2013年09月29日

習作を屡々描くとき 〜その1〜

ワイン好き気取りは休んでブログらしく。

最近バンドの方向性をがらっと変えた。
それはビートルズやその周辺をカバーすることに一段落してしまったから。

アイデアはまだ出ると思う。でもそれを聴いてる人が望んでないのが
ビートルズ・イベントの宿命だと思う。「アイル・ゲット・ユー」の
コードを下地にスタカンの「ロング・ホット・サマー」のアレンジを合わせる
なんて自分しか思いつかないモッド解決だと思うのだけど、じゃあそんなの
一体誰が聴きたいのかって言うことになる。

ビートルズを演れるハコでアレンジしまくって何度か聴いてる人を凍らせた
事は有る。特に大塚ウェルカムバックのビートルズイベントはコンサバな人が
多いから、僕らがソウル風にアレンジした「オンリー・ラヴ・リメインズ」を
演った後なんて拍手すら無かったものな。まぁ原曲自体もかなりマニアックだけど
それを全然違うリズムと楽器編成で演ったら余計に分からないだろうからね。

下北沢Breathに今はメインで出させてもらってるけど、流石に90年代サブカルの街
下北だから当初はもう少し理解してもらえてたと思う。サイケでトラッドな
「コールド・ターキー」を凄く褒めてくれた人も居たし。

でも2010年に開店して、だんだんとビートルズのハコとして知名度が上がるにつれ
他のビートルズイベントで観たなって言う人がどんどん増えてきた。
で、何となくイベントの時は完全にコンサバな雰囲気が覆うようになってきて。

勿論そうやってビートルズのハコとして知れ渡ってくれることがBreathにとっては
良いことだからこれからもいろんなビートル・カバー・バンドに出てもらうべきだけど
そうなってくると僕らの役割はお役御免だなって思うようになってきた。

それにアレンジはやっぱり勝手なエゴだと言われたらそうなのかもしれない。
他人の土俵からベース(基礎)を持ってきて勝手にいじくり回して悦に浸ってる
そんな風に思われても仕方ないかも知れないとは思う。僕だってオーディエンスとして
観ていて、アレンジしまくるバンドが出てきて、もしそのアレンジの方向性が自分の
世界と合わなかったら気分悪いもん。

僕はアレンジすることで他のコンサバなバンドさんとかビートルズのレコードよりも
クールだろ?なんて言うつもりは少しも無くて、むしろそのまま演ることが出来ないから
僕なりにビートルズとそこから枝葉が繋がっている人達のエッセンスを混ぜてみたら
30代のビートルズ好きとして、90年代サブカル育ちとしては素直なスタイルなんじゃないか
って思っていたのだけど、最後はやっぱり僕らの力不足も有るだろうけど、余り良い反応は
帰ってこなくなってきて、自分たちも「どうせ分かんないだろう」って気持ちが音に
乗ってたと思う。

その後、バンドをどうやって行くかとメンバーと話していた。
メンバーったって、ベースもパーカスも含めたフルバンドでは結局2度しかライブを
出来なかった。2011年2月のマクレーンズさんとのライブ、2012年10月のハロウィンライブ。

2011年のライブは直後に大震災が起きて暫くの間はバンドどころではなくなってしまった。
僕は仕事で大阪に行ったっきりだった。2012年はこの時期に僕が体調を崩して休みがちな頃
ライブ直前までとても調子が悪く、ギリギリの所でようやっとやったライブだった。

こんな風にフルメンバーの時は何となく間が悪く、後が続かない。結局モダン・プローブを
名乗ってからというもの、ライブの回数は軽く10回を超えてきたけど、その9割は相方と
二人でアコギを鳴らしてしっとり歌うような"アコースティック・デュオ"形式が殆ど。

元来アコギでコードを弾きながらしっかり歌うってスタイルが好きだし合ってると思うけど
正直それしか出来ない状態が続いて自分ではもううんざりしてしまってる。
僕がリズムギターでテンポ作って、で、朗々と歌うって何か精神的に疲れるんだわ。
僕は自分がリズム・ギタリストとは思ってないの、実は。普段は間違いなくそういうタイプだけど。

で、構成からどうしようって話になった。
ドラムのCoRingoがようやく活動に復帰できると。とは言えベースレスで
ドラムが有ってもホワイト・ストライプスとかじゃないんだから無理がある。

相方のRYOはバンドで一番k器用だからベースもキーボードもこなす。
僕も一応ひと通りはできるけどキーボードは途中からコンピュータ頼りに
なっていったしほとんど今では弾かないので心許ない。

まぁ3ピースならギター・ベース・ドラムって構成が普通だからキーボードは
ともかくとして、ギターとベースは一先ずライブごと位に担当を決めて僕とRYOで
とっかえひっかえで良いかと。どちらもベースでバンド演った経験は有るし
昨年ウイングスのイベントに出演した時はドラムに幼馴染で高校生の時から
散発的にバンドやセッションをやっている仲間と一緒にベースがRYO、ギターが
自分という編成で「ソイリー」や「レッティング・ゴー」のようなソリッドな
ナンバーを中心に披露した。僕にとってはハードロックと言って良いスタイルだ。
このくらいソロとギターサウンドを中心に縦ノリでやるのは高校生以来だった気がする。

という訳で3ピースでモダプロは出直すことになったわけだけど、最初に書いた通り
僕らは大分お世話になったビートルズからは一旦距離を置くことにしたし
(思えば前身のWater Lane Westを含めば2007年から2013年まで、少なくとも
僕とRYOは散発的に何らかの形式で6年もビートルズ関連のカバーイベントに出続けたことになる)
何をやろうって話から始まった。

僕らの青春はビートルズだけではない。その周辺の60年代やザ・バンドとか70年代の
ルーツ・ロックと言われるものやニューソウル。そういうレトロブームの真っ只中に
多感な年頃だった訳。

その空気も有って輩出されるバンドもそんなレトロなカラーを纏った人達が多かった。

言わずもがなの"ブリット・ポップ"や"パワー・ポップ"若しくは"グラスゴー"とか
"ネオ・ネオ・モッズ"なんて括りはレトロなものがクールという雰囲気が作り出した
サブカルチャーの一つであった。あ、"スウェディッシュ・ポップ"なんかもそうだと思う。
日本だったら"渋谷系"。僕はこの括りが大嫌いだったけど、今聴くとオリジナル・ラブなんて
かなり良い音楽を演ってるななんて改めて思ったりもする。

そういう所をもう一度、再発見したい。そんな勿体ぶった言い方でなくとも
自分たちの青春はそんな所に有ったのだからそういうのをカバーするのって有りなのでは?

実際90年代に活躍したバンドの再結成が目立つ。グラストンベリーのブラーは感動的だったし
ドッジーやキャスト、スウェードだって再結成してる。こんな再結成も時計が一周り
したんだなと、そんな感じがしている。


「Country House」('95) blur 全盛期だね、調子にのってるなぁ(笑)


「Girl Friend(TV Live)」('92) Matthew Sweet ロックな演奏。マシューがまだアイドルっぽい!

じゃあ90年代のカバーから始めようかって方向性だった。

でも、Co-Ringoの一言で少し方向が変わっていく。


長くなったのでまた次回。最近昔ほどゆっくり書いてられないし
前より文を書くスピードが落ちたな。。書いてないからだろうけど。
posted by cafebleu at 22:31| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする