリカン・ポップへの深い造詣を知った上でオーダーしたと思われる
当時のミスタードーナツの担当も素晴らしいチョイスをしたと思う。

こんな風にタイアップを中心とした活動で達郎さんの楽曲はTVやお店から
聴こえていた訳だけれど、アルバム自体は一向に発売されなかった。
途中96年頃に『Dreaming Boy』というタイトルで発売されるはずだった
ようだが、それが一旦棚上げされた上でそれから2年後ようやくリリース
されたアルバムが『COZY』だったという訳だ。

この間音楽界、特にサブカルチャーを中心にはっぴぃえんど、ナイアガラ
系譜の再評価が高まった。それは当時をリアルタイムに知らない新しい世代に
よる再評価だった。また、UKソウルを中心とした洋楽界隈でもアシッド・ジャズ
のような70年代ソウルを現代的に咀嚼したようなブームも起きており、
それらは日本で"渋谷系"なるカテゴライズと共に大きな流行の兆しを見せる。

余り細かいことは僕も詳しくないし、どうでも良い部分が有るのだが、
例えばジャミロクワイやヤング・ディサイプルズ、コーデュロイ
ソロ初期のポール・ウェラーと言ったアシッド・ジャズ系譜と
日本のオリジナル・ラブや小沢健二、ピチカート・ファイヴなどの
ナイアガラ系譜を再発見していた渋谷系の系譜に直接の関わりは無くても
それらを好んで聴いていたリスナーというのは共通の部分も有ったろう。

これらミュージシャンの共通点を挙げるなら
"ソウル解釈を自分なりに出来ている人たち"かつ
"アナログ・ジャンキー"だと僕は考えている。

達郎さんに話を戻すと、90年代初頭『ARTISAN』で作家的側面として
セールス面を意識した作品で大きな成果を残した彼にとって、次の
方向性というのは、模索している部分も有ったのではないだろうか。

そうした中でシュガー・ベイブやナイアガラ・トライアングル作品の
リマスター盤発売などで、それらを見つめ直す機会が訪れる。

この頃達郎さんはライブに関しても活発な時期ではなく、毎年のように
行われていた全国ツアーも行っていなかった。しかし、94年、上記作品の
再発を記念して中野サンプラザで4日間だけ行われたスペシャルライブ
『TATSURO YAMASHITA Sings SUGAR BABE』で全曲シュガー・ベイブ時代の
レパートリーを演奏したのだ。
(厳密にはシュガー・ベイブ時代への郷愁を歌った「My Sugar Babe」を除く)

この時のライブは本人にとって意義有るものだったのではないだろうか。
と言うのも、これ以降ここで披露された「こぬか雨」「砂の女」のような
他人の曲も通常ライブで時折登場することになっていくからである。
その演奏やヴォーカル、そして楽曲の素晴らしさはついこないだ
『Joy1.5』で証明されたばかりの事である。

『ARTISAN』発表後ツアー後の達郎さんのライブはこのシュガー・ベイブ
全曲演奏?の特別ライブを覗いて、ツアーという形態では7年近く全く
行われないことになってしまう。

『ARTISAN』後も先に触れたシュガー・ベイブ『Songs』のリマスター盤や
ベストアルバムである『TREASURES』、企画盤と言えるクリスマス・ソング
等を歌った『SEASON'S GREETINGS』は発表されていたし、繰り返しになるが
この間もCMやドラマへの楽曲提供は行われていたものの、ライブと
オリジナル・アルバムでこれほどのスパンになってしまったのも初めての
事だったと言えるだろう。

80年代前半「Ride On Time」で大ブレイクしてからの達郎さんの方向性は
ひとつの道を歩いていたのではないかと思う。それは70年代に蓄積した
類稀なる音楽的素地に商業的、作家的要素をより解りやすい形でトッピング
して、更にそれが結果的に80年代という時代とリンクしていったことである。
その真骨頂が『FOR YOU』や「Ride On Time」「高気圧ガール」なのだと
思う。この絶妙なブレンドが音楽玄人にも80年代らしくBMWで六本木界隈に
乗り付けましょう的な業界人のカーステレオBGMにも好まれたのである。

特にブレイク頃からソウルへの傾倒を高めて、そのクールなリズム上で
珠玉のメロディと達郎さんの唯一無二のヴォーカルが乗ってくる辺りに
"洒落"が有ったのだろう。

しかしバブル崩壊と共にそういった雰囲気は一気に後退し始め、
音楽業界も90年代を過ぎて少しした辺りから大きく変わり始めていた。

特にサウンドで顕著なのは、80年代に隆盛したこれみよがしなシンセ
サウンドやシンセベースを基調としたサウンド作りの衰退である。

これは80年代の音楽を子供ながらに耳にしつつ、90年代はリアルタイムで
熱心に音楽を聴いていた自分にとって顕著に感じたことである。

特に英米共にロックやポップ界隈ではレトロなサウンドメイキングが
この後どんどん流行っていくし、そもそもこの当時ブレイクしたニルヴァーナ
のサウンドというのは、80年代のエコーやシンセを盛ったサウンドとは
一線を画していたような印象すらある。僕はニルヴァーナのサウンドが
好きな訳ではなかったが、これが90年代サウンドの幕開けになったと
言って良いので敢えて取り上げておく。

つまり、デジタル・レコーディングは進化したが、それはデジタルな
音を使うということがデジタル・レコーディングではなく、より音を
くぐもりなく、レンジを広く収めていくという方向に向かうのだ。

逆に当時のレニー・クラヴィッツのようにデジタルに"NO"を突きつけ
敢えて6〜70年代当時のアナログ機器でレコーディングするような人も
現れていた。これは結局今に比べてデジタル技術がまだ途上で、
アナログ・レコーディングを超えられない事も意味していたと思う。

現に80年代後半『POCKET MUSIC』でデジタル・レコーディングに手を
出した達郎さんもNEC-PC8801のような8ビットコンピュータを使うような
時代のデジタル・レコーディングに大苦戦し、デジタル録音を止めようかと
思うほど悩んだという話からもその当時のデジタル事情が伺える。

懐古主義的な90年代のカルチャーとデジタルへの嫌悪感から
90年代のサウンドはジャンルを超えて「生の音」への意識的な回帰を
見せるようになった。それはデジタルですらサンプラーのような、
乱暴に言えば生音を加工して自由に再生出来るようなツールが大流行
することからも窺い知れる。

そんな中で彼は90年代をどう考えていたのだろう。

70年代シュガー・ベイブやナイアガラ・トライアングルのような
飾らない米ポピュラー・ミュージックへの憧れは90年代の
サブカルチャー達に高く評価された。しかし、その一方で彼の
80年代以降の商業的な躍進を支えた要素の中には80年代に流行した
"ソウル・フレイヴァーでエレクトリックで都会的で洒落ている"
という要素がふんだんに散りばめられていたのだ。

例えばこれは英米共にそういった傾向が有り、80年代の流行と言えば
マイケル・ジャクソンやプリンスは言うに及ばず、スタイル・カウンシル
やカルチャー・クラブのようなファッション面が強く言われるような
人たちでも、その根底に有るものはソウル・フレイヴァーだったのだ。

本人が言われることを望んでいない『FOR YOU』で揶揄された
"夏だ、海だ、達郎だ"というのはある意味80年代を象徴する表現だろう。

しかし、何かと90年代当時は悪く言われた80年代的なるものも
良質なものはいくらでも存在していたし、達郎さんの作品も80年代の
サウンドを楽曲、録音形態(アナログからデジタルへ)を含め牽引していた
人の一人だったと思う。

そんな中で90年代中盤からタイアップなどで書き溜まっていった楽曲は
アレンジ、テーマ(詩)共に微妙に変化を迎えていくことになる。


「Magic Touch」('93) 山下達郎

『ARTISAN』発表後最初の新曲シングルになった。
この時点では打ち込み主体のサウンドはここまでに近いのだが
その肌触りはその後ほどではないにしても明らかに変化している。
80年代の煌びやかさな音色に比べて重く、ダークな印象のキーボード、
いかにもエレドラム的なサウンドからR&B的な音にシフトした
ドラムの打ち込み、Aメロから不穏なテンションコードでスタートする
曲調。90年代当時のR&Bで見られたようなアコースティックギターの
使い方など、聴きこめば聴きこむ程ターニングポイントになった
一作では無かったのではないかと、そう邪推する。
そもそも日本のシングルにしては少し渋いのではないだろうか。
個人的には歌詞も大好きだ。

"それは こんな広い世界じゃ
とてもちっぽけな事 取るに足りない事"


難しい言葉を使っている訳ではないが、こういう歌詞を中々
凡人では曲にすっと入れ込めないと僕は思う。

それらの蓄積が『COZY』として発表される。

ちょっとアルバムの話の前に、当時の音楽カルチャーの
話が長くなってしまったので、内容については次回に。
posted by cafebleu at 00:23| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 山下達郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月03日

ヤマタツのつぶて 〜Pt.1 SPACY〜

〜本人には関係ない国やカルチャーの未来まで予見してしまった衝撃作〜


『SPACY』('77) 山下達郎

久々の新作『Ray Of Hope』を引っさげて、達郎さんのライブツアー
『Performance 2011-2012』が間もなく始まる。

"5分で完売"と噂のチケットだが、モダプロの相方と一緒に
応募してみた。応募したのはツアー初日にあたる千葉市川公演と群馬公演。

クリスマスの中野サンプラザなんか取れるわけが無いので最初から
"都心から行ける地方公演"を可能性でチョイスしてみたのである。

ま、それでも群馬は近くないけどね。
でも、たまには純粋な少年のような気持ちで当選を待つのも悪くない。

そう、「僕の中の少年」っていうやつね。

という訳で山下達郎さんのアルバム特集をやってみようと思う。
・・・外れたらテンション落ちて中途で頓挫してしまうかもだけど。

久々、『音楽のつぶて』シリーズである。

因みにこのブログのタイトル「〜のつぶて」は今回紹介する
山下達郎さんのアルバム『SPACY』収録の名曲「Love Space」から
インスパイアを受けたもの。

70年代の山下達郎作品と言えば、近年で先ず名前が上がるのが
"シュガー・ベイブ"と"ナイアガラ(大滝詠一)"時代の作品だろう。

90年代サブカルチャーの間で持て囃された所謂"はっぴぃえんど"系譜での
評価と言っても良いだろう。

確かにそのインディでレアな肌触りは後の達郎さんのサウンドには無いものと
言えるので、手作り感とその中でキラリと輝く才能には感心させられる部分も有る。

しかし、僕は90年代当時のサブカル輩がこの時代の達郎さんばかり評価する
風潮に対してアレルギーになっているのも有り、素直に受け入れられない。

乱暴に言ってしまえばシュガー・ベイブ時代のサウンドというのは、音楽好きの
大学生のサークル活動で、一人大天才が君臨してるような、そんなアンバランスな
印象さえ受けてしまう。彼の類稀なる歌声、楽曲、リズム感に周りが付いて来てない。

音楽は演奏力だけじゃないし、アマチュアリズムの中で光るものが有るのは良くわかるけど
達郎さんにはもはやロックやソウルと簡単に括るのも呆れるくらいの超絶な
プロフェッショナリズムが良く似合うと思うのである。それは演奏でもプロデュースでも
アレンジでもである。

そういった意味ではソロ初期のRCA時代は、ソウルやタイトなロックを愛する人たちに
とっては間違いなく黄金時代であり、結果的に90年代のアシッド・ジャズなどの
"レア・グルーヴ"発見ブームによって再評価されるのである。特に演奏家達に。

前置きが長くなってしまったが、新作とそれに伴うツアー、そしてそのチケットを
ゲットできた勝手な喜びを加味して個人的に好きなアルバムを中心に書いてみようと。

正直大好きだったけど、余りに有名だし、WEB上でもコアなファンのレビューや想いは
良く目にするので敢えて自分如きが書く必要も無いと思っていたけど、達郎さんを
僕の世代で、単にシュガー・ベイブやナイアガラ系譜で捉えるのではなく、近年の
アルバムを含めて熱心に聴いてる者は意外と少ないので、そういった視点から。

最初は外すことが出来ない重要作『SPACY』から。

これは彼のソロ作としては2作目にあたる。全編アメリカで録音したデビュー作も
今考えれば十分なインパクトだが、その経験を吸収した上でのセカンド・アルバムでの
特に楽曲、アレンジ面での深化は著しいものがある。

アメリカ音楽に憧れ続け、それを彼の地で具現化したファーストも悪くないが
それを達成した後、そこに"山下達郎"という誰にも真似できないオリジナリティを
明確に注入し始めたのが2ndアルバムである本作と言えるだろうか。

正直初めて聴いた頃衝撃を受けて、死ぬ程繰り返し聴いてしまったので
最近は最初から最後まで耳にすることは殆ど無いのだが、それでも達郎さんの素晴らしさを
伝えるにはこのアルバムの話をしない訳には行かないので取り上げている。

アルバムは代表曲の一つと言って良い「LOVE SPACE」から始まる。


「ラヴ・スペイス」 山下達郎

この曲、少し横ノリの16グルーヴにmaj7のゆったりとしたコード展開という
ソウル・フレイヴァーな楽曲なのだが、そこで細野晴臣が弾く裏に回るような
コード分解っぽいベース・フレーズや村上ポンタ秀一のどっしりとした後ノリの
グルーヴで叩かれるドラム、達郎さん本人によるモダンなストリングス・アレンジ
等を聴いていると、これは完全に90年代のアシッド・ジャズそのものである。
所謂、生身の"レア・グルーヴ"として完成しているのだ。

僕が最初にこの曲を聴いた時にはとうに成人していたが、その瞬間に思い出した
のが子供の頃に聴いたオリジナル・ラブの「Venus」で有った。

「ヴィーナス Venus」はオリジナル・ラブのブレイク前夜を捉えた楽曲で、CMにも
使われたと記憶している。確か僕は中学生だったはずである。

この曲が気に入って彼らを聴くようになったのだけど、「接吻」のヒットの
頃には"渋谷系"なるキーワードで彼らやピチカート・ファイヴ、カヒミ・カリィ
小沢健二や小山田圭吾が「ファッショナブルでお洒落で都会的」ということで
流行った。それ自体は悪いことではないが、何よりも音楽ライター主導で
名付けられた"渋谷系"なるカテゴライズに辟易として離れていった。

そもそもそのカテゴライズも徐々にミスター・チルドレンやスピッツ
挙句の果てはジュディー・アンド・マリーまでTVではそう呼ばれて
もううんざりを通り越して呆れた。

はっきり言っておくと、僕は中目黒で生まれ育って若い頃から音楽にも
多感だったが、僕の周りで"渋谷系"を「渋谷近辺カルチャーの音楽」として
聴いている奴なんて一人も居なかった事を付け加えておく。

閑話休題、「Venus」はオリジナル・ラブの中でも一番好きな曲の一つだが
これは明らかに達郎さんの『SPACY』経由〜90年代解釈のアシッド・ジャズ
だったのだと「Love Space」を初めて聴いた瞬間に理解したのである。


「The Venus ヴィーナス」 Original Love

90年代前半、渋谷公会堂でのライブ映像だと思う。
"ヴィーナス"だからファッションショーのように女性が沢山登場・・
エピフォン・シェラトンのような洒落たギターを構えて浮かれた様子の
田島貴男の雰囲気といい、達郎さんのストイックな雰囲気とは
対極に位置している。場所も"渋谷公会堂"だし。。やっぱ"渋谷系"なる
ムーヴメントに一番乗ったのは他ならぬミュージシャン達だったのかな。

映像状態も余り良くないし、演奏レベルとして遠く及ばないけど
でもサウンドとして目指しているのは生身の横ノリ・ソウル・ポップで、
それは「Love Space」の世界観と通底している。


まぁ渋谷系と言うものの源流がナイアガラ系譜なのだから間違ってないのだが
直接の影響を受けているはずのない90年代初頭のUKソウルがアシッド・ジャズ
隆盛だったのは言うまでもないけど、そのサウンドと『SPACY』で聴かれる
サウンドにはかなりの共通点が有るのだ。「Love Space」なんて言うに及ばずで
このアレンジは考えようによってポール・ウェラーの1stソロにだって
近しい部分がある。そこに後述する「アンブレラ」のようなサイケな世界。
シタールをグルーヴの有る楽曲に使うなんてセンスもアシッド・ジャズそのもの。

UKの90年代のアシッド・ジャズを達郎さんがどう思ってたかは解らないし
ファッショナブルな所が先に立つUK系のサウンドやカルチャーは決して
達郎さんには相容れない部分が有るような気がする上、プロフェッショナル
という意味ではレベルが低いものも多いので受け入れない部分は有るだろうが
更にそのブームを日本の"渋谷系"周辺ミュージシャンが達郎さんの
ナイアガラ〜RCA初期の作品を経由して解釈したのは、礼儀としては悪い気は
しなかったのではないだろうか。

僕はこれらへの回答、実は98年の『COZY』でちゃんとしてると思うのだが
それはまた別の機会に。

続く「翼に乗せて」はシュガー・ベイブを思わせるような曲で
多分に70年代的なサウンドなのだが、それが悪くない。

「素敵な午後に」は現在でも人気曲の一つで、こういうミドルで
優しいメロディを持つ楽曲はこれ以降も良く見受けられるようになる。
しかし、ドラムのリズムがかなり凝っていて、スネア以外のリズムが
全て裏から入っているので、まるでシャッフルのように聴こえるが
実際は普通の8ビートでも演奏できる曲なのである。静かなる技巧。


「素敵な午後に」85年2月23日 神奈川県民ホール 山下達郎

『Joy1.5』にも収録されたライブバージョン。
歌声を自在にコントロールするようになった頃の
酔いしれた歌い回しもファンにはたまらない。


「CANDY」はソウル・バラードの名曲。彼のソウル・バラードの
中で最も好きな曲である。でもかなり変わったコード進行がある。
松木恒秀のギターソロは音色、フレーズ共に日本のロック史に残る
名演だと思っているのは僕だけなんだろうか。

この世界観は後にシュガー・ベイブへの郷愁を歌った「My Sugar Babe」
などに繋がっていくことになる。

「DANCER」はアルバム名通りちょっと浮遊感のあるスペイシーな
ファンク・チューン。純然たるファンクと言うにはメロディが有るが
村上ポンタ秀一の跳ねる16ビートの上を最低限のコード展開が
淡々と流れる様はタイトでクールである。不思議な歌詞も印象的。

ここまでがレコードで言うA面で、A面は捨て曲も無いしどれもある意味
キャッチーで最初はこの4曲を何度も繰り返し聴いたものである。

B面はアルバム上、いや山下達郎作品史上最もサイケデリックな
「アンブレラ」からスタート。もはや邦楽とは思えないBメロの
プログレッシブな展開とサイケなエレクトリック・シタールと
ピアノの速弾きフレーズなど、これも重要曲である。

この曲のような感触はこれ以前もこれ以降も彼の楽曲からは
殆ど聴かれない要素となるので、そう意味でも貴重な一曲で
個人的にはこういう白人的なサイケ・ポップの路線も続けていたら
彼なら素晴らしい物が出来たのではないかと、そんなふうに想像している。

「言えなかった言葉を」「朝のような夕暮れ」と弾き語り系の曲が
続く。「朝のような夕暮れ」では前半の弾き語りが途切れた後、突然
ビーチ・ボーイズ的なアカペラが切れこむ。これが後の一人多重アカペラの
始まりだったのだが、ここでのアカペラはドゥ・ワップよりも
ビーチ・ボーイズそのものに近い気がする。

続く「きぬづれ」も引き続きピアノとシンセベースを貴重とした
コーラスを重視した静かな曲だが、ここにいたってはシンセベースと
スペイシーなコーラスが、ビーチ・ボーイズが同時期に発表した
『Love You』を強く思わせる。この曲の雰囲気も後には無い世界である。

3曲ほどドラムが入らない音数が少ない抽象的な曲が続いた後、
本編の最後を飾る長尺ファンク「Solid Slider」がトリを飾って
本作は終了する。

B面が妙に静かな曲が続くのはどうも予算と時間不足も実は有ったようだが
この静と動が良く対比されたアルバムは間違いなく未来を意図せず
予見した名作で、前にも後にも聴けない音が多いという点で是非とも
聴いてもらいたい一作と言える。

当方も率直にはB面はA面の勢いに比べると若干地味に感じるのだが
それでもこの対比と流れが中々に心地良いし、山下達郎作品の中で
一作選んでと言われれば迷わずこの『SPACY』を挙げる。
それくらいこのアルバムはオンリー・ワンかつ名曲揃いである。

山下達郎さんの作品に坂本龍一、細野晴臣、村上ポンタ秀一、吉田美奈子が
純然たるバック・ミュージシャンとして参加している幸せな時代の
作品として捉えたって魅力的ではないだろうか。

それにしても宇宙っぽいの好きなミュージシャンって意外に多いな、と。
posted by cafebleu at 02:35| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 山下達郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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