2008年06月30日

"SMiLE"とサブカルチャーと淡夢の終わり 01

最近良くビーチ・ボーイズやブライアン・ウイルソンを聴く。

勿論昔からある部分ではビートルズ以上にブライアンの楽曲は
響くところがあるのではあるが、聴かない時は意図的にプレイヤーの
リストからも外してある。それがどうしてかは長くなるので別のときに。

今更ではあるが、数年前にブライアンが『スマイル』を完成させた時の
衝撃と言うのはファンとレコード・コレクター誌にとって大きなものであった。



言わずもがな『スマイル』はブライアン(ビーチ・ボーイズ)がビートルズと
ポップ・ミュージックの威信をかけて戦っていた頃の頂点となるはずだった。

『ラバー・ソウル』は恐らく本人たちが意図せずして作った
”コンセプト・アルバム”だったと僕は思う。

勿論それを彼らが強く意識するのは『サージェント』からなのは間違いない。

だから”無意識”と定義している。

リリースを強いられていたと言う理由も有るのだろうが、『ラバー・ソウル』は
ジョンもポールも(敢えて言えばジョージも)非常に似たコンセプトで
作曲に望んでいる、もしくはアレンジが似通っている曲があるのだ。

更に踏み込むと、ジョンとポールの作風が”共作”と言うよりは”競作”
している感じが一番強いのもこのアルバムの特徴である。
次作以降、二人の方向性は顕著に違いを見せ始めるのでこの点も
このアルバムの統一感に影響を与えている。

ソウル、ファンクの影響を感じさせるポールの「ドライブ・マイ・カー」とジョンの「ザ・ワード」
アコースティックかつ今までよりもメロウなポールの「ミッシェル」とジョンの「ガール」

全体を通してもアコースティックな音作りが多く、それらは甘ったるいと言うよりも
フォーキーなロックと言う引き締まった空気がある。サイケ時代への種蒔きと
言える様な物も伺える。そしてそれまでの彼らの作品よりずっと大人びていて
クールである。

僕はモッズの台頭も影響に有ったのではないかと思う。
ビートルズはモッズで括るほど狭義な人達ではないが、
このアルバムはモッドなサウンドと言って間違いないと思う。

本人たちが”アイドルから脱却したい”と思う意識も無意識のコンセプトに
なってどれもこれもインテリな曲作りに終始した結果がコンセプト的とも
言えなくは無いだろうか。

これ以上『ラバー・ソウル』を語ると何の話かわからなくなるので止めておくが、
ブライアンはこのアルバムを耳にし、その一貫した雰囲気に感銘を受けた。
その対抗策が至高の名作『ペット・サウンズ』になるのだからこの時期の彼の
才能もとんでもないし、そのインスピレーションを与えられるビートルズも
凄いのである。

『スマイル』は『ペット・サウンズ』で描いたコンセプト的な世界から更に一歩
踏み込んで、アメリカの歴史そのものを、サイケデリックなフィルターから
覗き込んだような壮大なコンセプトを持つアルバムとなるはずで、
当初のリリース時期で考えれば、それはビートルズの『サージェント』に
先んじてリリースされる”はず”だった。

アルバム制作当初に作られた「サーフズ・アップ」は空前絶後と言って良い
難解でありながらこれ以上無いほど美しい楽曲で、これが間違いなく
ブライアンのピークであった。


Beach Boys Surf's Up
アップロード者 zoltard. - 他の音楽動画をもっと見る。
「サーフズ・アップ」 Brian Wilson('66)
彼の独奏による有名な映像。途中からのものだが、既にこの時点でロックの
域を超えた崇高な音楽のように聴こえる。鳥肌の立つ映像である。


しかし、アルバムの制作が進行するにつれ、以前より患っていたブライアンの
メンタルバランスは更に崩壊して行き(既に数年前からライブツアーには参加せず
スタジオワークのみを活動の場としていた)、更にはドラッグなどの悪影響で
レコーディングは延々テイクを重ね続け、このセッションを通じて歴史を変えられるような
すばらしい楽曲やコンセプトを作り出したのにも関わらず、遂には『スマイル』は
リリース中止に追い込まれる。

このレコーディングの終盤、「ベジタブル」の録音の際、ポールがスタジオに訪れていた
事は有名な話である。この曲のオリジナル・バージョンで彼も野菜をかじる音の
音響効果で参加しているという。

この時、ポールは自らの新曲である「シーズ・リービング・ホーム」をピアノで
披露しつつ、「僕らも間もなく新作をリリースするから、ブライアンも発表を急いだほうが良い」
とアドバイス(嫌がらせ?)を送り、去っていったと言う。


(参考)「シーズ・リーヴィング・ホーム」 The Beatles('67)

何もそんな名曲でプレッシャーを与えることも無いと思うが。。。

しかしながら、ポールは今でもブライアンの『ペット・サウンズ』を至高の名盤と明言し、
子供たちにも一枚づつ渡しているわけだし、ブライアンとの親交は今でも続いている
わけだから、彼も『スマイル』のリリースを楽しみにしていたのだろうが。

どちらにせよ、この時点で60年代のマスターピースの一つとなるはずだった
『スマイル』は陽の目を見ることなく、その宝石のかけら達は、その後の彼らの
作品で小出しされて、ファンもその亡霊を追い続ける羽目になるのだ。

38年もの間、である。


続く
posted by cafebleu at 02:22| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Brian Wilson[Beach Boys] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月11日

X02HT(Smartphone)と悪戦苦闘 001

EM・ONEの時とほぼ同じタイトルであるが、そういう事である。

もともとPDAは、数年前にZaurusに手を出したものの有用に使いこなせず
敢え無く撃沈と言う憂き目にあった過去がある。

05-05-20_08-51[1].jpg
画面表示が輝度のせいか飛んでしまっているが、以前所有していたLinux Zaurus
当時はSharpのZaurusとSonyのClieがニッチな中でしのぎを削っていたが、
既にClieは生産終了し、Zaurusもこれ以降は僅かなマイナーチェンジを経てるのみで、
新規開発の主体はSmartphoneであり、Windows機であるW-ZERO3が主流に。


Linuxを搭載し、HDDを搭載、超小型モバイルPCを思わせるような
クラムシェル型の筐体に色々と夢を持ったのだが、上手くいかないものである。
まぁ自分のハック力不足と言えばそれまでだけど、B5ノートなら楽に出来ることに
いちいち躓いてしまうのをブレイクスルーする余力も能力も無かったと言うところか。

それ以降ややPDAに対しては遠巻きにしか見なくなってしまった。
その後もDellのWindows Mobile機なんかも仕事で触ったりしたが、やっぱり
かえってかったるいような気がしてほとんど利用しなかった。
ただ、やはりWindows機の方がUI(ユーザ・インターフェイス)は扱いやすいし、
何だかんだ言ってもそれを長年エンドユーザ向けに作っているわけだから、
使い易さはこちらに軍配が上がるなとは感じていた。

但し、毎日外に出てスケジューラなりグループウェアにアクセスして
予定を逐次更新しているとか、メールを受け取るとか、WordやExcelの
書類に目を通すとか、そう言ったアクティブな業務に就いている訳でも
無いので、そういう意味では”ビジネスツールのみ”としてPDAをどれだけ
必要としているかと言われると、それほどでは無かったりする訳で。

Linux Zaurusで自分が遊びきれなかった要素の一つにマルチメディア端末
としての難しさが有ったのは事実である。

Zaurus SL-C3000の場合、前述のようにOSにはLinuxを搭載し、そこに
Sharp独自?のGUIやアプリケーションが乗っている。
MS Office互換のHancom Mobile Officeがインストールされているので
(PCで言うところのOpen Officeだと思えば良い)、そう言った書類閲覧には
問題は無いのだが、やはりウィーク・ポイントはメディア・プレーヤである。

Zaurus搭載のメディア・プレーヤは、当然Windows Media Playerなどで
使われるwmv方式の再生にも対応しているのだが、再生できるフォーマットが
限定されたMP4方式となっていたような記憶があり、このフォーマットを作るのが
面倒くさかった。

更に標準ではなくMplayerのようなフリーのソフトを使えばDivXのようなフォーマットも
再生できるようだったのが、これがどうやっても上手く行かず、まともに再生できないので
苦しんでいた。

こんな風に遊ぼうとした場合、Windows Mobile系に比べて絶対的にソフトが
少ないのである。自分的にはLinuxには仕事なんかでも精通していると感じていたので
LinuxがOSのZaurusには色々と夢を持ったが、サーバ構築で触れるのと
モバイル・クライアントとして触れるLinuxと言うのは全く意味が違うことであった。

何処かで、Zaurusを利用して超小型サーバを運用しているなんて言う方もいた。
確かにソースなんかも利用して必要な物を導入すれば、Zaurusだって立派な
”Linuxサーバ”にする事は可能だろう。しかし、当方にとって安くないPDAを
自宅のサーバにすると言う贅沢な使い方は到底出来ない話である。

どちらにせよ、もう一つPDAで思っていたのが、動画が思うように行かなくとも、
せめてMP3プレーヤ兼スケジューラ、ブラウザとして使えれば良いかなとは
思ったのだが、当時(05年)のZaurusはHDD搭載PDAだったものの容量は4GBで
半分くらいはシステムの領域だったので実質2GBくらいしか利用できず、
かと言ってSDカードも現在のように4GBから8GBのような大容量の物が
出回っていない上にまだまだ値段も今ほどこなれていなかったので、
それにお金をかけるのであれば、iPodを一台購入した方が早く、またHDDモデルなら
30GBと言う大容量を使えるiPodに比べると、まだまだPDAでその代わりを担うには
少々無理があったと言わざるを得ない。

以下、長くなっているので続く。

因みにX02HTであるが、WEBであれこれ情報を集めて、ロック解除や、
画面を広く使うための”リアルQVGA化”、定番プレイヤーのTCPMPや
軽量スケジューラのOffisnail Dateなどを入れたりしている。

x02ht001[1].jpg

後はフォントもMSゴシックからメイリオのようなClear Typeに変更。
だいぶ洗練されて見えるものである。

一度Home画面(旧Today)をMacOS X風にしたりしていたのだが、
途中で設定系が全て開かなくなるなど、完全にOSがおかしくなってしまったので
(OS X風スキンがいけないと言うよりはWindows Mobile6 Stdに合ってないソフトとかも
色々入れたりしてしまったのがいけないような気がする)
リカバリ後は必要なものと、導入してもおかしくならないものに留めて利用中。

MP3や動画プレイヤーとしてもこれ一本で利用したかったので、SDHCカードが
8GBまで読めるパッチなどもあてて、順調に8GB SDHCも認識。
ストレージ的な問題がブレイクスルーしたので、プレイヤーとしては順調な感じ。
内包のWindows Media PlayerでMP3を(リモコンとの兼ね合い)、
落としたFLVとかはTCPMPで通勤時に観たりと活用できているかな。

でも母艦(家のPC)と予定表や連絡先をシンクロ出来るActiveSyncが当たり前ながらも
便利だと再認識。出勤表の管理などは自分でやっているので、その点も楽である。

但し、通勤中にいじくっていると、まだまだSmartphone人口の多くない日本では、
相当に変わった横幅の広い携帯らしきものをいじくりながら音楽を聴いたり、
メールを打ったり、スケジュールを確認している様は、相当奇異に映る様で、
その点では多少気恥ずかしくもある。
posted by cafebleu at 23:18| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | X02HT | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月09日

棚上

何が言いたいのかと言うと、ここまでの間に色々あったのだけど、
それは全て書き終えていないと言うことである。

資格については頭から離れないうちに備忘しておこうと
一気に書き上げたものの、その後最近いじっているSmartphoneの
カスタマイズや、バンドのことなども全て途中まで書いてあるのだ。

更に、最近良く思うことがあるので、それについても書いているのだけど、
結局それも終わっていない。

仕事についても新しいフェーズに入っているのでそんな事も
書いたりするのが日記であるのだが、書けば長くなる。

「ブログは小説にあらず」とは言わないが、自分はそういう事で、
いちいち長文を書いていては、”日々”は切り取れないものである。

しかし、短文で自分をまとめる能力が無いのか、書き出すとどうにも
長くなってしまう。

そういう意味ではブロガーとしての能力はまるでないのである。

しかしながら、こういったものをひたすら続けられるのは
僕のように友達付き合いも少なく、面白みの無い人間こそが
向いているのかもしれない。

それを見せて楽しいのかは別の問題なのだけど。


それにしても秋葉原通り魔事件には驚いた、と言うか言葉を失った。

史上稀に見る惨事の一つとして残ることは間違いないだろう。
そして、ここまで右肩上がりだった秋葉原の文化に大きな影を落とす事も
事実だろう。

事件には直接関係ないが、事件が起きた辺りにはネットワーク系の技術者や
ネットワーク機器好きなら間違いなく知っている某ネットワーク機器専門店がある。
実際その店も事件の映像と共に何度もTVに映っていた。

僕もそんな職のはしくれとして、その店には昔良く足を運んでいたので、
そういう意味でも色々考えさせられた。

と言うか、5月の中頃に、とある知り合いの企業に頼まれてその店に
ネットワーク機器を買いに行ってたのをふと思い出した。

まぁそんな直近と言うわけでもないけど、事件現場の風景を
生々しく思い起こさせる。

あんな所で連続して命を落とす事件が有ったなんてと思うと
居た堪れない気持ちである。

ご冥福をお祈りします。
posted by cafebleu at 23:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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