2008年08月27日

The Show Must Go On

"ある意味フレディの遺言通りになってしまったのが悲しい"

僕はクイーンが大好きである。
僕だけでなく、ポップファンやマニアの多くはクイーンが大好きだろう。
そして月9とオリコンのヒット曲しか知らない人だって今ではクイーンは有名人だ。
野球などスポーツ好きなら「伝説のチャンピオン」が胴上げシーンのBGMに
よく使われたりして知ってたりもするだろう。

本当にストレートでベタな展開をするバラードやロックソングに
枯渇したら間違いなくクイーンを聴けばそれは満たされる。

オペラティックな所やフレディの特異なキャラクターばかりクローズアップ
されるのだけど、その実はとても優れたグループで、以前も書いたが
4人とも趣向の違う作曲をしつつも各々代表曲を書いている辺りは
才能に他ならない。そのようなグループはほぼ皆無だ。

クイーンのファンというのは二つに分かれると思う。
一つは耽美的、英国的ハードロックの代表格としてのクイーンである。
サウンド的にはブライアン・メイのギターや楽曲が好きだろう。
アルバムで言うなら何は無くとも『クイーンU』、他には
『オペラ座の夜』と『イニュエンドゥ』辺りが好みだろうか。

もう一つは愛すべきポップメイカーとしてのクイーンのファン。
時折見せるふざけたような楽曲も、ストレートなポップソングも好みである。
実はジョン・ディーコンの楽曲が楽しみである。好きなアルバムは
『ジャズ』『華麗なるレース』『ゲーム』辺りなんてどうだろうか?

僕は間違いなく後者である。

この幅広いファン層こそクイーンの凄みで、ビートルズ亡き後、
少なくとも英国においては国民的バンドの座をクイーンが得ていくことを
踏まえても、クイーンはある意味深いのである。

「ビートルズの後釜なんて・・・」と思う向きも有るかも知れないが、
EMIがパーロフォン・レーベルを復活させたときに、最初にそのレーベルを
与えたのがクイーンだったのが何よりもの証だと思う。これは功労的な意味も
あるだろうが、パーロフォン復活第一弾は88年発表のアルバム『ミラクル』だった。
(後にパーロフォンを冠するのはレディオヘッドやブラーである)

もう一つ付け加えると、英国チャートにおいて、ビートルズの次にアルバムの
チャートで1位を多く送り込んでるのはU2やストーンズではなく
クイーンであることも忘れてはならないだろう。

アルバムにして9枚のチャートNo.1獲得を記録している上、ベスト5まで
と言う事になるならコンピも含め20枚ものチャートインを記録している。
更にはシングルでも23枚ものベスト10入りを果たしているモンスターぶりである。

勿論ビートルズの活動期間はわずか8年ほどで、その後コンピの数を
含めてもクイーンの実働年数である20年強には及ばないのでそれを加味する
必要があるが、例えば同じく20年以上の活動履歴を誇るストーンズでも
実際はこれほどの商業的成功は収めていないのだ。

別に音楽はチャートだけでは決して無いけど、そんなスケールの大きな話が
良く似合うバンドだったし、実際にスタジアム・ライブで見栄えのする人たちであった。
ライブ・エイドでは今でも語り継がれるパフォーマンスを披露したし、結果的に
彼らのラストツアーとなった86年のウエンブリーでの勇姿は今でも観る事が出来る。
中期以降は明らかに「芸術」よりも「ゲイ芸能」に徹しているのもある意味潔かった。

明らかにロックレジェンド的な要素よりも商業的な成功面が強いせいか、逆に
コアに語られることが少なかった彼らにとっての転機となったのは皮肉にも
フレディの病であった。

88年発表の『ミラクル』が比較的ストレートな作品であったにも関わらず、それに
伴うツアーを行わなかった辺りから”噂”は本格化しつつあったようだ。

それはフレディがHIVに感染し、発症しつつ有ると言う噂である。

そして、その噂は誰の目から見ても、耳に入る音からも明らかになる。
そのアルバムがフレディ生前最後の作品で、オリジナル・アルバムとしては
最終作と言って良い91年作『イニュエンドウ』である。



このアルバムは実質上前作『ミラクル』から1年強しかリリース期間が離れていない。
これはこれほどの大御所のリリースサイクルとしてはとても短い。

そう、急がなければいけないのには訳があった。

フレディの体はHIVの発症によってどんどん蝕まれつつあったのだ。

それはプロモーションビデオ等、誰の目から見ても明らかになっていた。
こけた頬、決して大柄では無いものの、しっかりとした体系を維持していたはずの
体が本当に細く、小さく見えた。何よりもあれだけ生気にあふれたオーラを失いつつあった。

正直ファンにとって『イニュエンドウ』は冷静な評価を下しづらいアルバムである。
サウンド的には良く言われるように初期を髣髴とさせるような耽美的ハードロックが
久々に随所で聴かれる。そしてそれ以上にアルバム全体が重苦しく、それは
フレディが諦めと希望の狭間で戦っている姿そのものにも思えてくる。

正直僕の好きなクイーンのサウンドが満載のアルバムとは違うのだが、
やはりこのアルバムを耳にすると、万感に駆られる。

楽曲もさることながら、このアルバムで聴かれるフレディの歌声は人生の最期が
迫っているとは思えないほど透明感があって美しいのだが、その反面どこか
ここまでの力強い彼の歌声と比べると、明らかに線が細く感じる。

僕はこの一枚のアルバムを通して彼は遺書を残したのだと思っている。
これは優れた音楽家にしか出来ない物凄い遺書であり、音楽作品である。

こんな事を言って良いのかわからないのだが、彼の死は突発的なものではなく
徐々に彼を追い込んで行くタイプのものであった。だからこそ彼は壮絶な生き様を
作品に閉じ込めることが出来たのだとも言える。

「ショー・マスト・ゴー・オン」は『イニュエンドゥ』リリース後、シングルとしても
リリースされている。発売日が91年10月で、これはフレディ死去の1ヶ月ほど前だった。
勿論生前最後のリリース作品となったわけだが、この曲をラスト・シングルとすることを
フレディやメンバーの中で既に決めてあったのではないだろうか。

既にここまでアルバム『イニュエンドゥ』からはタイトル曲「イニュエンドゥ」の他に
「アイム・ゴーイング・スライトリー・マッド(狂気への序曲)」「ヘッドロング」がリリース
されていたのだが、結果的に彼の壮大な遺書のようになってしまったこの曲を
最後に回したのはバンドの意思だったのではないかと感じる。


「The Show Must Go On」('91) Queen

プロモ・ビデオ自体もここまでの彼らの映像がふんだんにコラージュ
されたもので、それがまた走馬灯のようで、観る者の心を打つ。
恐らくは既にプロモを撮影できる状態ではなく、結果的にそうなったのだろうが。

楽曲自体は、比較的ステレオタイプな欧州的歌謡ハードロックテイストの
コード進行とアレンジなのだが、やはりこの曲を感動的にしているのは
フレディの砕け散ってしまいそうなそのヴォーカルに尽きるだろう。

そして、自らの現在と重ね合わせられるその歌詞である。
”ショー”を続けなければならない、もしくは続けたかったのは誰よりもフレディ
本人だっただろう。しかしながら、それは既にかなわぬ願いとなりつつあった。
その最中に揺れながらも力強い歌声を、僕は何度聴いても込み上げる物がある。

皮肉にも、”ショー”を今でもやり続けているのは、フレディではなく、ジョン・ディーコンを
除いて、残されたほかのメンバーだった。しかもポール・ロジャーズと言う
有り得ないような選択肢を用いて、である。

僕はフリーが大好きだし、そこでのロジャーズのヴォーカルは素晴しいと思うが。
晩年のドサ周り歌手のような風情の彼を起用する安っぽいセンスに呆れてしまった。

結局のところ、フレディの遺言通り、ショーは続けられて、残されたものは食扶持を
得ているわけである。でもフレディはそれで良いと思っているような気がする。
クイーンは偉大なる”商業芸能”バンドだったのだから、それで良いのだ。
しかしながら僕は今のクイーンを耳にしたいとも全く思わないが。
その点でここに合流しなかったジョン・ディーコンが彼の楽曲同様とてもクールに思える。

僕はこの曲の一番のハイライトは後半に差し掛かる前のCメロ部分だと思っている。
ハードなギター・ソロに導かれ、ややサイケな音響で、他の重苦しいパートから
一瞬解き放たれたかのように聴こえるこのパートの美しさこそ、
この曲を崇高な物にしているような気がするのだ。またこの部分の歌詞も美しい。

空に羽ばたく蝶のように彩られた僕の魂は
昨日のおとぎ話のように色あせることは無い

友よ、僕は飛ぶことが出来るんだよ


僕の好みの音楽の中ではやや異質なクイーン、最初はまぁ音楽的に
自分にも好きなところがあるな、なんて部分から聴くようになったのであるが、
今となっては素晴しい生き様を見せてくれたフレディに対して畏敬の念を持っている。

正直お世辞にも格好良いとは思えないし、余りにもなその風貌にも当初は
嫌悪感すら感じた記憶もあるのだが、彼と言うのは稀有な人で(言うまでもないか)、
その存在で人に希望を与えられる人だったような気がする。

今回このコラムを書くために久々にYouTubeなんかでビデオなんかを観ていたが、
改めて彼の生き生きとしたライブでのパフォーマンスを観るにつけ、彼が亡くなってから
もう17年ほどの年月が経っているのが、何だか今でも信じられない感じもする。
それくらい彼の生前の姿は”生”の躍動に溢れていたのではないかと思う。

正直今観ていると、切れたマイクスタンドのような物を持っている不可思議な
パフォーマンスや”レロ〜”と言って観客を煽るわけのわからない盛り上げも、
上手いが異様にタッチの強いピアノ演奏も、”俺たちは世界のチャンピオンだ”
と言うどうしようも無い歌詞を力強く歌い上げる姿も、
何故だかもうこれを観ることが出来ないと言う気持ちに支配され、
どうにもセンチメンタルな気分になる。

彼はそんな想いにさせてくれる千両役者でもある。
ファンを悲しませ続けることが出来るのはこんな去り方をした
フレディくらいのものだろうと改めて思ったりもした。

またいずれ機会があればクイーンのアルバムについても。


「Somebody To Love」('82 Live At Milton Keynes)
長らくブートでは名演として有名だった82年のミルトン・キーンズにおけるライブでの
「サムバディ・トゥ・ラブ」である。元々ゴスペルの薫りがするこの曲であるが、
スタジオテイクよりも力強く、ソウルフルに熱唱するフレディのヴォーカルが素晴しい。
posted by cafebleu at 23:34| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Queen | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月16日

"SMiLE"とサブカルチャーと淡夢の終わり 06 〜Breakaway〜

”華々しく、充実した幕開けになるはずだった移籍と70年代”


69年にリリースされた『20/20』をもって、愛憎入り混じる関係とも言えた
キャピトル・レコードとの契約は終了する事となった。

前項で書いたとおり、この時期のブライアンの状態は芳しく無く、
アルバムにほとんど新曲を提供できなかった。

しかしながら、アルバムリリース後にブライアンは回復の兆しを
見せ始める。とても勝手な話なのだが。

そして、シングルとしてキャピトルから最後のリリースになった曲が
「ブレイクアウェイ」となった。この曲は、当時ベットに篭りがちだった
ブライアンが突如創作意欲を取り戻し、作曲からプロデュースまでを
久々にすべて一人で行った(作曲自体は父との共作)意欲作であった。


「Breakaway」('69) by The Beach Boys
カールの歌うメロウなAメロ、そして短めのブリッジを経て、一気に向かう
アルの歌う開放的なサビ。そのどちらも見事な仕上がりで、聴く者に息をつかせない
完璧な”3分間のポップチューン”である。比較的難解なコードやハーモニーで
聴かせる事の多いビーチボーイズの楽曲にあって、ストレートなポップ感が
ポールやビートルズ好きにも聴きやすく感じる。事実イギリスで大ヒット曲となった。


上記の通り、今聴けば間違いなく彼らの名曲の一つであり、今でもブライアンがツアーで
良く取り上げる曲の一つであるが、直近のアルバムにも入ってない上、キャピトルが
既に自らのレーベルを離れることが決まっているバンドのシングルをまともに
コマーシャルしてくれるとも考え難く、楽曲やブライアンの充実とは裏腹に、全米63位と言う
パッとしない順位で終わった。但し、彼らへの評価が高まっていたイギリスでは6位に
食い込むと言う、この時期においては大健闘を見せることになる。
実際楽曲もイギリスの方が受けそうなポップ感を持っているような気がする。

このシングルの失敗もあってか、またブライアンは落ち込んでしまったようだが、
それでもこの曲は、来るべき70年代の充実を十分に予感させるものであった。

そして、ビーチ・ボーイズはレコード会社を移籍することになる。
その移籍先は、ヴァン・ダイク・パークスも所属するワーナーであった。

当時、ワーナーの社長がBB5贔屓だったこともあって念願の移籍であったようだが、
そう簡単ではなかったようだ。それもそのはずで、当時どんどんチャートが下降線を
辿っていた”過去の遺物”みたいなバンド、しかも中心的なコンポーサーである
ブライアンが精神的に病んでいるのが公になっている状態で、喜んで契約をしたがる
レコード会社があるとも思えない。

この契約自体も思ったよりBB5にとっては不利なもので、その中には
「スマイルの音源を積極的に利用する、もしくは再リリースする」と言うような
条項もあったようだ。また、アルバムの内容に関してもそれなりに口を出すと言った
条件もあったようである。

そうは言っても、最後は裁判沙汰にまでこじれたキャピトルを離れられた開放感は
有ったであろう。もちろんその仕打ちとしてキャピトルは彼らの移籍後、すべてのカタログを
廃盤にすると言う仕返しを行うのだが。

ともあれ、新レーベルでの記念すべき1作目をリリースすべく、アルバムの録音作業は
始まった。それは「ブレイクアウェイ」で見せたような開放的かつ力強い路線を引き継ぐ
ものとなった。

何度かワーナーからの検閲は入ったようだが、無事移籍第一弾として発売されたのが
70年発表の名作『サンフラワー』である。



このアルバムは、簡単に言うと、『フレンズ』や『20/20』で試行錯誤していた、
「ブライアンだけでなく、バンドとして自分たちに何が出来るのか」と言う部分での
集大成とでも言える様なアルバムである。

そこまでは、結局ブライアンが弱ると、ほかの面子では力不足な面が目立ってしまったが、
ここに来て、デニスが朴訥とした魅力のある楽曲を書けるようになり、そしてカールは
ヴォーカルの熟成だけでなく、プロデュースにも力を発揮するようになる。
更にはそこまで控えめだったブルース・ジョンストンが持てる力を発揮できるようになり、
”バンドらしい”傑作が作られる素地が出来上がったと言えるだろう。

勿論ブライアンもアルバム全編とは言わないまでも楽曲を提供出来るくらいに回復を
一時的ではあるが見せていた時期である。

そう言った要素が交じり合って、非常に充実し、バラエティに富んだ、今までと違う魅力を
持つBB5のアルバムが完成することになった。それが『サンフラワー』である。

最も、『サンフラワー』が発表されるまでの過程すら、順調と言えるわけではなく、
当初『サンフラワーズ』もしくは『アド・サム・ミュージック』などと言う仮タイトルで予定
されていた移籍第一弾アルバムは、ワーナーからの検閲なども入り、幾度か収録予定曲
を変更し、最終的には『サンフラワー』として世に出たのである。

なので、この時期に録音された楽曲の中で、どうして『サンフラワー』に収録されなかったのか
と言う佳曲もアウトテイクには多く存在する。

一番惜しかったのは、既に上記で紹介済みの名曲「ブレイクアウェイ」だろう。
ブライアンが、突如閃いて作られたこの曲は、ワーナーでの最新シングルではなく、
キャピトルでのラスト・シングルとなってしまった。この曲は収録すべきだっただろうが、
当然レコード配給会社が異なるので収録できなかった。

上記は取り敢えず発表されているからいいとしても、未発表曲でとんでもないクオリティのものが
この時期にはあったりする。それが98年に発表されたサウンド・トラック『エンドレス・ハーモニー』に
収録された未発表曲「ソウルフル・オールド・マン・サンシャイン」である。



この曲はサンレイズのリック・ヘンとブライアンの共作による壮大な”ソフトロック”で、
オープニングの豪快なハーモニーから、息つかせぬポップな展開に、カールの正に
”ソウルフル”なヴォーカルが乗ると言う逸品で、この開放的なサウンドが『サンフラワー』に
ぴったりなのにも関わらず、何故ここまで陽の目の見なかったのか、本当に疑問である。

『エンドレス・ハーモニー』は一見同名のドキュメンタリー番組のサントラ体裁を取っているが、
その内実は貴重な未発表曲、テイクのオンパレードで、前述「ブレイクアウェイ」の
ブライアン一人で歌うデモや、「ティル・アイ・ダイ」の発表版より長く、遥かに美しいミックス、
「英雄と悪漢」の一見ラフなピアノ・デモが、実は途中から『スマイル』の重要な未発表曲(当時)
である「アイム・イン・グレート・シェイプ」「バーンヤード」の歌メロへと展開していくとんでもない
貴重な”断片”であったりと、マニアには必携とも言えるアイテムの一つである。

これだけアルバムに入れるべきでは無かったかと言うマテリアルが欠けている『サンフラワー』
ではあるのだが、それでも内容は非常に充実している。

デニスのファンキーな1曲目「スリップ・オン・スルー」に導かれ、ギターリフとカールの
力強い歌メロでスタートする「ディス・ホウル・ワールド」はファンには大人気の名曲である。
この僅か2分足らずの楽曲の中に、息をつかせない美しいバースが次々と訪れ、
聴く者を虜にして飽きさせない。ある種ポップで性急な曲調にミスマッチにも聴こえる
ゴージャスでゆったりとしたコーラスも素晴らしければ、カールの潤い溢れるヴォーカルも
完璧と言う言葉以外見当たらないのである。

続いて、初期を髣髴させつつも、どの初期の彼らの曲よりも壮大なコーラス・ワークが
楽しめる「アド・サム・ミュージック・トゥ・ユア・デイ」もBB5流ゴスペルと言った趣で
捨てがたく、現在のブライアンのツアーでも人気曲の一つである。

「ディードリ」はブライアンとブルース・ジョンストンによる共作で、各々の特徴が良く出た
佳曲である。ブルースらしいやや甘めのヴォーカルと歌メロのAメロの後、
ブライアンの突き抜けるようなファルセットが響くサビへのメリハリが心地よく、
ただの甘いソフトロックに終わらせない。

もう一つのブルース作でこちらは単独作の「ティアーズ・イン・ザ・モーニング」は意欲作で、
実はコード3つほどの展開が延々と続くのだが、都度歌メロやアレンジを変えて、
立派な”ポップ・ソング”として成立している。コードを多用するイメージのある人だが、
ミニマルなコードで”聴かせられる”歌を作ると言うテーマはポップ職人にとって、
一度はやりたい職人芸なのだろう。

ポールの「幸せのノック」「心のラブソング(Silly Love Song)」もその好例である。

そして、アルバムのハイライトの一つであるデニスの「フォーエバー」もこの作品を
象徴する1曲である。作風はここまでも見せてきた朴訥としつつも味わい深い
スローテンポな曲なのだが、その作風の完成系とも言える仕上がりである。

まだデニスの声も晩年のようにしわがれておらず、淡々と、渋いながらもジェントリーな
その歌声と、それに対比するようなブライアンを中心とした迫力のあるコーラスも完璧である。
後半の”Baby, Baby”と言うコーラスの掛け合い部分が何度聴いても美しい。

カール中心に作られた「アワ・スイート・ラブ」も派手さは無いのだが、『ペット・サウンズ』を
思わせるような深い音像のアレンジが心地良い、隠れた名曲の一つである。

そして、ラストにはお馴染み『スマイル』セッションから作られ始め、『ワイルド・ハニー』
セッションで現在の形の原型になった「クール・クール・ウォーター」が収録。
中盤の不穏なコーラス・パートは『スマイル』セッションのものをそのまま流用したものだし、
この曲の原型自体がセッション中に録音された「アイ・ラブ・トゥ・セイ・ダ・ダ」と言う曲である。

曲自体は如何にも『スマイル』時代らしい抽象的でサイケデリックな作風である。
アルバムの雰囲気には合ってないような気もするのだが、まぁこれはこの時期の
ビーチ・ボーイズの”お楽しみ”編みたいなものだろうから、それは致し方ないか。

これだけこのアルバムには良い事が思いつくし、実際に現在では名作の誉れも高く
個人的には大げさとは思うが、この作品を「BB5の”サージェント”である」と言う人までいる。
バンドとしての結束感が良い形で結びつき、バラエティに富みつつ充実した楽曲が揃うと言う
素晴らしいアルバムである。70年代と言う時代背景が生んだ録音技術の向上も、彼らの
美しいハーモニーをこれまで以上に堪能でき、本当にベストのタイミングで作成されたと思う。

しかし、意気揚々と、移籍の船出を告げたかにも思える名作『サンフラワー』だったのだが、
当時のチャート的には151位と言う、信じられないような結果に終わってしまう。
これは『フレンズ』の失敗を上回る(下回る?)結果である。

当時人気を博していたイギリスにおいても29位と言うぱっとしない結果となってしまった。

この結果には本人たちも落胆しただろうが、それ以上にワーナーが酷くショックを受けたようだ。
まぁ当たり前だろうが。

どうしてこれ程までにチャート的に失敗したのか理由に窮する作品である。
『フレンズ』の場合、今の耳で聴けば”癒しの小品集”とでも言える良さはあるが、
一つの作品としての弱さは拭えないし、キャッチーさにも欠けるし、時代がロック一辺倒
なのに、チルアウトみたいなポップアルバムなんて誰も求めてなかっただろうとは推測できる。
それに比べると『サンフラワー』は、適度に70年代の横風を受けつつも、彼ららしさを失わず、
かつ力強い楽曲がしっかりと並んでいる。バラエティも豊かだし、開放的なジャケットだって
悪くない。それなのに、である。

強いて言えば、やはりワーナーが神経質になって検閲に走った結果、収録すべきだった
曲を外してしまったり、ブライアンの気紛れで、キャッチーさではトップクラスの
「ブレイクアウェイ」のこのアルバムに入れなかったりと言う所だろうか。
大体においてレコード会社が執拗に内容の方に立ち入ると、かえっておかしな方向に
行くものである。

そうは言っても今日では、彼らの作品の中でもベスト5内に間違いなく入る名作で、
個人的にこれからビーチ・ボーイズを聴きたいと言う人に最初にリコメンドしたいアルバム
はこれで決まりである。それくらい聴きやすいのである。

彼らの初期も素晴らしいのだが、リアルタイムでない耳で聴くと、ややオールディーズ感が
強くて、懐メロ的にいいねとなってしまう傾向がビートルズ以上に強い彼らなので
(ミスター・ドーナツで流れるオールディーズにおあつらえ向きなのである)
現在のポップ・ファンやビートルズ好きには、このアルバムがお奨めなのである。

しかし・・・やること成す事上手く行かないとはまさしくこの事で、本当に息の長いバンドで
ありながら、ある意味幸の薄いバンドでもある。普通この内容でここまで失敗しないだろう。

そして、彼らはこの失敗を受け、いよいよ迷走の70年代を更に突き進む事になる。
ブライアンは更に病状を悪化させ、遂には大事な能力の一つをこの先失うことになる。
posted by cafebleu at 23:58| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | Brian Wilson[Beach Boys] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月08日

Out Of The Sinking

Paul Weller "22 Dreams" Tour In Japan 2008
At the SHIBUYA-AX 7.8.'08


「走馬灯のように巡る極私的ないくつかの出来事」

TS3E0062[1].jpg

数ヶ月前にウェラーの新作『22ドリームス』がリリースされ、その好評も
冷めやらぬ内の今回は来日となった。

通常海外のミュージシャンが新作に合わせて来日する場合と言うのは、
先ずはマストであろう自国の全国ツアーを中心にスタート、そこに英国の
ミュージシャンの場合なら、フランスやドイツなどその他主要欧州国や、
更には北米ツアーなどを優先して回り、その最後のほうに極東である
日本などにやってくると言うパターンが少なくない。

まぁこれはある程度仕方の無いことで、ウェラーのように英国ではレジェンドでも、
北米での成功を収めていないミュージシャンなどは、いよいよ日本ではある意味
マイナーな存在になるので、本国との差異が激しく、ミュージシャンによっては
本国で大きなホールが当たり前のミュージシャンがわざわざ日本まで行って
ライブハウスみたいな箱なんかじゃやりたくないよと言う姿勢も有って余り
お目にかかれない人も少なくは無い。

過去のウェラーもややそんな部分があり、ソロ以降で最も成功を収めた3rdアルバム
『スタンリー・ロード』のツアーでは、結局日本には来てくれなかった。

イギリスではロイヤル・アルバート・ホールなんかでライブを行ったりしているが、
他にロイヤル・アルバート・ホールで思い出されるのが、クラプトンな訳だから、
彼は英国では乱暴に言えばクラプトン辺りと遜色の無い存在なのである。
しかしながら、日本でクラプトンとウェラーの知名度が同等とはとても言い難い。

しかし、今回は恒例になった夏のイベント、『サマーソニック』に合わせての来日で、
特別に一日では有るものの、単独公演も行ってくれるとのことで、フェス嫌いの自分も
安心して、アルバム発表直後の鮮度の高いライブを観に行く事が出来た。

結果からすると、数十年に渡るドラムのパートナーであったスティーヴ・ホワイトと
袖を別ち、新しいバンドでのサウンドはまだまだ発展途上だが、青臭さも悪くないと
感じたり(近年のマッカートニー・バンドと何処か共通点も)していたが、次第に
音楽そのものよりも、僕は色々な想いが心をよぎり始めた。

いつもはなるべく音楽的な事を中心に僕は感想を書いているつもりで、そこには
勿論半官贔屓な所も大いに有るのだけど、私的なレビューと言うスタンスである。

しかし、物心ついた10代から彼のサウンドのみならず、スタイルにも感化され、
淡々とファンで有り続けた自分と、そして相変わらずの格好良さとパワフルさを
見せるウェラーも気がつけば50台になったのを視覚的にも多少は感じるのを
見るにつけ、改めてだいぶ時間が経ったのだなと、お互いに。

お互いなんて言ってもそれは僕の勝手な思い込みであるし、僕が数年おきの来日に
足繁く通って、勝手な”再会”を果たし続けていることなんて、彼は一生知ることは無い
だろうし、それで構わない。僕が勝手に”今回も観に来たよ”と心で問いかければいい事である。

でも、そういうファンらしい感情を通り越して、どこか”感傷”に浸っている自分があった。

それは彼のライブに行った時の若き日の自分がフラッシュバックしたからかも知れない。
これも長年のファンらしい事なのだけど、今回は特にそういう想いにふけりながら
彼の歌声を淡々と聴いている自分が居た。

だからいつものように音楽的な感想が思うようにすらすらとは出てこない。

同世代位のサブカルチャー黄金期を過ごしたファンたちを見ていても、何だか
色々と思ってしまう自分もいた。歳を重ね、サブカルチャーの見た文化的な
”働かない”思想は、もろくも崩れ去り、そしてやや老いて崩れた体系に
くたびれたフレッド・ペリーやベン・シャーマンを着ているのは果たしてモッドな
行為なのか。いや、全く違うだろう。そんな事も思いつつライブを聴いていた。

最も自分を客観的に見つめることは出来ないので、自分も同じ穴のムシナでしか
無いのかもしれないけど。

何だか自分の話ばかり長くなってしまった。

ライブ本体は前述の通り、長年のバンド・メンバーであったスティーヴ・ホワイトと
デーモン・ミンチェラを、アルバムと同じく欠いた事により、ベースとドラムが入れ替わった
ので、大きくグルーヴが変わっていた。

ドラムは若くて性急で、まだまだ青さが残る。「22ドリームス」や
「フロム・ザ・フロアボーズ・アップ」辺りでは疾走感溢れる感じが良かったが、
基本的にミドルテンポが多いウェラーの楽曲全体ではまだまだと言う部分も多かった。
スティーヴ・ホワイトがしつこいくらいロールを入れてくるタイプなので、それもほとんど無く、
まだまだ新作の曲数が多くない現状では、以前の曲はやり辛いのかも知れない。
今回はオーシャン・カラー・シーンのオスカー・ハリスンのような選択肢があっても
良かったかもしれない。

ベースはリッケンバッカー4004を構える”如何にも”ブリティッシュなチョイスのミュージシャン。
ベースは前のブログの通り、デーモン・ミンチェラやヨランダ・チャールズのような馴染み以外の
者が来ると、嫌な思い出しか無いので不安材料だったが、思ったよりは安定したプレイを披露。
リッケン4004も基本はソリッドながらも音色は多彩で、指からピックまで使い幅広い音を
出していたように思う。サブに置いてあった4001も1曲披露。やっぱ音硬いな4001は。

いかんせん弾きすぎてしまうきらいが有ったものの、及第点は与えられるか。
でも個人的なウェラーバンドのベスト・ベーシストはヨランダ・チャールズである。
黒人女性の弾くグルーヴィーなベースは本当にクールである。
それに視覚的に格好良いしモッドだよなと。

オープニングにぴったりな「ブリンク・ユー 〜」で始まり、かなりアップテンポな
「22ドリームス」「フロム・ザ・フロアボーズ・アップ」が息つく間も無く続く。

序盤でピアノに向かい、ジャム時代の人気曲「カーネーション」を披露し、
新作でもキラキラとした仕上がりが印象的だった「エンプティ・リング」もサイケで良かった。

「プッシュ・イット・アロング」の力強い出来は素晴らしく、これはアルバムよりも
ライブで聴いて良さのわかる楽曲と言えるか。

今回のライブはジャムやスタカンの曲も前回より抑え目で、ソロ以降の曲も
おそらく初めて1stソロと2ndの『ワイルド・ウッド』から1曲も演奏されなかったのが
印象深い。

それに加え、前回のツアーではアコースティック・コーナーなども設けてバラエティに
富んだステージを披露していたが、今回はバンドのせいもあるだろうが、ストレートな
選曲、演奏が多く、ウェラーは結局一度もアコースティック・ギターを弾くことが無かった。

だから新作『22ドリームス』の楽曲も披露したほとんどがアップテンポなナンバーで、
このアルバムの特徴になっていたアコースティックであったりジャジーな側面は
ほとんど伺えなかったのが少々残念言えば残念だったかもしれない。

むしろ決め所で快活だった前作『アズ・イズ・ナウ』のナンバーが配置されていたので
まるで『アズ・イズ・ナウ』のツアーみたいにも見えた。そんなハードなウェラーも悪くないけど。

個人的にはわざわざMCで「1曲だけ”ヒーリオセントリック”から演るよ」と紹介して
披露された「ピッキング・アップ・スティックズ」が好きなナンバーだったので嬉しかった。

「ウィッシング・オン・ア・スター」は最近、クラドックによる切れのあるギターの見せ所に
なっていて、前回はアコギで技巧的なソロを、今回はエレキで長尺なソロを披露。
クラドックは良いギタリストである。

もはや定番のバラード、「ユー・ドゥ・サムシング・トゥ・ミー」ではかなりの歓声が。
この曲、回を追うごとに人気が高くなっているような気がする。

確かに渋いながらもメランコリックかつ控えめなアレンジが聴けば聴くほど良い曲で、
ファンにとってじわじわ浸透している曲なのだろうか。

新作からの変拍子ナンバー「エコーズ・ラウンド・ザ・サン」はかなりハードで
アレンジも相当に格好良かった。

ジャムからの代表曲「イートン・ライフルズ」で場内が絶頂に達したところで
最後には『スタンリー・ロード』からの長尺ナンバー、「ワールプールズ・エンド」が。

この曲を観ていて改めて思うのが彼のバランスの良さである。
この曲のハードさや長さを味わっていると、まるでハンブル・パイのマリオットのようにも
思えるときがあるのだが、でもそこまでくどくは決してならないのだ。

でもスモール・フェイセズよりは明らかに熟しているし、かと言ってウインウッドのように
優等生過ぎることも決して無いのである。このバランスのよさは本当に毎度思うところで、
彼が”モダニスト”として絶妙のバランスを保ち続けていることを感じさせてくれるのである。

この後アンコールで代名詞の「チェンジング・マン」1曲を披露してあっさりとステージは終了。
後はサマソニでのお楽しみと言ったところだろうか。僕は行かないけど。

何よりも自分が歳をとったせいか、涙腺が弱くなったり、感傷的になって、昔ほど
淡々とライブを観れなくなったのかも知れないけど、まだまだウェラーは十分に健在で、
これからも意欲的なアルバムやライブを見せてくれるだろうと思った夜であった。


「また応援しに行くからその時まで元気で」


-SET LIST-

1. Blink And You'll Miss It
2. 22 Dreams
3. From The Floorboards Up
4. All I Wanna Do (Is Be With You)
5. Out Of The Sinking
6. Sea Spray
7. Carnation
8. Empty Ring
9. Porcelain Gods
10. Push It Along
11. Peacock Suit
12. Picking Up Sticks
13. Wishing On A Star
14. Broken Stones
15. Have You Made Up Your Mind
16. Speak Like A Child
17. Invisible
18. You Do Something To Me
19. Echoes Round The Sun
20. Come On / Let's Go
21. The Eton Rifles
22. Whirlpool's End

-Encore-
23.Changing Man


-Albums-
『22 Dreams』

『As Is Now』

『Stanley Road』

『Heavy Soul』

『Heloocentric』

『Studio 150』
posted by cafebleu at 21:47| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Live Report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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