2009年10月25日

eyja

”アイスランドに降り立った氷の妖精”

『eyja』 原田知世




嬉しいことにここのところすっかり音楽のフィールドに
戻ってきてくれた原田知世の2年ぶりの新作が21日にリリースされた。
『eyja』と書いてエイヤと言うらしい。
アイスランドでの録音と言うだけでも意欲作なのは伝わってくる。
そもそも最近の原田知世の音楽活動自体が意欲的である。

ソロアルバムとしては2年ぶりとは言っても、昨年はpupaでの活動が
有ったわけだし、07年の『music & me』でひっそりと音楽活動を
再開させて以来、彼女の音楽熱は止むことなくここまで続いている。
それは彼女を「ロマンス」や「シンシア」などの音楽によって
知ることになった僕らの世代には嬉しいことだし、実際脇を固める
メンツがいつも素晴らしいことも相まって質も高い。

今回も前作に引き続きMOOSE HILLやNaomi & Goroを手掛ける
伊藤ゴローによるプロデュースである。一部ゲストの楽曲や
アイスランドのサウンドクリエイターによる楽曲や編曲もあるが、
多くは彼の楽曲が中心である。作詞はほとんどが原田知世本人に
よるもの。楽曲参加でも久々に本腰を入れている。

しかし、トモヨタソ贔屓な自分ではあるが、本当に充実した
素晴らしい作品ではないだろうか。伊藤ゴローとの相性は
前作の時点でぴったりだと感じていたが、今回はより深い所で
溶け合っている感じである。もしかしたら彼女の作品史上で
最高傑作かも知れない。アイスランドにエッセンスを求めたのも
なんとも彼女らしいのだけど、それが素晴らしいコーティングを
施している、そんな邪推をしたくなるような作品である。

何よりも、この北欧路線、往年のサブカルファンには懐かしい
感触では無いだろうか。原田知世が”歌い手”としてブレイク
(ここで言うブレイクとは商業的と言うよりもサブカル的な意味)
したのは90年代後半にスウェーデンに赴いてトーレ・ヨハンソンの
プロデュース作品を発表してからだが、当時そんな音楽を
聴いているような輩でもちょっとびっくりするようなささやかな
インパクトを与えて以来のヨーロッパ回帰がこんな形で、しかも
アイスランドで実現したというのだから興味深い。

そんな郷愁をふと感じてしまうが、前回の"スウェディッシュ・ポップ"
スタイルとは当然サウンドは異なる。そもそもアイスランド録音とは
言ってもそれはスウェディッシュ時代のようにトーレ・ヨハンソンと
ウルフ・トゥレッソンと言う当時のサウンドを代表するような
クリエイターによる作品とは異なり、あくまでプロデュースや楽曲の
軸は伊藤ゴローが中心だ。アイスランドのクリエイターによる音響的、
エレクトロニカ的な作品もあるが、あくまでそれらはエッセンスである。

僕はこれは正しいと思う。伊藤ゴローの楽曲やアレンジは前作でも
素晴らしい相性の良さを見せていたので、この点がぶれなかったのは
良い選択だと思う。

作品としては前作とベースは同じでも、その方向性は大きく異なる。
前作が久々に彼女が音楽の世界に舞い戻ってきて、ちょっとだけ
気恥ずかしそうに昔の自分の楽曲(「シンシア」や「時をかける少女」)を
大人なボサノバ調にアレンジして、ファンにも入りやすい呼び水を
用意しながら復活の一歩をそっと標したのに対し、今回のアルバムは
『music & me』における名うての音楽家たちによる復帰歓迎ムードや
高橋幸宏らとのpupaの活動を経て、再び音楽をやっていくことへの
ほのかな自信をつけて望んだ意欲作であることは間違いないだろう。
そうでなければアイスランドと言う、日本にはビョーク以外は決して
知名度の高くない北欧の孤島には赴かないだろう。

アイスランドはイギリスのはるか北西、ノルウェーの西辺りに位置し、
本土の一部が北極圏にかかるような厳寒地の一つである。

更にアイスランドの北西には島の多くが北極圏に位置し、
本土の多くが氷河に覆われているグリーンランドがあったりする。

ヨーロッパでも地続きでは無く、独立した孤島な上
(イギリスやアイルランドもそうではあるが)
氷河や気候的、土壌的条件により資源にも恵まれていない。
近年の世界的不況により、国家財政が破綻危機にさらされているなど
決して楽観視できないような状況に陥りつつあるのも事実で、
日本人にとっては響きのよい国名とは裏腹に、現実問題は山積している
ようである。しかしながら、(逆に)気候的な理由と、エコロジーの発展に
より、「世界で最も空気が綺麗」とも言われるなど、北欧らしさも
あるようである。ビョークやシガーロスのような英国で活躍する
ミュージシャンも輩出しているし、チェルシーによって才能を見出された
エイドゥル・グジョンセンのようなフットボール・プレイヤーもいる。

アルバムからの作品である「Fine」のプロモに、そんなアイスランドの
風景がふんだんに収められている(これもスウェディッシュ時代を思い出す)が
恐らく8ミリか16ミリフィルムで撮られたと思われる独特の映像が
厳しくも美しい景色と、そして彼女の歌声と相まって幻想的である。


「Fine」('09) Tomoyo Harada

アイスランドの現実と言うのは厳しいようだが、そんな北欧の孤島でしか
得難いエッセンスと、伊藤ゴローのプロデュースと楽曲を中央に配した
アルバムには一体感があり、アルバムのサウンド全体のトーンが統一
されているように感じる。そういう意味においては、スウェディッシュ
時代の後半作品で、楽曲のほとんどをウルフ・トゥレッソン作品に
まとめ、演奏も彼の率いるFree Wheel(Excuse)で行った98年の
『Blue Orange』に一体感と言う点で近い印象も受ける。

1曲目のかなり穏やかな「ハーモニー」からアルバムはスタートするが
この辺りは前作の「Cruel Park」でも同様だったので伊藤ゴローの
好みであろうか。しかし、彼女のナチュラルなウィスパーヴォイスを
活かした静かな始まりは印象的で導入として良い効果をもたらしている。

2曲目の「Giving Tree」はストリングスをシャープに扱ったクールな
楽曲で、この辺りから前作とは大きく印象が異なっていく。
メロディそのものよりもコード感や原田知世の歌声を前に押し出した
ような楽曲で、ここでも彼女の歌声に耳を奪われていく。

3曲目の「us」はアイスランドの実験的グループ、mum提供に
よる楽曲で、ここでは幻想的アイルランド風情を感じるような楽曲で
彼らが巷でエレクトロニカ系と紹介されている質感よりも、例えば
スコットランドのトラッドのような厳寒の中の土着音楽のようにも
聴こえる、このアルバムの”雰囲気”を象徴するような一曲である。
そう言えば、アイスランドに当初移住した民族と言うのはノルウェー人と
アイルランドのケルト人たちだと言われている。

4曲目の「Fine」はアルバム中でも最もキャッチー(この作品の中では)で、
PVが有ることからもシングル向きの楽曲だろうと思うが、
厳しいストリングスのイントロから一転、優しいアコギの調べに
のって歌が始まる展開がとても良い。

これはとにかく前述した美しいプロモと共に聴いてほしい。後半の
マーチングスタイルのブリッジも含めて、サブカルポップファンには
鉄板の様な展開なのであるが、そんな原田知世をファンは聴きたいのである。

6曲目「夢のゆりかご」は大貫妙子作品で、前作「色彩都市」でも
そうだったが、原田知世と大貫妙子楽曲は抜群の相性を見せる。

7曲目の「予感」は再度mumの手による楽曲で、先程の幻想的ケルト風味
とは異なり、非常に実験的な音像の作品で、言葉にし難い雰囲気である、
"凍えるようなポストロック"と言った風情の編曲である。

9曲目の「ソバカス」は、細野春臣による提供曲。
今回は全体的に実験的なコード展開や編曲が目立つので、逆に
日本人的情緒を持つ彼の楽曲が一番大人びていて、少々AOR的な
編曲に聴こえたりするのはこのアルバムの妙かも知れない。

最後の「青い鳥」はアルバム全体を包み込むような穏やかで
控えめなスケール感を持つ楽曲で有るが、アイスランド人たちに
おけるオーケストラが非常に効いている。静かな終幕である。

オーケストレーションは最後の楽曲だけでなく、アルバム全体の
"雰囲気"を決定づける印象深いものであり、アイスランド録音の大きな
収穫ではないだろうか。人数も控えめで派手さは無いのだが、
アイスランド人における鋭くもどこか独自のメランコリックさと
言うのは、非常にこのアルバムの深みに貢献していると思う。

こうして振り返ると、キャッチーさなどは前作に比べても更に
控えめで、前作のようにゲストに囲まれて同窓会的に音楽を
やっているという風情から一転、アイスランドの厳寒で澄んだ空気を
取り入れたような影のあるこの作品は、派手さには無縁のようにも
思えるし、スウェディッシュ時代のカラフルな華やかさには無縁である。
ジャケット通りのセピアな世界観で作品は終始する。

しかし、本人も再度音楽の世界に戻ってきて、意欲的に取り組んでいる
のが伝わってくるし、一つ一つの楽曲の質は非常に高い。
何度も聴いてみたくなるような奥行きのある作品という点では、
今まででも出色の出来だと個人的には感じている。

しかし、ここまで深く入り込んだ作品を耳にすると、普段ブレンディの
CMで見せる「年齢不詳できままで綺麗なお姉さん」と言う風情とは
遠い次元まで到達しているように思えるので、原田知世のアイドル時代
からのファンにはどう聴こえるのかと言うのはいよいよ心配には
なってくるのではあるが。

メインストリームやカウンターカルチャーも含めて、所謂現代的な
音楽とは有る意味程遠いし、大きなセールスとは無縁の世界観だとは
思うけど、もし、音楽好きであったら、ちょっと耳にしてほしい作品なのは確か。

個人的にはpupaがPVの楽曲「Anywhere」以外はがっかりな結果と
なったので心配していたが、見事に軸をぶらさずにいたのは流石と、
そんな風に思うアルバムであった。僕にとって深秋から冬へかけての
情景に合わせて聴くサウンドトラックとして愛聴盤になりそうである。

追記だが、「Fine」のドラムが素晴らしいなと思ってクレジットを良く
見たら坂田学であった。どうだろう、この歌ものへの見事なアプローチ。
スタイルはともあれ、既に日本のジム・ケルトナーの域じゃないだろうか。
posted by cafebleu at 17:14| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 原田知世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

追憶の都

今の職場に就いてからと言うもの、やたらと出張が増えた。
それは既に自分にとっても珍しいものでも無く、
特に音声関連の新規案件が動いているので、主要事務所を
中心に回ったりすることは何も目新しい記事とも思えない。

但し、今回はやや珍しい所に赴いてきたのでそんな話と写真。

舞台は啄木によって「追憶の都」と称された岩手は盛岡。
普段西の、しかも都市へ向かうことは多いのだけど、北上は
北海道を除けば初めての経験である。プライベートでも東北地方で
盛岡に行った記憶は余りない。そもそも実家が長野に移ってから、
旅行でそれより寒い土地へ行くという気持ちと機会が激減した
と言うのも有るかもしれない。

今回はとあるリクエストによって盛岡の事務所への訪問となった。
まぁ職種上そこにITインフラがあるからと言えばそれまでだけど。

IMG_0093[1].jpg
御覧のように今回の行先は東北、しかも本州ではかなりの北東である盛岡

東北新幹線での道中と言うのはひたすら北上すると言うものなのだけど
少しづつ、県土の大きさからかただ田園が拡がると言うだけでなく、
その一コマが大きくなっていくように思える。

地方に行けば高い建築物の密集が減っていくのは物珍しくは無いし、
自分も現在では長野に実家が存在しているわけだから、そんな光景は
毎度のように目にしている。しかしながら、そのコマの拡がり方と
空気が澄んでいくのを目で感じるような淡い風景の中の透明感は
実質東京からの距離が200km程度である長野とは見え方が違う気がした。

IMG_0096[1].jpg
野村イーグルスが最後の熱戦を続けている宮城辺りを抜けるかと言う所。

また、北の地と言っても太平洋側に面する仙台や盛岡の空と、
最終的には日本海に抜けていく長野、新潟の空の青さと言うのは
まったく異なるような印象を受けた。

IMG_0099[1].jpg
盛岡に着いてから最初に通った橋より望む。何てことないのに凄く綺麗。

9時の電車でお昼着と言う、たとえ新幹線が高速でも、道が平坦で
スピードが出ていると言っても、ほぼ3時間かかって盛岡に着いた。

早速同行した方のリクエストでわんこそばを食べようと言うことになり、
(冷麺と言う響きには秋が進み過ぎていた)そば屋にて期待通りのわんこを。

結局せかされるのに皆胸いっぱいになり、3人で30皿と、
決して多くは平らげられず。ま、記念

しかし、言った本人の意図とは違った意味で「追憶」を実感した。
何と言うのだろうか、時間の流れが何処かで違う方向を向いてしまった
単に止まっているというよりは、やはり東京から実質距離でこれだけ
北上すると、2〜300km付近では得れない情緒と言うものを感じる。

IMG_0101[1].jpg
写真だけで言ってることを実感するのは難しいけど、このショットが
結構上記で述べたことを物語っている。街の中央商店街である。

長野だって十分に時間が止まってるし、事実家までの一本道は延々である。
しかし、信越地方の見せるローカルさと、盛岡が見せるローカルさと言うのは
明らかに違いが有るような気がする。それが何かは明確ではないけど、
強いて言うなら文学的なんだろうか。それは何も啄木のせいだけでは無い。

などと、のたまってみても、事務所に着けばビルも近代的で、
大きくは無かったけど、はっきり言って自分が普段働いている東京の
オフィスよりは随分と綺麗で現代的であった。喫煙所もちゃんと用意
されていて、東京のようにわざわざ下に降りて吸わなくても良い。

滞在中は非常に天気に恵まれ、予想されたような厳しい寒さは
夜分などを除いて感じることはほとんどなく、快適だった。

仕事であるのと、滞在時間が短かったのでほとんど周ることも叶わず、
その点は残念だったけど、いずれ再訪してみようと思う。
きっと東北でも秋田と仙台に挟まれて地味にも映る盛岡だが、
違った魅力が有るのではないかと感じた。

IMG_0111[1].jpg
帰りしなに前沢牛のタルタル仕立ても食した、おいしかった

しかし、(自分としては)これ程までに写真を残したのは、何も盛岡だから
と言うだけでは無く、今回同行した同業別部署の先輩がITガジェットの
物欲に駆られているような、有る意味良きヲタであるので、
彼がiPhoneでTwitterのリアルタイム更新に夢中になっている最中、
「もっとガジェットを君も活用しなさい」と指導され、その通りだと
思って色々と頑張って写真を撮ってみたりした。

この人は好きが高じて出世している好例の一つで、まぁSmartphoneなら
ほとんど所持しているし、もちろん今回のカメラはオリンパスのPEN白モデル、
PCならLet's Note等々、ガジェット好きが泣いて喜ぶ「ここは押さえろ」的
商品をほとんど網羅している漢である。技術も相当だし、踏み間違えると
叩き潰された者も居るけど、僕はオポチュニストですから靡くのである。

ITでも部署が違うのでしばらくまた同行は無いだろうから、
僕の写真シリーズも続きはしないだろうけど。
posted by cafebleu at 12:26| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

オポチュニスト

さて、気がつけば大分涼しくなってきた。

今年は39度ですとか異常な暑さは無かったけど、
総じて暑い時期が長いような気がする。
実際に現在も10月にはなったものの、昼間は
半袖でも過ごせる日がある。

雨の日が多いことに秋は感じるが。

そう言えば、アコギをこの前買った。
いつもの様に入念に欲しいものを物色したり調べた訳では無く
ある意味必要に駆られてと言うものである。

以前所持していたタカミネの12弦は余り役割が無くなったのと、
やはりショートスケールは自分のはっきりした
ストロークスタイルにはややテンション負けしてしまう
(恐らくは「マン・オブ・グレート・プロミス」をやろうとするから)
ので、売却してしまった。

・・ごめん、ルックスが何よりも気に入らなかった。

もし、アコギを買うならエピフォンから限定で出たテキサンをと
思っていた。凄くざっくりと表現するなら
「ギブソンを音色をフルスケールで」と言う立ち位置か。

真のポールヲタの為のギターと言うほうが手っ取り早い、か。

その位の構想で、取り敢えずその手ならWithに行ってみようと
思って赴いてみた所、レフトハンドしかなかった。
ビーヲタバンドのポール役でも有名なオーナーさんに尋ねてみると

「レフトハンドを逆さまに使えばある意味ポールっぽいから有りだよ」

そう言うと思ってました。でも、右利き用の在庫は無いんですね。
それも格好良いかなと思ったものの、ナットを付け替えは必須だし、
何よりも、ブリッジが逆さまになることでオクターブピッチが
おかしくなるではないか。それに関しては、

「ポールは最初気にしてなかったみたいね〜後で補助具つけたけど」

僕は凄く気になるので、その調整をお願いすることにはなりそうだ。
その手のチューニングはお手の物だろうから。

そんなカスタマイズ込みで考えると結構な値段。
正直ギター自体も安いものではないし、何よりも僕はライブ用に
必要性を感じているので、出来ればピエゾを導入したかった。

出来ればそう言った工賃は上記のような「ためになる」ものに
費やしたい。結局そう思ってしまうところが楽器としてのビーヲタに
なれないところなんだと話しているうちに痛感してきてWithを後に。

どうしたものかと考えて、WEBを見ていたら、クロサワ楽器で
ギブソンとマーティンのフェアをやっていた。
なんだかビートル楽器を追う意欲が先程ので減退したところに
Doveが目に入った。これね、前から綺麗なギターだと。

元々サンバースト赤めって感じに弱い。ES-335も4001も赤系。
ストラトも実は純粋に一番好きな色は3トーンサンバースト。
ただ、ストラトは敢えて車の様な気持で色選びするのでサンバーストを
購入したことは無いのだけど。ソリッドカラーが好きである。

と言うわけで、時間も夜だったので急いで練馬から御茶ノ水まで。
黒澤ならマーティンの代理店だし、アコギは専門店があって安心。

辿り着いたら、確かにマーティンのD-28とギブソンのJ-45だらけ・・・。
こんな同機種の在庫が展示されているのは余り記憶に無い。

もうどちらも文句なしの定番アコギである。
取り敢えずどっちを持っていても損は無い。
しかもJ-45はテキサンのギブソン版(むしろテキサンがJ-45の派生だが・・)
と言っても問題は無いので願ったり適ったりである。

この時点ですでにDoveの事は頭に無い。何という無計画、風見鶏。
そもそもDove良いなと思ってローソンに向かったらDoveだか
HummingBirdだかを構える長渕剛のポスターを見て何だかその気が失せた。
凄いマッチョと日サロ色だねと思いつつ、まぁそんな事はどうでもいい。

何故、ポールもこよなく愛するD-28が一向に候補に上がらないのか。
それは正直言うと僕にとりマーティンが余りにもメジャーすぎて
購買意欲が湧かないから。特にD-28レギュラーラインはある意味
ミドルクラスギターの「入門編」、何となく2位贔屓的思想を持つ
自分にとって、マーティンは燦然と輝きすぎている、そんな偏見。

で、結果としてはどうしたのかと言うと、マーティンのD-28を買いました。
だってどう考えてもこの値段帯では鉄板すぎるじゃないですか、これ。

ギブソンとの音色比較って言うのは、最後は好みによるので
言及しないけど、やっぱり誰もが描くようなアコギの美しい音色を
普通に奏でてくれるマーティンの魔法ってのは凄いなって。
ちょっとミストーン出しても綺麗になっちゃうんだよね。
これも味かな?って勘違いするような感じ。何かES-335と近いような
イメージもあったりして。ギターで鳴っちゃうみたいな。

後はスケール。僕は自分の指の長さとかも含めて絶対フルスケール向き。
アタックも強いタイプだし、がっつりとしたフルスケールを持つ
マーティンの方がミディアムスケールのギブソンより向いてる気が。
でも、ナローネックだから弾きづらくは無いんですけどね。

でも、3時間とか弾いてると、指先の感覚が無くなってしまう。
その辺りは毎日弾いていられない身なのでなるべく練習でしっかり
弾いてギターの指を作っていかなきゃだけれども。

黒澤楽器って、マーティンの代理店だし、何かそちらに導かれた
と言うのも多分にあったりはするのだけど。
「入門であり到着点でもあるのがD-28です」だって。その通り。

てな訳で、マーティンを手にしたら解放が活かせるGのキーを
フィンガーピッキングで弾きましょう。


「Calico Skies」 Paul McCartney
posted by cafebleu at 01:11| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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