2007年08月30日

悲哀

久々に日々について。

27日は日曜だったが仕事が有ったのでヲタレン・リーダーと共に板橋へ。

既にこの会社に籍は置いてないがまぁ大人の事情で手伝いをする事がある。
恐らく秋までの事になりそうだがそれはおいおい。

リーダーは前の会社にエンジニアとして紹介して彼は籍を置いているので
仕事上は前の会社の仲間と言ったところか。最も厳密に言うと一緒に働いたのは
引継ぎのみだったので1ヶ月程の事なのだが。

まぁでもこのように僕はたまに手伝いもあるので今回は二人で休日に現場直行であった。

まぁ仕事の内容自体は滞りもそれほど無く、その会社のマークアップ・エンジニアの方が
大変に興味深い上、講習会などでは知る人ぞ知る有名人なのだがそれは別の機会に。

車で移動した際、思うよりだいぶ早く現地に着いたのでまぁ取り敢えずコンビニでお茶でも
買い時間つぶしをしていた。そこで僕は自分にも過去に思い当たる節のある”悲哀”を
目撃する事になる。

日曜で客もまばらな昼のコンビニ、通常では社員やオーナー以外ではだいたい学生なんかが
小遣い稼ぎにバイトに精を出す時間である。社員の人なんかはいたとしても発注や予算の
整理なんかをバックヤードでしているかもしれない。

その日も二人ほどの大学生と思われる人がレジに居たり、品だしなんかをしていたり。
まぁコンビニでは良く見かける普通の風景だ。

そんないつもの風景に明らかな違和感を一つ、いやこれこそがコンビニでたまに見かける
悲哀なのかもしれない。

歳にして30代後半、髪は肩口までかかり、伸びきったようなパーマ、更にブリーチによる
痛みきった髪質。極み付けは年齢にはおおよそ似つかわしくない、いやむしろこのコンビニ
の日曜と言う余りにも日常的なスタイルには似つかわしくない白塗り気味の化粧に
スマートに描かれた眉のラインも鋭い『男』の店員である。

誤解無きように書いておくが、所謂”ニュー・ハーフ”では勿論無い。れっきとした男性である。
そう、恐らくはヴィジュアル系かそれに準ずる様な様式的なハード・ロック・バンドの方であろう。
その彼はコンビニの店員として店頭に立つときでも自分のスタイルを変えたくは無いのか、
店に与えられたユニフォーム以外は自分のスタイルを貫き通していると言ったところか。

僕は音楽を真剣に志していた若い頃でもヴィジュアル系とかではなかったし、化粧も
しているわけではなかったが、別に他人がどういうジャンルの方であったとしてもそれは
音楽における「完全なる選択の自由」であるからそれで良いし、そういうものだと
思っている。うっとりするほどのヴィジュアル系でもジャーマン・プログレのように徹頭徹尾
商業の世界からは距離を置いた、言わば「音楽界の現代芸術」的なノリでもそれは
各人の好むところにひたすら向かえば良いのだ。それが音楽と言うものである。

別にここでヴィジュアル系の事を批判するとかそういう話ではない。

話を戻すとその人は他の店員からも距離を置かれ、レジが混雑気味だと言うのに
レジの奥のおでんを無気力な様子でいじくっている。

僕はお手洗いを借りたかったので店員に尋ねようと思ったが、一人はレジで忙しそうだし、
一人は品だしで手一杯のようであるので僕は迷わずその化粧的な店員にトイレは何処か
と尋ねた。

化粧的な彼は幾分うっとりとした様子で無言でトイレの方向を指差し、僕に促した。。。

まぁこの時点で店員の態度としてもどうかとも思うが、問題はそんな事ではなくて、
何故トイレの使用を願うだけで僕より明らかに年上の人間がまともな応対が出来ないのか、
そして仕事、かつ明らかにサービス業で食品も取り扱う日常でノリの悪いおしろいなんかを
男性が塗りたくっていなければいけないのか、更には他の若いアルバイトの子が忙しくしている
にも関わらずぼーっと、いや耽美的に振舞ってなければいけないのか。

とても考えさせられると同時に、自分の5年ほど前の事をふと思い出した。

ここはライブハウスではなくてコンビニである。こういう「ハレトケ」の使い分けが出来ない、
いや、既にそんな分別も付かなくなって仕事仲間からも見放されている30代後半の
ミュージシャンと思われる人が、バンドマンなんかに対するイメージの悪化に一役買っているし、
結局中途半端な「晴」を知っているからこそ、その裏側にある「褻(ケ)」の中に自分を埋没
させることが出来なくなっているのだ。

そしてそんな悲哀は僕が5年前に音楽を志して日々コンビニでバイトをしていた日々を
安易に思い出させた。但し、僕はちゃんと仕事はしていたが。

「ハレトケ」云々以前にも音楽を生業にすると言うのは難しいことである。
定職に付いてしまえば自由な創作活動、つまり作曲とデモなどの録音時間を
作ることが難しくなるし、だからと言って成人になれば実家が裕福であるとか
都内に有るとかでなければ自らがある程度生活をしていかなければならないの
だから、バイトとは言ってもある程度働いておかなければ活動以前に生きていけない。

僕も26歳くらいまではバイト生活をしていた。コンビニで昼夜問わず働いていた。
しかしながらそんな苦しい生活にも嫌気が差したのと、すでに26歳と言えば
バイトでダラダラしているのには十分によい年齢に差し掛かっていたので
現実的な選択をして今に至るというわけだ。幸いにも僕にとって現在のような
職種も非常に興味を持てたし、色々と覚えることが苦だけでは無かったので
音楽の夢こそ潰えた部分も有るのかも知れないが、自分にとっては恵まれた
職業に就けたほうだと思ってはいる。

僕はこの日記で書いた化粧的な店員ほど長くアルバイト生活を続けたわけでは
無いが、その世界から一歩抜け出して第三者的に彼を見つめたときにようやっと
当時親族や親しい友人から心配され、きっと何処かで憐れまれていた”悲哀”を
冷静に見つめることができたような気がした。

音楽とは人生にとって罪作りなものであるような気がする今日この頃。

しかし、それを愛する世界に今でも僕だって何処かでは所属しているのだから
例え人生を狂わされたとしても生きていくのだろうし、人生とはそういうものなんだろう。

次回はその後行った風変わりな楽器屋について。
posted by cafebleu at 02:29| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月17日

ビートルズ楽器論007

”普通の楽器があんまり無いですね、サー・ポール・・・”

ポールを象徴する楽器はヘフナーがやはり一番で、その次にビートルズ中後期と
ウイングス時代にはリッケン4001。もうこの二つでも充分?なのだが、
そこにギターとして付け加えるならやはり前回紹介したエピフォン・カジノと
言う事になるだろうか。まぁカジノに関してはやはりジョンのイメージの
方が強いのが事実なので、ポールを象徴する物とは言えないのかも知れないけど、
レコーディングでも長きに渡り活躍しているのでカウントしても良いだろう。

大事な事を忘れていたが、ポールを象徴するもう一つの重要な楽器は
マーチンのD-28だろう。D-28とフィンガー・ピッキングが織り成す美しいサウンドと
メロディによりいくつものアコースティカルな名曲を生み出して来たのは周知の事実である。

と言う訳で、それ以外で利用されてきた楽器などをまとめて紹介しようかと思う。

〜Martin D-28〜

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入手当初はいつもの通り右利き用を張り替えて使っていたようだが
近年の映像を観るとちゃんと左用を使用している。


前述の通り、「ポールと言えば」楽器の重要なギターの一つである。
実際のところポールがレコーディングでD-28を使うのは『ホワイト・アルバム』からと
言われているし、入手したのもその辺りの時期なのだろうが、何せこのアルバムの
ポールが奏でたアコースティック系の楽曲は神がかっていると言ってよいほど
名曲揃いなのでそのイメージと相まってD-28とポールの相性は抜群な感じがする。
ポール・ファンなら誰しもD-28で「ブラック・バード」や「マザー・ネイチャーズ・サン」を
奏でてみたいものである。

この効果はやはり凄く、マーチンの所謂『Dシリーズ』にはD-28より上位の
D-41やD-45などが存在するにも関わらず、D-28の売れ行きは他のモデルに比べ
郡を抜いているそうである。マーチンを代表するもう一つのモデルがこれも
やはりクラプトン使用で有名になった「000-28」なので
ミュージシャンが使う影響とは本当に物凄いのだろうなぁと思う。

本当に良く鳴るギターで、その響きもフィンガリングなら繊細に、コードを弾けば
時にはそこそこ泥臭くも響く素晴しいアコースティック・ギターだが、詳しい事は
これを所有しているヲタレン・リーダーの方にヲタレン・ブログやSNSなどで
質問してもらえれば、いい加減な解答をしてくれると思う。


〜Epiphone Texan〜

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初期から中期までのポール使用のアコースティック・ギターはやはりお気に入りだったのか
エピフォン社からチョイス。ひょうたん型でキュートなルックスのテキサンだった。
『エド・サリバン・ショー』の「イエスタディ」演奏シーンが何よりも有名なところだろうか。
D-28を使うようになってからメイン使用という点では退いたようだが、その後も曲によっては
テキサンを使用することもあるようだ。近年ギブソンによって限定復刻され、本人にも
手渡された(また貰いものか・・)。しかしながら復刻テキサンの値段は物凄い金額だ。

最近では「ジェニー・レン」録音時に使用された。近年のポール使用テキサンには
羽のようなシールが貼ってあり、それを真似ているマニアなんかも見かける。

サウンド的にはサイドとバックがD-28のローズウッド(本人のはハカランダだろう)と異なり
マホガニーが使用されている。トップは勿論アコギなのでスプルースなのは共通だが。
アコギは木材だけでなく、中の作りも重要だが、マホガニーな分D-28よりトーンは甘い
かもしれない。但し当方は弾いた事が無いので何とも言えないし、D-28は魔法のかかった
ギターなので硬いとか甘いとか通り越して素晴しい音色がするのだ。


〜Fender Telecaster [Esquire]〜

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上が恐らく『サージェント』録音時の風景で1PUのエスクワイヤを使用している。
真ん中はソロ初期か。スコットランドの自宅での様子のようだ。
下は右利き用テレキャスターのカッタウェイで無い部分を無理やりぶった切っていびつな
カッタウェイにしてしまっている。。


ジョンのストラトなどと同じく、ステージではお目にかかれないのだが、ポールが比較的
愛用しているギターの一つに挙げれるのがテレキャスター(エスクワイヤ)だろう。
主導権を握った『サージェント〜』辺りからは今までに増して積極的にでしゃばり・・・もとい
ギターや鍵盤楽器を弾いているようで、「ゲッティング・ベター」におけるブライトな
音色のカッティングはエスクワイヤを利用していると言われている。

その後もエスクワイヤを改造したり、他にもレフト・ハンドのテレキャスターなどを入手して
時折レコーディングなどでは使用しているようである。因みに『エスクワイヤ』と言う名前は
現在だとフェンダーのバリュー・ライン(中国、韓国生産)のブランドとして機能しているが、
当時はテレキャスターのリアPUのみ付いていたバージョンを”エスクワイヤ”と言う
名前で販売していた。
(厳密には2PUのエスクワイヤも存在するようだが、詳しくはフェンダーのファンサイト等で)


〜Dan Armstrong AMPEG Crystal Guitar [LUCITE]〜

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ボディが透明アクリル樹脂と言う信じ難い材を使っているギター。
アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』の時に使用されたようだ。当時このギターが
ちょっとした流行で、キース・リチャーズなんかも使用している写真がある。
材も独特ならピックアップもカートリッジで簡単に交換できると言うのも個性的。
こういうの使ってるポールって、やっぱり普通のストラトとか使いたくない人
なんだろうなと僕は思ってしまうのである。この手のクリスタル・ギター、僕が
中学〜高校位までは国産ブランドなんかのヴィジュアル系向きなモデルとかで
見かけたのだけど、最近でも作っているメーカーってあるのだろうか?


〜Gibson Les Paul〜
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近年のライブではお馴染みのレス・ポールだが、実はとんでもなくレアなギターで、
59年モデルの左利き仕様である。59年モデルと言うだけでもヴィンテージ楽器としては
3ケタは間違いない逸品だが、更にレフト・ハンド・モデルとなると希少とかを通り越して、
まともに目にすることすら難しい。何でも59年モデルの左利きは現存で3本しか存在しない
と言う。そしてその中の一本をポールは所有していると言うことになる。通常これほどの
スーパー・ヴィンテージ・ギターになるとツアーには持ち出さないものだがポールは
普通に使っていたりする。。。カジノは持ち出さないのに。元々はチープ・トリックの
リック・ニールセンから譲り受けたと言うもの。右利きのリック・ニールセンが何故この
レフティーを所有していたのかはさっぱりわからないのだが、ビートルズ・チルドレンで
有名なリック・ニールセンはとにかく喜んでポールの自宅まで届けたらしい。だがその日は
ポールは不在でリンダが応対したそうだ。。。更にこのギターのお金を全額払っていない
とかでいよいよもってポールのシブチンっぷりが酷い事がこの事からも良くわかる。

確か90年のワールド・ツアーではこれの他にゴールド・トップのレス・ポールも使用
していたと思う。それはリンダからのプレゼントだったようだが最近は見かけない。

レス・ポール自体はツアーでは良く使われるものの、実際のレコーディングでは
やっぱりカジノがお気に入りのようで、パワフルなサウンドを奏でるレス・ポールは
ライブ用のアイテムなのかもしれない。

他にもウイングス初期には変わったホロウのベースとかも使っていたし、シングル
『オフ・ザ・グラウンド』のプロモで使われた変形のストラトもあったりするのだが、
何せキャリアが長いので全部追っているとブログが終わらなさそうなのでこの辺で。

他にも「こんなのが有名だよ〜」と言うのをご存知な方がいらっしゃれば情報を
コメントにで補足していただけれれば有難いです。


最近すっかり”日々のつぶて”でも無ければ様々なアーティストの
音楽紹介でも無く、”ビートル研究ブログ”になってきてしまった。。。
posted by cafebleu at 15:19| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ビートルズ楽器論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月15日

ビートルズ楽器論006

”ねぇねぇ君たち、ギブソンなんて名前だけ、これからはエピフォンだよ” by ポールタソ
(ジョンとジョージにカジノを薦めた際に言ったと言われている言葉を大げさに)

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順番で行くとヘフナーの次はリッケン4001の話だろうと言うところだが、
メインで弾いた楽器の話は長くなりがちなので今回はポールのチョイスしたギターなどに
ついても言及してみようかと。やはり今も活発にアルバム、ツアーと活動していて情報も
一番多い人なので全部を網羅する事はとても出来ない。
そこら辺は突っ込まないでいただいて。

ポールと言えばビートルズの中でも一番のでしゃばり・・・ではなくマルチ・プレイヤーなので
ギターやドラムなどの演奏もビートルズの音源の中には収められている。
特にマルチ・レコーディングが進んだ中期以降はポールのギター登場頻度は
自分の曲に限らず高く、ジョンやリード・ギタリストであるはずのジョージの曲までに
及んでいる。そういった意味ではポールにとってギターと言うのは決して軽んじる
楽器ではなく、そのチョイスにもポールらしさが滲んでいると言えるのではないだろうか?


〜Epiphone Casino〜

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ジョンの項でも紹介したカジノを最初に入手したのはポールであった。
彼のカジノは61年製で3人のカジノの中では一番古い。
やはり右用だったのだが、カジノもシンメトリーな形をしているので恐らくは
ナットを交換もしくはひっくり返して弦を張替え利用していた。
ピックガードが上になってしまい、ビグスビー・アームはまともに使えない
位置になるのだが、それがまた写真で見ると中々格好良い。
最もピックガードは後に外してしまうし、ビグスビーはブランコ・テイルと異なる
サウンドを欲していたか、入手時から付いていたと言うところだろう。

まぁヘッドなど仕様などに多少違いがあるのだがそれはここでは良いとして、
ポールにとってカジノとはとても大事なギターである。カジノと言えばジョンと
言うのは誰しも認めるところだが、ビートルズ時代に手にしてから今まで、
ポールはカジノをメイン・ギターの一つとして使い続けている。
そういう印象が余り無いのは、ビートルズ時代は基本的にはベーシストだったし、
ウイングスの頃もそれは同じ。ソロ以降積極的にライブでギターを弾くように
なるものの、ツアーではカジノではなくギブソンのレスポールを利用しているので
近年でもカジノが一番使われているというイメージが無い。

でも05年の『ケイオス・アンド・クリエイション〜』では使用楽器の細かい
クレジットが記載されているのだが、アルバムのほぼ全編において
ポールはカジノをメイン・ギターとして使用している。

ライブではその迫力に欠ける?サウンドのせいか、それともとても大事に
しているのか、ほとんどカジノが登場することは無いのだが、『ライブ8』で
U2と共演した時はカジノを手にしていたし、『ケイオス〜』のTVショウでも
カジノを用いていた。ポールは「ギターならカジノがベスト」と言うような
発言もしているのでやはり大事にしているのかも知れないが、
だとするとそれ以上に大事なはずのヘフナーは普通に使っているので
それが理由ではないのかも知れない。

とにかくポールはカジノがとても気に入ったようで、早速ビートルズの
レコーディングでも使い始め「涙の乗車券(チケット・トゥ・ライド)」や
「アナザー・ガール」でもその独特の音色を聴かせてくれる。特に後者の
ヘタウマでヘンテコなブルーズ解釈のアドリブ・プレイは後のポールにおける
ソロ活動でも散見される要素だったりするのでそういう意味では興味深い。

ポールは自分が使うだけでは満足せずに他の二人のギタリストにもカジノを
薦め、実際にジョンとジョージもカジノを入手する事となる。それにしても
余程気に入ったのだろう、「ギブソンなんて名前だけだよ、エピフォンはいいよ」
なんて言ったという噂もあるくらいだ(確証は全く無い)。

但し、エピフォンはその時点でギブソンの傘下だったし、親元のギブソンからは
全く同様のスペックを持ったES-330という機種も発売されていたと言うのは
前にも書いたとおりである。まぁそんな細かい事は後追いの人間が調べることで
ポールにとって、人がこぞって使ってないマイナー寄りのブランドでイカシたギターを
発見できた事が嬉しかったのだろう。

結局ジョンとジョージもカジノを使い始め、遂にはツアーにおいてもそれまでの
リッケンバッカー325やグレッチ・カントリー・ジェントルマンに替わってメインで
利用するギターになるのだ。ジョージはその後カジノは常時使うほどでは
無くなったようだが、ジョンは自らのトレード・マークになるほど愛用していたのは
ジョンの時に書いた通りである。

単にポールが薦めたからと言うだけでなく、何故ビートル達はこの場合によっては
扱いやすいとは言えないカジノを愛用したのだろうか?

ドイツの巡業時代、決して恵まれていない金銭と環境で手にしていたリッケンや
ヘフナーが自分たちの活躍によって”個性的で憧れ”の楽器へと変貌していた。
その事は彼らにとって(特にジョンやポールにとって)気分の悪い話では
無かっただろう。フェンダーやギブソンはプレイヤーにとって当たり前のファースト
チョイスになりつつあった。でも自分たちは”ビートルズ”だ、他の奴等と同じような
選択は安易にしないよ、と。

まぁここまで深く考えていたかは微妙であるし、ジョンはなんとなくカジノに色を
塗ったりはがしたりしている内に気に入ってしまい解散まで使い続けただけ
なのかもしれない。但し、当初から高価と言えなかったヘフナーのベースを
頑なに弾いていたポールにとって「楽器選択のオリジナリティー」は、
ビートルズの成功と共にどんどん膨らんで行ったのではないかと思う。

実はポールは64年にリッケンバッカーが直々にビートルズと面会してジョンなどに
新しい325をプレゼントした際、ポールには4001を渡そうとしていたのだ。しかし
貰い物楽器で済ます事の多い?ポールもこの時は4001の受取を拒否しているのだ。
結局翌年の渡米の際に再度手渡され、そこでポールは遂に4001を受け取るのだが、
こんなところにも「僕はメンバーで一番保守的」なんて言う発言をしているポールの
頑固さの一端が伺えたりする。しかし65年のポールはこれからのビートルズのサウンド
に変革が必要だというのを無意識か意識的に感じていたのかもしれない。
それはカジノを使い始めるジョンとて同じ事では無かったのではないか?

そんな中でのビートル的個性派チョイスの一つがエピフォン・カジノだったのでは
無いか?そんな風に僕は勝手に想像している。

結果的にカジノの硬質ながらも中域が太い音や、リッケン4001の持つ硬くて
パンチのある音質が中期以降のビートルズのサウンドにおいて大きな特徴の
一つになっていくのだ。それはビートルズが新しいロックの時代と対峙していく
象徴的な出来事だったのでは無いだろうか?

ポールは明らかにES-335だろうが、ジャズベースだろうが入手できる環境に
あった。でも意図的に真っ向からそれらを使おうとはしなかった、僕がそう思う理由
の一つがエピフォン・カジノなのである。


・・・カジノでも十分過ぎるほど長くなった。。。
posted by cafebleu at 02:18| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ビートルズ楽器論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月11日

ビートルズ楽器論005

”僕は楽器ローンを組みたくないのもあってヘフナーに落ち着いたんだ” by サー・ポールさん

・・・そして40年後、ヘフナーの限定モデルは50万円台の”ローン必須”ベースへ。

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ジョンの楽器を追うだけでも中々大変な作業で、結構力尽きた部分もあるのだけど、
自分はポールヲタなので、せめてポールまでは続けていこうかなと思い直して。

正直ジョージは中期までのグレッチ以降はES-345であるとかギブソンSGであるとか
レスポールであるとか、ストラトであるとか、やはりギタリストらしく定番なチョイスが
多くなるし、70年代以降はライブでの露出が極端に少なくなるのでメイン・ギターを
絞りづらい。91年の来日時はクラプトン・モデルとロイ・ブキャナンモデルのテレキャスター
を主に使っていたし、87年のプリンス・トラスト出演時はフェンダーの廉価ブランド”スクワイヤ”
ストラトを弾いていたりした。

それはともかくポールである。ポールと言えば何と言っても運命のいたずら?でベースを
主として弾くようになった事によってヘフナーの500/1、所謂”ヴァイオリン・ベース”を手にする
事になるのだから興味深い。最もスチュワート・サトクリフが在籍している頃からベースを
弾く事も有った様だし、自分のギターが壊れてしょうがないからヴォーカルだけとか、
ピアノを弾いたりとか、挙句はギターにピアノ線を張ってたとかまぁビートルズのハンブルグ
時代はこちらが思うような定型など存在しない、そんな”ハコバン”時代だったのだろうと思う。

写真などでは元々ジョンのものと思われるヘフナーのギターを逆さまにして無理やり
弾いていたりとか左利きならではの苦労もあったようだが、そもそも”渋チン”で有名?だった
ポールにとって、高級な楽器を買う必要性も当時は感じてなかったのではないかと思う。

ずいぶん後の話になるが、アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』のためにラゴスに向かった際、
その時はメイン・ベースにジャズ・ベースを利用しているのだが、どうやらラゴスのセッションでは
リッケンの4001は使用されていないようだ。それをある程度裏付けるものとして、
『バンド・オン・ザ・ラン』に挿入されているポートレイトを見ると、カジノやアンペグのクリスタル・ギター、
ジャズ・ベースに恐らくデニー・レインの物と思われるテレキャスターしか手にしていない。
噂では65年にリッケンバッカー社からプレゼントされた4001は彼にとってやはり宝物で、
更に自らの改造などによりオンリーワンな仕様になっていた4001を治安などに問題がある
ラゴスに最初から持ち込んでいなかったと言う話もある。
まぁそれらの話は後にするとして、先ずは”ベーシスト”ポール・マッカートニーの出発点の一つで
あるヘフナーのヴァイオリン・ベースから追っていこうと思う。


〜Hofner 500/1 '61[Cavern] '63[Beatle]〜

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この美しいシルエットのベースが60年代初頭に安価で売っていたことがどれだけ後に
ヘフナーという会社の歴史を変えてしまったかはある意味想像を絶するくらいだろう。

有名な話だが、ポールにとって当時憧れのベースはフェンダーのジャズ・ベースだった。
しかしながら、当時(ある意味では今でも)のフェンダーは高価な外来品で、しかも
アシンメトリー(左右非対称)なシルエットを持つジャズ・ベースは、普通に流通している
右用では使いづらかった。まぁ何よりもポールにとって、高価でローンを組まなければ
ならないベースは購入する対象では無かったのかもしれない。

と言う訳で、巡業先であったドイツでは簡単に手に入ったヘフナー社のベースを
購入する事になる。もうビートル伝説はいくらでも説があるので一々書いているが、
詳しい方に突っ込みを入れられる事もあるので記しておくと、諸説あると思うのだが、
ポールは楽器屋の店頭で飾られていたヘフナー500/1の小ぶりで美しい形と、
シンメトリーなシルエットが気に入ったようである。シンメトリーなシルエットと言うのは
左利きのポールにとってはとても大きな要素だろう。ギブソンのレスポールのような
シングル・カッタウェイのギターを逆さまに持つと、ハイフレットの部分がえぐれていない
ので、とても弾きづらいのである。後に愛用していた右用エスクワイヤはえぐれてない
部分を乱雑に削ってしまったりもしている所にポールの苦労(渋チン)が伺える。

とにかくそこで最初のヘフナーをポールは手に入れる。これが後に通称”キャバーン”
と呼ばれる61年製の500/1である。後の63年製とはいくつか仕様が異なるのだが、
一番の特徴として、ピックアップの間隔が63年製に比べて狭いと言うか、リア・ピック
に位置するピックアップが極端に前に配置されていて、リアと言うよりはセンターと
言った方が良いような配置なのである。後、大きなところとしてはボディのトップ材が
スプルースの単板であることだろう(63年製はラミネート・スプルース)。

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一代目(キャバーン)を手にするポール。メジャー・デビュー後にキャバーンを手にする姿は
思ったよりも残っていない。右が近年限定復刻された”キャバーン”仕様。定価約60万円也。
シリアル・ナンバー「1」はポールに贈呈された。


シンメトリーかつ安い事以外にポールがヘフナーを買うことになった決め手として
推測できるのが、これが意外にもジョンと類似点が多いのだが、先ずは軽量で
ある事、そしてショート・スケール採用により歌いながらある程度縦横無尽な
フィンガリングを可能にしている事ではないかと思う。特にヘフナーのスケールと
弦間の狭さは、ショート・スケールとかを通り越して凄まじいものがある。
最近リーダー所有のヘフナーをじっくり触っていたのだが、最初の感触としては
まるでギターのようである。敢えて言えば僕は利用した事が無いが、バリトン・ギター
とそう変わらないスケール感と弦間の狭さを感じずにはいられなかった。
そして異様に緩いテンション。これはもはや通常のベースとは一線を画すものである。

今書きながらベースのスケールについて調べてみたのだが、ベースのショート・スケール
は一般には762mmなのでヘフナーはほぼこの範疇(760mm)だ。
因みに自分が所有しているエピフォンのリヴォリ・ベースは仕様だとスケールが
30.5インチとあるので、これはセンチだと775mmになるのでほぼショートである。
実質のスケール差は1cmと少しである。であるにも関わらず、明らかにリヴォリより
ベースを弾いている気がしないのは、弦間の狭さによる所とテンションの無さが大きいと
思う。勿論ヘフナーもリヴォリもフル・スケール(865mm)のベースを弾いた後だと
随分運指が楽に感じられるというか、逆に手に余ってしまう印象を受ける。

ショート・スケールは運指などでは利点があるものの、欠点も抱えていて、例えばこれは
ヘフナーでなくても起こり得るのだが、低音域の太さに欠ける事が多いのと、高音域
(フレットの上方)に来るとピッチ(音程)がシャープ、もしくはフラットし易いのだ。
勿論ヘフナー500/1もそういった欠点を抱えていて、それはポールも自覚している。

ただ、ヴォーカルも取るポールが普通にフル・スケールのベースを最初から手にしていたら、
後にあれほど縦横無尽なフレーズを思いつけなかったかも知れない。それくらいヘフナーの
ショート・スケールは気軽にスケール間を移動しやすい要素を持っている。
俗に61年製の方は結構ネックが太いと言われているようだが、それにしたって昨今の
スーパーロング・スケール・ベースのように既に片手では握りきれないネックのベースだって
存在しているのだから、ヘフナーのスケールと弦間は一般的なベースのそれとは
一線を画すものだと個人的には思っている。

61年製のヘフナーは後にピックアップの装着部分が壊れてしまい、それは補強したり、
修理したりしつつ、更にボディをリフィニッシュしたりしながら63年まで使用していたが、
2代目の63年製モデルを手にした事により61年製ヘフナーは表舞台から退き、以後は
ライブでのサブ・ベースであったり、後に「レボリューション」のプロモや映画『レット・イット・ビー』
で目にする程度になる。

二代目である63年モデルこそ”ポールのヴァイオリン型ベース”という認識を世界に広めた
物であると言える。先にも書いたとおり、二代目ヘフナーはボディやネックの木材に一部
変更点はあるものの、基本的な構造は一代目と変わらない。但し視覚的に一番異なるのは
ピックアップの位置で、二代目ヘフナーではリア・ピックアップの位置がよりブリッジ側に寄っており
リア・ピックアップの役割が一代目よりも明確になっていると言えるかと思う。
このヘフナーこそが幾多のリペアを受けつつも今なおポールのメイン・ベースであり、
一時は休眠していたものの、89年の『フラワーズ・イン・ザ・ダート』で再び使用されて以降、
年々使用頻度が高くなり、近年作では完全にメイン・ベースに返り咲いている。

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65年位のポールと近年のライブでのポール。幾多のリペアを乗り越えて
同じものが使われている。ライブでもリイシューなどを使わない辺りが渋チン?の割には大らか。


近年ポール・マニアにはキャバーン・ベースの方が人気のようだが、個人的には
ピックアップ配置のバランスが視覚的に美しく、なおかつ僕が少年時代に興奮して
観ていた映像のポールは”ビートル・ベース”(二代目)をいつも抱えていたので
63年製の方が好みである。なおポールの手にした63年製は厳密には62年製と
仕様が混ざってるのであるが、その辺についてここでは言及しない。

ヘフナーは正しく歌って弾く人にとっては良い選択と言えるだろう。先述した通り、
ショート・スケールと言うのは勿論、ホロウ・ボディ構造によるベースとしては異例の
軽さを考えてもポールにとってへフナーは良きパートナーだったのだろう。
また、そのクラシカルで美しいシルエットは、スーツなどを衣装にすることがほとんど
だったビートルズのスタイルにもぴったりと当てはまった。そうも思えてくる。

ちょうどビートルズがスタジオ引篭りバンドになる時期にフル・スケールかつそれなりの
重量があるリッケンバッカー4001に主役の座を譲る事を考えてもヘフナーと言うのは
ビートルズが66年の夏まで絶え間なく行っていたツアーの事も踏まえた選択だったのだろう。
最も、70年代のウイングスのツアーではリッケンバッカー4001を使うことになるのだが、
それは”70年代”と言うヘビーな時代においてはある意味必然な選択でもあった。

もし、ポールがドイツでヘフナーではなくちゃんと?楽器ローンを組んでフェンダーの
ジャズ・ベース等を購入していたら、恐らくポールのベーシストとしての立ち位置も
ヘフナー社の存在も今とは大きく異なっていた事は想像に難くない。

少なくともヘフナーのベースは現在、高級ベースの一つなのは間違いないのだから。


続く
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2007年08月09日

ビートルズ楽器論004

前回までにジョンがビートルズ時代に利用したギターの中でも比較的有名な物を
取り上げて来たのだが、勿論”ビートルズのギタリスト”たるジョン・レノンが実際の所、
数本のギターだけで音楽生活を送っているわけも無く、他にも表面に出ていないような
ギターも有るだろうし、フェンダーYの様なバリトン・ギター(6弦ベース)はジョージと共用
だったので僕程度の知識ではどちらが所有者だったのかはわからない。
なので残りについてはまとめて簡単に紹介していく。


〜Framus 12-Strings Acoustic〜

johnframusmono[1].jpg

映画『ヘルプ!』中、「悲しみはぶっとばせ」の演奏シーンで使われたため、意外に
印象に残っている12弦ギター。どうやらアルバム『ヘルプ!』でも数曲の録音に利用
されたらしい。しかしながら余りにマニアック過ぎてこのフラマスの事は僕には良くわからない。
どうやらドイツのメーカーのようだ。


〜Vox Kensington〜

voxjohn01[1].jpgvoxken001[1].jpg

これはもう完全にビザール・ギターの粋に入るものだろう。
写真からするとプロモ「ハロー・グッドバイ」のオフショットのようだが
実際のプロモでは利用していない。英語のサイトを適当に探していたら、
「ジョージが”アイ・アム・ザ・ウォルラス”でこのギターを利用している」という
ような趣旨の文を見つけたが、全く確証の無い話である。
何だか雰囲気たっぷりのルックスではあるが、おおよそ使いやすいギターとは
考えがたい。

〜Gretsch Nashville〜

nashjohn[1].jpg

まぁビーヲタなら有名な話だが、「ペイパーバック・ライター」のセッションで
ジョンが珍しくグレッチのナッシュビルを利用したようである。
恐らくジョージがグレッチ好きだったのでジョージに薦められて購入したのかも
知れない。そして「ペイパーバック・ライター」がポールの曲だったので
ならグレッチのギターでもいっか。という事になったのかも知れない。
この頃はカジノも入手当初だっただろうから、ホロウボディでメインで使えそうな
ギターを模索していたと言えば一番理論的なのかも知れない。
写真のショットはとても格好良いし中々ナッシュビルも似合うジョンである。


〜Martin D-28(D-18説もあり)〜

d28indiajohn[1].jpg

上記でも既出の「ハロー・グッドバイ」PVにおいてジョンが使用していた。
どうやらインドで主に弾いていたのもD-28のようである。
D-18説もあるのだが、僕が見る限りではバインディングが白いので
D-28ではないかなと思う。『ホワイト・アルバム』でも利用されているらしい。
僕は最初「ハロー・グッドバイ」のプロモを
観た時に、ジョンはエレキ楽器をプロモ撮影なのに忘れてポールのD-28を
借りて弾いてる(ふりをしている)のではないかと思っていた。ポールは左利き
だがD-28は右利き用を弦張替えで利用していたのでプロモで観る分には
問題ないだろうから。あぁ、ポールの曲だといい加減だなぁと少年時代の
僕はジョンに対して勝手にそう思っていた。


〜Gibson Les Paul Junior改〜

johnlespaul[1].jpg

ジョンのソロ活動中に利用した楽器全てを追える程ジョンには詳しくないので
それには触れないが、やはり『ワン・トゥ・ワン』で利用したレス・ポール・ジュニア
には触れておいたほうがいいだろう。ボディ・カラーもさることながら、一番
特徴的なのがフロントに付けられた所謂”チャーリー・クリスチャン”モデルの
ピックアップと言う所だろうか。これの用途は定かではないが、リアは先述した
カジノでもお馴染みのP-90なのでジョンはこの中域の太いシングル・ピックアップ
がお気に入りだったのだろう。因みにこのギター、限定でギブソンより復刻されたが
値段が90万円台と言う、狂信的ファンさえ縮み上がらせる凄い値段帯で販売された。
その後、ネットでは60万円台で買えるというかなりアバウトな設定を聞くにつけ
ギブソンには辟易とさせられる。

それでは次回からはポール編・・・の予定。

でも楽器論長くなりすぎたのでこれで一休みかも。。
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