2013年12月07日

A Hyperactive Workout For The Flying Squad

"悪くない楽曲、センス有るカバー、しかし冴えないプロデュースと長いタイトルとセンスのないジャケットが濁らせた世界感"


『A Hyperactive Workout For The Flying Squad』 Ocean Colour Scene

ブリット・ポップ以降の逆風の中、オーシャン・カラー・シーンはしっかり自分たちの
世界を提示し続けたのはここまでのレビューで述べた通り。もっと言えばブームとしては
ブリット・ポップ時代に出てきたバンドではあるが、芯にあるものはもっと強くてルーツに
根ざしていた彼らだからこそ、支持するファンは支持し続けたのだと思う。一過性の
音楽というには余りに勿体無い世界や考えがしっかりとオーシャンには根付いていた。

しかし、そこまで頑張ってきたオーシャンもデビュー当時からのメンバーやプロデューサーと
別れて行くことになり、いよいよをもってバンドとしての正念場に来ていたのは間違いない。
今までの違う姿を提示しなければ続けていけないかもという切迫感も有っただろう。
もう少し踏み込んで言えばもう今までと同じサウンドは出すことが出来ないと思ったかも知れない。

2005年当時のイギリスは音楽的にはどうだっただろうか。実はある意味追い風が吹き始めていた。
長い逆風の時代が有ったものの、ブリット・ポップから早10年、そんなサウンドも悪くないと
言う第二世代が現れ始めたのもこの頃だった。この頃ブレイクしたバンドの中には
オーディナリー・ボーイズやフランツ・フェルディナンドと言ったような、ネオ・ブリット・ポップ
とも言えるようなメンツが現れ始めていたのだ。

また、2004年にはブリット・ポップを振り返った記録映画『Live Forever』が作られ
そこではデーモンやギャラガー兄弟がブームを回想していた。つまり再評価の兆しが
最初に現れたのがこの時代だったというわけだ。

おそらくはそのブームの予感を感じていたのは何よりも活動を続けていたオーシャン達だろう。
ここまで変わらず努力してきた成果を華々しく提示したいと言うのは誰でも考える事だ。

しかしながら、このブーム再評価が彼らを微妙に狂わせていくことになってしまう。

先ずデーモン・ミンチェラに代わるメンバーだが、ライブなどはともかくとして
レコーディングに関しては元々マルチプレイヤーであるスティーヴ・クラドックもいるし
ドラムのオスカー・ハリソンも実はマルチプレイヤーで、以前から時折ピアノなんかで
参加している。更にはベースも得意なので一先ずベースはメンバー内でまかなえる。

次にプロデューサーだが、今作で彼らが起用したのはデイヴ・エリンガだった。
この人は主にマニック・ストリート・プリーチャーズのプロデュースで名を挙げた人で
今でも彼らの作品をプロデュースしている。他にはブリット・ポップ時代後期の
ヒット・バンド、ノーザン・アップロアー(個人的には全く好きではないが)とか
3カラーズ・レッドもプロデュースしているし、カイリ・ミノーグなんかも担当していた。

これは結構驚かされた。僕は彼のプロデュースしているミュージシャンは比較的
熱心に聴いてる方ではないので何とも言えないけど、敢えて言えばブリット・ポップ的な
人選とも言える。じゃあ逆に今までのブレンダン・リンチ系譜がブリット・ポップ的
なのかと言うとむしろそうではない気がするので
(ウェラー、オーシャン以外だとエイジアン・ダブ・ファウンデイションとかアシッドジャズ一派が多い)
敢えてブリット・ポップ的なプロデューサーを選んだ意味はやはり時代を意識したのだろうか。

そして何よりも最初に驚いたのはジャケットとタイトルである。

先ず手にとった時、このカラフルでセンスの悪い感じと、いつもと違うロゴ、そして
何よりも覚えられないほど長いアルバム・タイトルは何なんだろうと思った。
(未だに唯一名前を覚えられないアルバムである)
一見で今まで感じたことのない雰囲気がしたので、アルバムを聴く前から少し
不安では有ったのだが、結局その不安は的中してしまうことになる。

先行シングル「フリー・マイ・ネーム」は先にWEBか何かで観ていたのでその時の印象は
音が今までより分厚い感じがしたり、ちょっとベースが平坦になったようにも思えたけど
それ程良い音質で聴いてるわけでもないので、基本的には彼ららしい楽曲かなくらいに
思っていた。分厚いという感じはプロデュース云々も有るけど、後々考えるとどちらかと言えば
ブラスのアレンジが今までにない感じだったことに気づくのだけど。

単純にバラエティであるとか、相変わらずセンスの良いカバーの取り組み方とか
今までとひと味違うオーシャン・カラー・シーンを見せようとしているのはわかるし
全てが悪いとか、まるで聴いていられないと代物ではない。

だけど、こちらだってブームや時代に負けず自分たちの音をしっかりここまで
鳴らして来ている彼らに求めるものも大きくなっている。ましてやミュージシャンとして
老けこむ程の歳でも無い。まだまだ中堅で現役レベルでやっている彼らに求めるレベルは
それなりにある。つまり、オーシャンなら何でもいいよって言うには早過ぎるのである。

バラエティには富んでるが、無理のあるデジタルなアレンジやまるでオアシスを
思わせるようなアレンジとか変に時代を意識したり、そう思えば今までの路線と何ら
変わらないリフ・ロックやロニー・レイン風の楽曲も有ったりして結局何処に行きたいのか
わからない、そんな感じがするのだ。バラエティと言えば聞こえが良いけど要するに
散漫なのである。

それに何よりも気になるのがプロデュース。何もブレンダン・リンチ一派のような
ある意味これ見よがしなアナログ感とかダブ感を他のプロデューサーでやる必要はない。
しかし、デジタル色が強いのに全体的に靄がかったような音が気になる。シンプルな曲にも
過剰にエコーなどをのせてクリアな感触が失われてくぐもって聴こえるのである。

彼らを大好きな僕なりに彼らのウィーク・ポイントを挙げるなら、それはバンドとしては
あまり振れ幅は無いこと。技巧を凝らした楽曲や時代に残る名曲を作るタイプではないし
得意なスタイルが決まってる。メインのソングライターであるサイモンは必ずアコギから
作曲がスタートしてるからベースはS.S.W的だし、スティーヴは基本とてもセンスの良い
モッズやサイケマニアなのだけど、作曲家としてはそれを大きく越えるようなスキルは
持ってないと思う。むしろアレンジの達人で演奏家なのである。
だからこそ時代を意識しない回答は正解だったと思うが、ブリット・ポップ・リバイバルが
それを狂わせてしまったような気がするのは何とも皮肉では有る。

最もリバイバルに対する意識は単に本人たちだけの意向ではなく、レコード会社や
マネジメント的な理由も有ったのかもしれない。それに応じるのもプロというものだから
それはある程度致し方ない。ポピュラー・ミュージックとしてはそれは正しいことである。
だが、もう少しやりようが有ったのではないかと思う。

ただ、残念ながらブームが来る少し前の『ノース・アトランティック・ドリフト』で
原点回帰を完璧な形で果たしてしまった彼らにとって『モーズリー・ショールズ』を
もう一度と言うのは、逆に継続しているバンドとして難しいことだったと思うし
前作のタイミングがもう少し遅かったらとは思うのである。

結局、ブリット・ポップ・リバイバルが本質的にブリット・ポップではない彼らにとって
追い風になることは無く、変に時代に阿った事が逆に古くからのファンをかえって手放す
ような自体となってしまい、シングル「フリー・マイ・ネーム」こそ辛うじてトップ20内
に入ったものの、アルバム・チャートでは『モーズリー・ショールズ』以降必ずランクイン
していたベスト10台はおろか、30位に留まる結果となってしまった。

改めて聴いてみると、実際の楽曲はこの失敗ほどは悪く無いと思う。だがアレンジに加えて
もう一つ気になるのがベースである。勿論スティーヴやオスカーは水準以上のプレイは出来る
マルチプレイヤーだけど、やっぱりデーモン・ミンチェラのベーシストらしいベースラインや
独特のハネ感っていうのは意外とギタリストとかでは出せないものであったりするので
何となくベースが平坦に聴こえる。デーモン・ミンチェラは過小評価されているけど
ウェラーのソロ・アルバム、例えば「ラヴ・レス」辺りでも素晴らしいベースを弾いてるので
その損失は小さくはないと、そう僕は感じている。

コアなファンにとってはこのセンスが良いとは言えないジャケットやアルバム・タイトルも
含めて今までにない世界観に戸惑いつつ、それを払拭して余りある作品とはいえなかったのが
残念ながら『ア・ハイパーアクティヴ・ワークアウト・フォー・フライング・スクワッド』の
正直な感想というところである。

一応主な楽曲についてふれておくと、

1曲目「エヴリシング・カムズ・アット・ザ・ライト・タイム」(曲名も長い・・)は
従来のオーシャン・カラー・シーンっぽくギターのリフからスタートする。これだけ
聴いてると、若干プロデュースは硬質に感じるけどタイトルやジャケットほど中身は
変わらないかなとも感じる。いつも通りこの手の曲は悪くないけど、前作の
「アイ・ジャスト・ニード・マイセルフ」のように凝ったリズムやぐっと来るような
アレンジは無く、平坦なビートにオスカーっぽくない奥まったドラムのサウンドも
含めてこれまでの曲ほどではないかと思う。焼き直し感も流石に漂う。

2曲目は先行シングルだった「フリー・マイ・ネーム」で、快活なポップ・ロック・サウンドは
良い意味でオーシャンらしいがブラスの使い方に特徴が有って、ちょっとブラス・ロックぽい。
この曲もギターとユニゾンっぽいベースが何となく平坦でそこも今までと違う感じがする。
ただ全体としては良い曲で、ストリングスも悪くない。少ないベストトラックの一つ。


「Free My Name」 Ocean Colour Scene

3曲目「ワー・ワー」は言わずもがなのジョージ・ハリソンのカバー。
『オール・シングス・マスト・パス』に収録されてるのと、マッカートニーに
ブチ切れて作った曲っていうエピソードからも知ってる人も多いだろう。
この曲がブラス・ロックと言えるのでやっぱり今作はブラス・ロックっぽいコンセプト
なのかなとここまで聴いてると感じる。

オリジナル・アレンジを大きく変えてないが、よりシャープにパワフルにオーシャンらしく
素晴らしいカバーに仕上げていると思う。サイモンの声も合っているしソウルフルに決めている。

4曲目「ドライヴ・アウェイ」はいつものサイモンらしいナンバーだが、パーカッションが
デジタルっぽくて気になるのと、何かすっきりしないサイモンのヴォーカル処理が気になる。
こんなに過剰にアレンジしなくても十分良い曲なのではないだろうか。

5曲目のシンプルなタイトル「アイ・ラヴ・ユー」もサイモンらしい楽曲で、本来なら
アコースティック中心に展開しそうだが、妙にエコーが強い音像や、無理やりエレクトリック
ギターやタンブーラ?を重ねたり打ち込みみたいなドラムの入れ方が気に入らない。
全体的にもやもやして抜けない音作りなのがオーシャンと合わない。

6曲目「ディス・デイ・シュッド・ラスト・フォーエヴァー」でようやくいつものオーシャン
らしい軽やかなビートが聴こえてくる。明らかにロニー・レイン・スリムチャンスを
意識したアコースティック主体の2ビートで、マンドリンやハーモニウムの音も聴こえてくる。
フィドルの音も素敵だ。結局こういう楽曲やアレンジが断然フィットしてるのが良くも悪くも
オーシャン・カラー・シーンで、無理や背伸びをする必要が無いんだと思う。
ただ、アルバムの中では妙にこれだけルーツっぽくて悲しいかなフィットしてない。

8曲目「ウェイヴィング・ノット・ドラウニング」はキャッチーなサイモンのヴォーカルで
始まり、バンドの演奏がなだれ込んでくる彼ららしい展開、のはずなのだが、何だか
バンドの演奏が始まるといつもより平坦で、何かオアシスの曲のように聴こえる。
バンドの演奏が入ってからは一本調子で、いつものオーシャンのマジックはない。

9曲目「ゴッズ・ワールド」は唯一デイヴ・エリンガのプロデュースが合ってると感じる。
恐らく90年代デジタル・ロック風の世界をやろうとしたのではないかと思う。例えば
ウェラーの「ブラッシュド」みたいな人力打ち込みみたいな世界。そういうちょっと
人の音を敢えて無機的に加工する感じの世界は得意なプロデューサーだと思うので
意図している世界に合ってると思う。かなり踏み込んだ歌詞のようである。

10曲目「アナザー・タイム・トゥ・ステイ」は中々の佳曲で、60年代のストーンズの
バラードのようなきらびやかな世界観からスタートして、レトロな雰囲気の中
バンドのサウンドが入ってスケールアップしていく。そして抽象的なブレイクを経て
これまた60年代らしいストリングスも入ってくる。

11曲目の「ハヴ・ユー・ガット・ザ・ライト」はほぼサイモン一人舞台のモロな
トラッド系で良い曲、そして13曲目はロックステディのカバーでオスカーが歌う
「マイ・タイム」で静かに渋くアルバムは終わる。このカバーも素晴らしく
渋みの有るヴォーカルとちょっとダブっぽい音像も悪くない。

サイモンやスティーヴの影に隠れてオスカーも地味に映るが、彼は多彩な人で
ボトムの低いドラムだけでなく初期からピアノも曲によって弾いているし、
今作からはベースも幾つかの曲で担当していく。元々ツアーでもメインの
コーラスを多く担当してるし、ピアノに関してはサイモンと二人で回った
アコースティック・ツアーではスティーヴが弾いていた曲でも一部オスカーが
弾いていたりと、マルチプレイヤーっぷりを発揮している。

後半はトラッドやダブっぽい世界などオーシャン得意のスタイルでアルバムは終わるけど
結局序盤のブラス・ロックは最初だけだし、中盤のデジタル路線も特に全体に
掛かるわけでも無く、最後はいつものオーシャンらしいロックステディという
ルーツの提示で終わってしまう今作は、トータルでは散漫と言わざるをえないだろう。
そこに余り合ってないプロデュースやアレンジが最後まで引っかかってしまう。

紹介でも書いたように一つ一つの楽曲は聴きどころもあるけれど、じゃあこれが
おすすめのアルバムなのかと言われるとそれは違うなと正直に思ってしまうのが今作である。

ファーストアルバムを除いて、一番心に残らないアルバムはこの作品ではなくて実は
次作『オン・ザ・レイライン』だったりするのだけど、その理由はまた別の機会に譲るとして
ここからの4〜5年はオーシャンにとっても明らかな低迷期と言えるだろう。

ただ、続けていくこと、一定のスパンでちゃんと作品といえるものを作り続けてること
それはファンとしてはリスペクトしているつもりである。

どんなミュージシャンでも一時代を気づいた後の次っていうのは苦労が有るものである。


posted by cafebleu at 01:13| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Ocean Colour Scene | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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