2013年12月27日

Steve Cradock's Solo Works

"モダニストらしいコレクター的世界と妻との共同作業によるもう一つの世界"


さて、この辺りで一旦オーシャン・カラー・シーンのメンバーによる
ソロワークスについても触れておこうかと思う。

ヴォーカルのサイモン・ファウラーに関しては少し前に取り上げており
それが実質の初ソロ作品だったのでそちらを見てほしい。

今回はオーシャン・カラー・シーンのサイケ、モッズ的世界観、つまり
オーシャン・カラー・シーンというバンド自体のイメージ的基礎を担っている
スティーヴ・クラドックのソロ作品集についてまとめて取り上げようと思う。

スティーヴ・クラドックはある意味昔からオーシャン・カラー・シーンと平行して
ソロ活動を行っていると言える。その中で最も有名なのは作品ではなく
ポール・ウェラーのバンド・ギタリストとしてだろう。ライブだけでなくウェラーの
作品の多く(殆どと言って良い)で彼はギタリストとして参加している。

また、99年にはジャムのトリビュート・アルバムに関わり、演奏を全て自らがまかなって
ヴォーカルにリアム・ギャラガーを参加させて「カーネーション」の録音なんかもしている。
(このテイクのオリジナル・バージョンでスティーヴが歌うテイクは『ワン・フロム・ザ・モダン』のボーナスに収録されている)

だが、ソロ・アルバムとなると実は2008年まで発表されていなかった。
ちょうどこの頃オーシャン・カラー・シーンは『オン・ザ・レイライン』を
出した後で、これも前回書いたけどメジャーレーベルでの契約が切れて
自らで立ち上げたインディ・レーベル"モーズリー・ショールズ・レコード"から
『オン・ザ・レイライン』も発売されたのである。

そういう意味では不遇な時期と言えることも出来るけど、逆にアルバム制作や各々の
活動に関わる制限などは無くなっただろうし、例えレーベルの契約を一時的に
失ったとしても、そこまでの蓄積や長い活動における固定ファン層は確保しているわけで
比較的自由な活動が出来る時期だったのではないだろうか。

そして、自らのレーベルである"モーズリー・ショールズ・レコード"を盛り上げるためにも
ソロ・アルバムを作ろうという意志があったかもしれない。

結果リリースされたのが『Kundalini Target』というアルバムで、これがスティーヴの
初ソロ作であった。2008年リリースで、『オン・ザ・レイライン』の翌年である。


『Kundalini Target』 Steve Cradock

この作品はジャケットやタイトルからも解る通りスティーヴのモッズ的、コレクター的
側面を全面に出した作品で、内容も60年代のモッズ、サイケ的なサウンドに対するオマージュ
と言うことが出来ると思う。但しアクはそれほど強くないのが彼らしい。

1曲目の「サムシング・ベター」からコレクター魂全開で、この曲はマリアンヌ・フェイスフル
が歌ったゲリー・ゴーフィンとバリー・マンによる作品。アレンジもそこに近い。


「Something Better」 Marianne Faithfull
 ※しかし、この頃のマリアンヌ・フェイスフルはほんとうに可愛い

ポール・ウェラーがゲスト・ヴォーカルで参加している「The Apple」は60年代の
マイナー・バラードをモチーフしながらウェラーの影響も強く感じる佳曲。


「The Apple」(live at Coventry 6th July 2013) Steve Cradock

美しいギターとピアノのリフから始まる「On And On」も素晴らしい楽曲だが
もう少しスティーヴのヴォーカルの精度を高めてくれれば良いというか、こういう
曲ならサイモン・ファウラーに歌わせても良いのでは?と思ってしまう。

他にもシャッフルで愛らしいソフト・サイケ調の「The Clothes They Stood Up In」や
アコースティック・ロックでオーシャンでもやれそうな「Beware Of Falling Rocks」など
全体的に粒ぞろいで個人的には3枚のソロ・アルバムの中では最もモッドでコレクターで
その割にバランス感覚が良くも悪くも取れているこの作品が好みである。

箱庭感も有るのは、ギター、ピアノ、ベースそしてドラムと殆どの楽器を自分一人で
演奏しているからか。でもそれが好事家っぽくて悪く無いと思う。

心を揺さぶるような名曲級は無いけどオーシャン・カラー・シーンのギタリストとして
こういう作品をリリースするのは有りだと思うしルーツもよりつまびらかになっている。


そして、オーシャン・カラー・シーンとしては久々の名作級だった『サタデー』の後
2011年にリリースされたのがソロ2作目である『Peace City West』である。


『Peace City West』 Steve Cradock
このアルバムから彼の奥さんであり、ミュージシャンでもあるサリー・クラドックとの
共作色が強くなっていき、それが現在の作品まで続いている感じである。

ドラムもツアーバンドのメンバーが担当してるし、他のミュージシャンの参加も多く
こちらの方がバンドっぽくてある意味開放的なサウンドが聴ける。
全体としては内省的な部分も強かった前作に対して本作はサイケ・ロック感が強い。
またサリーの趣向としてトラッド色も出てきており、ちょっとフェアポート・コンヴェンション
とかペンタングルを思わせるような曲も入っている。

全体的にこの作品も悪くないのだけど、ちょっと焦点がぼけてるような気がして
余り印象には残らない作品というのが聴いた当初の感想だったが、改めて聴いてみると
前作が60年代やモッズのコレクターであるスティーヴのルーツを描いたアルバムだと
したら、今作は現在のスティーヴの世界を表現したアルバムだと言える。
前作の世界観を残しつつも、よりアコースティックなサウンドの聴かせ方やアレンジに
趣向を凝らし、前述のようにトラッド・ロックへの傾倒も聴かれる大人のロックと言った趣である。

ヴォーカルやコーラスに妻サリーのフューチャーが高くなり、楽曲も共作している。
トラッド・ロックへの影響はサリーの存在が大きいのではないだろうか。

1曲目を飾る「Last Days of the Old World」はきらびやかなポップ・ロック・ナンバーで
前作よりリズムを強調した感じのアレンジが耳に留まる。


「Last Days of the Old World」 Steve Cradock

「The Pleasure Seekers」はちょっとトラフィックと言うかトラッド的なメロディから
サイケな展開を見せる今作を象徴する楽曲で、この手のサイケ路線とトラッドへの影響が
散見されている。

「Finally Found My Way Back Home」はP.Pアーノルドとの共作曲だ。
P.Pアーノルドとの縁はオーシャン・カラー・シーンの「トラベラーズ・チューン」
「イッツ・ア・ビューティフル・シング」が間違いなく契機になっているだろうが
実はこの共演の少し後の98年にスティーヴ・クラドック・プロデュースでP.Pアーノルドは
シングル『ディファレント・ドラム』をリリースしておりスティーヴとの縁は深い。


「Different Drum」 P.P Arnold
(TFI Friday June 1998 with Steve from OCS, Andy, Lee, Dave and Tim)
※スティーヴはピアノで勿論参加

「Kites Rise Up Against The Wind」はラーガ・ロック的なアプローチだが
かなりサイケで凝ったサウンドがコラージュのように散りばめられていて
スティーヴの趣向の一つであるサイケ感が良く出ている。

サリーとの共作である「Steppin Aside」はアルバム中でも出色の出来で
いきなりイントロのアコギ・リフの聴かせ方から痺れるようなハードなトラッド・ロック
風味である。サリーのミステリアスなヴォーカルも悪くない。

「Little Girl」も美しいアコースティックのイントロからスイートなメロディと
アレンジが印象的な楽曲で、彼のパーソナルな部分をあぶり出してる感じである。

「I Man」はサイケ時代のスモール・フェイセズやヤードバーズを思わせる
レトロなサイケパートとロックな展開で聴かせるモッド・ロック。
オーシャン・カラー・シーン本体以上にレトロな感触である。


「I Man」 Steve Cradock

リリース時期が日本では東日本大震災と重なった時期だったせいか、僕も仕事とかで
悠長に音楽をじっくり聴いているような気持ちになれなかった気もするので、それが
より印象を弱くさせているのかもしれないけど、こうして聴き返してみると『サタデー』
で得た成果をここにも持ち込んでいるところが有り、派手さは無いけど中々良い作品だと
思う。

スティーヴのソロ作品で常に思うのが、例えば本作も結構ハードなサイケが入っていたり
するのだけど、天性のバランス感覚からか、良い意味でのチープさとか、アングラ感とかは
余り無く、音楽への愛情やルーツを追う姿勢は強く感じるのだけど、それがさらりと
している所である。それが良さでも有り食い足りなさでも有るような気がする。

だからどの作品も初見のインパクトは強くないので最初は印象が弱いのだけど、時間が経って
改めて聴いてみると彼らしいブレのない音楽への愛情が詰まった作品だと感じるのである。
つまり、これがブレイクするような物ではないのかもしれないけど、良質な仕事はしている
ということ。

最後に現在の最新作で、実際のリリースもオーシャン・カラー・シーン関連の作品で最も
新しいのが今年9月に発売された3rdアルバム『Travel Wild - Travel Free』である。


『Travel Wild - Travel Free』 Steve Cradock

いよいよアルバム・ジャケットまでまるでヴァン・モリソンの『テュペロ・ハニー』の
ような世界観になって趣味性が高い感じでレイドバックしているけど、作品としても
今までよりもナチュラルな方向性で、妻サリーとの共同プロデュースとなっている。

今作は全体ではサイケ感は有るのだけど、前作までのサイケ・ロックでハードな側面は
後退し、有り体に言ってしまえば今作はソフト・ロックのようなイメージである。
また、前作より存在感が増していた妻サリーの要素も増えている。とは言えトラッド
的な世界は意外にも多くないのが今作である。

相変わらず強烈なフックは無い人なのでまだ聴き込んでないから何とも言えないけど
純粋に楽曲の出来というなら今作が最も粒ぞろいではないだろうか。サウンドも統一性が
有って聴きやすい感じである。今回も全て一人で演ったというよりは、必要なところで
必要なミュージシャンを呼んでバンド的に録音している感じだけど、一言で言うなら
シンガー・ソング・ライター、スティーヴ・クラドックの世界を垣間見れる作品である。

1曲目「Any Way The Wind Blows」は抽象的な雰囲気からいきなり妻サリーの
ヴォーカルでスタートする妻との共作曲。お得意の60年代的な音像だけど
スタートとしては意表を突いてる感じで良い。

「I Am The Sea」はワルツでヴォーカルは少し音響っぽくサイケ感もあるけど
今までよりはシンプルな感じである。


「I Am The Sea」 Steve Cradock

「The Magic Hour」「Street Fire」はモロにソフト・ロックな一曲で甘い感じなのが良い。

「Doodle Book」はこの作品の少し前に出たオーシャン・カラー・シーンの
『ペインティング』にも収録されている曲のセルフ・カバーで、オーシャン本体では
骨太なモッド・ロックに決めていたが、こちらではもう少し穏やかで妻のパートも
有り、若干構成も異なる。

アルバムの最後も妻との共作「Dreaming My Life Away」で締めくくられ
何となく1曲目と似た路線の抽象的なナンバーで、コンセプトが有るようにも感じる。

という訳で、渋い?ジャケットと内容が余り関係無いような気がするのだけど
(『ペインティング』も皆でシタール(タンブーラ?)を持っていたジャケで内容は関係なかった)
全体としては若干内省的な面やソフト・ロック的な世界が展開されていて聴きこむと
もっと好きになりそうである。

こんな感じでここ5年位でスティーヴのソロ活動はかなり活発化している。
最初はオーシャン・カラー・シーンだけでは表現できないことを素朴に
組み立てていたイメージだったけど、段々自分の中の創作意欲や実際に
一人や妻と深めていきたい世界が出てきてるんだろうなと感じるようになってきた。

思うに彼のソロ作品はオーシャンと音楽性が乖離しているとは思わないのだけど
こじんまりとしているというか、サウンドにサイケを盛り込んだりしてる割には
地味目に聴こえる。つまりオーシャン・カラー・シーンって音楽やスタイル全体の
コンセプトはスティーヴに依る所が大きいのだろうけど、ダイナミックさや
ここ一番で聴ける名曲級の楽曲はサイモンのソウルフルなヴォーカルや楽曲に
よって成り立っているんだろうなと思うのである。

バンドというのは面白いもので見事なバランスで成り立ってるからこそ
オーシャン・カラー・シーンは長く続いてるわけで、ソロもやりつつで良いので
これからもオーシャン・カラー・シーンが続いてほしいと、そんな風に僕は
願っている。
posted by cafebleu at 23:35| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Ocean Colour Scene | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月14日

On The Leyline

"デビュー作と『モーズリー・ショールズ』の間に有っても良さそうな作品"


『On The Leyline』('07) Ocean Colour Scene

ちょっとしたブリット・ポップ・リバイバルの最中にリリースされた前作
『ア・ハイパーアクティヴ・ワークアウト・フォー・フライング・スクワッド』
は彼らが『モーズリー・ショールズ』でUKのロックバンドとして主軸クラスに
返り咲いてから最も失敗したアルバムとなってしまった。

それはチャートアクション的にもそうだし、内容もこれまでの充実ぶりと比べると
やはり見劣りしてしまう結果となった。ファンとしては残念な部分も有ったけど
それもバンドが続いてるからこそ起こり得る事で次は彼ららしさを取り戻して
くれれば良いと、そんな風に思っていた。

しかし、それはコアなファンの想いであって、一般的なリスナーは失敗すれば
心離れて行ってしまうものである。そういう移ろいやすいものも含めてポップは
商業音楽として成り立ってるわけだから。

特に商業的失敗はバンドを窮地に立たせる時がある。ここまで『モーズリー・ショールズ』
前後の大ブレイク時代はともかくとして、それ以降も堅実なセールスを記録していた
彼らにとって、前作の失敗と、恐らく所属していたサンクチュアリ・レコードが
元々彼らの居たMCAの親会社、ユニバーサルに買収されたことも有って遂にレコード契約を
失ってしまう。

一時期はどうなってしまうのだろうと個人的には思っていたけど、そんな困難を乗り越えて
2007年にリリースされたアルバムが『オン・ザ・レイライン』という事になる。
レーベルの不遇は有ったものの、スパンとしては2年といつも通りくらいのペースである。

最初に言ってしまうと今作は個人的に最も印象の薄いアルバムである。
それは自分が音楽を熱心に聴いてる頃では無かったからも知れないけど
内容的な理由もあると思う。前作ほどの違和感とかも感じなかったのだけど
今作は今までの彼らの作品に比べると凄くシンプルというか、インスタントと言うか
体の良いデモのような作品に思え、いろいろな意味で心を揺さぶられるような感じがなく
あぁ、なるほど、ふむふむって感じでどうも心に残らないのである。

何もシンプルなことが悪いとは思わないし、時には贅肉を削ぎ落したような作品が
有っても良いと思う。だけどこの作品でオーシャン・カラー・シーンがやりたかった
世界って本当にこういう事なのかとか、実際メジャーなレコード会社との契約を
失って、こういう作品しかやりようが無いのが厳しい現実だったのではないかと想像
出来てしまうからである。正直96年に『モーズリー・ショールズ』で衝撃を受けてから
そういう感じのする作品を聴くことになってしまうとは、そんなに時間が経って
しまったのかと思った最初の作品でも有ったし、ちょっと悲しくも有った。
でも、そんな浮き沈みも含めて応援し続けるのがファンってものだと思うから。
(僕くらいオーシャン想いのファンも居るのだから日本にもう少し来て欲しいが)

さて、内容だが、まず最初にジャケットを見た時、それ程凝ったデザインでもないし
ただ本人たちが写ってるだけと言ってしまえばそれまでだが、ロゴや写真の雰囲気が
いつも通りに戻って少しホッとした記憶はある。逆に相違点としてはデーモン脱退後
から追加メンバーとして登場してきたギターのアンディ・ベネットとダン・シーリーが
初めてアルバム・ジャケットに登場している。

今作は最初に書いたようアレンジや装飾の殆ど無い、バンド全体で録音したような
シンプルな音作りと、『モーズリー・ショールズ』以降見られなくなっていた
デビュー当時のインディ・ポップ的世界観が久々に聴かれるという点で特徴的である。
なので最初に聴いた時、この作品はまるでデビュー当時の『ブルー・ディープ・オーシャン』
から『モーズリー・ショールズ』の間の4年ほどのブランクに出ていてもおかしくないような
作品のように聴こえたのである。

そう聴こえる一番の理由はやはりかなりシンプルなプロデュースなのではないかと思う。
今回のプロデューサーはジョン・リヴァースという人が担当しているのだが、この方
僕はあまり詳しくないのでDiscogsで調べてみたところ、1980年代から活動している
プロデューサー/サウンド・エンジニアなのである。

関わってる作品はパステルズやフェルトを始めとした80年代後半から90年代前半に
活躍したUKのインディ・ポップ、ネオアコやグラスゴー系譜のプロデュースを
中心に行ってる人のようである。

実はオーシャン・カラー・シーンとの関わりも浅くなく、『モーズリー・ショールズ』
前後のアルバムから漏れたシングルのB面曲、例えば「ロビン・フッド」や
「ハックルベリー・グローヴ」のようなアコースティックな楽曲を中心にプロデュースや
レコーディングを担当していたりする。

このジョン・リヴァースというプロデューサーが普段担当しているのはかなりインディ感の
強くてキラキラとしたようなギター・ポップ・サウンドを聴かせるミュージシャンが中心
なので、そんな雰囲気やアレンジは実際作品にも聴かれる要素になっている。

また、録音自体も12日間で行われたようで、そういった部分からもシンプルな作品という
裏付けが出来るのではないかと思う。逆を言えばそれだけ装飾や金をかけてない作品と
言うことも出来るのが今作で、ジョン・リヴァースというインディ畑の人選からも
やはりオーシャンはこれまでメジャーレーベルに居た時のようにお金や時間をかけれる
状態ではなかったのでは無いかと想像できる。

『オン・ザ・レイライン』はモーズリー・ショールズ・レコードという自分たちで設立した
インディ・レーベルからの作品になって居ることからも、この時期彼らが置かれた状況は
決して良いものではなかったのだと思う。そこで、比較的親交が有ってリーズナブルに
仕事をしてくれるのがジョン・リヴァースだったと、そう思って良いのではないかと思う。

そうなれば作品は必然的にシンプルになっていくものだ。そういう不遇が恐らく
バンドの更に原点に立ち返っていくような作品になったのではないだろうか。
『モーズリー・ショールズ』のような90年代らしい、ブレンダン・リンチらしい
ダブやアナログサウンドを効果的に配したようなサウンドになる前
『ブルー・ディープ・オーシャン』でデビューしたが、本来自分たちが目指したサウンド
とは異なる方に向かってしまった当時のサウンドの原点に帰ったような、そんな作品に思える。

そういう点で捉えれば今作は前作よりはオーシャンらしいし、楽曲もまとまっているし
全体的にロックに振りすぎてもいなければ、アコースティックでストイック過ぎることも
無く、全体的にバンドのサウンドで録音されている作品ということが出来る。

このレビューのために改めて聴いてみても、アルバム全体の雰囲気は悪くなく
シンプルでラフだけどオーシャン・カラー・シーンというバンドの良さは前作ほど
死んでいる感じはしない。

しかしながら、全体のバランスと引き換えに、個々の楽曲のクオリティに突出したものが
無く、聴いてるとどうも聴き流してしまう。フックが少ないのはプロデュースのせいか
楽曲のせいなのか判断が難しいが、これまでの楽曲にあったような強く惹かれるような
世界からはやや遠い気がする。

確かにギターの録り方はキラキラしていて、エコーやリフを上手く利用したような感じが
多く、それがジョン・リヴァースの得意とする部分なのかとは思う。ただ、逆に2007年という
当時でも相当レコーディング技術は進んでいて、そういう時代の割に抜けの悪い音が
意図したものであっても、この時点で15年以上のキャリアを誇るオーシャン・カラー・シーン
程のバンドのサウンドとしてこれで良いのだろうかと思ってしまうのである。

ただ、ある意味バンドとしてセールスをある程度期待された時代が終わって、一度
生まれた時の原点まで戻る必要は有ったのかもしれない。

それが『モーズリー・ショールズ』以前のインディ・バンドだった時代だったのでは
無いだろうか。まぁでもそれもある意味はこじつけで、やっぱり資金的な問題と
バンドとしても成功後これまでに無い落ち込みの中で模索している時代だったのだろう。

個々の楽曲にも触れておくと

1曲目「アイ・トールド・ユー・ソー」はキラキラしたポップソングでアルバムでも
ベストトラックだと思う。曲の下敷きは初期フーのようだけど、この楽曲がまるで
初期の「イエスタデイ・トゥデイ」の系譜に聴こえる。2分少ししかないシンプルな
楽曲だが、この曲の出来は良い。ただ、アルバム全体でいきなりベストトラックが
来てしまうのだが。。


「I Told You So」 Ocean Colour Scene

2曲目「オン・ザ・レイライン、ウェイティング」はパワフルなロックナンバー。
ただ、これも2分ほどの作品で展開は殆ど無く終わる。

3曲目「フォー・ダンサーズ・オンリー」はポール・ウェラー作曲のナンバーで
彼がアウトテイクにしていたものを譲り受けてオーシャンで録音したもの。
派手さは無いけど、切れ味は流石で、ウェラーの曲を違和感なく演奏できるのは
オーシャン・カラー・シーンならでは。今作ではこういう切れ味の有るナンバーが
少ないので調度良いと思う。

6曲目「ゴー・トゥ・シー」は今作で唯一と言って良いオーシャンらしい
ロックナンバー。マイナーを基調としながらも演奏で強弱をつけてグイグイ
引っ張っていく。今までならもう少しアレンジに気を利かせるだろうが
ここではバンドの音だけでシンプルに聴かせる。

7曲目「ディーズ・デイズ・アイム・タイアド」はスティーヴ・クラドックが
ヴォーカルを取るナンバーで、恐らく彼らのアルバムでは初めてだろう。
過去には『ワン・フロム・ザ・モダン』のボーナス・トラックである
「カーネーション」のカバーで歌ったことは有ったけど、あれは実質ソロだから
これが初めてということになる。「カーネーション」の頃はかなり甘い感じの
ヴォーカルだったけど、ここではハスキーな歌声である。

まだ習作的な感じもするけど、こういう部分がこの後リリースされ始める
彼のソロ・アルバム辺りに反映されていくのかもしれない。

10曲目「ロンリースト・ガール・イン・ザ・ホール・ワイド・ワールド」は
比較的楽曲単位では弱い今作の中では一聴で耳を惹かれる楽曲で、
アコースティック中心だが、気の利いたヴォーカルエフェクトやサビのメロディや
アレンジの美しさは彼ららしく素晴らしい。何というか『モーズリー・ショールズ』
前後のB面曲に有ったようなアコースティックとエレクトリックをオーシャンらしく
ブレンドしたようなナンバーである。当時のB面集『Bサイズ・シーサイズ&フリーライズ』
辺りに入っていても良い感じである。

後半はアコースティックで地味めな曲が続き終わるのでここで細かくは書かないが
全体として、バンドの立ち位置は前作より立てなおしている。だが、逆に楽曲や
プロデュース(アレンジ)は今までほどの煌めきは見せられてないのが今作と言える。
楽曲個々の出来は好き嫌いは別としても前作の方が良いのがより印象を薄くしている。

まぁそれは結局資金的な問題のような気もするし、彼らの作曲やアレンジへの取り組みも
できるだけシンプルにという事だったのかもしれない。

最初に書いたように、このアルバムを聴いた当初は90年代、時代の寵児だった彼らが
インディのバンドのようなサウンドをまた聴かせるようになったことに時の流れと
結局セールスには抗えない現状が有るんだなと少し寂しい思いが過ぎった。

今作は最高位37位と、更に前作を下回る結果になってしまったが、逆に自主レーベルとも
言えるインディ・レーベルからの再出発としては意外に健闘した。

やっぱりオーシャン・カラー・シーンに求めてるものは音であれ、佇まいであれ
クールでブレてないものをファンも求めて居る結果が予想外の健闘だったと思う。
今作はまだ復帰過程だけど、オーシャン・カラー・シーンが前作で失ったものを
取り戻すプロセスとしてファンは見ていたのではないかと思う。

そして、この後各自がソロ活動などを中心に、暫くのブランクの後力作
『サタデー』を作成することになる。
posted by cafebleu at 00:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Ocean Colour Scene | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月07日

A Hyperactive Workout For The Flying Squad

"悪くない楽曲、センス有るカバー、しかし冴えないプロデュースと長いタイトルとセンスのないジャケットが濁らせた世界感"


『A Hyperactive Workout For The Flying Squad』 Ocean Colour Scene

ブリット・ポップ以降の逆風の中、オーシャン・カラー・シーンはしっかり自分たちの
世界を提示し続けたのはここまでのレビューで述べた通り。もっと言えばブームとしては
ブリット・ポップ時代に出てきたバンドではあるが、芯にあるものはもっと強くてルーツに
根ざしていた彼らだからこそ、支持するファンは支持し続けたのだと思う。一過性の
音楽というには余りに勿体無い世界や考えがしっかりとオーシャンには根付いていた。

しかし、そこまで頑張ってきたオーシャンもデビュー当時からのメンバーやプロデューサーと
別れて行くことになり、いよいよをもってバンドとしての正念場に来ていたのは間違いない。
今までの違う姿を提示しなければ続けていけないかもという切迫感も有っただろう。
もう少し踏み込んで言えばもう今までと同じサウンドは出すことが出来ないと思ったかも知れない。

2005年当時のイギリスは音楽的にはどうだっただろうか。実はある意味追い風が吹き始めていた。
長い逆風の時代が有ったものの、ブリット・ポップから早10年、そんなサウンドも悪くないと
言う第二世代が現れ始めたのもこの頃だった。この頃ブレイクしたバンドの中には
オーディナリー・ボーイズやフランツ・フェルディナンドと言ったような、ネオ・ブリット・ポップ
とも言えるようなメンツが現れ始めていたのだ。

また、2004年にはブリット・ポップを振り返った記録映画『Live Forever』が作られ
そこではデーモンやギャラガー兄弟がブームを回想していた。つまり再評価の兆しが
最初に現れたのがこの時代だったというわけだ。

おそらくはそのブームの予感を感じていたのは何よりも活動を続けていたオーシャン達だろう。
ここまで変わらず努力してきた成果を華々しく提示したいと言うのは誰でも考える事だ。

しかしながら、このブーム再評価が彼らを微妙に狂わせていくことになってしまう。

先ずデーモン・ミンチェラに代わるメンバーだが、ライブなどはともかくとして
レコーディングに関しては元々マルチプレイヤーであるスティーヴ・クラドックもいるし
ドラムのオスカー・ハリソンも実はマルチプレイヤーで、以前から時折ピアノなんかで
参加している。更にはベースも得意なので一先ずベースはメンバー内でまかなえる。

次にプロデューサーだが、今作で彼らが起用したのはデイヴ・エリンガだった。
この人は主にマニック・ストリート・プリーチャーズのプロデュースで名を挙げた人で
今でも彼らの作品をプロデュースしている。他にはブリット・ポップ時代後期の
ヒット・バンド、ノーザン・アップロアー(個人的には全く好きではないが)とか
3カラーズ・レッドもプロデュースしているし、カイリ・ミノーグなんかも担当していた。

これは結構驚かされた。僕は彼のプロデュースしているミュージシャンは比較的
熱心に聴いてる方ではないので何とも言えないけど、敢えて言えばブリット・ポップ的な
人選とも言える。じゃあ逆に今までのブレンダン・リンチ系譜がブリット・ポップ的
なのかと言うとむしろそうではない気がするので
(ウェラー、オーシャン以外だとエイジアン・ダブ・ファウンデイションとかアシッドジャズ一派が多い)
敢えてブリット・ポップ的なプロデューサーを選んだ意味はやはり時代を意識したのだろうか。

そして何よりも最初に驚いたのはジャケットとタイトルである。

先ず手にとった時、このカラフルでセンスの悪い感じと、いつもと違うロゴ、そして
何よりも覚えられないほど長いアルバム・タイトルは何なんだろうと思った。
(未だに唯一名前を覚えられないアルバムである)
一見で今まで感じたことのない雰囲気がしたので、アルバムを聴く前から少し
不安では有ったのだが、結局その不安は的中してしまうことになる。

先行シングル「フリー・マイ・ネーム」は先にWEBか何かで観ていたのでその時の印象は
音が今までより分厚い感じがしたり、ちょっとベースが平坦になったようにも思えたけど
それ程良い音質で聴いてるわけでもないので、基本的には彼ららしい楽曲かなくらいに
思っていた。分厚いという感じはプロデュース云々も有るけど、後々考えるとどちらかと言えば
ブラスのアレンジが今までにない感じだったことに気づくのだけど。

単純にバラエティであるとか、相変わらずセンスの良いカバーの取り組み方とか
今までとひと味違うオーシャン・カラー・シーンを見せようとしているのはわかるし
全てが悪いとか、まるで聴いていられないと代物ではない。

だけど、こちらだってブームや時代に負けず自分たちの音をしっかりここまで
鳴らして来ている彼らに求めるものも大きくなっている。ましてやミュージシャンとして
老けこむ程の歳でも無い。まだまだ中堅で現役レベルでやっている彼らに求めるレベルは
それなりにある。つまり、オーシャンなら何でもいいよって言うには早過ぎるのである。

バラエティには富んでるが、無理のあるデジタルなアレンジやまるでオアシスを
思わせるようなアレンジとか変に時代を意識したり、そう思えば今までの路線と何ら
変わらないリフ・ロックやロニー・レイン風の楽曲も有ったりして結局何処に行きたいのか
わからない、そんな感じがするのだ。バラエティと言えば聞こえが良いけど要するに
散漫なのである。

それに何よりも気になるのがプロデュース。何もブレンダン・リンチ一派のような
ある意味これ見よがしなアナログ感とかダブ感を他のプロデューサーでやる必要はない。
しかし、デジタル色が強いのに全体的に靄がかったような音が気になる。シンプルな曲にも
過剰にエコーなどをのせてクリアな感触が失われてくぐもって聴こえるのである。

彼らを大好きな僕なりに彼らのウィーク・ポイントを挙げるなら、それはバンドとしては
あまり振れ幅は無いこと。技巧を凝らした楽曲や時代に残る名曲を作るタイプではないし
得意なスタイルが決まってる。メインのソングライターであるサイモンは必ずアコギから
作曲がスタートしてるからベースはS.S.W的だし、スティーヴは基本とてもセンスの良い
モッズやサイケマニアなのだけど、作曲家としてはそれを大きく越えるようなスキルは
持ってないと思う。むしろアレンジの達人で演奏家なのである。
だからこそ時代を意識しない回答は正解だったと思うが、ブリット・ポップ・リバイバルが
それを狂わせてしまったような気がするのは何とも皮肉では有る。

最もリバイバルに対する意識は単に本人たちだけの意向ではなく、レコード会社や
マネジメント的な理由も有ったのかもしれない。それに応じるのもプロというものだから
それはある程度致し方ない。ポピュラー・ミュージックとしてはそれは正しいことである。
だが、もう少しやりようが有ったのではないかと思う。

ただ、残念ながらブームが来る少し前の『ノース・アトランティック・ドリフト』で
原点回帰を完璧な形で果たしてしまった彼らにとって『モーズリー・ショールズ』を
もう一度と言うのは、逆に継続しているバンドとして難しいことだったと思うし
前作のタイミングがもう少し遅かったらとは思うのである。

結局、ブリット・ポップ・リバイバルが本質的にブリット・ポップではない彼らにとって
追い風になることは無く、変に時代に阿った事が逆に古くからのファンをかえって手放す
ような自体となってしまい、シングル「フリー・マイ・ネーム」こそ辛うじてトップ20内
に入ったものの、アルバム・チャートでは『モーズリー・ショールズ』以降必ずランクイン
していたベスト10台はおろか、30位に留まる結果となってしまった。

改めて聴いてみると、実際の楽曲はこの失敗ほどは悪く無いと思う。だがアレンジに加えて
もう一つ気になるのがベースである。勿論スティーヴやオスカーは水準以上のプレイは出来る
マルチプレイヤーだけど、やっぱりデーモン・ミンチェラのベーシストらしいベースラインや
独特のハネ感っていうのは意外とギタリストとかでは出せないものであったりするので
何となくベースが平坦に聴こえる。デーモン・ミンチェラは過小評価されているけど
ウェラーのソロ・アルバム、例えば「ラヴ・レス」辺りでも素晴らしいベースを弾いてるので
その損失は小さくはないと、そう僕は感じている。

コアなファンにとってはこのセンスが良いとは言えないジャケットやアルバム・タイトルも
含めて今までにない世界観に戸惑いつつ、それを払拭して余りある作品とはいえなかったのが
残念ながら『ア・ハイパーアクティヴ・ワークアウト・フォー・フライング・スクワッド』の
正直な感想というところである。

一応主な楽曲についてふれておくと、

1曲目「エヴリシング・カムズ・アット・ザ・ライト・タイム」(曲名も長い・・)は
従来のオーシャン・カラー・シーンっぽくギターのリフからスタートする。これだけ
聴いてると、若干プロデュースは硬質に感じるけどタイトルやジャケットほど中身は
変わらないかなとも感じる。いつも通りこの手の曲は悪くないけど、前作の
「アイ・ジャスト・ニード・マイセルフ」のように凝ったリズムやぐっと来るような
アレンジは無く、平坦なビートにオスカーっぽくない奥まったドラムのサウンドも
含めてこれまでの曲ほどではないかと思う。焼き直し感も流石に漂う。

2曲目は先行シングルだった「フリー・マイ・ネーム」で、快活なポップ・ロック・サウンドは
良い意味でオーシャンらしいがブラスの使い方に特徴が有って、ちょっとブラス・ロックぽい。
この曲もギターとユニゾンっぽいベースが何となく平坦でそこも今までと違う感じがする。
ただ全体としては良い曲で、ストリングスも悪くない。少ないベストトラックの一つ。


「Free My Name」 Ocean Colour Scene

3曲目「ワー・ワー」は言わずもがなのジョージ・ハリソンのカバー。
『オール・シングス・マスト・パス』に収録されてるのと、マッカートニーに
ブチ切れて作った曲っていうエピソードからも知ってる人も多いだろう。
この曲がブラス・ロックと言えるのでやっぱり今作はブラス・ロックっぽいコンセプト
なのかなとここまで聴いてると感じる。

オリジナル・アレンジを大きく変えてないが、よりシャープにパワフルにオーシャンらしく
素晴らしいカバーに仕上げていると思う。サイモンの声も合っているしソウルフルに決めている。

4曲目「ドライヴ・アウェイ」はいつものサイモンらしいナンバーだが、パーカッションが
デジタルっぽくて気になるのと、何かすっきりしないサイモンのヴォーカル処理が気になる。
こんなに過剰にアレンジしなくても十分良い曲なのではないだろうか。

5曲目のシンプルなタイトル「アイ・ラヴ・ユー」もサイモンらしい楽曲で、本来なら
アコースティック中心に展開しそうだが、妙にエコーが強い音像や、無理やりエレクトリック
ギターやタンブーラ?を重ねたり打ち込みみたいなドラムの入れ方が気に入らない。
全体的にもやもやして抜けない音作りなのがオーシャンと合わない。

6曲目「ディス・デイ・シュッド・ラスト・フォーエヴァー」でようやくいつものオーシャン
らしい軽やかなビートが聴こえてくる。明らかにロニー・レイン・スリムチャンスを
意識したアコースティック主体の2ビートで、マンドリンやハーモニウムの音も聴こえてくる。
フィドルの音も素敵だ。結局こういう楽曲やアレンジが断然フィットしてるのが良くも悪くも
オーシャン・カラー・シーンで、無理や背伸びをする必要が無いんだと思う。
ただ、アルバムの中では妙にこれだけルーツっぽくて悲しいかなフィットしてない。

8曲目「ウェイヴィング・ノット・ドラウニング」はキャッチーなサイモンのヴォーカルで
始まり、バンドの演奏がなだれ込んでくる彼ららしい展開、のはずなのだが、何だか
バンドの演奏が始まるといつもより平坦で、何かオアシスの曲のように聴こえる。
バンドの演奏が入ってからは一本調子で、いつものオーシャンのマジックはない。

9曲目「ゴッズ・ワールド」は唯一デイヴ・エリンガのプロデュースが合ってると感じる。
恐らく90年代デジタル・ロック風の世界をやろうとしたのではないかと思う。例えば
ウェラーの「ブラッシュド」みたいな人力打ち込みみたいな世界。そういうちょっと
人の音を敢えて無機的に加工する感じの世界は得意なプロデューサーだと思うので
意図している世界に合ってると思う。かなり踏み込んだ歌詞のようである。

10曲目「アナザー・タイム・トゥ・ステイ」は中々の佳曲で、60年代のストーンズの
バラードのようなきらびやかな世界観からスタートして、レトロな雰囲気の中
バンドのサウンドが入ってスケールアップしていく。そして抽象的なブレイクを経て
これまた60年代らしいストリングスも入ってくる。

11曲目の「ハヴ・ユー・ガット・ザ・ライト」はほぼサイモン一人舞台のモロな
トラッド系で良い曲、そして13曲目はロックステディのカバーでオスカーが歌う
「マイ・タイム」で静かに渋くアルバムは終わる。このカバーも素晴らしく
渋みの有るヴォーカルとちょっとダブっぽい音像も悪くない。

サイモンやスティーヴの影に隠れてオスカーも地味に映るが、彼は多彩な人で
ボトムの低いドラムだけでなく初期からピアノも曲によって弾いているし、
今作からはベースも幾つかの曲で担当していく。元々ツアーでもメインの
コーラスを多く担当してるし、ピアノに関してはサイモンと二人で回った
アコースティック・ツアーではスティーヴが弾いていた曲でも一部オスカーが
弾いていたりと、マルチプレイヤーっぷりを発揮している。

後半はトラッドやダブっぽい世界などオーシャン得意のスタイルでアルバムは終わるけど
結局序盤のブラス・ロックは最初だけだし、中盤のデジタル路線も特に全体に
掛かるわけでも無く、最後はいつものオーシャンらしいロックステディという
ルーツの提示で終わってしまう今作は、トータルでは散漫と言わざるをえないだろう。
そこに余り合ってないプロデュースやアレンジが最後まで引っかかってしまう。

紹介でも書いたように一つ一つの楽曲は聴きどころもあるけれど、じゃあこれが
おすすめのアルバムなのかと言われるとそれは違うなと正直に思ってしまうのが今作である。

ファーストアルバムを除いて、一番心に残らないアルバムはこの作品ではなくて実は
次作『オン・ザ・レイライン』だったりするのだけど、その理由はまた別の機会に譲るとして
ここからの4〜5年はオーシャンにとっても明らかな低迷期と言えるだろう。

ただ、続けていくこと、一定のスパンでちゃんと作品といえるものを作り続けてること
それはファンとしてはリスペクトしているつもりである。

どんなミュージシャンでも一時代を気づいた後の次っていうのは苦労が有るものである。
posted by cafebleu at 01:13| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Ocean Colour Scene | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月01日

North Atlantic Drift

"迷いを吹っ切り原点回帰を果たした第二期の完成形、そして幾つかの別れ"


『North Atlantic Drift』(2003) Ocean Colour Scene

作品個々の質はどうあれ、前作『メカニカル・ワンダー』時の彼らは
明らかに迷いの中に居たと思う。去りゆくUKポップ・ロック時代と
その後何処へ向かうのか。結局答えが出ないまま内省に向かうしか無かった。

しかし、並み居るバンドがほぼ解散や休止、もしくはレーベル契約を失う中
彼らは前作でユニバーサルとの契約は満了したものの、ブランク無く
サンクチュアリ・レコードとアルバム契約を交わした。そしてレーベル移籍
第一弾として発表されたのが今作『ノース・アトランティック・ドリフト』である。

最初に言っておくと『モーズリー・ショールズ』から続いた骨太で70年代の
ダウン・トゥ・アースを思わせるアナログ感と90年代的な空間を活かしたアレンジの
系譜作品を"第二期オーシャン・カラー・シーン"とするならば、その集大成であり
完成形でもある本作は名作と言って良い。

とにかく個々の曲のレベルが高く、それをバンド全体でしっかり作りこんでいる。
バンドが主体では有るけどアレンジにも技巧を凝らしているし、前作のように
サイモンのアコースティックな世界観が支配するような事も、『ワン・フロム・ザ・モダン』
のように、ともすればライブではやりづらいかなという派手なプロデュースという
訳ではない(『ワン・フロム・ザ・モダン』を批判しているわけではない)。

つまり、このアルバムは『モーズリー・ショールズ』『マーチング・オールレディ』時代
のようなバンドらしいサウンド、アレンジを主軸にしながらも、それをここまでの経験で
より深化した形で提示してみせたという点で、これがオーシャンの答だったのだと解る。

結局彼らは時代を"捨てて"己のソウルを突き進むことを選択したわけである。
もはや2003年当時にイギリスでこんな音を出している輩は何処にも居ないような時代だった。
師匠のウェラーですらクラブ系譜のヌーンディ・アンダーグラウンドのサイモン・ダインと
近づいて、彼をプロデューサーに沿えた『イルミネーション』をリリースし、
ダウン・トゥ・アースな世界から離れ始めた頃だった。

そういう意味でもオーシャン・カラー・シーンは流行とは無縁の存在になっていく。
特に今作からは『モーズリー・ショールズ』時代のオーシャン・カラー・シーンを
ボトムアップしたような印象を受ける。ある意味では悩んだ末の答えとして
もしくはレーベル移籍第一弾として、ファンが期待する姿を見せる必要が有ったのかも
知れない。ミュージシャンには色々なタイプがあるけど、作品の度に変わっていく
例えば一時期のU2とかがそうだけど、デビュー当時アイルランドの熱き青年ロック
だったものが気がつけばデジタル・ロックの筆頭になってUKテクノのブームと対峙して
「ディスコティック」や『POP』を作り上げた。それも悪いことではない。

しかし、常に己のスタイルを貫いて、その上で表現を深化させていくことも評価
するべきだろう。ブレず変わらずにファンの心を掴むのだって素晴らしいことである。
そういう意味で捉えると保守的な作品では有るのかもしれないけど、このアルバムは
いろいろな意味でここまでのオーシャンの総決算になった。

一つは直後のデーモン・ミンチェラの脱退、そしてもう一つは今作がマーティン・ヘイズの
最後のプロデュース作品になったことである。『モーズリー・ショールズ』から続いてきた
ブレンダン・リンチ一派のプロデュース作品はこれを最後に聴けなくなってしまう。

ちょうどウェラーも2000年の『ヒーリオセントリック』を最後にブレンダン・リンチから
離れてしまう。この辺りからもアナログ的なサウンドが持て囃された一つの時代が
終わったのだなと今でも思う。

そして何よりもバンドにとって大きかったのがベースのデーモン・ミンチェラが本作
発表後程なくして脱退してしまったことだろう。最初は耳を疑った。
だって当時ウェラーのサポートを相変わらずスティーヴとデーモンは行っていたし
(結局脱退後も二人はウェラーのサポートで数年間一緒に演奏していた)
何よりも四人の結束力は高いバンドだと思っていたのでこの結果は意外だった。

彼はバンドでもスティーヴやドラムのオスカーのようにマルチプレイヤーで実際
アルバムでもいろんな楽器をやってる訳でも無いし、サイモンのようなソングライティングを
してる訳でも無かった。その点で最も地味なメンバーと言えるのかもしれないけど
彼の目立ちすぎず、かと言って後ろに引いてるだけではないスタイルはオーシャンの
クールな雰囲気に大きな役割を担っていたと思う。あと、変にマルチプレイヤーで
無い分、職人ベーシストらしいベースを弾く人だったし、オスカーとの重いグルーヴは
独特のオーシャンらしさを作り上げていたのでバンドへの痛手は大きかった。
それは後々少なくともリスナーにはじわじわ感じるようになっていく。

とは言え、それらは後々分かったことで、このアルバムの充実度に影を差してる訳ではない。
前作の頃に思案していた、流行が完全に終わって、むしろ逆風が吹いた時バンドが何処に向かうのか?
その回答は幾つか有るだろうけど、オーシャン・カラー・シーンは時代と距離を置くことを
選択し、自らを押し上げた『モーズリー・ショールズ』の原点に帰って、力強い完成形を
作り上げた、そんな作品に思える。

僕はそれを第二期オーシャン・カラー・シーンと呼んでるが(第一期はデビュー当時の
マッドチェスター末期のサウンドで第二期は『モーズリー・ショールズ』から本作までの
90年代的モッド・ロック路線、そして次作以降が第三期である)、ここまでが
黄金期のオーシャン・カラー・シーンと言って良く、これ以降この時代に勝るような
輝きは正直見れなくなってしまう。そういう意味でも貴重な瞬間を切り取った作品だし
それを知っていたのかは分からないけど、ファンの期待を裏切らないパワフルな作品だった。

アルバム全体の雰囲気としては絶頂期だった『ワン・フロム・ザ・モダン』に一歩譲るかも
知れないが、個々の楽曲のクオリティやバンドのアンサンブルでは今作がベストだと僕は
思っている。特に時系列で聴く必要も無い後追いの世代なら、ブーム時代の名作と並べて
聴いても何ら劣らないモチベーションの高い作品なので是非聴いてほしい。

簡単に内容をおさらいしておくと

1曲目「アイ・ジャスト・ニード・マイセルフ」は十八番のリフで引っ張るモッド・ロック
で、先行シングルにもなった。今までよりもリズムやリフが凝っていて、
ミドルテンポくらいのスピードながら細かいリフを刻むドラムや16ビートっぽいスティーヴの
カッティング、そして前作控えめだったギミックの聴いたプロデュース(アレンジ)に心を奪われる。

2曲目「オー・コレクター」は如何にもなタイトルだけど、内容も骨太でダイナミックな
ロックナンバー。オスカーのタム回しリフと控えめな演奏でスタートしてサビで一気に
開ける展開は聴いていてもゾクゾクするような個人的にもお気に入りの曲。

3曲目のアルバムタイトル曲「ノース・アトランティック・ドリフト」はファンにも
人気の高い曲で、これもオーシャンお得意の70年代的なダウン・トゥ・アースな曲。
いきなり気の利いたスライドギターでスタートし、バンドがしっかりと演奏が支える中
サイモンの少しメランコリックなメロディーラインが良い。『モーズリー・ショールズ』や
『マーチング・オールレディ』に入っていても違和感のない感じである。

4曲目はシングルカットされた「ゴールデン・ゲート・ブリッジ」で、これもバラードと
言えるような静かな歌い出しからスタートし、サビでバンドがジャストタイミングで
入ってくるオーシャンらしい間を活かした曲で、これもライブでは人気が高い。
オーシャンのライブに行くとわかるけど、アップテンポなナンバーは勿論人気は有るけど
意外と「ワン・フォー・ザ・ロード」「デブリス・ロード」とか前述の
「ノース・アトランティック・ドリフト」辺りで非常に盛り上がる傾向が有るのである。

5曲目「メイク・ザ・ディール」もシングルカットされた。この曲は今までの彼らに
余り無かったリズムの曲で、言ってしまえば、オーシャン流"フィル・スペクター"ソング。
ドラムにはエコーが、そしてリズムは「ビー・マイ・ベイビー」ウッドブロックに
壮麗なオーケストレーションとまさにその世界。最初聴いた時は何か違和感を感じたのだけど
このレビューのために改めて聴いたらとても美しい楽曲なので素晴らしい曲だと思う。

6曲目「フォー・エヴリー・コーナー」は個人的にアルバムの中で一番好き。
如何にもサイモンらしい楽曲なんだけど、単にアコースティック中心に仕上げず
少しづつバンドが参加して、サビでは彼ららしい引き締まったリズムで仕上げて
きらびやかなポップナンバーになっている。ベースでファズを使ったりなども気が利いてる。
今回は今までならサイモンのアコースティック中心でも仕上げられてしまいそうな楽曲も
しっかりバンドでアレンジを作りこんでいる、そういう好例の曲。

7曲目「オン・マイ・ウェイ」はファンキーなリフから始まるオーシャンらしいロックナンバー
だが、いつも程キメキメではなくもう少し肩の力が抜けた感じ。ホーンの使い方を
聴いていると、次作で登場するブラス・ロック路線を少し思わせる。

8曲目「セカンド・ハンド・カー」はこのアルバムの影のハイライトの一つで
サイモンのアコースティックで少しメランコリックな世界観にバンドが
引き締まった形で入ってきて、まるで呑んだくれてないフェイセズのような出来だ。
かなり好きな曲の一つ。

9曲目「シーズ・ビーン・ライティング」はオーシャンの、そしてサイモンの
キャリアの中でも出色の名曲である。サイモンはこれ以降この曲の世界観を
維持していき、後の「オーバー・マイ・ヘッド」やサイモン自身のソロ作で
このジェントリーで英国的ルーツに根ざした世界観を深化させていくことになる。

実際この曲はサイモンが敬愛するフェアポート・コンヴェンションのヴォーカル
サンディ・デニーに捧げられており、更にゲスト・ヴォーカルには
フェアポート・コンヴェンションのリチャード・トンプソンの元妻
リンダ・トンプソンが客演している凝りようで、そのハーモニーも含めて
充実の本作中でも白眉の仕上がりである。


「She's Been Writing」 Ocean Colour Scene

アルバムはスケールは大きいが幾分抽象的な「ホエン・エヴィル・カム」で幕を閉じる。

こうして最初から聴いていくと、改めて素晴らしい作品で、バラエティにも富んでいるし
かと言ってオーシャン・カラー・シーン本来の芯はブレてないのでとても聴き心地が良い。
強いて言えば最後の2曲が今までのアルバムの最後ほど締まってない気もするけどオーシャンの
アルバムはこれまで前半に全開になって後半は静かな曲や渋目のナンバーが多い傾向が
有るのだが、今作は中盤から後半にかけて聴きどころが満載なので飽きさせない。

少なくとも2003年当時、こんなレトロなロックは誰も持て囃さなかったのかもしれないけど
時代が何時であれ、オーシャンはオーシャンらしく充実した作品を作っていたことは
忘れないでほしいと思う。そして、このアルバムがオリジナルメンバーで最後の
また、オーシャンを支えてきたブレンダン・リンチ、マーティン・ヘイズがサウンドで関わった
最後のアルバムになったことも感慨深い。

何よりも『モーズリー・ショールズ』から続いてきた長い旅は一旦ここで終わったと
そんな風に僕は捉えてこの充実作を今は聴いている。

次作の頃にはブリット・ポップから10年が経過し、周辺の状況も変わるのだが
逆にオーシャン・カラー・シーンは残念ながら暫く低迷期に入ることになる。
posted by cafebleu at 03:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Ocean Colour Scene | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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