2018年02月12日

"90年代という名のサブカルチャーに乗り遅れた兄弟" 〜キリンジとエイリアンズ〜

「流行りから距離があったからこそ20年もかけて今なお評価が上がり続ける稀有な音楽家」

キリンジと言えば普通に音楽が好きなら名前だけも含めればそんなに知らない人は居ないだろう。少しサブカルなポップファンなら尚の事で、彼ら兄弟の熱心なファンは多く存在するし、僕の友人でも結構ファンだという人は居る。

それでもざっくり言えば比較的近い時期にデビューした、くるりやハナレグミと言ったミュージシャン達よりはややマイナーでは無いだろうか。そんな事はないとファンには怒られそうだけど、例えば今日の主題である彼らの代表曲「エイリアンズ」、ポップ好きが一度でも耳にすれば誰もが名曲と認めると言って良いクールなバラードだが、チャート的には42位で、それ以外のシングルもこれを超えたのは2回しか無く、「夏の光」が彼ら唯一のオリコンベスト30以内(29位)である。この手のミュージシャンはシングルの結果云々よりも根付いたファンが多いので基本的にアルバム・チャートは結構高かったりするのだが、アルバムも2010年の『BUOYANCY』の12位が最高位だ。

最も時代が2000年代後半から配信中心になっていくのでシングルのチャート価値と言うものでは測りづらい部分は有るし、「キリンジはチャートで良し悪しを言うバンドではない」という意見もその通りとは思うけど、結局1位の曲は良かれ悪かれ人々の耳に届きやすくなるし、50位の曲はやはり広い意味では陽の目を余り見ないとは思うので認知度という点での話だ。ちょうどベスト100の中でも低すぎず高すぎずに居るキリンジというのは"ニッチのアイドル"とか"ミュージシャンズ・ミュージシャン"と呼ばれるような、流行り廃りで語られない良いポジションに居るのかもしれない。

今日は彼らの代表曲「エイリアンズ」について少し。この曲、今更僕がここでどういう風に良い曲とかどれだけ素晴らしいかとかを語る必要が無いほど世間でも既に語られているし、実はキリンジは良く知らなくてもこの曲自体は知っているという人すら結構居ると思う。それは何故かと言うと、半端じゃなくカバーされているのだ。


「エイリアンズ」(2000年) キリンジ

元々のリリースは2000年、今から18年も前のことになる。この時代の背景から話していくと、90年代中盤から後半にかけて、それまでサブカルチャーで有ったミュージシャン達が、一気にチャートを席巻していく現象が起こった。その中心は渋谷系と呼ばれたような人々。たまの回でも書いたが、小沢健二やオリジナルラブ、ピチカート・ファイヴがその中心と言って良いだろう。彼らの6〜70年代の音楽に強いリスペクトを感じつつ、それらをセンスよくファンキーに仕上げていくサウンドというのはとても音楽的でありながら、キャッチーさも兼ね備え「ラブリー」や「プライマル」「スウィート・ソウル・レヴュー」といった曲はヒットチャートの上位に上り、CM、ドラマでも流れていた。オザケンなんて、「ラブリー」で紅白にも出場してしまった。

これも前に書いたけど、この時代は何も渋谷系だけがそういうレトロスペクティブな傾向だった訳ではなく、ヒットチャートの常連だったミスター・チルドレンやスピッツだって十分渋谷系や当時の音楽ブームの影響を受けていたし、世界的にもイギリスのブリットポップ(オアシス、ブラー等)、グラスゴーブーム(ティーンエイジ・ファンクラブ等)やアメリカのパワーポップやオルタナティブにもそういう継承的なフォームが目立った時代だった。

そんな中、キリンジはメジャーシーンには98年にデビューするのだが、この頃になると日本でも世界でもそういうレトロなポップブームが一気に冷え込み始めた時期にあたるのだ。既にイギリスでは97年にレディオヘッドの『O.K.コンピュータ』がリリースされ、それまでの狂騒的なブリットポップ・ブームが一気に冷めていき、"スウィンギング・ロンドン・アゲイン"の夢が覚めたかのようにこの作品のような内省的で退廃的なサウンドに人々が流れていくことになる。

最もこういったオルタナティブと言うかポストロック的な世界観が日本でのマジョリティになることは無いので日本がそれに同調したと言う訳でもないのだが、それでも渋谷系やレトロポップの斜陽は大きな意味ではスピッツ辺りにも影響を与えていくことになる。ちょうど彼らの名作であり分岐点とも言える『フェイクファー』は98年に発表されており、それ以降、敢えて言えば次の『ハヤブサ』までとそれ以降で彼らの意味合いも変わっていくように感じる。日本では特に人気が高く、原田知世やボニー・ピンク辺りまでを巻き込んだスウェディッシュ・ポップも90年代後半には殆ど見る影を失っていった。

そんなサブカルチャーの衰退時期にデビューしたのがキリンジだったと思う。そして「エイリアンズ」は彼らの3枚目のアルバムに収録され、シングルカットもされた。それが2000年のことだ。当時、42位という小ヒットは残したが、ファンや好きな層にはともかく、広い意味では最初から注目された曲ではなかったと思う。確かに珠玉の名作だとは思うが、派手な曲というわけではなく、噛みしめるようなバラードなので、ヒットすれば良いというものでも無いのだが、もしこの曲が90年代中盤に出ていたら、また違う展開が待っていたような気もするのだ。少なくとも40位台で収まるような曲ではないだろう。キリンジに良い曲は沢山有るけど、正直この曲の存在感は聴けば聴くほど彼らの中でもずば抜けていると思う。ちょっと人生で何度も書ける曲じゃないと思うのだ。

それはデビューアルバムの『ペイパードライヴァーズミュージック(オリコン最高99位)』でもそうで、僕はこれと「エイリアンズ」が収録されている3枚目の『3(オリコン最高18位)』辺りがフェイバリットなのだが、デビュー当時とは思えないほど最初の作品で彼らの世界観は完成しており、90年代らしい、レトロスペクティブな所や当時流行っていたネオソフトロックとも言えるハイ・ラマズ辺りの横風も高度に吸収している様は「90年代そのもの」のセンスの良さなのである。ソフトロックもニューソウルもビートルズもクロスオーバーも全て高度に内包しながら独自のAOR的な肌触りの優しいサウンドに仕上げたセンスと腕前、そして堀込泰行さんの美しい声は、小沢健二のヒット当時の作品よりもレベルという点では高いくらいだと思う。

ただ、ヒットやセールスというのは完成度だけでは語れない。例えばジャムが技術的に大したこと無いのはファンだって解っている事で、大事なのはそういう事ではなく、70年代後半にもう一度モッズやスウィンギング・ロンドンをパンク時代に横風を受けつつも提示したセンスと先見こそがジャムやポール・ウェラーの価値なのである。別にジャムを高度に再解釈したからと言って売れるわけでもない。

それにキリンジは「ラブリー」のようなモータウンの影響をみせつつもJ-Popとして抜群にキャッチーな作品を書けるタイプではないと思うので、そういう大ヒットとは違うのかもしれないが、それでも初期の彼らの作品がもう少し早いタイミングでこの世に出ていたら、歴史は変わったのではないかと思う時が有る。

最も、そうやってチャートの上位にいきなり登場してしまうと、その後がかえって大変なことになる時も有る。別に売れたのはシングル一枚で無くても「一発屋」のようなレッテルを貼られたり、ブームが過ぎたらかえって地味に活動していたミュージシャンよりファンが離れてしまうことも有る。

オリジナルラブや高野寛さんは8〜90年代にベスト20に入るようなヒット曲を何曲もリリースしたが、それ故ブーム以降は苦労したと思われる節が有る。例えば2015年にリリースされたオリジナルラブのアルバム『ラヴァーマン』はタイトル曲他久々の「らしい」キャッチーさやNegicco提供曲「サンシャイン日本海」のセルフカバーなど話題も有り16位にランクインしたが、実はオリジナルラブのアルバムとしてベスト20に入ったのは10年ぶりくらいのはずだ(もっとブランクがあるかも。。前作『エレクトリック・セクシー』は思いっきりテクノ?路線だったのでファンも戸惑ったのか82位止まりだった)。それにオリジナルラブの場合2000年代後半から5年近くアルバムが出なかった時期も有る。

そういう浮き沈みに比べるとキリンジはメンバーが変わった今まで比較的安定したチャート成績をあげている。売れすぎず、しぼみすぎずだったからこそ今までコンスタントに作品を残す環境が有ったのかもしれない。そう考えると彼らは"90年代サブカルチャー"という名のバスに飛び乗らなくて正解だったのかもしれない。でも、もっと広く知られて良いと思う良い兄弟なので、何となく答えは難しいところだ。

そんな自分も、90年代をリアルタイムに駆け抜けた世代だし、当然デビューした頃彼らのセンスは周囲でも評価されていたので良いグループと言うのは解っていたが、熱心に追っていたわけでも無い。たまに耳にしてもやっぱり良い音楽だとは思いつつも、結構音楽にフックを求めるタイプなので、洒落たカフェとか美容室で聴くのがベストだなと思っていたくらいだ。そういう意味ではとにかく歌声だけで自分の世界に引き込めるハナレグミとかに比べても余り熱心に聴いた方ではない。

ただ、キリンジは忘れた頃に人やネットで目にすることが常に有った。それが最近は増えてきている気すらしたのだ。それは間違いではなく、改めて彼らの楽曲がキリンジから見て先輩、後輩関わらず評価されて来て居ることが無関係ではないだろう。

実はかなり最初期からこの曲の素晴らしさに気づいていたのは田島貴男さん(オリジナルラブ)。何と2001年、リリースから1年経たない内に素晴らしいカバーを披露していた。決してアレンジはいたずらにいじらず、それでありながら完全に田島貴男節でソウルフルに歌い上げるこのバージョンは素晴らしいと思う。オリジナルラブのライブで是非見てみたい素晴らしい出来だ。


「エイリアンズ」(2001年カバー) Original Love(田島貴男)


後は近年だとシンプルな弾き語りスタイルがベースながらも美しい声とキャッチーさも兼ね備えたソングライティングで売上も含めて本人たちを凌ぐシンガー・ソング・ライター、秦基博のバージョンも広く知られるという点で大きな意味があったと思う。

そして、最近一番話題になったのは昨年のこと。"のん"ちゃんこと能年玲奈がカバーしたバージョンだ。キリンジ本人達のバージョンも利用されたが、LineのCMにも使われたこのテイクは朴訥だけど彼女の魅力が良く出ていて出色の出来と言って良いと思う。


堀込泰行さんのギター伴奏のみでシンプルに録音された「エイリアンズ」。ピュアな良さってこういう事なんだろうね。上手い人はいくらでも居るだろうけど、こういう表現は誰でも出来るものではない。


このアカペラで少しだけ歌うバージョンも良い、練習中における堀込泰行さんの妙?な優しさにも注目

のんちゃんは最近高野寛さんプロデュース&作曲で「スーパーヒーローになりたい」という思いっきりサディスティック・ミカ・バンド路線の楽曲をリリースして、そんなエキセントリックさも悪くないけど、素材の良さを引き出したのはシンプルなエイリアンズのカバーのような気がする。


「スーパーヒーローになりたい」 のん
ま、四の五の言っても瑞々しい可愛さは健在なのでそれで良いのかもしれないけど。最近色々あったのか余りメディアに以前より出ないのは勿体無い気もする。


他にもいつものクリスマスの番組で小田和正がカバーしたり、スピッツファンで有名?な杏ちゃんもラジオで披露していたみたい。後は最近鈴木雅之がカバーアルバムで「エイリアンズ」を取り上げていた。アダルティな雰囲気が漂うアレンジにして、見事な歌唱力で聴かせるバージョンだった。こんな風に年月を経る程老若男女にこの曲のファンは増えて続けているのだ。

ちょっとエイリアンズは特別な感じもするけど、キリンジ自体もデビューから色々な方向性は模索しつつも基本はブレない姿勢で確かに徐々にファンを増やしてきて、名前を聞くことが増えた気がするのだ。キリンジとはそういうエバーグリーンさもあるユニットなのかもしれない。

但し、近年で一番話題になったのは残念ながら弟である堀込泰行さんが脱退したことだった。兄である堀込高樹さんと作曲を大体分け合い、ヴォーカルはほぼ堀込泰行さんが担当していた中での脱退だったので最初に聞いた時は驚いた。

その後、キリンジは兄の堀込高樹さんが残り、6人編成の"バンド"として再スタートを切ったのはもう良く知られた話で、そこにコトリンゴさんも加入したのは更なる驚きだったのも記憶に新しい(2017年末でコトリンゴさんは脱退してしまったが)。

僕はこの編成初期のライブをフェスで観たのだが、その時の感想を言わせてもらえば、そこに少なくとも僕の想像するキリンジは居なかった。新編成のキリンジのアルバムはその時点で聴いて無く、何のインフォメーションも無いまま観たので、懸念されるヴォーカルは誰が歌うんだろうとか、そんなことばかりが気になったが、歌を得意とするコトリンゴさんが多くフューチャーされるかと思っていたが、そんな事も無く(ウル覚えだが1〜2曲しかヴォーカルを取ってないと思う)、皆で歌を分け合っていた。サウンドはカラフルだったけど、肝心のヴォーカルが弱い気がして、あぁやっぱりフロントマンが変わるとバンドって全然別物に聴こえるんだなぁと僕は感じてしまった。

この後もっと進化してると思うし、ヴォーカルも良くなっていくとは思うのでこの一回のライブで評価は出来ないけど、歌ものは歌心が何よりも大事だと思う僕にとって何となくメロディがすんなり入ってこなかった。

それは単にヴォーカルだけでなく、作曲が殆ど堀込高樹さんのものだけになったからなのかもしれない。オリジナルのキリンジは兄、高樹さんと弟、泰行さんの2人の曲が並んでいるバランス感こそ絶妙だったと思う。基本的には技巧と巧みなコード展開をポップに聴かせる高樹さんと、オールディーズや60s辺りへの愛着を見せつつもキャッチーなメロディを得意とする泰行さんの楽曲が交互に並ぶアルバムはバラエティが有りとても聴きやすかった。

後はどちらかと言うと僕は泰行さんの楽曲のほうが好きなのかもしれない。余り聴く時にどちらの作曲カというのは意識しないのだけど、耳あたりが良くてシンプル(キリンジとしてはという意味、彼も十分気の利いたコード展開や符割りの楽曲は有ると思う)でポップな曲が普通に好きなので、そういう傾向が有る気がする。「風を撃て」「スウィートソウル」「Lullaby」とかね。最も高樹さんにも良い曲は一杯あるのは前提の上でだ。


「雨は毛布のように」 キリンジ

僕は余りジャズの要素が強い音楽、クロスオーバーとかもそうだが、そういう類が好きではないので(良さがわからないという事でも良い、この歳になると無理して好きになろうとか、知ったふりをするのも嫌なので敢えて)、高樹さんの楽曲は高度すぎるのかもしれない。そういう意味では彼のファンが多いキリンジの真のファンとは言えないかもしれない。でもね、泰行さんの"馬の骨(もっとこう、名前の付けようが有るとは思うが・・・)"名義のソロ作品、「燃え殻」の甘いジョンみたいな風情の楽曲とかも凄く肌に合うんだよね。まぁメロディアスであったりメランコリックさが明確な方が自分の好みなんだと思う。


「燃え殻」 馬の骨(堀込泰行)

キリンジの事を良く知っているわけでは無いので内実は分からないけど、このユニットのコンセプトと方向性、アレンジを定めているのは高樹さんで間違いないと思う。楽器技術や音楽理論も確かなものがある。そこに親しみやすい泰行さんの曲もブレンドして、トータルで"キリンジ・ワールド"となっているのだと思う。兄優位が明確な感じがする。だが、少し歪なのは、特に初期はキャッチーさやメロディアスさのある弟の楽曲がファンに限らず多くの人の耳に届いたのである。そして、「エイリアンズ」は時間をかけて不朽の名作となりつつある。

絶対的な中心の兄と、代表的な名曲を書いた弟、この関係が長きに渡って何処か緊張関係に有ったのは間違い無いような気がする。二人のソングライティングのスピードの差なのか、力関係なのかは分からないけど、中〜後期くらいからアルバム単位だと兄の楽曲のほうが増えていく傾向も有るし。

キリンジが2つに別れた、と言うか、泰行さんの脱退はやはり二人で一つのハーモニーだったキリンジにとって凄く大きなことで、もうどちらを聴いても元のキリンジの世界観には戻らないと僕は思う。それは残念な事なのだけど、実は「エイリアンズ」やキリンジの再評価って、この残念な出来事も一つの大きな契機になってるんだと思う。大ブレイクはしなくても、良質なポップを奏で、長きに渡って当たり前のように存在したキリンジが大きく変わることになって、それが結果的に話題を生んで、やっぱりこの兄弟は素晴らしかったなと、そんな機運が高まった気がする。

いつだって、人間は失ってからその本質に気づくものである。

この先、二人がどうなっていくのか、それは僕には分からないけど、それでも彼らが残した楽曲、そう、「エイリアンズ」のような楽曲は時が流れるほど価値が高くなるだろう。音楽って往々にして時間とともに評価される事が多い。程度の差はあれど『ペット・サウンズ』だってニック・ドレイクだってそうだから。そういう所が、基本は商業なのに厄介でもあり、良いところでも有るのだが、本人たちにとっては大変な話でもある。

結局、この二人は渋谷系だとか、90年代サブカルに巻き込まれなくて良かったのか。
個人的にはそう思ったり、もっとブレイクしても良かったのではとか、正解は無いのだけど。


posted by cafebleu at 23:55| 東京 ☀| Comment(0) | キリンジ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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