2011年10月16日

風情薫るアルプスの城下町

最近仕事での出張といえば大阪がほとんどで
他にあっても名古屋という程度だったが今回は松本。
長野県松本市である。

ここは戦災を免れ松本城とその城下町の佇まいが
残っていることでも有名だ。
また、文化の発展にも力を入れており、小澤征爾氏らが
出演する『サイトウ・キネン・フェスティバル』でも有名。

アルプスのふもとに拡がる城下町と言うのも趣深い。

何度か言及しているが、僕にとって長野は言わば"第二の故郷"
それは養父の実家が上田の方に有ることが一番の理由だし
実際数年僕もそこに世話になっていた。本当に辛い時代だったけど。

それに元々両親は東京育ちでは有るものの、母方の祖母が上田生まれで
東京に嫁いでいるので親族も比較的多くいる。
残念ながら同世代の人達で都内の従兄弟達みたいに懇意にしてる者は
おらず、むしろ養父の養子として突然現れた上、大工も農作業も出来ない
パソコンやギターばかりいじっているモヤシっ子として評判は散々で
煙たがられているような気もするが。。

松本は地理上は養父の実家がある上田、青木方面に隣接しているのだが
なにせ峠を隔てているので、"お隣の街"と言う印象はそれ程無い。

そもそも長野県が大きいというのも有るけど、隣といっても40km以上
離れてるし、何よりも非常に道の険しい青木峠か有料のバイパスでも
通らない限り松本市へは行けないので、距離には大差の無いが国道で
普通に繋がっている長野市や軽井沢に比べても少し距離感を感じる。

しかし、僕は長野県で最も好きな街は間違いなく松本だった。

初めて訪れた時から街の風景が美しく感じ、道も城下町らしく
解りやすいのが気に入ったのである。

元々街の規模や商業という点で県庁所在地である長野市よりも
有名な頃も有ったけど、長野新幹線と上信越自動車道の開業で
国道18号に沿っている軽井沢、上田、長野へのアクセスは断然に
良くなったので、そういう意味では98年の長野オリンピックに
合わせた交通インフラの整備以後、国道20号側に面していた松本への
アクセスは新幹線のような高速な手段が無かったので地味になっていた
ような気がする。実際今でも中央線の特急扱いであるあずさ号でしか
アクセス手段は存在しない。

しかし、長野県ではやっぱり松本が一番風情が有ると感じる。
逆に長野駅周辺は新幹線開業による駅の改装以降、駅舎自体も
味気ない郊外の大きな駅みたいになってしまったので。

軽井沢も悪くないけど、どちらかと言うと関東の人達の買い物用観光地なので。

僕が長野に住んでいた頃と言うのは決して良い時代ではなく、自分自身も
将来をどう生きて行ったら良いのか分からなかったし、家庭の色々にも
巻き込まれて泣く泣く東京を離れた頃だった。正直人に会うのも嫌だったし
そもそも長野に居ては東京の仲間に会うことも叶わないので塞ぎ込んでいた。

そんな頃でも時折車を走らせ松本まで来るのが密かな楽しみだった。
街並みも好きだったけど、松本パルコのWAVEでレアなCDが時折見つかるから
それが数少ない楽しみだったのを記憶している。
長野には多くない楽器屋さんも有ったのでそこを覗いてみたりとか。

・・・でもやっぱり思い返すと自分でもちょっと苦しくなるな。

でもあの頃が有るから今こうやって普通に生きている訳だし、ちゃんと
人生と対峙していく事の意義が分かったのだから大事な時代でも有る。

ふと思い返してみると、さすがに実家は数年に一度は少なくとも訪れてるけど
こと松本に行ったとなると何年ぶりなんだろう。10年くらいは来てないな。

という訳で追憶も辿りながら、しかし電車で松本に行くとなるとこれは
更に久方ぶりの事で、記憶の中で確実なのは中学2〜3年の時に今でも
付き合いのあり、時折このブログでも話が出てくる美容室を経営している
幼なじみとふたり旅で来て以来だと急に思い出した。

あの時は上高地のログハウスみたいな所に泊まったんじゃなかったっけかな。
満天の星空を眺めて大騒ぎしたのを思い出すよ。その時将来美容師になる彼の
テンションが高かったなぁ(笑)。結構学校ではクールだったからね、彼は。

でも、彼に誘われてギターを始めたんだよな。彼はドラムを当時から叩けたから。
で、ヤマハ楽器の渋谷店行ってMG買って、僕はブランド志向?だから
Grecoとかフェルナンデスとかより誰でも知ってるヤマハの方がピンときたんだ。
後でむしろヤマハの楽器のほうがニッチな作りが多いって気づくのだけど。
ちょうどその頃だなぁ。何か音楽や恋愛のことを語らっていたような気がするよ。

こう書くと、松本って何故か養父に出会う前から縁のある所で、そういうのも
含めて好きなのかも知れないね。

そんな事を思いながら電車内で発車を待っていたら、何か追憶に浸る時間が
長い事に気づいた。そう、定刻を過ぎても一向にスーパーあずさ号が発車しない。
その内アナウンスが流れた。

「東中野〜中野間で人身事故の影響で中央線全線が全て止まりました」

・・・えっと、中央線全体が止まるってことは、オレンジ色の中央線も
黄色の総武線も、特急あずさも、そして今乗っているスーパーあずさも
全部基本は同じ線路を走るから止まるということだよね、と。。

帰宅ラッシュの始まる時間に、しかもいつも混んでいる中央線が止まる
なんて、それを聞いた瞬間にこれはただ事じゃなくなるぞと確信したが
本当にとんでもないことになってしまった。。

事故自体も人身事故なので、警察も関わって処理に時間がかかるだろうし
また事故現場もトラブルが多くて有名な東中野付近。
更に中央線が詰まると、通勤の足に大打撃が出るから、特急の発車なんて
更に遅らされるに決まってる。そうこう考えてる内にふと隣のホームを
見たら、中央線のホームが人で溢れかえっている。。。

そしてその波は徐々にこちらの特急電車にも影響を来し、指定席なのに
空席に勝手に座って復旧を待つ輩、通路に立ち尽くす人、人、人。。。
当初松本についてからそばでも食べようかなと思っていたけど、これは
まともな時間には着かないと直感して、どうせ電車も全然動く気配も
無いので崎陽軒のシウマイ弁当買って戻ってきたら勝手に座ってる馬鹿が。
軽くキレてどかした後、座ってみるものの一向に電車は発車する気配も
無いし、人で溢れ返って、普段は落ちつている指定席が人だらけで暑くて
食事をする気にもならない。隣は空いてたのに勝手に人が座ってるし
まだそれは許せても、何かおもいっきり新聞開いてこっちまで肘出してる
から僕の鋭利な肘で肘打ちを一発かましたら八王子まで小さくなってた。
こういう時は短気全開である。だって指定席券も無く勝手に乗車してるのを
黙認してるのだからもう少し態度ってものが有るだろう。僕は仕事だし
この日の出張のために随分前から席を予約済みなわけだからわきまえないと。

一向に発車しないイライラと、人で溢れかえっている特急の異様な光景と
落ち着かず動いている人達の波で更にイライラが増幅されたが、中央線の
スタートのイロハのイである東中野で道が寸断されてるからもうどうしようも。。

1時間半ほどして隣の中央線が動き始めたが、最初の電車の乗車率が
半端じゃないのを見届けて、まぁまだ座ってるだけ良かったのかとか
色々考えながら中央線が捌けていくのを待つ。復旧直後は中央線も
5分以上の感覚で動いている上、来る度に満車になるカオス状態。

結局これらが落ち着くまで特急であるこちらは発車できず
ようやっと僕の乗ったスーパーあずさが発車したのは定刻の2時間後だった。。

18時発予定だった電車は21時に差し掛かるかどうかという所でようやっと発車。
当初18:00発の20:47着、つまり2時間47分の道中予定だったスーパーあずさで
あるが、発車時刻自体が既に到着時刻頃な上、発車してからも前を走る
中央線のダイヤが滅茶苦茶な訳だから詰まってるし、山梨近くまで徐行みたいな
速度での移動が続いた。

結局松本に辿り着いたのは日付を跨ぐ頃になっていた。。。
電車に乗り込んだのが17:40頃だから、6時間も車内に閉じ込められていたことに。
この後の松本行き電車は一体何時に付いたのだろうか。。。

101110azusa01.jpg
深夜のスーパーあずさ。最近は新幹線以外の特急もシャープな感じの色、デザイン。


ホテルにチェックインして、ひと息入れて寝付く頃には3時近く。
これでは移動時間を鑑みて前泊して来ている意味が無くなってしまう。

そもそも松本に前泊で入ろうと思ったのは、電車の移動時間が新幹線で
行く大阪よりも時間がかかることに起因していた。普通にのぞみを利用して
品川〜大阪間での所要時間は約2時間半である。それに対して新宿〜松本間での
所要時間はスーパーあずさでも2時間50分くらいかかってしまう。

11時頃に松本事務所にいるのがマストだった今回の要件だと、少しの電車遅れが
致命傷になりかねないので前泊を採ったものの、完全に裏目に出た。

一度歯車が狂うと駄目な方で、翌日は遅刻こそしなかったが帰り際にチェックを
済ませてから食べていこうと思った朝食バイキングは起きてすぐ行くスタイルの
物だったようで9:30に終了してチェック後レストランに出向いたら閉まっていた。。

201110matsumoto01.jpg
松本駅を望む。低い駅舎と横への広がりが地方の駅らしい。
既にこの時点で少し時間が止まっているような絵に。

201110matsumoto02.jpg
城下町なので道も山間の街として考えれば整備されて解りやすい。
何故だか撮れる写真の色合いまで少し前の写真のように映る気が。

まだ事務所には誰も居ないようなのでしょうがなく街をふらつくものの10時前後で
やっている店など大して無く、松本パルコ内も飲食店は全然準備も食事もない。
松本まで来ておいて何だが『ミスタードーナツ』しか空いてないし少し腹が
膨れるような食べ物は置いてなさそうなので渋々ミスドに入る。

201110matsumoto03.jpg
松本パルコ。この街の中では近代的に映るが、少し奥まってるので風情は壊してない。


結構空腹だったので肉まんを食べようと思ったらまだ準備できていないと言われ
大人しく山下達郎の「ドーナツ・ソング」を耳にしながらドーナツを頬張るも
松本の風情はここには無いなと思いつつ。しかも昨日から何だか調子っぱずれだ。

その後、事務所には辿り着き、松本の責任者が快く迎えてくれたまでは良かった。
僕は普段長野関連の地区は直接の担当では無いので全く人を知らなかったけど
聞けばこの方も上田方面の人だとか。僕もそこは同郷の利を生かして会話などを
弾ませつつ。そして本日作業をする会社もほぼ定刻通りに到着。

ここに来てようやっと予定通りに回るかと思った自分が甘かった。
施設の現地調査がある意味最重要項目だったにも関わらず、担当している
大手通信キャリアの信じられない不手際で現地業者は全くそんなのは聞いてないと。
それに次の仕事も有るから当初は作業もやんわり断られ、別日にしてくれと。

「別 日 に し ろ だ と ?」

普段稼ぎ頭になってる松本の責任者もこちら都合に合わせて終日潰している上
東京からも僕が電車代と宿泊代と一日本部の仕事を潰してまで駆けつけてるのに
「別日」だと?この時点で完全に沸点に達してしまった。

結局当然ながら相手の不手際だし、これはビジネスだからちゃんと予定通り
現地調査もやらせたし、何とか事無きを得たがさすがに昨日からの災難続きで
心の底まで疲弊し尽くした。

ダメな時ってやっぱりとことん上手くいかないものだ。
それは意外と悟っていたりするのだが。

作業時間もクレームで押したし、昨日着いたのも夜中だったしで
久々の松本は少しもプライベートで散策できないまま去る時間に。

連続テレビ小説『おひさま』効果と、紅葉のもっとも美しい時期、そして
テニスの大きな大会が松本で開催されていたので宿も電車もとにかく
混んでいて、全て先に券を購入していたので時間通りに動かざるを得なかった。

最も電車が時間通りに動いてくれないことからこの混乱は始まったのだけど。

帰りの車中、ようやっとまともに走るスーパーあずさに乗りながら
ふと思ったのが、良く揺れる事とカーブが多いこと、それに伴い思ったより
スピードがでてないと感じたこと。

スーパーあずさ、あずさ号は中央本線の特急に位置するもので、その線の
ベースはオレンジ色の中央線ということになる。つまり一般電車と同じ
線路の上を走る長距離特急というわけで、それも原因にあるだろうし
何より中央本線は高尾以降山梨、長野と山越え連発で平野を走ることが
ほとんど無いのだ。だから区間も急勾配や急カーブが連発していて
望むようなスピードが出ないらしい。それでもスーパーあずさは90年代に
投入された"制御付き自然振り子式"車両というのを利用してカーブでの
車速や乗り心地に配慮した車両を使っているようだが、それでも新幹線に
乗り慣れてしまったものには、久々に乗った"非新幹線系特急"の速度感や
揺れは思ったより強く感じてしまった。

自分が気づかないようでも5年、10年というスパンの中でどんどん
変わっていくものって有るんだなと思うし、それはそれで便利に享受すれば
良いと思うのだけど、松本の風情ある街並みは余り変わらないでいて欲しいとは
思う。

ま、今回は何も堪能出来なかったけど。

長野に行くと、実家も有ることも重々承知してるし、そこに住んで
幾許かのお金が貰える仕事を見つけられれば質素に生きて行けるなと
時折思う心が擡げて来るのだけど、今回の追いやられ方は、ポジティブに
考えるのなら"まだ戻らずに東京で頑張りなさい"と養父が言ってるのかなと。

そんな事を思いながら帰りは立川でスーパーあずさに別れを告げ
南武線に乗り換えて帰路に着いた。


201110homerunken.jpg
全く関係ないが週末食料品を買いにドン・キホーテに行ったら
山積みされていた「ホームラン軒」。会社の同僚間でレアなラーメンという
話になっていたが、僕は前からそれに違和感を感じていた。
改めて探してみたらいつでも100円以下で山積みされていることを再確認。
posted by cafebleu at 22:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月08日

こりん星は卒業して普通のお嫁さんになりました

今日は熟練のミュージシャンの話や才色兼備な女性シンガーの話でもなく
かと言ってサラリーマンや音楽の日々を綴るでもない。

僕が長くファンだった小倉優子さんの婚約の話。
恐らくこのブログで最も異端な話題の1つになるだろう。

そして一部からは唖然とされるだろうが、とどのつまりは備忘録なので。

僕昔からこの娘大好きで。

20歳前後までの写真集とかも結構持ってる。
不思議ちゃんのヲタ向きバージョンみたいな、
ブリっ子の現代版と言うかそんな扱いだったし
実際人気が最初に出たのはそういうアキバ周辺の人達から。
ま、僕も半分はアキバ系ですから。

でも、僕はこの娘が一発屋で終わらないって確信してた。
だって普通に可愛いし手足長なスタイルも含めてチャーミング。
毛色は違うけど、佐々木希だってそういうスタイルだよ。

思えば最初にゆうこりん知ったのって2001年くらいだと思うので
10年も経ったのかと。ずっと追ってたって言うこともないし
2005年前後のブレイクを境にほとんど意識的に写真集買ったりとかは
しなくなってしまったけど、何て言うかブレイクを見届けたと言うか。

その後はアイドルと言うよりはバラドルっぽくトークショー中心に
地味目になってたけど、今でもTVとかニュースで時折見かけるなぁと。
そう思ってたらYahooのトップニュースで婚約の話が。

何かアキバ系に愛されたものだから、やりすぎな不思議ちゃんキャラと
本来の自分のギャップにここ数年は悩まされているのかと感じつつも
タタバカとかじゃないのは感じていたので。西川史子先生をディベート
みたいな番組であっさり論破したりしてたしね。

仕事中、Yahooで婚約した時のニュースで写真を見て、何だかとても
幸せそうに見えたので本当に良かったぁと思いつつ、本当にアイドルの
ファンとして最後まで見送ったような気持ちがして、10年も過ぎたのか
という気持ちと、10年経っても熱心に追いかけるでなくても変わらず
応援していた自分のブレなさ?と少しだけ切ない気持ちがしたので
ゆうこりんの婚約話だけは書き残しておこうかなと。

http://www.news-gate.jp/2011/1007/14/photo00.html

これがアイドルのファンって事なんだなぁ。30代半ばにして良く解った。

ジョンの誕生日前に、「ゆうこりん、おめでとう」と言わせてください。


ゆうこりんのファンより。



「ビタミンLove」 小倉優子

昔の歌だけど、ゆうこりんの今の心境に
ぴったりなハッピーな歌。
posted by cafebleu at 01:11| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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