2011年01月18日

尾張

11日は出張で前日名古屋入り。今年既に名古屋駅を降りたのは2回目。

年末年始は私事で名古屋を経由したので、そしてそこから10日程度で
再度名古屋にやってきた。今回は仕事で。そんなに大した物ではないのだが
現地での説明を要するものなので仕事としては12月の大阪に続いて。

実は仕事で名古屋に来るのは3年弱ぶりくらい。
比較的全国に向かう用事が有る部署に居るので他の都市や街には
年に数回は足を運んでいるのだが、名古屋だけは遠ざかっていた。

思えば今の職場に来て最初の出張は名古屋だった。確か入って2〜3ヶ月の
時に単身行かされたと記憶している。当時は論理的にも人的にも随分な
問題が起きていて、そこで来たばかりの僕が駆りだされたのだ。

その後は問題も収束して、こちらの技術的支援はリモート経由で引き続き
続けているし、当時は結局何だったんだという位問題は起きていない。

気がついたら今の職場に来てから既に3年も経過しているのかと僕は
名古屋のビジネスホテルの一室で回想していた。

nagoya001.jpg
名古屋駅から見たビックカメラ。何だか同じようで少し違う景色

当時僕はソフトハウスのネットワーク・エンジニアというニッチな立ち位置で
クライアント先である今の職場から派遣される形で働いていた。
元々ソフトハウスに就いた時も、最初は関係会社への出向予定だったのだが
クライアントである今の職場に派遣されていた者が
退職したので代わりに行ってくれと言われて向かうことになった。

当時このクライアント先で、不調だったIP-VPNから広域イーサへの切り替えと
DNSサーバの管理ができる者が他部署に移動したのでUnix系のインフラ技術者を
探しているというニーズと自分が一致したということだった。

僕としてはこのソフトハウスの関係会社で働けると思っていたし、実際当初は
関係会社のWEB関連の部門でLinuxとネットワークインフラを構築するのが
十中八九決まっていたので、話が変わってクライアントへの常駐という案件は
余り気が進まなかったし、チームで働けるわけでも無いので単なる補充要員に
過ぎないと感じて実は最初は断り、いきなり入ったばかりのソフトハウスを
辞めようとしていたのだ。

しかし、気がつけば今でもここにいるし、既にソフトハウスから今の法人へ
転籍してしまったので他に行き先も無い。せいぜい他のIT関連部署か、
地方の事務所に異動するくらいしか環境を変えることは出来ない。

それが良いことだったのかは今となってはかなり微妙なのだが、気がつけば3年かと。

いかにもインターネット黎明期を支えた技術志向の回線系の会社で修行を始めて、
幾許かの夢も含んで参画したベンチャーでは一緒に組んだスポンサー(社長)が
職業を役員だと思っている体たらくに辟易とさせられただけで正直終わった。
(まぁ現実を知る勉強になったといえば良いのか)

そう言えば僕より若いこの役員様、いつだか僕が会社に居る頃、
「尾張名古屋(おわりなごや)」という言葉(地名といったほうが良いか)を
「終わり名古屋」という意味だと説明していた。まるで小学生のダジャレのような
間違いなので、流石にそれは意味が違うんじゃないかと言ったが、自信有り気に
「東海道の終わりが名古屋にあるから"おわりなごや"と呼ばれるようになったのが始まりだ」
と言って僕の意見は受け入れなかった。この話を聞いた時にもう本当にこの会社に
いたらお終いだなと、そう思った記憶がある。馬鹿とハサミは使いようとは言うけれど
中々額面通りには行かないものである。

ま、そういう訳で何かと名古屋(中京)話には縁が有るようで。
そして気がついたら一般的には至極普通のサラリーマンになっていた自分が居るわけだ。

最も普通のサラリーマンっていうのは一般的な体で、今の職場の人達は見方を変えれば
ベンチャーの人達なんかよりも余程個性的だとは思うのだけれど。

こういう硬い組織って合わないなって思いつつも3年経ってしまった今、
もう一度自分がどういうエンジニアライフ?を送りたかったのか思案している。
そしてここで働いたことが単にサラリーマンらしい生き方の経験をしたというだけで
終わらずに活かせることは無いのかなとも思ってしまうのだ。

もう今年で36歳になるわけだから当然の思考である。
家族は?家は?収入は?そんな話は同世代で当たり前に飛び交うわけで。

僕の生き方だったら10年前は考えることさえも出来ないギャンブル状態だったので
そう思うと人生とは数奇なものだと思わざるをえない。

会社を活かすというのは何もそこに居るだけの事ではないと思う。
結局活かすも殺すも自分次第なのは間違いないのだけれど。

余り書けないことも有るので何言ってるのかという感じでは有るのだが
何とか今やってる案件がいくつか落ち着いたら次の事も考えたいって話だ。

とは言っても3月くらいまでずっと継続的な仕事があるので、だんだん忙殺されて
行きそうなのが不安なのだけど。こんな一泊二日の出張なんてほんの序章に
過ぎないのかも知れないという予感はしている。

こんな話はたまにしか出てこないけど何か進展があるならまた。

☆追記☆
osaka01.jpg
こちらはこの1週間後に急遽行かされた大阪へ向かう電車から。
横浜あたりで晴天だったのに、名古屋を過ぎたらこれである。
何処の雪国?おかげで東京〜大阪間を4時間である。
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2011年01月14日

MELTING SUN & ICE MOON

"第二期音楽活動の集大成は彼女らしく美しい映像作品で"


『MELTING SUN & ICE MOON』〜TOMOYO HARADA LIVE TOUR 2010 eyja〜
20 APRIL,2010 AT MEGURO PERSIMMON HALL, TOKYO


2009の晩秋に発売された原田知世さんのアルバム『eyja』に伴うツアーの
東京公演を収めたDVDが先程リリースされた。

アイドルとしての付随活動であった初期の活動以外の、所謂能動的な
ミュージシャンとして原田知世の音楽活動というのは大きく分けて二つの時期に
分かれるのではないかと僕は考えている。

一つは90年代前半に鈴木慶一氏の薫陶を受け、一気に普通のアイドルから
決してメインカルチャーでは無い音楽らしい音楽を追求していた時期である。
この活動自体は途中でトーレ・ヨハンソンと出会ったことにより、よりポップで
キャッチーな方向性に向かって「ロマンス」などのヒット曲を生んだことにより
サブカルチャー界隈では大きな成功を得たと言える。トーレとのコラボは
3作に渡って続き、それはスウェディッシュ・ポップの流行と衰退と共に終わりを
迎えることになるが、今聴いてもトーレや元エクスキューズのウルフ・トゥレッソンら
による優れた楽曲やプロデュースは輝きを失っておらず、彼女の声にもフィットして
素晴らしい成果として作品に残されている。

この後彼女は音楽家としての活動を徐々にペースダウンしていき2002年の
『My Pieces』を最後に長い休止状態に入っていく。

その後の彼女は映画女優などの活動が主になり、ほとんど音楽舞台に
出てくることは無かった。

彼女がもう一度音楽のフィールドに戻ってくるきっかけになったのは2006年
伊藤ゴロー氏のユニットである"MOOSE HILL"で2曲ほどヴォーカルで客演した事が
きっかけとなり、彼女は自身がゲストとして呼ばれた伊藤ゴローを今度はプロデューサー
として起用することで、自分自身のソロアルバムを作成することになった。
それが2007年末に発売された『music & me』である。



この作品についてのレビューは過去に書いているので興味があればここを見てもらえればと思うが
(というか知世さんの近年は活動が有る度僕は何かしら書いている)
5年以上のブランクで発売されたこの作品には後のアクティブな音楽活動を予見する
ほとんどの要素が入っていたのではないかと思う。それは数十年の活動を経て得た
彼女の幅広い音楽仲間とのコラボレーションで出来た作品で、後に彼女がソロでも
pupa(ピューパ)でもどんどん活動していくきっかけがここにはあったのである。

翌2008年にはこちらも久々のライブツアーを行い、千秋楽となった恵比寿ガーデンホール
の公演では、多くのゲストを招いて彼女の芸能生活25周年の節目となるライブとなった。
これについても僕は観てきているのでここでレビューを書いている。

この後彼女は音楽活動のペースを上げ、2008年はpupaとしてアルバムをリリースして
多くの野外フェスなどに登場する。pupaとしてのライブツアーも行った。
僕はpupaの音楽は1stを聴いた時点で「Anywhere」以外は彼女を生かしているとは
到底思えず気持ちが離れてしまったので、余り熱心には追っていないのだが、
少なくとも彼女自身の"ミュージシャン"としての活動はいよいよもってギアが入った
感じになっていた。


「Anywhere」('08 Live) [2008年11月30日@渋谷CC LEMON HALL]

更にこの勢いは続き、2009年は自らのソロ作品制作のため、再び伊藤ゴローと共に
アイスランドまで赴いて、久々の"北欧"路線まで飛び出してファンを喜ばせた。
その成果が2009年晩秋の『eyja』発表とそれに伴う2010年に行われたツアーだった
という訳だ。そしてツアーの映像作品が『MELTING SUN & ICE MOON』である。

駆け足で彼女の主な音楽活動について振り返ってみたが、この2007年前後から
現在までの活動が"第二期"と言える音楽活動に当たるかと思う。

今回原田知世のソロ名義のライブ映像としては1999年発表のアルバム『Blue Orange』
に伴うライブツアーの映像として'00年に発表された『Blue Orange Tour』以来10年
ぶりの作品で有ることと、『Blue Orange Tour』自体がスウェディッシュ・ポップ時代
の彼女の集大成的なライブ作品であったことも思い返すと、今回の映像作品
『MELTING SUN & ICE MOON』も彼女の第二期音楽活動の集大成なのでは無いかと
リリースされた時最初に感じたのである。

早速封を開けてみると、デジパック仕様の派手ではないがセンスの良いジャケット。
中にはフォトブックも封入されていた。どちらもアルバム『eyja』と共通する
トーンを抑えたデザインでまとめられている。

tomoyotaso01.jpg

tomoyotaso02.jpg

映像自体は基本的に2010年4月に目黒パーシモンホールで行われたライブを収録し、
その合間に若干のイメージ映像がプラスされているという感じである。
『Blue Orange Tour』の時も実際のライブ映像の合間に本人の寸劇みたいなものが
収録されていたが、今回はそういったしゃべりや台本みたいなものが有るわけではなく
曲間で彼女のシルエットと風景が映った映像が少し流れる程度である。
ちょうど2枚目の写真のような映像が流れる。それだけなので進行は実際のライブの
感じをそのまま伝えていると言えるだろう。

ライブの内容だが、『eyja』のリリースに伴うツアーなので、基本的には『eyja』
収録曲が中心で進むが、一曲目から意外な選曲でスタートする。

「LOVE-HOLIC」は'02年の『My Pieces』収録のアコースティック・ナンバーなのだが、
実際ここでもカホンやアコギを中心に、アコースティックなセットでオープニングは
始まる。

勿論このツアーは僕も観に行ったのだが、平日だった上に天候も悪く、パーシモンホール
は都立大学駅から15分も離れたところに有るので開演に少し間に合わず、ちょうど
上記をやっている最中に会場に着いたことは良く覚えている。あれ、変わった曲
やってるなと思ったので。

三曲目で早くも今作のハイライト「Fine」が演奏される。ここでは彼女自身も控えめに
だがアコースティック・ギターを披露。さりげなくGibsonのレアな小ぶりのギターを
弾いていたりする。

続いて彼女が本格的に音楽世界に飛び込むきっかけとなった鈴木慶一プロデュースの
意欲作『Garden』に収録された「中庭にて」を素晴らしいバンド・アレンジで披露。
後述するが、このライブバンドは非常にパワフルでヘヴィーなアンサンブルを
持っていて、それが繊細な彼女の声と素晴らしいコントラストとなっていて演奏にも
酔いしれてしまった。特にヘヴィーなグルーヴ感はライブで実際聴かないとなかなか
伝わらないのだが、とても良かった。

この曲の後半からのつなぎで木に関する本を朗読した後、今作でも屈指の出来だった
「Giving Tree」が実際は始まったのだが、朗読の部分はカットされていた。映像では
本を手にしていることからそれが分かるが。この朗読から始まる感じが彼女のライブ
らしくてとても良かったのだが、カットされてしまったのは少々残念である。
恐らく権利などの問題なのではないだろうかと思うのだが。

この楽曲でのリズム隊のグルーヴは物凄く、特にベースのMito(クラムボン)のプレイは
素晴らしい。彼は『eyja』にも数曲参加している。ここでの曲後半の
インプロビゼーションはこのライブの音楽的ハイライトだと思う。


「Giving Tree」('10 Live)

このインプロの間に彼女は衣装替えをして登場するが、前半のメイド風?から大きく
変わってバレリーナのようなかなり露出の高い格好になり、最初は驚いた。
まぁメイド風にしてもそうだが、この格好が同世代で出来るのは間違いなく彼女だけだ。
本当に透き通るような美しさは健在で、ちょっと怖いくらいであるが、それが彼女の
最大の魅力の一つでもあるので。永遠のアイドルだから、見た目も大事ってことで。

衣装替えをして歌われた「voice」では不思議かつかなりエロティックな振付で
歌われて衣装に続いて驚いたのだが、これは説明のしようが無いので映像を観てもらう
しか無いだろう。彼女の持つ潜在的なエロスがかなり引き出されてると思う。

この後、「リセエンヌ」「地下鉄のザジ」「ロマンス」と初期、中期の懐かしい曲が
続く。当方は初期アイドル時代の曲には詳しくないのだが、「リセエンヌ」は
坂本龍一氏がアイドル時代に提供してくれた曲だと紹介していた。因みにリセエンヌは
フランス語で女学生みたいな感じだと思う。「地下鉄のザジ」は新作でも楽曲を
提供してくれた大貫妙子氏の作品。この辺りは古くからのファンへのサービスと言った
所だろうが、それにしても当時から彼女は素晴らしい音楽家のサポートに恵まれている。

「ロマンス」は近年だるくやるようになっていて、折角の躍動感が失われてると
感じていたが、今回のバンドでは元気なアレンジでやっていたのが嬉しかった。

続いて彼女の自作曲で、オリジナルではかなり本格的なファンクだったのに
シングルにまでしてしまってびっくりした「You Can Jump Into The Fire」を披露。
この曲自体が出てきたのがサプライズだったが、更に大幅なアレンジを施した。
これもこのバンドのヘヴィーさを全面に出したベースにギンギンのファズをかけて
しまう実験的なアレンジで、伊藤ゴロー氏のアレンジであるという。これも
ライブでは相当ヘヴィーに響きわたっていて、かなり格好良かった。

本編は『eyja』のラストを飾るスケールのあるバラード「青い鳥」でフィナーレ。
この曲はアルバムの充実ぶりを締めくくる素晴らしいラストだったのでぴったりだ。

アンコールは「黒い犬」と前作でキセルが提供した名曲「くちなしの丘」。
ここで彼女たちが着ているツアーTシャツを自分も思わず買ってしまった。
ポール・ウェラーのグッズなら自分でも腑に落ちるのだが、彼女のツアーTシャツも
中々可愛いデザインだったもので。。「くちなしの丘」では再度ギターを弾いている。

再度のアンコールではこれも近年の彼女の定番「時をかける少女」のボサノヴァ
バージョンを披露してライブは終了する。

ちょうどライブレポートを書いてなかったので、それも含めたようなレビューに
なったが、本作の収録日に観に行っていたし、ほぼ進行も変わらないので。

前回のツアーのようにゲストをたくさん招いて豪華に楽しくという内容ではなく
彼女やバンドが練り上げた音楽や演出上のコンセプトを丁寧に表現していくという
点で今回のツアーは大分趣旨が違うように感じた。バンドの主軸が伊藤ゴローで
有ることには少しもブレは無いのだが、伊藤ゴローも原田知世も前回以上に
バンドとしての一体感を意識したのではないだろうか。そういった意味で今回の
バンドはベストで、基本的には『eyja』に参加した人を中心に、その中でも
Mitoや千住宗臣のような比較的若い世代の人選を行ったことで、バンドに躍動感が
出てライブとしても素晴らしい演奏を堪能できた。この辺りの人脈はpupa等で
知り合った高野寛も関係してそうだが。

個人的には客人を次々招くライブよりはこう言ったコンセプトがしっかりあって
それを必要な人数で表現するライブのほうが好みなので、見る側としては今回の
ライブのほうが充実感が有って良いライブだったと感じた。

欲を言えば、『eyja』の収録曲で意外にアイスランド的楽曲が選ばれてなかったのと
今回もスウェディッシュ・ポップ時代の楽曲はほとんどやってくれなかったのは
残念だったけど、内容自体が悪いわけでは無いのでとっても楽しめた。

聴けなかった曲はまたのお楽しみ、と言いたいところなのだが、僕は何となく
引っかかっている。それは最初にこのDVDを「彼女の音楽的集大成」と表現したこと。

そもそも'07年に彼女が『music & me』をリリースしてからのペースというのは
結構凄くて、毎年ソロかpupaかもしくは伊藤ゴローの作品などで彼女は音楽活動を
続けている。ライブも単に数回やるのではなく、pupaではフェスにも多く出演
しているし、pupaやソロでのツアーでも全国を回ったりしていた。おかげで彼女
絡みのアルバムが'07年以降発売されなかった年が無いという充実ぶりである。

このハイペースは10年以上前のスウェディッシュ・ポップ時代に毎年アルバムを
リリースしていた頃に重なるものがある。この成果が先述した『Blue Orange Tour』
と言う事になるのだが、これ以降彼女はペースをぐっと落として行き、長らくの
音楽活動休止に向かって行った。

これは以前のレビューでも書いたのだが、彼女は音楽家である前に、女優であり
根本的にはそちらが本業の人でもある。だから、音楽を延々やっているわけにも
行かないだろうという事情も有るだろう。映画出演があれば、それなりに時間は
割かれるわけだし、その間に今のような音楽活動を行うのには無理がある。

だから、今回の映像作品を観ていると、ちょうど10年くらい前に彼女が
スウェディッシュ・ポップ時代のまとめとして、わざわざバックにエクスキューズ
(後にFree Wheelに改名)のメンバーまで日本に呼んで行った『Blue Orange』ツアーを
最後に女優活動に戻って行ってしまった事が思い出されるのである。

別に女優が本業だからそれで良いのかも知れないが、僕に取って原田知世の音楽世界は
決して彼女の女優業からは見えてこない、年齢や世代を超えたピュアさや時代に
流されない凛としたものがあると思っているし、何より音楽をやると不思議と彼女
自身もどんどん若返っていくように思えるので、出来ればマイペースで良いので
これからも音楽を続けてほしいなと思っている。これこそ平子理沙とかが逆立ちしても
出来ないナチュラルなアンチ・エイジングなんじゃないかって思えるのである。

今でもサブカルチャーな世界観を持つ女の子たちからは彼女は慕われていて
いつだかTVで木村カエラが本人を前に熱くリスペクトしていることを語っていた。
それに近年流行っている"森ガール"なる言葉やそういう向きの子達を見ていると
(例えば典型例として宮崎あおいとか)、原田知世こそが"元祖森ガール"なんじゃ
無いかと思えてくるし。ブレンディのCMなんてまさにそんな世界観だ。

そんなエイジレスで変わらない彼女と、素晴らしい音楽と歌声がある。
僕はこれからも彼女をそっと応援し続けたいと思うのである。
偉そうな言い方かもしれないが。

だからまたアルバムやライブも時折やって欲しいと純粋な一ファンとして想っている。
posted by cafebleu at 01:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 原田知世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

Memory Motel

"これ以降でも以前でも醸し出せない過渡期なストーンズのニューソウル感"


『Black And Blue』('76) The Rolling Stones

「決して評価は低くないが、存在感は70年代初頭の名作ほどではない」
おそらく一言で言えばそんな表現で良いのかと思う。例えば『メインストリート〜』の
ような何処でも出てくる名作はともかくとしても、『スティッキー・フィンガーズ』
辺りと比較してもその存在感は地味だろう。逆にこれ以降になると
『女たち(サム・ガールズ)』のようにパンクやディスコの横風を受けてキャッチーさが
上がってくるのである意味もう少しこのアルバムよりは名前が上がる。
そもそも『サム・ガールズ』には「ミス・ユー」という彼らの代表曲の一つが
存在するわけだし。代表曲という意味でこのアルバムにそういう物は存在しない。
誰も「ホット・スタッフ」を代表曲とは言わないだろう。

しかしながら、このアルバムはくどくなくて、聴く程に味わいもあるし、所々に良い
メロディやリズムが有るという点で一般的な視点で見ても、名作とまでは言えない
かも知れないが、佳作であることは間違いないだろう。

そして個人的にはこれが黄金期と言われる70年代ストーンズのアルバム中でも
屈指の一作であると考えている。勿論キーワードは"ソウル感"。

アルバム自体1曲目の「ホット・スタッフ」のイントロのギター・カッティングだけで
ソウル、ファンク色が強いことを強く匂わせる。ミニマルなコード展開や少し
歪みの多いワウ・ギター、単調な歌メロなどバンドが明らかにファンクに傾倒
していることをここでは挨拶がわりに披露してアルバムは始まる。
ここで変化が乏しいのははこんな曲調なのに延々ただの8ビートを刻む
チャーリー・ワッツくらいだろう。

良く言われてることだが、この曲が前作『イッツ・オンリー・ロックンロール』の
最後を飾ったハード・ファンク「フィンガープリント・ファイル」の続編の
ような仕上がりになっていて、なかなか興味深い。前作の楽曲は決してファンクや
ソウルの色が強い訳ではなかったが(タイトルほどストレートな内容では無いが)、
最後のこの曲のみまるで本作を予見してるかのようなファンクだったからである。

「ハンド・オブ・フェイト」は派手な曲ではないのだが、この時期のストーンズらしい
粘りのあるビートが特徴のストレートなロックで、ファンには人気がある。

「メモリー・モーテル」はアルバム中でも出色の長尺ソウル・バラードで、
長らく埋れていたが、90年代の『ヴードゥー・ラウンジ・ツアー』からセットリストに
時折入るようになって陽の目を見た。ミックとキースが各々のパートで交互に
リード・ヴォーカルを取るスタイルも珍しければ、ミックが生ピアノ、キースが
エレクトリック・ピアノを担当しているというのもかなり珍しい。

曲自体はミックのピアノの弾き語りでスタートし、最初はそれほどソウルフルでも
無いのだが、中盤のブリッジからキースのエレクトリック・ピアノが聴こえてきて
そのままキースのヴォーカル・パートに入ると華やかさが増して来る。キースの
パートで華やかになるというのも珍しい話だ。そしてまたミックのパートに戻り・・
を繰り返すのだが、その演奏や歌は繰り返すたびに熱を帯びてくる。

個人的には彼らの楽曲で五指に入る好きな曲である。

他に「愚か者の涙(フール・トゥ・クライ)」もファルセットを多用したソウル・バラード
で、中々良い楽曲である。これをより分り易く発展させているのが次作収録の名曲
「ビースト・オブ・バーデン」では無いかと勝手に思っている。

ただ、正直ミックのファルセットってあまり好きではないのだが。

アルバムの曲数も多くないし、楽曲単位のお気に入りは2〜3曲と言ったところなのだが
アルバムの雰囲気全体に今までにも、この先にも無いフィーリングがあって好きだ。
そう感じる要因の一つに、リード・ギタリストの過渡期というのが有るだろう。
この時期ストーンズはリード・ギタリストを探していた。それは前作でミック・テイラー
が抜けてしまったからである。70年代の骨太なギター・アレンジにおける、正しく
屋台骨でもあったミック・テイラーの離脱はバンドにとっても大きかったはずである。

またまた個人的な話だが、ミック・テイラーはそのフレーズやサウンドも含めて大好きで
6〜70年代のギタリストの中でも屈指の名ギタリストだったと思う。
ブライアン・ジョーンズを失ったストーンズが、クラプトンのようなギタリストを
求めた結果が、同じブルーズ・ブレイカーズ門下生のテイラーだったことも納得である。

僕の中でテイラーはクラプトンよりもギターは甘く(ブルーズマンにありがちなスクイーズ
スタイルのプレイが少ない)、フレーズもとても流麗な印象で、レスポールで
音作りをさせたら右に出るものがいないという点でも稀有である。

テイラーについてはまた別の機会に譲ろうかと思うが、そのような経緯も有った上、
まだロン・ウッドは加入してない状態でレコーディングは進んでいったので
本作には多数のゲスト・ギタリストが客演している。その中にはジェフ・ベックのような
ビッグネームもいれば(彼の演奏自体は収録されていない)、程なくしてメンバーに
加わるロン・ウッドもいた。実際に本作中多くの演奏に参加しているのは
ハーヴェイ・マンデルやウェイン・パーキンスなのだが、特にハーヴェイ・マンデルの
演奏がソウルフルかつ流麗で非常に良かったりするのは余り語られていないところである。

当方もこのハーヴェイ・マンデルについては詳しくないのだが、彼も
ブルーズ・ブレイカーズ出身のギタリストで、当初はやはりテイラーの脱退が
余りに突然だったので、同系統のギタリストを模索していたのではないかと推測される。
最もマンデルのほうがテイラーよりもだいぶクロスオーバーなアプローチをしている
タイプだから同じとは言い切れないが、クロスオーバーなアプローチを得意とする点で
ジェフ・ベックも当時はそういった影響が強かったので、
「テイラーの幻影を追いつつもよりクロスオーバー的な時代にアプローチした」
ベックとテイラーの中間辺りに位置しているマンデルの起用というのは、
彼らの中で理に適ったものだったのだろう。

こうやって理屈でストーンズを追うと、もの凄くロジカルに音楽を考えている時があり
そういうストーンズ(ミックとキース)のセンスにははっとさせられる時がある。
クラプトンがミック・テイラーにジェフ・ベックがハーヴェイ・マンデルにというのは
中々思いつくものでは無い。

この試行錯誤と、"ストーンズへの参加"があるかも知れないという前提に対する
ギタリスト達の気合が、このアルバムのギターを今までのどのアルバムにも無い位
良いテンションとして引き上げており、結果的にキース以外のギターがこれほど全面に
出ているアルバムというのは後にも先にも余り無いし、それが功を奏して?大変
引き締まったギターサウンドを作り上げている点も見逃せない。

最もそれだけゲストのギターをフューチャーしないといけなかった理由には
キースのドラッグ鍋による不調というのも有ったようだが。

しかしながらストーンズのリード・ギタリストの座を得たのは最終的に
クラプトンやテイラーのようなストレートで優れたブルーズ・スタイルを確立している
者でも、ベックやマンデルのようにテクニカルなクロスオーバー風情のある者でも無く
最もキースに親和性の高い上(似たスタイルのギターが弾けるとも言える)
でリードも"そこそこ"こなせるギタリスト、ロン・ウッドが加入したことにより、
この路線はこれ一枚限りになってしまった。

そういう意味でも貴重なアルバムで、これを聴いている時にいつも思うのは、
もしロン・ウッドではないギタリストが加入していたら、これ以降のストーンズは
どんな風になっていただろうかと思うのである。

どちらにせよ方向性もサウンドも中々捨てがたい一枚なのがこの
『ブラック・アンド・ブルー』って言うところかな。
僕の中では一曲目の「ホット・スタッフ」が強烈なファンクのせいでこのアルバムを
ブルー・アイド・ソウルのくくりで見ているが、レゲェやジャズもありでサウンド的に
今までのストーンズからより拡がりを見せているのも見逃せない。

個人的にはこれが黄金期ストーンズの到達点で、正直これ以降のパンクやディスコへの
性急なアプローチの仕方など、ここまでは「時代がストーンズに着いてきていた」感じ
だったが、これ以降は「時代にストーンズが追いつこうと必死」になるような気がして
余り熱心に聴いていない。ここで得たサウンド・アンサンブルの成熟を次作以降
どこかで捨て去ってしまうのも気にかかる。

70年代ブルー・アイド・ソウル好作の一つだと思う。


「Memory Motel」(Live At Bremen '98)
1998年のドイツ・ツアーより。ライブにしてはパフォーマンスよりも歌心を
大事にしている事がミックのヴォーカルから伺える。全体の演奏もラフだが
悪くない。いつも思うがバラードでもう少しグルーヴをためてほしいけど
どんどんテンポが上がっていくチャーリーのドラムはご愛嬌、なのだろうか。。

ミックもスタジオ盤同様どんどんヒートアップしていく。キースと交代で歌う
この様子、ファンにはたまらないんだろうな。そういう意味でライブ向きの曲。


「Fool To Cry」('76)
アルバム発表前後のTV出演か何かの映像だろうか。やっぱり若い時のミックは妖艶な
感じがする。実際この時期のライブでは映像のようにピアノを弾いてステージで
この曲を披露している。
posted by cafebleu at 22:44| 東京 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | The Rolling Stones | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月02日

年頭

今年も年が明けた。当たり前だけど。

去年は後半から色々と忙しなく落ち着かないまま年が過ぎた感じ。
まぁ毎年そういうものなのかも知れないけど。

年末は奥さんの実家に顔を出して、その後当方は休みも多くないし
家で幾らかやりたい事が有ったので1日夜には帰路に着いた。
先に一人で帰って来たというわけだ。2日以降は帰省ラッシュもあるし。

しかし、名古屋や三重は喫茶店文化が盛んである。街の至る所に美味しそうな
喫茶店が沢山あったりする。勿論コメダ珈琲はその代表格。でもコメダは
むしろチェーンだから値段もメニューもバランス感のある感じだったり。
勿論名古屋の喫茶店としてはという意味だけど。

三重の桑名だと『珈琲専門店ホリ』が美味しいし、ちょっと高級感もある。
ここはケーキも美味しかったし珈琲が何より香ばしくて美味しかった。

何だかやっぱり遠いし、正月とかだと家のほうが親族がどんどん集まって忙しないし
中々近所をふらふら出来ないのでゆっくり休みをとって好き勝手に三重や桑名を
散策したいのだけど。僕は通り一遍の観光名所とかより街の普通のお店とかから
その地方の文化を感じ取るほうが楽しかったりするのである。まぁ三重や名古屋の
喫茶の話はまた今度楽しめたら。

今年は仕事的には大事な年になりそうだと感じている。
まぁ私的にもバンド活動も充実させていきたいなと思っている。

年末年始に改めてジョンやポールのソロ(ウイングス含)を聴いていた。
最近は何年かに一度リマスターやらリミックスやら出るのでたまに音楽サイトを
見ると、ジョンのソロ作のオリジナル・リマスターやら、ウイングスの
『バンド・オン・ザ・ラン』のリマスターやら色々出ている。
『バンド・オン・ザ・ラン』なんて、10年くらい前に25周年エディションも
出ているのでまたかと思うし、ジョンのソロアルバムも2000年前後から数年に渡って
オリジナル・アルバムのリミックス(リマスターではない再ミックス)
がリリースされ、このミックス盤は音質もミックスも良くて大変好評だったと
思うのに、今度はリマスターですかと。何か5年単位くらいで"偉大な名盤が蘇る"
みたいなキャンペーン状態になってしまい、随分お安い感じである。

EMIも経営難に喘いでいる上、昨年にはアビー・ロード・スタジオを投資会社に売却
する発表を一旦は行った。スタジオとしての"アビー・ロード"を継続することが
不透明な企業への売却話。これを受けて英国ではちょっとした騒動に。
ポール・マッカートニーも反対の声明を表明したりしていた。

しかしその舌の根も乾かぬ内にEMIが売却を撤回したのである。これには英国政府からも
"歴史的遺産"に対する安易な売却話への強いプレッシャーがあったとも言われている。
売却が噂になってから、歴史的遺産の指定を受ける検討を政府が開始していると言う
ニュースも流れていたが、結局スタジオの前に、横断歩道が歴史的遺産の指定を
受けることになった。これはEMIの私物よりも公的な横断歩道のほうが何かと手続きが
進みやすかったのではないかと推測できる。そしてスタジオへのプレッシャーの
第一弾でも有るのではないだろうか。

EMIの経営難は深刻なようで、日本では東芝傘下だったのだが(東芝EMI)、今は
東芝がEMIを売却して、EMIジャパンは英国EMIの子会社扱いになっている。
何よりもファンの間で驚きだったのがポール・マッカートニーのレーベルからの
離脱である。2007年の『メモリー・オールモスト・フル』からユニバーサル系列で
ある「ヒア・ミュージック」に移籍したことは記憶に新しい。そう、スタバと
ユニバーサルの共同出資レーベルである。

実はこの流れで『バンド・オン・ザ・ラン』のソロ活動40周年記念盤は今までの
EMIでは無く、ユニバーサル・レーベルからのリリースになるのである。
そう考えると、こちらの再リリースは装いも新たに再度名盤の再発で気合が
入っているのも多少は頷けなくも無い。また、ポールのソロ、ウイングス作品
自体、随分昔(90年前後)のマスターのまま売られ続けているので、そろそろ
現在の技術でリマスターして欲しいと考えていた。何度もやってる
『バンド・オン・ザ・ラン』はともかくとしても、今後の再発盤には期待してる。
『ワイルド・ライフ』『レッド・ローズ』『バック・トゥ・ジ・エッグ』辺りの
リミックスなんてそろそろ聴かせてほしいなと思っている。

ジョンの方は前回はリミックスだったのに今回はオリジナル・リマスターだ。
考えようによっては後退しているようなコンセプトなのだが、恐らく再生レベルを
現代のデジタル技術で極限まで上げて音圧勝負であろうことは安易に想像がつく。
これが一番人間の耳には強烈な印象を残すのである。

それなのに何故か『ダブル・ファンタジー』だけは"ストリップド・ダウン"という
ほとんどヴォーカル処理がされていない別テイクやミックスで埋められた
バージョンが発売されてる。ご丁寧にうつし絵みたいなショーンご子息の
アルバム・イラストがジャケットに差し替えられて、だ。元々ジョンはソロになって
からヴォーカルに過剰にエフェクトをかけがちだと感じているので、これはこれで
悪くないのだが、再発の基本はリマスターなのに、何故『ダブル・ファンタジー』だけ
別ミックスなの?という疑問は拭えない。そもそもこんな別テイクのおいしい音源は
以前発売されたレノンの『アンソロジー』に収録されてるんじゃないの?と
言いたくもなる。

僕は個人的に"ストリップド・ダウン"を一番施すべきなのは、ロックンロールで
ありながらも何故か不透明なエコーで埋め尽くしてジョン本来の躍動感を
100m先から見てるような状態にしてしまった『ロックン・ロール』だと思うけど。
このアルバムが30年近くレノンを聴いていて未だに高評価を全然理解出来ないの
だけど、ミックスを変えれば随分と変わってくる部分があると思うんだけど。
前回のリミックスは買ってないのだけど、多少改善してるのかな。

そうは言いつつも"ストリップド・ダウン"も"ソロ40周年記念"も買ってしまった。
『バンド・オン・ザ・ラン』なんて一体何パターン揃っているというのだろう。
正直ポールの最高傑作だと思ったことが無いんだけど、『ペット・サウンズ』並に
色んなバージョンが揃ってしまった。でもリマスターの度にこのアルバムへの評価は
自分の中で上がってる。ポールのドラムとベースが凄いロックしてる。バンドで
やりたいのに出来なかった恨み節のような気合の入った彼のベースやドラムは最高に
ロックだったりするのである。曲の「バンド・オン・ザ・ラン」なんてスタジオ盤が
一番格好良いし、リマスターの度「ミセス・ヴァンデビルト」のベースの太い音色に
耳が行ってしまう。

最近ジョンやポールのソロを注意深く聴くようにしているのには理由が有るのだけど
それはまた追々説明していくとして、年末年始は彼らを聴いたり、またしても
リマスターをネットで購入したりしながら過ぎて行った。

ポールは数多く取り上げているけど、実はジョンのソロについては、命日位でしか
余り取り上げていなかったりする。ジョンは作品単位だと僕では真っ当な評価が
出来ない気がするし、批判を書くと狂信的な人が多いので面倒だなって思うので
あんまり書かないようにしている。ポールの場合は痛いところも含めて愛してるのは
ファンも皆分かっていたりするので、例えば『バック・トゥ・ジ・エッグ』を
「卵が割れてぐちゃぐちゃのスクランブルエッグ状態だけどそんな支離滅裂も聞き様です」
と書いても"そうそう、最高の駄作だよね"みたいな感じで済むのだけど、ジョンは
ある種の宗教なので騒ぐ輩が多いのである。ま、そういうのに限って『ジョンの魂』
と少ししか聴いていなかったりするんだけどね。良し悪しを言う事も愛情だって
僕はいつも思うけど。最近ライブを観るだけで泣きそうになるポール・ウェラーに
対してもいつもそういうスタンスだし。

何だか散漫だけど年始の音楽寝正月話はこの辺で。
正月楽しみなのは大好きな数の子がいっぱい食べれること。
最近何かと浅い特集が組まれていたマイケル・ジャクソンの名曲をどうぞ。


「Girlfriend」 Michael Jackson

勿論ポール・マッカートニーの提供曲なのは説明不要か。
ポールのバージョンは何故か途中に意味不明なプログレッシブ・パートが入るが
マイケルのそれはとてもまとまったライト・ソウルなアレンジで。
二人が絡んだナンバーはどれも良い曲。「ザ・ガール・イズ・マイン」とかね。
posted by cafebleu at 23:32| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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