2010年03月31日

伝統芸能

〜変わらないこと、ブレないこと、そして〜

『Saturday』 Ocean Colour Scene

『Let's Change The World with Music』 Prefab Sprout

『Runout Groove』 Stephen Duffy and The Lilac Time

『In The Music』 The Trashcan Sinatras

最近は改めて"90年代"と言うテーマを自分の中で意識している。

それは僕の暗黒で輝かしい青春の全てとも言えるからだろうし、
そこに人生を注ぎ込みかけた途方もない無意味さから抜け出した
時に、やっぱり音楽(特にビートルズと我が世代ならブライアン・ウィルソン)
なんて人の人生を狂わせるだけだと改めて確信しているけど、
それを拠り所に他の誰も真似しない、出来ない、もしくはしたくも無い
であろう僕の屈折する事にブレずに居た結果、物凄く真当に
ひっくり返った人生唯一の原点だからである。

と、いきなりどこぞの人様の音楽を勝手にポエムのように綴ってしまう
雑誌のような始まりになってしまったが、実はGoogleのIMEを使って
予測検索から適当にそれっぽい言葉を拾っただけだとしたらどうだろう。

何が言いたいのかは『星の王子さま』でも見てくれれば良いと思う。
むしろ、意味なんて無いんだって事で。単なるストレスかも知れない。

とにかく毎度だけれど色々あって、先週も先週とて新しい風を
出来レースで運んだりしつつ、仕事を良い環境にするのは自分次第
なんだよなと改めて思ったり。とっても時間がかかるし、自分が
いかに動いていない振りをして相手や環境を動かせるものなのか。
でも、これが僕の次のステップへの始まりなんだろうとも無意識に
意識していたり。だからこの時間をなるべく楽しもう。

今日は色々吐き出してるけど、話を元に戻すとここ一年くらい、
8〜90年代の横道的なミュージシャンズ・ミュージシャンのアルバム
リリースがさり気無く続いていた。そういう意味では前回取り上げた
マシュー・スウィートなんかも範疇なんだけど、もうここの所個人的には
美味しすぎるリリースが目白押しで。

ここで紹介している人は良くも悪くも変わらないし、変われもしない人たち。
最初からマイノリティなダフィやトラキャンは置いといても、プリファブや
オーシャンはチャート的にも一時代を築きつつも、その後はしぶとい
活動でブームとは無縁であるが一定のチャートアクションを
今でも保った活動を特に本国では続けていると言えるだろう。

思えば自分の活動にせよ、リスナーとしてにせよ、僕にとって10代後半から
20代前半を過ごした90年代というのは、やはりただ音楽を愛する
と言うだけでなく、自らも積極的に色々な音楽を貪欲に聴き漁っていて、
好き嫌いだけでなく、それらを何処かで自分自身にフィードバックさせたかった
と言う点で今よりもずっと真剣だったし、音楽を聴く事自体が一つの勉強だと
感じていたような気がする。

しかしながら、その中でもやはり自分の趣向性と言うのはある訳で、
並び称す気は更々無いものの、勝手ながら共通性や、向かっている
ベクトルに共感出来る音楽と言うものが、結局今でも僕の愛する音楽家で
有る事が大半である。

また、それらの特徴は、サウンドの方向性や細分としてのジャンルには
多少の違いはあれど、一言で言えば「伝統的」なサウンドを聴かせる。
例えば、時代に流されないエバーグリーンな楽曲であったり、
何処か音楽が「続いている歴史」であるようなヒントと言うか、そういう
要素を楽曲なりアレンジに散りばめているような、そんな音楽と言えば良いか。

それは、「ポピュラーミュージックの中で真のオリジナリティは無い」と言う
自分の考え方に協調するものである。例えばビートルズやビーチ・ボーイズ
だって、何も音楽を知らずに新たな局面を切り開いたのではなく、
そこにはブルーズやロックンロール、もしくはR&Bやドゥワップと言ったような
要素が有って、そこに自らのオリジナリティをぶつけていきながら発生した
初期衝動のような熱気の中で時代に対峙するようなオリジナリティに昇華
させて言ったものであるからと言う僕なりの持論に由来するのかも知れない。

今見ればかなり技術的にはそれ程でも無かったり、力技的な側面も
60年代の音楽からは感じ取れたりするのだが、それでも未だにこの時代への
情景と言うのが少なからず見られるのは、彼らがそれを最初にやった世代故
その変化の幅がそれ以降に比べてもかなり大きいのが理由の一つだろう。

何だか音楽の普遍性と言うのは答えも無いのでここでつらつら書いていても
結論なんて導き出せないし、十人十色の話なので置いておくが、とにかく
今でも聴く音楽というのはそういうものだし、またそれらを手にしている音楽家
と言うのは息の長い活動をしてくれることがあり、寡作ではあっても、何年か
に一度は充実した作品を届けてくれるのが、僕が彼らを聴いていて間違って
いなかったと思えるときでもある。最もオーシャン・カラー・シーンは長くて
3年程度のスパンでコンスタントにアルバムを発表しながら現在に至るが。

と言うわけで、ここの所リリースが続いた、そんな伝統芸能なミュージシャン達の
一聴したショートレビューをまとめてみる。

『サタデー』 オーシャン・カラー・シーン



07年発表の『オン・ザ・レイライン』以来約3年ぶりの新作。3年ぶりと書いたものの、
実際は前作を聴いたのは発売から大分経過してから購入したので、自分には
そこまでのスパンには感じなかったり。

前作はかなりシンプル&ラフで、まるで『モーズリー・ショールズ』以前のデモを
聴いてるかのような、バンドの原点を見直すような作品で、それはそれで悪く
無かったものの、正直楽曲もアレンジも含めキャッチーな面に乏しく、「悪くない」
のに心に残らなかった作品だった。前々作の『ア・ハイパーアクティブ〜』も
プロディースをがらっとダブ的アナログサウンドからデジタルロック寄りにアプローチした
作品だったものの、肝心の奥行を余り感じないアルバムだったし、そもそも
この覚えづらいタイトルとか、彼ららしくないセンスの無いジャケットなんかの影響も
あって、ここ数作のオーシャンの作品は僕のような熱心な彼らのファンでもちょっと
足が遠のいてしまうような作品が続いていたので、やや期待値が下がっていたが、
今回の作品はブレの無い久々の佳作である事は間違いないと言えるだろう。

アルバムの最初と最後をザ・フー的なコンセプトで包んでいるのが相変わらずな
彼ららしさだが、それも今回は決まってるし、どの楽曲も総じてレベルやアレンジの
質が高く、バラエティに富んでいながらもまとまりも程々にあって奥行きを感じる。

彼らは『モーズリー・ショールズ』や『マーチング・オールレディ』と言った90年代
半ばの全盛期でも、アルバム全体では雰囲気満点でも楽曲にバラツキが多い
傾向が有ったし、派手でモッドなリフ物とアコースティックでフォーキーな作品の
振り幅がやや大きすぎて、中間が無いようなイメージを常に持っていた。
それを大きく覆すような印象を今回のアルバムに受けたのは収穫であるし、
彼らは「変わらずに深化を続けている」類稀なバンドなのだから、ここまで来たら
解散する最後までブレずにこの”伝承系モダニスト”と言う矛盾入り混じるテーマに
これからも挑んでもらいたいと、個人的にはそう思う。

特徴的なアレンジの1曲目やもろに60年代コンセプチュアル的な2曲目も
捨てがたいが、先行シングルにもなった「マジック・カーペット・デイズ」は
アレンジだけで何杯でもご飯が食べられるような綺羅びやかなポップ・チューン。
こんな楽曲を今でも発表できる事が彼らを聴き続けて良かったと思えること。


「Magic Carpet Days」 Ocean Colour Scene
オフィシャルPVが見当たらないようなのでモッド・スクーターの
静止画でお楽しみください。。

ラスベガス?のネオンを落ち着いたトーンで模したような彼らにしては
変わったジャケットも質感が良くて決まってる。


『レッツ・チェンジ・ザ・ワールド・ウィズ・ミュージック』 プリファブ・スプラウト



今となっては正にミュージシャンズ・ミュージシャンの一人でもある
天才作曲家、パディ・マクアルーン率いるプリファブの、何と8年ぶりの新作。
率いるとは言っても既にプリファブは他の面子が残っておらず、実質
パディの一人舞台なのだが、元々この人のサントラ的で一筋縄では無い
楽曲やアレンジと、逆に解り易いにも程が有る男性らしいロマンチシズムや
メランコリックさと言うのが結果としてとてもピュアに響くので、一度心を
捉えると離れることが難しいと言う独特の凛とした世界観と言うのはパディ
以外誰のものでもないだろう。

そもそもこのアルバムはブライアンの『スマイル』のように、プリファブにとって
”失われた”アルバムのようで、実際は90年初頭の力作『ヨルダン〜』と
96年に発表された『アンドロメダ・ハイツ』(個人的には人生のベスト10に入る傑作)
の間に作成されていたアルバムのようである。

実際パディ自身によるライナーもこの事に触れていて、この時期の自分が
ある意味ミュージシャン(コンポーザー)なら一度は無意識に憧れてしまう
”スマイル病”に罹っていたと言うような事を記してある。

それは一言で言ってしまえば、意欲的に楽曲やコンセプトを想起しながらも
それを完成させられず、未完のまま闇に葬ってしまうような行為といえば良いか。

だから音楽的にこのアルバムが『スマイル』やブライアン・ウィルソンを想像
させるのかと言えば全くそういう事も無く、むしろ80年代後半くらいにある
音像であったり、パディ独特のポップに秘めた違和感的な展開やビートが
相変わらず随所に散見している”プリファブらしい”アルバムだと思う。

サウンドも『ヨルダン・ザ・カムバック』と『アンドロメダ・ハイツ』の間に
あっておかしくないと言うか、むしろそこに置いてみると一番しっくりと来るし、
その二つの作品の間の5〜6年を埋めるべくミッシング・リンクと成り得ている。


「Falling In Love」 Prefab Sprout
今作で最もサウンドや曲想が『アンドロメダ・ハイツ』に近い楽曲。
これもお手製PVのようだが、中々悪くない。元々はアイドル然としていた
パディだが、近年は完全に何処かの仙人のようなルックスに。。

オーシャンもそうだが、プリファブについて語っているとダイジェストでは
とても語りきれないほど想うことがあるのでこれ以上はまた別の機会に譲るが
とにかくファンを裏切らない素晴らしいアルバムで、陽の目を見て本当に良かった。
いきなり本人のラップでアルバムが始まって転げ落ちそうになったが、そこから
導き出すメロディの美しさや、相変わらずの違和感と美しさの見事な調和など
8年ぶりでもブレない、変わらない彼の姿勢には心から敬意を表したい。

それにしても、前作『ガンマン〜』が出た時ですら、寡作な人だなと思わされたが、
それからまたもや8年か・・・。随分時代も僕も変わってしまったし、歳もとったなと。

それでも今作の「ミート・ザ・ニュー・モーツァルト」のキラキラっぷりは
純粋に心を照らしてくれるけど。

もう少し元気なうちに色々な美しい世界観を聴かせて欲しいものである。


やっぱり書ききれないので残りはその内、もしくはこれにて。
posted by cafebleu at 12:11| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Ocean Colour Scene | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。