2007年12月27日

”凛として、瑞々しく、透明な姿声”

『Music & Me』 原田知世


何だかんだで入手が一ヶ月ほど遅れたが、5年ぶりになる原田知世の新作を入手。



僕の女性趣味と言うのは余り内輪からも評判の良いタイプではなく、
このブログでは雰囲気やコンセプトに合わないのでほとんど取り上げないのだが、
例えば辻希美であるとか、小倉優子が大好きであるし、もう少しまともなものを
上げろと言われても、ソロ以降、特に年齢を重ねる毎に何故か年齢に逆行した
ファッションやアクションをするようになったYukiなどが音楽などは別に好みである。

要するにそういう点はある意味アキバ系的なのである。

それは置いておくが、そう言った日常の嗜好とは別に、自分にとって
理想的な女性はと言うと、それは原田知世である。

最も、原田知世への情景と言うのは、姿と言う見た目だけの要素ではない。
今ではコーヒーの宣伝くらいでしかTVなどのメディアでは見かけなくなったが、
それはそれほど重要な事ではない。勿論相変わらず年齢不詳な美しさを感じるが。

原田知世を僕が変わらず応援しているのは、やはりセンスのある音楽と、
それを支えている美しいヒーリングヴォイスだろう。余りにその身姿と良く似合う
派手さは無いが、洒落を伴った音楽と美しい歌声には惚れ込んでいるのかもしれない。

そうは言っても、僕は彼女がアイドルらしいアイドルだった頃から好きだったとは
全く言えない。

彼女のアイドルとしての黄金期と言うのは、僕は小学校低学年とかで、
追いついていないし、仮にもう少し歳が行っていたとしても、果たして興味を
持ったかは疑問である。スキーの映画に出ている頃の原田知世に今の洗練を
見出すことは難しいのである。

原田知世の第二のブームと言うのは、そんなアイドル時代を終えてしばらくした後だ。
これは以前書いたが、96年辺りに突如として当時日本のサブカルチャー周辺で
ブレイクしていたカーディガンズのプロデューサー、トーレ・ヨハンソンの手による
プロデュース作品がリリースされたのである。

これには思い出があり、当時19〜20歳だった僕は自分の住んでいたマンションの
下にあったコンビニの店員さんが音楽好きで、良く話していたのだが、その人に
「そうそう、今度トーレが原田知世プロデュースするらしいよ」
と聞かされ驚いていた事を今でも思い出すのだ。

”原田知世”・・・その昔アイドルだった人がスウェディッシュ・ポップ・・・。

そう感じるくらい当時は一般的なメディアで原田知世を見かけなくなっていたのだ。
既に彼女も20代後半で、どう言った感じになるんだろうと思っていたが、
やがて「100 Love Letter」や「Metro」などいよいよトーレ・プロデュース作品を
リリースし始め、そして「ロマンス」「シンシア」のヒットによって彼女の存在は
サブカルチャー周辺の間で、以前とは違った形でクローズアップされたのだ。

現在の原田知世の、主軸とは言えないけど、どこか流行とは違った場所で
存在感を持ち続けるようになった原型は、初期のアイドル時代ではなく、
間違いなくスウェディッシュ・ポップでの再浮上以降なのだ。

そんな再浮上以降の彼女が自分にとっては理想的で、憧れの女性である。
まぁ他にも彼女があなどれない理由もあるのだが、それはともかく。

今回の作品は「シンシア」や「時をかける少女」の再録があるものの、基本的には
新曲と、今回のために選んだカバー曲が中心の純粋な新作である。
カバーも大貫妙子からバカラックやビートルズと、「そんな」雰囲気でまとめてある。
また参加ミュージシャンも、彼女を音楽家へと導いた鈴木慶一(ムーン・ライダーズ)、
高橋幸宏(YMO、サディスティック・ミカ・バンド)、伊藤ゴロー(Moose Hill)など
新旧サブカル的人選で行われている。この辺もある程度今まで通りか。

実際のサウンドはアコースティカルかつボサノバ的なアレンジが多く、
ここら辺も以前発表したゴンチチとのカバー集『Summer Breeze』に近い
如何にもな洒落感を漂わせている。この傾向が彼女の作品に多いのは、
恐らくプロデュースする側から見ても彼女の声とフィット感が良いのだろう。
但し今作の方がオリジナルなども存在する分、ただのBGMに終わらない
骨子があって、作品としても充実感は強い。

既に5年前の作品である前作『My Pieces』が鬼束ちひろのプロデュースなどで
知られる羽毛田丈史による作品だったのだが、ここでは良い楽曲も収められている
ものの、変にシリアスな方面に導かせるようなアプローチが目立って、
彼女の透明感を生かせていないのが気にかかったのだが、今回は瑞々しさも
戻ってきているのがうれしい。

また、今作は自作曲や自作詩は多くないのだが、提供楽曲やカバー曲のセンスにも
支えられて非常にどの曲も充実しており、また作曲陣も多彩なので飽きさせない。

強いて言えば、本当にデビュー当時の楽曲リメイクである「時をかける少女」はともかく、
「シンシア」のボサノバ・ヴァージョンは出来不出来とかは別にしても、こう言った
アレンジはライブで聴ければ楽しいものの、わざわざアルバムの一曲を削ってまで
収録する必要があるのかは多少疑問が残る。
しかもこの手法は、以前レビューも書いた本人プロデュースによる作品
『A Day Of My Life』('99)でも「ロマンス」で同様にボサノバ・アレンジを収録
しているので尚更である。

ただ、この時も本人作曲中心の楽曲が一般的なキャッチーさには乏しく
(個人的にはこのアルバムは大好きである)、そう言った対策として過去のヒット曲を
入れたのであろうから、今回の「シンシア」再録も、やはり近年音楽活動をしていなかった
事に対する話題づくりとして、必要な作業で有ったのかも知れない。

個人的に収録された楽曲の中で一聴した程度では有るが耳に
残った曲を上げてみる。

「色彩都市」は82年ごろの大貫妙子の作品のカバーであるようだが、
歌詞も独特のメロディも原田知世にぴったりで、素晴らしい出来だ。
相変わらずのピュアな歌声には本当に癒されてしまう。
何となく楽曲の雰囲気は『みんなのうた』に提供した「メトロポリタン美術館」
に近い感じもする。

「きみとぼく」は自作詩による曲。これも派手では無いが、やはり声に
導かれて聞き入ってしまう。

「アー・ユー・ゼア?」はポップ・マニアが決して避けて通ることは出来ない
バカラック作品。バッキンガムズ辺りで有名だろうか。
バカラック自体もそうであるが、この選曲自体も非常にサブカル的である。
このアルバムの中では比較的エレクトリカルなサウンドが聴けるが、
高橋幸宏が編曲と知って納得である。

「菩提樹の家」は原田知世にとっては音楽の師匠である鈴木慶一作品。
相変わらず少し癖のあるコード展開と作詞なのだが、実は
10年前にプロデュースした『Clover』で提供した楽曲と共通点があるように思う。
鈴木慶一は原田知世を”不思議ちゃん”のように扱うのが好きなのではないだろうか?
何となくすっとんきょうな風情に聞こえる楽曲が多い。
実は彼の楽曲は必ずしも原田知世とぴったりとは思ってないのだが、何せ彼女には
代え難い師匠であろうし、アルバムの中の一曲としては良いアクセントになっている。

「くちなしの丘」はPVもあるので、ファースト・シングルだろうか。
当方は詳しくは知らないのだが、キセルによる提供曲のようだ。
京都の兄弟ユニットでくるりとも大学の先後輩関係に当たるよう。

原田知世本人も痛く気に入ったようで、確かにアルバムの中でも一番わかり易く、
日本的な情緒も薫る中々の佳曲である。


「くちなしの丘」 PV 原田知世

最近映画などでは年齢相応の役柄が多かったけど、やっぱり音楽では
若返る模様で、格好も随分年齢を超えた可愛らしさである。
やっぱりトモヨタソには音楽の方が似合うと思うのは僕だけだろうか。


久々のアルバムであったし、もう彼女も40歳になってしまった。
確かに「ロマンス」や「自由のドア」で弾けていた20代後半に比べれば
多少歳は重ねたかなと、最近は思わせることもあるのだが、
そのスタイルは変わることが無く、既に流行とは無縁の位置に
彼女は居るような気がする。

洗練されているが、その姿勢は凛とした佇まいを感じ、そして
透明感も相変わらず失われてはいない。

普段は少女趣味の自分ではあるが、多才でこんな素敵なお姉さんにも
少なからず情景を抱き続けていきたい。
posted by cafebleu at 05:39| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 原田知世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月21日

刷新

今年ももうすぐ終わりだからという訳でも無いが、
僕自身にとって今年一年を一言で言い表すなら表題が一番だろう。

それは後述するとして、物理的に置き換えられたものの話である。


刷新1:MT運用サーバ入れ替え

このブログはMT(MovableType)を利用して、自らが取得したドメインで
導入運用している。まぁそれは自宅サーバ運用の人や、ロリポップや
アイルなどのレンタルサーバでWEBホスティングをしている人なら
MTを利用してオリジナルのブログを作ることはそう珍しいことでもない。

ただし、僕の場合はホスティングサービスを利用しているわけでも、
自宅にサーバを設置しているわけでもない。
元々は自宅サーバも置いていた事は有ったが、今の自宅環境では
諸事情で光回線(BフレッツなどのFTTH)も敷けない上、ADSLの
スループットも余り出ないので置くこともためらってしまう。

更に最近は仕事も忙しくなってしまったので趣味でサーバを
運用しているほど余裕も無いのが実情ではある。

なので今はとあるサーバに間借りの状態でこのブログを運営している。
言わば"勝手にホスティング"状態とでも言えば良いだろうか。

その間借りしているサーバ本体が古くなってきたのもあり、ハードを
入れ替えたのが"第一の刷新"。

この作業を手伝ったのだが、これが結構思うように進まず難儀で、
最初はCGIが全く動かないわ、MTのDBにしていたMySQLを公式サイトで
発表されている最新のRPMで入れたら他のデーモンが依存関係で上手く
動作しないわで悩まされた。

ようやっと普通に動作するようになって、前サーバからエクスポートしてあった
DBファイルを新しいMySQLにインポートして取り敢えず新しい環境でも
以前と同じように更新できるところまで回復した。

とは言ってもいくつかのperlモジュールを今回はCpanRPM経由で
入れてみたのだが、どれもtarボールを落としたところで動きが止まり
結局自分で解凍してperlコマンドからMakefileを作ってみたが
上手く入らなかった物もあり・・・。でも何故かMTのmt-check.cgiでは
パスしているので今回は深く考えないことにした。

このブログを動かしているサーバはWEBホスティングだけのために動いている訳
では無いのでその他の苦労も多かったのだが、それはまた別の機会に備忘がてら。

因みにそろそろMTのヴァージョンも3系から4系に変えたいのであるが、
なかなか手を出せずにいる。主にデザイン・テンプレートの関係で動かしづらいのだが
だいぶ変わった面もあるのでその内アップグレードしてみようかと思う。


刷新2:所有楽器が気がつけばまるで違う

今年は、と言うか、ここ2年くらいは良くギターを売るし買っている。
オークションを利用するようになってから中古楽器が楽器屋のような
足元を見たような買値ではなく、ちゃんとした価値で売れるように
なったのも買い替えに拍車をかけているのだが、それにしても最近の
楽器に対する愛着の薄さと言ったら無い。

この2年で、長年愛用したストラト、モッズ気分で買ったSG、ファンクに
絆されヴァンザントのアッシュ・テレキャス、リーダーと二人の頃は
重宝していたタカミネの12弦アコギは売却してしまった。

逆に10年ぶりに再入手と相成ったエピフォン・カジノ、念願だった
ポールへの想いと言えるリッケン4001C64、そして日本ではそう
お目にかかれないリッケンのコンテンポラリーシリーズである
650Cも最近手に入れることが出来た。

600系も以前620を所有していたが、シェイプ以外は結構別物なので、
これはこれで新しいギターと言えるだろう。

待望だった”万能リッケン”と言える650C、ルックスはジェットグローに
クローム仕上げがかなり気に入ったものの、全体の作りそのものは
今までのギターの中でもかなりラフな仕上がりと言ってよい。

まずメイプル指板の上に吹き付けられたラッカーである。
もともと指板への塗装が厚いのがリッケンの特徴ではあるが、
更に塗布後のやすりかけ?がかなり雑で、フレットの金属部分に
付着したラッカーをちゃんと除去できてなく、弾いているだけで
ラッカーが剥がれてくる。こういうのは記憶に無い。

過去に使い込んだストラトの指板ラッカーが剥がれたことはあったものの、
それは経年によるものであるから仕方ない。
それに対して、リッケンのそれは余り褒められたものではない。

ほかにもフレットの削りが悪いせいか、チョークすると音が出なくなる
部分がハイフレットにある。ここら辺は弦高でも多少対策が出来るが
もう少しまめに作れないものだろうか。

リッケンバッカーと言うブランドは大量生産をせず、出来得る限り手作業で
ギター、もしくはベースを作っているのは比較的有名だろう。
手作業と言えば聞こえは良いが、逆を言えばそれは個体差を生みやすい
のも事実で、ギター職人の力量もはっきりと出るわけである。

4001がとても丁寧な作りをしていたので、リッケンには信頼感があったのだが、
やはり値段が違えばその分だけの差はあるのだなと改めて思う次第である。

リッケンのコンテンポラリー・シリーズは比較的廉価版的な価格設定である。
木材もHardwoodと言う全く持って不明瞭な表現の木をボディに使用している。
良く楽器屋で売っているノーブランドの"初めてのエレキギターセット"でも
無いのにギターの木材がはっきりしないと言うのはどうにも納得できない気が
するのだが、どうしようも出来る問題ではない。

但し、ミニ・ハムバッカー仕様であるPUは太さをみせつつもリッケンらしいキレも
忘れていない中々良いPUである。公式サイトでも言われているように
もしかしたらシングルのハイゲインよりも出力は大人しめかも知れない。
ギブソンのような濃厚な物とは異なる。グレッチに近いかもしれないが、より
Hi-Fiな仕上がりである。

低音弦のアタックの強さと全体的な音の立ち上がりのシャープさは、
コンプレッサーとも相性が良い気がするので、その点でもリッケンにしては
モダンなサウンドを奏でるギターと言えるのかもしれない。

どちらにせよ、どんな風に使っていくかはこれから弾いて考えればよいだろう。

TS3E0008[1].jpg

さておき、既に現状の所有ギターで古くから持っているものはES-335しか
無くなってしまった。ES-335も夏頃には余りに使わなくなってしまったので
売却しようかと思っていたが、ヲタレン・リーダーに強く止められて今に至る。

結果として、カジノだのリッケンだの、ある意味完全にビートリー、もしくは
UKポップ、モッズ好きのようなコレクションになってしまった。

昔からストラト、もしくはそれが無いならテレキャスのようなオーセンティックな
シングルコイルを搭載したギターを持っていないことが無かったので、
何とも変な感じであるが、ビートルズのカバーをやるにはだいぶらしい体裁に
なってきたのではないだろうか。

刷新の最後は仕事なのであるが、それはまた別の機会に。

そう言えば刷新ではないのだが(彼の人生的にはこの一年は刷新に近いが)、
リーダーがとある技術試験に合格した。

ちゃんとプランどおり一年弱でここまで来れるのが彼のクレバーな所で、
勉強の仕方も色々と効率の良い方法論を考えられるタイプである。

とにかく友人、バンド仲間である他にも、共にこんな世知辛い業界で学んでいる
仲間とも言えるので、今後も是非に頑張ってほしいと思うのである。

ただ、共同で管理しているサーバのゾーン・レコードを明らかなコピペ・ミスで
bindを停止させてしまうのも、また彼である。
posted by cafebleu at 23:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月12日

Just Say, Just Say

”胸に詰まるほど美しい永遠があるのなら”


仕事に忙殺されてジョンの命日すら寝ないで仕事をしていてまともに
ジョンを想う事すらままならなかった。

最近音楽を聴くのは通勤の時か、仕事で集中したい時は
仕事中でもヘッドフォンをしてターミナルを開いているので
全て流し聞きである。

最も以前よりもゆっくり聴けないなと思うのは車通勤ではなくなった
からであろう。車だってながら聴きなのだが、やはり個人の空間なので
じっくり聴きたければ大音量で、歌いたくなったら口ずさめば良いのだ。

良く、「車が好きだよね」と言われる。
確かに運転は得意な分野に入るだろうし、嫌いではない。
但し僕は車を運転している以上に、車と言う私的で小さな空間が好きだ。
どうしようもなく落ち込んだりすると、夜中に一人でドライブしたりするのは、
運転そのものよりも、大好きな音楽を聴きながら、移り行く夜の景色を
観ている事で少し心が落ち着くからという理由もある。

結局一人の時間の作り方の方法に過ぎないのだ。



さておき、表題はマーヴィンとダイアナ・ロスの余りに有名なデュエット・アルバムである。

僕は、と言うか、恐らくマーヴィン・ファンの大半は、女性とのデュエット作なら
間違いなくダイアナとの作品ではなく、タミー・テレルとの作品を選ぶだろう。
勿論基本的には僕もそうである。実際以前にもタミーとのデュエット作品について
このブログで触れている。

勿論ダイアナとのデュエット作は名作なのだが、それはお互いにモータウンの代表と
して、恐らくは商業的な理由も絡んでのデュエット・アルバムであったはずだ。

実際に、今では”ニュー・ソウル”と呼ばれるような70年代の洗練されたソウルの薫りと
あくの少ないダイアナの歌声が、そう言ったショービズ的な要素を一層際立たせる。
勿論この時期のマーヴィンも60年代に比べると随分ソフィスティケイトされている。

そんなイメージもあり、アルバムを持ってるし、その曲のどれもが素晴しい楽曲であり、
更に二人による熟練のヴォーカルも中々良い雰囲気なのだが、余り深く注視した事が無かった。

でもこの前、前日遅かったので少し遅めの電車を待ちつつiPodをランダムで
流し聞きしている時に耳にすっと入ってくる楽曲があった。

それが「ジャスト・セイ、ジャスト・セイ」だった。

シンプルだが折り重なるように響く少しメランコリーなギター・リフ。
これだけでもとっても胸に響いてくるものがあるが、更に二人のソフトな
ヴォーカルが優しく入り込んでくる。

陳腐かもしれないけど、どうしてこんなにも美しいのだろうと思わされていると、
曲が開けていき、ソウルらしい盛り上がりを魅せる。しかしそれも派手過ぎない程度だ。
この部分が、ともすればメランコリーに傾きすぎるこの楽曲を引き締めてくれる。

そしてこの曲の控えめなホーン・アレンジが素晴らしい。
実は自分は余りホーン・アレンジを好きになれないと言う変な部分があるのだが、
ここで聴かれる気の利いた音色とフレーズは素晴らしいの一言に尽きる。

この曲の美しい余韻に浸ろうとすると、更にアルバムのハイライトで、既に
ソウル・ファンには基本といってよい名曲「ストップ、ルック、リッスン」に
続くのだから堪らない。

この2曲が続いているのが奇跡的だし、この流れがニューソウルで最も美しい瞬間
なんじゃないかと僕は思えて仕方ない。

このアルバムはショービズで、日和主義なモータウンの産物だったのかもしれないけど、
僕はそんな日和であれば喜んで受けたい。

少し疲れた自分に奥まで響く優しいメロディとエバーグリーンなもの。
そんな癒しがこのアルバムにある事に気づいた様な気がする。


ジョンも勿論だけど、マーヴィンもこの世にいないのだけは事実だ。
posted by cafebleu at 03:02| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Marvin Gaye | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月02日

McCartney Years DVD 002

〜『The McCartney Years』 DVD BOX〜



この前は内容以前に、ポールのソングライティングの凄さについて書いていたら
長くなってしまったので、内容にも触れていこうかと思っている。

内容的には1,、2枚目が70年のソロ・デビュー作『マッカートニー』から05年の
『ケイオス・アンド・クリエイション〜』までのプロモ集である。
但し、恐らくは意図的に01年の『ドライビング・レイン』関連のPVは入っていない。
これは前妻などが出演しているクリップなども有る為ではないだろうか。

そして3枚目がライブでの映像が中心で、有名ながらも近年は入手しづらかった
ウイングスの『ロック・ショウ』や91年の『アンプラグド』出演時のダイジェストが中心。
更には05年に初出演したイギリスの名物フェス『グラストンバリー』での映像も。

プロモに関して個人的には、純粋に時代順に観ていきたかった気持も有るのだが、
順不同で見せられる事で前回も書いた”メロディのカオス”をより一層堪能
出来るのかもしれないなとは思う。

一枚目は美しくもスケールの大きい「タッグ・オブ・ウォー」からスタート。
ポールが戦争や紛争を綱引きに例えると言う社会的な歌である。
元々社会的な歌が多い方ではないし、それこそジョンのようなインパクトや
煽動的な要素は余りないのだが、改めて聴くとメロディも美しく、歌に沿うような
アコギの使い方、サビへ入る時のダイナミズムなど、ポールファンにとっては
納得の一曲だろう。綱引きと言う団体競技を戦争へのメタファーにしているのも
中々悪くないと思う。

楽曲解説などについては”コメンタリー”をONにするとポールの
おしゃべりを字幕で楽しみつつ音楽も堪能できるので是非。

続く「セイ・セイ・セイ」はマイケル・ジャクソンとのデュエットで大ヒットを記録した。
僕にとってもこの曲のプロモがポールとの出会いになった思い出深いプロモ。
忘れもしない、小3の頃だった。

このプロモ、ストーリーも凝っていてポールとマイケルが楽しそうに共演している
様も含めてとても秀逸だと思っていたのだが、ビートルズ・ファンにはおなじみの通り、
マイケルはジョンとポールの版権会社、"ノーザン・ソングス"を買い取ってしまい、
裁判沙汰に発展しているのでもしかしたらこれは外されてしまうのではないかと
心配していたが、無事収録。曲としてはトラックの作りはマイケルっぽいが
メロディはポール的だなと個人的には思っている。80年代らしいがこの二人
でしか生まれない楽曲だと思っている。

「シリー・ラブ・ソング」はプロモそのものより音質がCDよりかなり良くなっている。
ポールの弾くミュートをかけたリッケン4001の独特なベース・リフを堪能できる。
冗長だけど、同じコードで3つのメロディを重ねる所とかはポールならでは。

「バンド・オン・ザ・ラン」はさすがに少し前に記念盤でリマスターされたのでそれと
音質はそんなに変わらない。しかしこのプロモ、本当に当時のものなのだろうか?
一見モンティ・パイソンのテリー・ギリアムが作るペイパー・コラージュのようだが、
それにしたってウイングスの代表曲で、ビートルズの写真しか利用しないと言うのは
発表当時では余り考え難い気がするのだが。

「ウィズ・ア・リトル・ラック」はヒット曲なのだが、余りプロモが出回っていなかったので
貴重ではある。プロモ自体はどうと言うものでは無いのだが、音質はかなり良い。

名プロモで人気の「グッドナイト・トゥナイト」は出回っている映像とは別テイクである。
更にレトロなエフェクトがかけられた上、アングルなどが異なる。
この曲と「ベイビーズ・リクエスト」でも同様の処理が今回施されている。
これはこのDVDリリースに伴い新たに作られたものではないだろうか。
実はDVDのマルチアングル処理で元のバージョンも観ることが出来る。

「ウォーター・フォールズ」は時代を感じる合成処理も含めて中々悪くない。
何よりもベストを羽織ったポールが中々可愛らしいではないか。
これも音源はCDと別テイクでアンビエントなキーボードが更に拡がる。

「テイク・イット・アウェイ」はとにかく出演者が豪華。
本人はともかく、リンゴ、スティーブ・ガッド[Stuff]、エリック・スチュワート[10cc]
そして何とジョージ・マーチンまで参加している。
この曲で演奏したほとんどの著名ミュージシャンがプロモにも出演している。

「夢の旅人(Mull Of Kintyre)」は空前の大ヒット曲となったため、プロモも
2テイク作られている。ここでの音質は特筆すべきで、今までCDなどで
目立っていたヒスノイズがかなり軽減され、さらにボーカル・ミックスが
正規テイクとだいぶ異なる。

「別れの時(I've Had Enough)」は既に次作『バック・トゥ・ジ・エッグ』の
メンバーで演奏されているプロモである。この時には揃っていたのだろうか。

「カミング・アップ」はファンには基本の人気プロモ。バンド名も洒落た
”プラスティック・マックス”によるドラムからボーカルまで全員ポールの
仮想バンドである。コメンタリーで細かく本人が解説している。

「ジュニアズ・ファーム」は映像はともかく、音質の向上は凄まじい。
ポールの硬質なベースの音が際立って今までより随分ハードな曲に聴こえる。
若き天才ギタリストだったジミー・マッカロックのリード・ギターの音も素晴しい。

全部は書けないが、それでもこれだけ盛りだくさんである。

因みに、内容そのもの以外にも、メニューでBGMとして流れる音楽や映像も
かなりレアだったりするので是非注目してもらいたい。

と言うわけで、今日はDisc-1について。


「I've Had Enough」 The Wings
posted by cafebleu at 02:26| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Paul McCartney | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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