2007年10月19日

いびつなプレーオフ制度001

昨日はパ・リーグの日本シリーズ出場チームが2年連続で北海道日本ハムに決まったのと、
セ・リーグでも遅れて第二ステージである巨人vs中日が始まった。

パ・リーグではほぼ同じ仕組で2004年から導入されているプレーオフ、今年より
両リーグで開催される事となり、名前も新たに『クライマックス・シリーズ』となった。

正直プレーオフはプレーオフなのだから、そんなセンスのかけらも感じない名前を
つける必要があるのだろうかと疑問なのだけど、むしろ正面から「プレーオフ」とは
言い難いから『クライマックス・シリーズ』何ていう名前に落ち着いたんじゃないか?
そんな風にも思える。

僕は元々今の制度によるプレーオフには反対派である。
それは140試合以上を1年に渡って戦ってきたリーグ戦への軽視に他ならないからである。

更には今年のように両リーグとも1位から3位までが団子状態で、そう大きなゲーム差が
無いのならともかく、場合によって3位チームは貯金どころか借金を背負ってシーズンを
終える場合がある。もし、そのチームが短期決戦の勢いに乗ってプレーオフを制し、
日本シリーズまで制した所で、そのチームにどれだけの価値があるのだろうか。
そしてその年の大半において良い結果を残したであろう1位チームがそう言った晴れ舞台に
出場できないと言う事は、長きに渡って戦い抜いたシーズンには意味が無いと言う事になる。

これは恐らく”140試合を超えるリーグ戦”と言う物をルールにしている現行のプロ野球に
おいてはある程度正論ではないかと僕は思っている。

また、日本シリーズがオープン戦に近い価値と言う意味での単なる”ポストシーズン・ゲーム”
だと言うならそれも良いのかもしれないが、過去の日本シリーズにおける価値と言うのは
間違いなくそんな「単なる」ポストシーズンではなくて、1年戦ったチーム同士が最後の力を
振り絞り、知略を巡らし、実シーズンよりも短い当番間隔でエース級が故障も厭わずに
投げ続け、勝者には”日本一”と言う栄光が、敗者には涙が(時に87年の清原のように
勝者でも試合中に感極まる)と言う、短期決戦の真剣勝負であるはずである。

ただし、一流のアスリート達が魅せる「短期決戦」における集中力と言うのは素晴しい
緊張感を生むのもまた事実なのである。その点において確かにプレーオフと言うのは
導入されて以降、日本シリーズに準ずる筋書きの無いドラマを提供していると言える。

そこがとても難しいのだ。

実際に2004年からパ・リーグにプレーオフが導入されて以降、観客動員のような
商業的な要素だけで無く、内容においても非常に充実したものが多いのも事実だ。
このような濃い試合内容は、1年と言う単位で戦うリーグでは余り味わえない。

2005年のロッテは1位であるソフトバンクとのプレーオフを3勝2敗で制する。
特に最終戦の試合終盤における里崎の逆転タイムリーは先述したような
”短期決戦の集中力”が形になって現れた典型ではないだろうか。

この後ロッテは2位チーム(当時のルールではプレーオフを制すればリーグ優勝扱い)で
ありながらも、勢いに乗って阪神との日本シリーズを4連勝、しかも内3戦で10点以上の
二桁得点記録すると言う圧倒的な強さで日本一を手中に収めた。

これこそがプロが見せる「短期決戦の集中力」と言うものであったのではないだろうか。

続く2006年のプレーオフではやはり第2ステージでドラマが待っていた。
この年限りの制度となった、「リーグ一位チームに”1勝”のアドバンテージ」もあって
初戦を制した日本ハムは王手をかけていた。逆に後の無いソフトバンクはエース
斉藤和が登板、日本ハム八木との息詰まる投手戦を繰り広げていた。
0対0で進んでいたこのゲームは最終回に森本が内野ゴロの間にホームベースまで
駆け抜けてサヨナラ勝ち。これにより2連勝となった日本ハムがプレーオフを制した。

2004年から3年連続でプレーオフによる敗退を味わう事になったマウンド上の斉藤は
マウンド上で崩れ落ち、動かなかった。確か記憶ではカブレラとズレータに抱えられ、
泣きながらマウンドから運ばれていった光景が記憶に残っている。

こんなスポーツが生む筋書きの無いドラマこそが、短期決戦の魅力であると言えば
それも間違いないのだ。もし、単なるシーズンで斉藤がサヨナラ負けを喫したからと
言って、彼がマウンド上で泣き崩れると言う事は先ず無い事であろう。

こんな感動的な場面、他のスポーツでも見かけることがある。

少し前の話になってしまうが、2002年のワールド・カップ決勝、下馬評では決して
優勝候補といわれてなかった当時のドイツは、GKカーンの守りを中心に、ディフェンス
ラインは程好く統率され、そこまでも最小失点(決勝まで失点1)で決勝まで進んだ。
また、攻撃陣でもこのW杯で台頭し、現在では世界クラスの選手となったバラック、
クローゼに加えてビアホフ、ノイビルのようなベテランも渋い働きを見せていた。

しかしながらブラジルと当たった決勝では、全盛期のロナウド、ロナウジーニョに加え、
老獪なリバウドまでも元気だったブラジルの攻撃力の前に2-0で敗れ去った。

その後ゴールポストを背にして座り込む脱力したカーンの映像は、本人の身姿は
ともかく「敗れてなお美しい」スポーツ選手の筋書きの無いドラマを体現したものだった。

これとて国の代表を背負うW杯という要素や、一発勝負というやはり短期決戦の
生んだ様子だっただろう。別にブンデス・リーガの一試合で2-0で負けたからと言って
バイエルン・ミュンヘンのカーンが一々泣いているわけも無いのだ。

久々のスポーツ論は長くなりそうなので続く。
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2007年10月06日

Intuition

”ジョンを再発見しながらセッションマン達の演奏に酔う”

『ヌートピア宣言(マインド・ゲームス)』('73)



最初に言うとジョンのアルバムでは『イマジン』と並んでポップな仕上がりとして
ベストだと思う。『イマジン』と同様に思想はあるのだろうが、それよりも内省が
目立つのと、ニュー・ヨーク界隈の一流ミュージシャンを起用したのでより音楽的
な方向にベクトルが向いているように思える。

ヲタレンが4人になって、きちっとしたジョージへの愛情を持っている、いや、そんな
簡単な言葉では済まされないほどジョージを愛している人が仲間になった。
そう言う訳で以前よりもう少し僕はジョン的な役割を担うようになるわけである。

なので最近は意識的にジョンを良く聴くようにしている。
ビートルズの楽曲の場合、例えポールびいきであろうが、前にも言ったように
それは”レノン・マッカートニー”を愛しているわけだから、好きな曲はジョンにも
ポールにも有る意味分け隔てなくあるのである。子供の頃に一番感銘を
受けたのもジョンの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」だったし。

まぁ「アナザー・ガール」を好きなのはやっぱりポールへの判官びいきなのかも
知れないが。ジョン・ファンが「ドクター・ロバート」を捨てがたいと思う気持と
似ているのか、そうでもないのか。

では、ソロ以降となるとどうだろうか。こうなると僕は完全にポールに傾く。
ビートルズを聴いたきっかけがビートルズ本体ではなく、ジョンの「イマジン」
だった上、最初に通した聴いたのが、それが収録されている『イマジン』だった
のにも関わらず、だ。

でも『イマジン』の中でお気に入りだったのが「オー・マイ・ラブ」「ハウ」「ジェラス・ガイ」
だったのだ。歌詞や背景がわからない子供にとってこれらは美しいバラード達でしか
無かったのである。この時点で自分にとってビートル達に求めるものとは
”メロディアス”と言う至ってありきたりな要素だったのだろう。

そういう要素であればポールの方が多いしわかり易いのである。
最もそれと共に並んでいるポールの酷い変態性と言うのは後に毒された部分だ。

理屈だけでなく、ポール自身が多感な年頃に来日したと言うのも大きいだろう。
僕と同世代には来日がきっかけとなって彼を判官びいきするファンって多いと思う。

何よりもジョンにのめり込めなかったのは『ジョンの魂』が自分には合わなかった
と言うのも大きい気がする。ポールの『マッカートニー』や『ロンドン・タウン』が彼の
踏み絵的な作品なのとある意味同じように、『ジョンの魂』が自分にとってとても
踏めないような代物であるならば、もう少し自分が思うジョンへの愛情は異なった
だろうと思う。

ジョンの音源と言うのはポールのように多くは無いので、レアなものやマニア向けの
前衛作品などはともかく、基本的にEMIから出た物は手にしていた。
それでもアルバムを通して聴く事はここ10年くらいほとんどなかったと言ってよい。

数年前にジョンのソロ作はリマスタリングだけでなく、一から音像や音の定位を
変えたリミックス盤が発売された。これらによってだいぶ印象が異なるようになったし、
今まで埋もれていたものがクリアになったので、「音楽」を楽しみたい僕には歓迎
すべき事であった。「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ」に至っては、ベースをほとんど削る
と言う気の利いた”いじわる”まで追加されている。

と言う訳で音楽的に一番楽しめるアルバムと言う観点でようやっと『マインド・ゲームス』
のリミックス盤を今更手に入れた。

これが本当に素晴しい演奏とジョンのヴォーカルを収めたアルバムであると言う事が
改めて思い知らされた。

間に政治色が強い『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』を挟むものの、
『マインド・ゲームス』は『イマジン』の兄弟的なアルバムとして語られる事も多かった。
と言うよりも、『マインド・ゲームス』は閃きの無い『イマジン』の続編的な批評も当初は
多く、精神性という点でもやや散漫である意味での”ジョンらしさ”には欠けたアルバム
なのかも知れない。

逆に言うとそれがコアなレノン・ファンとは言えない僕にも聴き易かったのかなと思う。
僕はこのアルバムの収録曲にお気に入りが多いのだ。
そしてリミックスされたそれは、むしろ『イマジン』とは有る意味対を成すようなアルバム
では無いかと思うようになった。

これが発表された73年と言うのはアメリカの音楽シーンでは”シンガー・ソング・ライター”
と言うキーワードが主流のひとつであった訳だ。内省的で何処かメランコリック、そして
それらは60年代のヒッピー思想に対する諦めとアンチテーゼも含まれていたと言われる。

その代表がキャロル・キングの『つづれおり』であり、他にもジェイムス・テイラー
(アップル出身)、ジャクソン・ブラウン、バリー・マンそしてランディ・ニューマンのように
出身地を問わず”シンガー・ソング・ライター”と呼ばれるような人たちが台頭していった
時代でもあった。

実は彼等、ぽっと出の新人とかではなく、60年代からキャロル・キングは職業作曲家
だったし、ジャクソン・ブラウンはその音楽からは見当も付かないがセッション・ミュージシャン
としてヴェルヴェット・アンダーグラウンドのニコとも接点があった。ランディ・ニューマンは
所謂”バーバンク系”の音楽家としてヴァン・ダイク・パークス辺りとも関わりがあるし
彼らの音楽的素養と言うのは最初から深いものがあったのである。

また、これら”シンガー・ソング・ライター”のアルバムの聴き所として、特にニューヨーク
界隈の人たちのもので、一流のセッション・ミュージシャンによる味わい深い演奏を
楽しむと言うのも有ったのではないだろうか?

そう言う訳で『マインド・ゲームス』も見方を変えればそう言った当時のアメリカ音楽の
横風を受けて、内省的でありながらもミュージシャンシップの高い人達の演奏を収めた
”シンガー・ソング・ライター”的な名盤と言う事も出来るのではないか、そんな思いを
リミックスから聴こえてくるご機嫌な演奏を聴いて改めて思った次第である。

先ずはドラムのジム・ケルトナー。言わずもがなの名セッション・プレイヤーである。
歌物でセッション・ドラマーを起用するなら彼以外のベスト・チョイスは無いとまで
言われる素晴しいドラマーである。先述したジャクソン・ブラウンを始め、ジョンより先に
ジョージがソロ・アルバムで起用しているし、クラプトンもケルトナーのドラムをベストの
一つに挙げている。また、コステロも彼の転機となった『キング・オブ・アメリカ』で知り合い、
以後重用している。こんな風に彼のセッション・ワークを一つ一つ挙げていたらキリが
無いくらい至る所にケルトナーのクレジットを見ることが出来る。
派手さは無いがずっしりとしたタイム感、エンディング近くに一瞬だけ見せるスゴ技など
聴けば聴くほど彼のドラムは素晴しい。1曲目、「マインド・ゲームス」における
中盤以降のドラムはリミックスで聴くと格別な味わいである。

ベースはクロスオーバーを代表するインスト・バンド”Stuff(スタッフ)”の
ベーシストであるゴードン・エドワーズである。
何とゴードン・エドワーズがこのアルバムのベースだったとは・・。と言う気持である。
15年前にクレジットを見ても彼が誰だかわからないのは当然なのかも知れないが、
コーネル・デュプリーやスティーブ・ガッドなど名だたるソウル、フュージョン系の
セッション・プレイヤーが揃っていたスタッフを聴いたのは大人になってからで、
こんなところで音楽は繋がってしまうのだから本当に面白いものだと思う。
彼のベースがリミックスされて一番鮮明になった要素のひとつで、改めて注意して
聴いてみると、終始とんでもないベース・ラインを弾いているのが良くわかる。
「インテューイション」のイントロで聴ける裏から入る一瞬のハイ・ノート・フレーズの
ようなプレイはこのアルバムでいくらでも聴く事が出来る。

全員のプレイを書いていると大変な事になるのでこの辺にしておくが、素晴しい
ミュージシャンたちの”こっそりと凄い”演奏に支えられて、ジョンはリラックスして
情緒豊かな歌声を聴かせてくれている。勿論本人の個性的なギター・プレイは
「ミート・シティ」なんかでも健在である。

当たり前の事だが、基本としてジョンは素晴しい楽曲を書く人で、彼の状態が
良かれ悪かれそう言った要素を含めて”良い曲”が書ける人なのだから、
良い曲にご機嫌な演奏が加われば、それが悪い音楽になるはずも無いのである。
特に内省的な状態で良い曲を書く能力はポールを遥かに上回ると思う。

リミックスでの再発見と言えば「アイ・ノウ」だろうか。リーダーがお気に入り(さすがジョンヲタ)
だと言うので改めて聴いてみたが、こんなに良い曲だっただろうか思うくらいである。
変な例えだが、ビートルズ時代の癖のあるジョンの曲をセッションマン達が演奏している、
そんな錯覚を覚えてしまうくらいジョンらしさとキャッチーさを兼ね備えた佳曲である。

アメリカ的と言えば、同時期のポールも徐々にウイングスを大陸的なハード・ロックに
仕上げていった。それは後に商業的には大きな成功を得るが、今改めて耳にすると、
『ヴィーナス・アンド・マース』のような作品より『マインド・ゲームス』の方がエバーグリーン
な音楽だと言えるような気がする。アメリカ的なるアプローチにおいて、ジョンの方が
洒落ていたのである。事実次作の『心の壁、愛の橋〜Walls and Bridges〜』では
よりソウル的な世界にジョンは傾き始め、その趣向は最後の『ダブル・ファンタジー』
まで続く事になる。

これは後に英国的な部分に回帰する事になるポールと大きく異なる部分だろう。

『イマジン』と対を成すと思ったのはまさしく参加ミュージシャンである。
『イマジン』がニッキー・ホプキンスやアラン・ホワイト(イエス)、クラウス・ヴーアマンの
ような、英国的かつバンド的なミュージシャンによる”憂い”や”湿り気”を感じるのに
対して、『マインド・ゲームス』はニューヨーク界隈のセッションマン達によるクールで
タイトでコンテンポラリーな演奏を収めたものであること。共に比較的穏やかな
ジョンの姿を切り取った二つのアルバムをこんな風に聞き比べて見るのも面白い
のでは無いだろうか?

10数年悩んでいたジョンのソロで愛せるものが無いものだろうか、
と言う悩みが少し解決したような気がした。
posted by cafebleu at 10:09| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | John Lennon | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月04日

かんじんな場面で、大酒を飲んで台詞を忘れます

10/4は誕生日なので、何か書こうかと思った。

同じ誕生日の有名人は北島三郎やペット・ショップ・ボーイズの人(どちらか忘れた)とか、
ジュビロ、いや今はグランパスか・・、とにかくサッカー選手の藤田に横浜の仁志、
最後に本当にどうでも良いのだが、T.A.T.uのどっちかもそうらしい。

まぁネタにはなりそうにも無い。

10/4で一番覚えているものと言えば、モンティ・パイソンのメンバーで、
一番エキセントリックなキャラでもあったグレアム・チャップマンの命日である。

GrahamSuihei[1].jpg

僕はモンティ・パイソンが大好きであるし、そのメンバーの中でもシュールなスケッチ(コント)
や演技を多く残したグレアム・チャップマンが最も好きなメンバーである。



僕はモンティ・パイソンを観るまでお笑いの良さがわからないと言う偏屈な人間だった。
最も子供の頃に観た様なドリフとかは別にしてもだ。
それでもそれは古き日の思い出だし、逆に『おれたちひょうきん族』なんかは当時は
おかしくても、後で思い返すことが少ないようなものになってしまった。

モンティ・パイソンを始めて観たのは23歳くらいの時だろうか?
ちょうどその時友人が熱を出して寝込んでいたので何かビデオでも借りてあげようと
思い、レンタル屋で物色していた時に見つけたのだった。
勿論ラトルズがモンティ・パイソンのメンバーの発案で始まっていたのは知っていたし、
英国文化を知る上でもモンティ・パイソンが良いと言うのは聞いていたが、英国の笑いが
日本人でもわかるものなのだろうか、ましてや笑いのわからないこの自分に。

そんな疑念があったのは事実である。

結果としては、初めて観たのは第二シリーズの1回目と言う絶頂期にも関わらず、
30分持たずに寝てしまった。

それでも何処か心に引っかかるところがあって、何度か見ていくうちにこの英国的
な笑いの世界の虜になってしまい、当時は現在のように全てのタイトルが再発
されておらず、廃盤だったのでレンタル屋にあった在庫くらいしか見ようが
無かったので、色々な所に探しに行ったのを覚えている。

その後第1から第4シリーズまで続くTVシリーズを制覇して、映画3本、
ドイツ版モンティ・パイソンなど基本的なところはおさらいした。

後はジョン・クリーズの『フォルティ・タワー』とかペイリン&ジョーンズの
『リッピング・ヤーン』なんかのようなソロ・ワークも観た。

そうそう、勿論エリック・アイドル率いるビートルズの偉大なるパロディ、
『ラトルズ』もである。ジョージもミック・ジャガーも出演してて結構凄いのだ。
何よりももう一人の主要メンバー、ニール・イネスのビートリーなオリジナルが
物凄いクオリティなのだけど。



ラトルズ、そしてイネスの話は別の機会に譲るとして、キャラとしては長身かつ
金髪で中々のジェントルマンな風情であるチャップマンは最初に目に付くのだが、
スケッチの中では決して主役級ではないかもしれない。

ジョン・クリーズなら”バカ歩き”から”チーズ・ショップ”まで人気のキャラが多く、
テリー・ジョーンズは全裸のオルガン弾きからペパーポット(おばさん)役など
進んで汚れ役を担ってる。逆にペイリンは長尺スケッチ「自転車野郎危機一髪」
のピザー青年みたいなのから信頼ならない司会者まで幅広くある。
エリック・アイドルはとてもイケメンな優男であり、女性のアイドルかつ人気者だったし、
しゃべり倒しみたいな一人スケッチは独壇場である。後は”Nudge Nudge”か。

ではチャップマンは?となるとこれが難しい。勿論権威的かつ威圧的なキャラを
スケッチでは多く演じているし、これらは彼とクリーズの得意とするキャラである。
しかしながら、チャップマンには他の人のように代名詞になるようなキャラは無いかも
知れない。個人的に”ミスター・ニュートロン”は大好きであるが、第4シリーズ自体
が特殊なシリーズ(ジョン・クリーズが抜けている)なので、このスケッチ自体が有名とは
言いがたいような気がする。

映画では2本(『ホーリー・グレイル』と『ライフ・オブ・ブライアン』)で主役を張るものの、
主役以外の人たちが何役もこなしているモンティ・パイソン映画ではそちらの方が
大変そうであるし、個人的には映画はTVシリーズほど面白いと思えない。

それでもチャップマンのショート・スケッチでのエキセントリックな演技とか、自身が
ゲイであるにも拘らず、「ゲイは死ね!」とか叫んでる辺りは誰にも真似しようが無い。
そして何よりもジョン・クリーズとのコンビで次々と書かれたロジカルかつブラックなスケッチ
はモンティ・パイソンの基盤的な精神となっていると言えるだろう。

但し、チャップマンはエキセントリックかつインテリ集団であったパイソンズの中でも、
本当にクレイジーで自堕落な人間だったようである。

彼らに関する読み物を僕は2冊ほど読んだのだが、その中の
『モンティ・パイソン・スピークス』で語られている彼の姿(本人の死後なので本人への
インタビューは無いのだが)は大酒飲みで大事な時に台詞を忘れて収録の進行を
常に妨げていた大馬鹿野郎と言う感じだったそうである。実際に彼が台詞を覚えられず
ボツになってしまったスケッチがあったそうである。酷いものである。

 
『モンティ・パイソン大全』はTVシリーズを観ながら読むととても楽しいおすすめ本


最も死人に口なしでは本当の真意は測りかねる所も有るのだけど、
異口同音にしてチャップマンについて語られているのは「酒豪でクレイジー」
と言う事。第3シリーズ辺りからは一緒に脚本作りをするのもやりづらかったと
クリーズは回想していた。

ソロ以後、クリーズの『フォルティ・タワー』のようなシチュエーション・コメディ、
アイドルの『ラトルズ』のような音楽の真似まで巧妙な音楽コメディで再度
お笑いの舞台で成功した人も居れば、テリー・ジョーンズは考古学の世界でも
一目置かれるような成果を残したりと、各々がそれなりの成功を収めていく中、
チャップマンは決して成功しているとは言えない状態であった。

そして彼は89年、ガンによってこの世から去ってしまう。それが10/4だった。

切ない話ではあるけど、彼の残した偉大なスケッチやエキセントリックな演技は
今でも愛されているわけで、僕としては好きになった後に彼の命日が自分の
誕生日と同じだと知ったので今回はチャップマンとパイソンについての話。

出来れば誕生日が一緒だったら良かったのにとは思う。
posted by cafebleu at 18:22| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | Monty Python | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月02日

かんじんなときに、弦が切れます

最近家だとベースばかり弾いていて、最近では前回の日記で「ひとりぼっちのあいつ」
について触れたのでそれを練習していた。それではヲタレンでベースを
弾いているのかと言うと、メンバーも増えて、前ほど変則的な構成を
取らなくなって来ているのでほとんど弾く曲が無い。

「ひとりぼっちのあいつ」は練習曲に入っているが、僕はギターを弾いて歌っている。
ベースはリーダーが毎度66年ミュンヘンのライブ・ヴァージョンで弾いてくれるので
最近それが練習中の自分にはつぼのようで笑ってしまう。
つまり、意味の無い練習をしているのだ。でもこの曲のベースは
ロックン・ロール・ベースを柔らかくメロディアスに解釈した秀逸なベース・ラインだ。
ジョンは弾き過ぎだと思っているような気がしないでもないが。

きっとリーダーがピアノで歌う曲とかでも入らない限りはそれほどベースを
弾く機会も無いだろう。それはそれでいいのである。
僕にはジョン役のほうがこのバンド内では適任だろうと自分でも思う。

でもそれでは練習にならないので久々にギターを弾いていた。
そして、ギターを変えようと思って弾いているカジノのチューニングを緩めたら
いきなり切れた。まだスタジオ練習では一回しか使ってない弦だし、張ったのは
8月下旬だったと思う。特にカジノでは余りリードを弾く事が無いのでジャラジャラ
コードを弾いてるくらいなのに。

この前はスタジオにすら最近持ち込まない335でやはり弦を緩めていたら切れて、
今度は同じ事をカジノでもやってしまった。やっぱり弦を緩める事を毎度やってると
金属疲労を起こして切れ易くなるのは間違いないのである。

そう言う訳で弦を緩めると切れやすくなるのかググってみたのだが、やはり同じような
事象に悩まされている人は少なくないのであった。
実際弦を緩めてる人はデメリットとして弦が切れやすくなる事を挙げていた。

演奏後、弦を緩めるべきか否かについては賛否両論あって、下手に緩めない方が
良いとする人もいた。実際トラスロッドは弦のテンションに対して逆の力で作用している
ので弦を張らないのも良くないのは事実だ。そしてトラスロッドは弦のテンションを考えて
作られているのだから下手に緩めるべきではないし、木材にも力が加わったり
そうで無かったりと言うのは逆に良くないとする説なんかもあった。

それはそうなのかも知れないが、ずぼらにしていて、335のようなネックを簡単には交換
出来ないギターを2度ほど結構な感じで反らしてしまっている僕にとって、「張りっぱなし」
と言うのはやはり手放しでは賛成できない。フェンダーのようにジョイント・ネックかつ、
メイプルのような硬い材一発で出来ているギターならまだしも、335やカジノはセット・ネック
かつ、マホガニーと言う比較的柔らかい材質を使用している。夏場や多湿ではそれは
恐すぎる話である。ギターにかかるテンションは、エクストラ・ライト(009〜042)弦でも
チューニングされた状態では70kgに上ると言う。僕はフェンダーのギターから始めたタイプ
なので(一般的にフェンダーの方がギブソンよりスケールも長く、テンションもきつい)、
当初はギブソンのテンションが緩く感じて、一時は335に結構なヘヴィー・ゲージ
(011〜050)を張っていた事も過去にはあるのだ。恐ろしい話である。

張っておいた方が良いとは言うけど、じゃあベースはどうなんだと言う事になる。
ギターよりも絶対的に太く、巻弦しか張らないベースだとそのテンションは
想像を絶するものになるはずだ。それでも同じような木材を基本的は使うのだ。

反りやすいと有名なリッケン4001なんかは現行のモデルだと太いラウンド・ワウンドを
張る事も想定してトラスロッドを2本も挿してあるが、それでもベースのネックとしては
ギターとは異なり弱すぎるメイプル一発のスルー・ネック(通常現代のベースのネックは
5層位に木をラミネートしてきついテンションに耐え得るよう強化するのが普通である)
を反らしてしまい、もうトラスロッドの調整では直らなくなってしまう人も結構いるらしい。

細めかつフラット・ワウンドを張るのが基本になっているヘフナーですら、ギターよりは
遥かに太い弦を張るわけで、そのテンションに耐えられなくなり、ネックが曲がるどころか
テンションを稼ぐために付けられているトップの部分の角度まで変わってしまうベースも
有るとか。とんでもない話である。

フラット・ワウンドと言えば、自分はギターには張らないが、人によって、特にビートルズ
バンドではフラット・ワウンドを張る事は多い。フラットはテンション以上にラウンドと異なり
面で接するせいかテンションがきつく感じるのだ。しかも大抵ギターにフラットを張る場合は
現行のラウンド弦よりも太いセットを、しかもアコギのように3弦から巻弦が始まるような
セットを張るのでやはりテンションは問題である。

実際に新しく加入したヲタレンのジョージ役であるMackyことMakiMakiさんにとっても
太いフラット弦のテンションは悩みの種で、55年製のデュオ・ジェットが悲鳴を上げて
反ってしまっているそうである。しかしながらトラスロッドにも余裕がもう無いので
困っているようである。ヴィンテージのギターとフラット弦なんて有る意味最高の贅沢
なのだが、贅沢にはやはり負担が大きいようだ。

ギターの1〜3弦はプレーン弦で細く、やはり弦を緩めすぎるとすぐ切れてしまうので
色々ネットでギタリストの方々の「ネックいたわり方」を読ませてもらった結果、
巻弦はやはり弦の寿命を縮めたとしてもギターには変えられないのである程度は
緩めて、1〜3弦は多くとも2音程度下げるのに留めておこうと思う。
また、寒くて乾燥する季節になれば夏ほど木は柔らかくならないのでそこら辺は
適宜調整と言った所だろうか。まぁベースかつネックが弱いと評判の4001Cは
ラウンドとそう変わらない050〜105と言う太目のフラット弦を張ってるのだから
弦が切れようが本体には変えられないのでちゃんと緩めるが・・・。

とにかく、改めてギターやベースを大事にすると言うのは難しいものである。
結局ギターは木と言う、極めて個体差のありデリケートな素材で出来ている。
それに鉄の弦を張って使用するわけだからコンディション維持が難しいのは
当たり前なのかもしれない。これは批判ではないのだが、例えパーカーや
スタインバーガーのような一部素材に木材ではない物を使用しているギターが
この世に出回っても、それが主流になっているとは言い難いし、ビートル楽器に
そう言ったハイテクな物は余り似合わないのも事実である。

結局曲がるかもしれない木材(楽器)と闘いながら日々は過ぎていくのである。

そしてかんじんなときに弦は切れるのです。
posted by cafebleu at 05:33| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月01日

かんじんなことは、目には見えない

小説『星の王子さま 〜Le Petit Prince〜』に出て来る言葉で、
この小説のキーワードとなる言葉である。

星の王子さまファン?であるコリンゴ☆から小説を借りた。
この子供向きと称される短い小説は、実際に子供が読んでも
わかり易い内容とは言えず、ストーリー自体も実際の子供向け
物語のようにかっちりとした起承転結も無い。



諸説有る様だが、僕が読んだ感想としては、作者であるサン=テクジュペリが
大人になって喪失していったイノセントな感性のメタファーがこの物語に出て来る
「星の王子さま」であり、実際にサン=テクジュペリが飛行機で不時着したサハラ
砂漠での経験(現実)が話の入り口となって、自らのメタファーである「王子さま」
との出会い(創作)が展開されていく。

そして、王子さまが地球に辿り着くまでに出会う様々な「大人」達は、
大人の一番困った部分を風刺的にデフォルメさせた物でもある。

王や自惚れ、飲兵衛やうさんくさい実業家。
とてもわかり易い形でデフォルメされている。

その後、地球に降り立った王子さまは砂漠へ不時着し、何とか飛行機を直して
助かる道を探している「ぼく」と出会うことになる。

余り詳しく書いてしまうと長い話ではないので止めておくが、
王子さまに対して哲学的に友情を説くキツネが重要なキャラクターであり、
彼の言った「かんじんなことは、目には見えない」と言うフレーズがシンプルだが
とても響く。そしてその言葉の意味は最後にとても重要な要素になる。

一番有名なオリジナル和訳の本だが、少々古くて今の時代には難解な表現が
多いのがまたこの小説を難しくしている気もしたが、近年は色々な和訳も
出ている様なので、機会があればそれも見てみようかと思う。
短いがそう思うくらい深い物語であり、人間そのものに語りかけている話である。

この話は人間にとって大事な事だけでなく、作者本人の恋人を表現していると
言われている「一輪のバラの花」との諍いや、これを書いた当時戦時中だったので、
戦争に対する作者の意見も忍ばせていると思われる。実際に献辞に捧げられている
友人レオン・ヴェルトはユダヤ人だったようで。
そう、つまり当時ユダヤ人は大変な思いをしていたのだから。

不時着の経験も少しの種にして書かれた『星の王子さま』だったが、これをアメリカで
出版した後、また飛行兵として志願した彼は、出撃した後、二度と戻る事は無かった。

「かんじんなことは、目には見えない」

見えないものを心で捉えるのはとても難しい事であって、一生の課題である。

蛇足だが『星の王子さま』というタイトルは意訳である。
実際は『小さな大公』と言うのが正しいところのようだ。
でも日本人には「大公」と言う言葉に馴染みが無いものだし、
「星の」と付けた事でこんなにも「星の王子さま」と言う言葉、
そして小説そのものにポピュラリティが付いた「名邦題」だと
言えるのではないだろうか?

またビーヲタ話で申し訳ないのだが、"Nowhere Man"の邦題で
ある「ひとりぼっちのあいつ」も名邦題だと思う。「あて無しおとこ」とかでは
日本語だと何だか間抜けであるし、歌詞の中で歌われている"Nowhere Man"
は確かにひとりぼっちにも見える。逆に同時期の"We Can Work It Out"
「恋を抱きしめよう」は無いなぁと思うのだけど。
posted by cafebleu at 21:47| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする