2012年03月10日

For Tomorrow

最近は結構ネタも有ったけど、忙しかったり風邪で1週間近くぶっ倒れたりして
何だかブログとかそんな状況でもなかった。

最近忙しいのかな、仕事。いつも言ってる気がするけど。
ま、でも仕事が忙しいのは構わないんだ。こんな時代だから
仕事中は忙しくて一日が過ぎていくのは悪いことばかりじゃない。
今は一人で忙殺されてるのではなく、小さいけどチームとして動けてるから
僕らが各々仕事を回して意味がある状況ってのは幸せな部分も有るんだと
そうポジティブに考えれば後に続くものだってあると。

さておき、ここ何年か僕のバンド活動といえばビートルズやポール、もしくは
ジョンのソロワークのアレンジカバーに幅は限られていた。

最初はすぐ飽和するかなとも思ったのだけど、多少の紆余曲折は有れど
「制約は創造の神」だから、ルールが有る中で何をやろうかとふと考えると
色々とアイデアって湧いてくる物なんだよね。ビートルバンドが誰もカバーしない曲を
やろうとか、「コールド・ターキー」ってトラッドっぽいよねとか、「アイル・ゲット・ユー」が
「ロング・ホット・サマー」に聴こえてきたり(多分それは自分だけだろうけど)とか
そういうの。好きにやっていいとなれば中々「ゴーイン・ダウン・オン・ラブ」みたいな
曲を取り上げてみようって事にはならないと思うんだよね。でもやってみると発見が有ったり。

ビートルズってのはある意味ジョンとポールっていう誰が何と言おうがずば抜けた
天才による二人の完璧な楽曲群なので(特に中期以降)、それをアレンジすれば
オリジナル以上になるかもなんて奢った考えは1ビットも持ってないけど
逆にその完成されたものをただカバーしても、大概はつまらない凡人の模倣レベルに
なってしまうと思う。特に僕らにとっては。

だから思い切ってアレンジをして、良い曲ってのは逆方向のアレンジにしてもやっぱり
芯が有るから結構聴けるでしょって言うのを提示できれば、それは面白いんじゃないかと思った。
「コールド・ターキー」音としてはハードロックだけどアコースティックに奏でれば
Am・C・Gっていう如何にもトラッドっぽいコード展開を持つ曲の素も見えてくるんじゃない?
と言うような、ある種の研究みたいな方向性も面白いのかと。

後は自分たちもやっぱりビートルズも愛してるけど、ビートルズのおかげでポピュラー音楽
そのものが大好きな人たちなので、そうやって自分たちで少しばかり編曲について
考えてみるのはとても楽しい作業だったわけで。

だからこれはこれで良かったのだけど、でも、僕らは70年代後半に生まれて90年代を多感な
青春時代として過ごした"20世紀ボーイズ&ガールズ"な訳ですよ。
モッズカルチャーやUKポップに絆されて育ち、ベタなサブカルチャーに執心して。

だから今年は少しビートルズから離れて好きな事をやろうと、そんな話に。
それほどまだ方向性は固まってないし、それがカバーなのかオリジナルに振るのか
それも判らないのだけど。

ただ、うちのバンドは皆同世代だし、ある程度近い音楽を愛して育った人間たちだから
自分たちの好む音楽なんかを振り返っていると、やっぱり音楽を浴びるほど聴いていた
90年代の話に段々なってくるんだよね。
(コンパクトでパッと見如何にもスモール・フェイセズ・フォロワーっぽいリーダーが
実は青春時代の音楽がずば抜けてメタリックな事は内緒です)

で、90年代のUKポップの代名詞と言えば、やっぱりブラーとかオアシスな訳だけど
僕はオアシス、初期の一部の楽曲以外は最初から余り好きじゃなくて、いかにも
モダンでポップでロッキング・オンとかに叩かれそうなブラーの方が大好きだったって
話は良くしてるとは思う。

そのブラーが2012年のBrit Awardsに出演したという話になった。
ブラー自体は2000年代前半にギターのグレアムが脱退し、グレアム抜きの状態で
『シンク・タンク』を発表したものの、決してグレアム贔屓でない自分でも彼の居ない
ブラーはもうブラーではないと思ったし、実際その後の活動は停滞していき実質上の
解散状態になってしまった。

僕らより下の世代のUKポップ好きにとってデーモン・アルバーンは
"ブラーのデーモン"ではなくて"ゴリラズのデーモン"なのかなと思ってしまうくらい
気がつけば時間が流れていった訳で。

ブラー自体は、少し前の2009年にオリジナル・メンバーでリユニオン(再結成)した。
僕はこれを聞いた時、最初は否定的な気持ちになった。ブラーには再結成して欲しく無かった。
ブラーは僕には大切な思い出だから、安易に戻ってきてほしくなかったのである。
いつまでも三部作の頃のようにお洒落でシニカルでクールで、再結成なんて野暮な事は
しない、そう有って欲しいという個人的な想いである。

だから映像も音源も観てなかったし、興味も無かった。彼らを聴きたければiTunesを
開けばいつでもそこに彼らの全盛時代を捉えた瑞々しい楽曲が有るのだから。

少し話がずれるが、とあるイベントにバンドが誘われ、それ自体はちょっとした
ミニライブとの事なので、正直今のところ「へぇー」くらいの感じなのだけど
一番耳を奪われたのはその開催会場を聞いた時だった。

表参道(原宿)にラ・パン・エ・アロというアートギャラリーとライブスペースを
兼ねたホールが有るのだが、会場はそこだとの事だった。

勿論ここ自体は悪い意味ではなく表参道らしい洒落感は有れど、何か特別大きいとか
有名ミュージシャンがどうのとかそういう場所ではないのだけど、僕にとっては特別な
場所だった。

今から15年前、僕はここのステージに立っていた。仲間や知り合いのバンドなどと
一緒にライブイベントを行ったのである。勿論今のバンドとは違うバンドだけど
僕とベースの子はメンツが変わってないのでその二人にとっては15年ぶりの地である。

このライブは自分にとっては特別なものだった。
10代後半、高校の頃には始めていた当時のバンドは少なくともインディーズで活躍できる
位の志を持って音楽を全ての中心において活動していた。

しかしながらこの頃の自分は家庭的な問題に苛まれていて、それが徐々に自分のメンタルも
蝕み始め、まともに生活ができなくなりつつ有った頃だったのである。
96年ということは、自分はこの頃21歳位ということになるが、相当しんどかった思い出しか無い。

結果このライブの後、当方は家庭的事情と治療も兼ねて97年春頃には長野の義父の所で
療養生活を送るため東京を離れる事になる。つまりここでのライブは最も多感な青春時代の
最後を捉えた瞬間でも有った訳だ。

余りこの前後のことは細かく書いても暗い話になるだけだし、そんな事ばかり連ねても
しょうがないのだが、結局治療は思うに進まず、むしろ東京に居た方が良いのではないかと
言うのも有って、99年後半には周囲の協力も得て2年半ぶりに東京に戻るのだが。
それとて当初は自分が不安定だったし、バイトで音楽暮らしも金銭的には大変では有ったけど
高校時代からのバンドは復活出来たので必死にオリジナルを書いたりしていたし、ライブ自体は
この時代の方がむしろ活発にやっていたと記憶している。その途中にリーダーとの出会いという
音楽的に大きな出来事も有ったのだ(当時は音楽的だけどそれは後に更に大きな意味になるが)。

こんな風に僕の90年代というのは決して楽しい思い出ばかりではなく、むしろ心身共に
ボロボロに追い込まれたような暗い青春ではあったのだけど、それでも必死に音楽に何かを
見出そうと毎日ギターを弾いて、UltraやWaveでCDを物色してという思い出はそれなりにある。

閑話休題、そんな中でバンドの話題がブラーがBrit Awardsで久々にパフォーマンスを
披露したという話になり、ベースの子もBSか何かで彼らのライブを最近偶然見ていたという
話で少しやりとりが有ったので僕もYoutubeで彼らのパフォーマンスを見た。


「Girls & Boys / Song2」(Brit Awards2012) blur

正直相変わらず格好良いステージセットと敢えて(だと思う)ドクターマーチンを履いている
デーモンの姿を観ただけで少しワクワクしてしまった。ハッキリ言ってデーモンはちっとも
声が出てないし、まぁ当時嫌味な程イケメン風情だったバンドの皆も歳をとったなとは
思ったけど、やっぱり青春を否定するのではなく、振り返るのも悪くないなぁと思った。

もう一つ、自分にとっては特別な曲である「フォー・トゥモロー」の映像を観た。
こちらは2009年のリユニオン時のフェスのもの。大変評価が高かったライブだ。


「For Tommorow」(Glastonbury2009) blur

この曲の持つある種のメランコリックさのせいも有るし、自分がこれが収録されているアルバム
『モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ』を人生でも大切な10枚と考えていることも有るのだけど
この映像はちょっと胸が熱くなってしまった。

この曲は歌い出しが「彼は20世紀の少年(少女)」と歌われるのだけど、20世紀かと
21世紀ですら当たり前になった今、20世紀がテーマになってるこの歌はもうクラシック
なんだなと。最もこの歌はグランジやヒップホップ犇く時代に「英国ポップこそクールだ」と
高らかに宣言したステートメント・ソングでも有る訳で

"London's so nice back in your seamless rhymes"って歌詞はヒップホップのライムを
賞賛してるのではなく単なる嫌味だと思う。後は米国音楽だらけになっていた当時の
英国ポピュラー・ミュージックに対する強烈な「自国の音楽文化を愛せ」っていう保守的な
スタンスだったんだな彼らは、と今振り返ると思ってみたりする。

そういえば彼らをライブで観たのは一度切り、全盛期の武道館公演だ。
当時は女子高生みたいな女の子達の多さにビックリして、何だか気恥ずかしい思い出も
有るのだけど、まぁ考えてみれば当時のブラーが女の子のアイコンになってなくてどうするの
とも今さらながら思ったりもする。あの頃はもっとニッチなものに凝っていて、武道館で
ライブか、、と思いながら聴いていたのでそれほど鮮烈な記憶は無いのだけど、
こんな映像を観ていたら出来ればもう一度彼らを見たいと、そう思い始めた。

残念ながらプルトニウムまで検出されている原発事故で有名な日本には最近特に英国の
ミュージシャンは積極的に来てくれなくなってしまったが。。

しかしブリットポップ全盛の頃は良く来日していたブラーだが、実際過去の来日を紐解くと
2003年の赤坂ブリッツのたった1回の公演以来来日していないことが判明。
しかもこの時はグレアム不在の時代だから、
オリジナル・メンバーではもう何年来日してないのか。。

こんな風にビートルズを離れてみたら、こういう巡り合わせの偶然もあって何となく
最初のフェーズは90年代UKに向かって行きそう。特にこの部分は流行ってる頃は自分も若くて
オリジナルとかに必死だったし、敢えてど真ん中のものをやるってのは出来なかっただろうから
今の僕が代わりになって、当時やりたかったであろうUKでポップなものは敢えて手を出していこうと。
ドッジーなんかは最初からニッチな存在なので以前からやっていたけど。

でも、ラ・パン・エ・アロに出て、90年代、悩みに悩んでいた当時の僕に僕は逢いに行きたい。
世間から剥離して行き場を失いつつ有って、資金も無く先の見えない将来の不安に
夢さえも押し潰されようとしていた当時の僕に。

「残念ながら夢は叶えられなかったし、96年の君がほんの少しも想像しなかった人生を歩んでるけど、15年後の君はそれなりにやってるから心配するなよ」

って当時の僕に、僕はそう言ってあげたいんだよね。真面目で繊細で無謀な当時の僕に。
posted by cafebleu at 01:22| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | blur | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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