2007年06月22日

Vega Crystal

実はブログの装丁(Skin)を少し変えた。本当に微妙な変化だけど。

右カラムのプロフィールを追加したという意味じゃない。
これはナビゲーション・サイドバーのカスタマイズなので
慣れないxhtmlを見よう見まねで適当に。写真でかすぎなので止めるか。

スキンを変えたのだ。僕はブログをMovableTypeを利用して自宅で運営?
しているので、アメブロやFC2のようにボタン一つでスキンを変えることが出来ない。
もっとも最近のMovableTypeには『StyleCather』というプラグインが付いてるのだけど、
そこで拾えるスキンは初期設定だと酷いのしかないので使う気にもなれない。

MovableTypeデフォルトの装丁が酷い。と言うかデフォルトで使う事が前提では
無いのだろうと思う。つまり、スタイルシートなり、デザイン能力を最初から
身に着けてないとMovableTypeは使えないと言う事なんだろう。

Web2.0ツールとは言うものの敷居が高い。そんなんなら既存のブログを借りて
使ったほうが余程楽だし、便利なツールが一杯付いてるし、スキンも充実していて
色々使えるし、すぐに適用できる。

僕はデザインもスタイルシートも全く専門外だけど、システム屋でもあるので勉強を
兼ねて自鯖でMovableTypeを利用している。しかしデフォルトのスキンが酷くては
デザイン屋では無い自分としては非常に悩ましかったりする。
うちのバンドのコリンゴ☆ちゃんはプロのWEBデザイナーで以前は可愛い自分の
サイトも持っていた(現在は休止中)ので頼みたかったところ
なのだが、とにかく仕事が忙しい人なのでヲタレンのサイトですらまだ出来ていない。
なので、僕のを先にと言うわけにも行かない。

ヲタレンのサイトはデザインをコリンゴ☆ちゃんが、サイト用のサーバ構築をリーダーに
任せてあるので僕はウンチクでも書いていれば良いのだが、一人は仕事、一人は
試験勉強中なのですぐにとは行かないだろう。
既に"water-lane-west.co.uk"と言うドメインをリーダーが取得済みなので
その内にヲタレン・ブログも移行するのではないだろうか。

話を戻すと、サーバを構築し、ソース(MovableType)を導入しブログは無事
動いたけど、デザインが厄介だった。そこでMovableTypeのテンプレートなどを
作成しているサイトを探した。僕としてはこのブログはブログらしからぬ淡々とした
雰囲気にしたかったし、モノトーンが自分の文体にも合っているので、デザイナーズ
サイトなんかを中心にテンプレを配布しているサイトなどを探してみた。

そして『mt.VICUNA』というサイトを発見した。ここはMovableTypeをはじめ、
Nucleusのような他のブログソース、そして既存のレンタルできるブログFC2
なんかのテンプレートも配布している。

スキンの数などは決して多くないのだけど、サイトの通り、シンプルで美しい
デザインが気に入りここのスキンを利用させてもらっている。
デフォルトのxhtmlを使わずにオリジナルのxhtmlに置き換えてからスキンを適用
するので右カラムの項目の追加もxhtmlに不慣れな自分でも順を追えば
ちゃんとカスタマイズできる。カレンダーも動いてるし。

最初は『MoNo』というスキンを利用していたけど、少しだけ装飾が欲しくて
『Vega Crystal』と言うのに換えてみた。ちょっとOSXのAquaに近いのかな?
Strong(強調)タグがなぜか全て赤色になってしまうのだが・・・。
これを後で何とかするとして、取り敢えずは上手く行った様なので良かった。
次は全体的にダークな色あいにしてみようかな。

Web2.0とお題目のように世間では言われているけど、やっぱりそれを
個人単位で利用するにはまだまだ専門的な知識が必要だったりする訳で
中々難儀なものだ。
因みに"DoCoMo2.0"と言うのは間違いなくWeb2.0にかけた言葉で、
ドコモの携帯が別にWeb2.0ツールになったわけではない。少なくとも今のところ。
posted by cafebleu at 06:00| 東京 ☁ | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月20日

Oh Woman, Oh Why

”変態ポップ・メイカー、ポールを振り返る” 最終回の続き

「1アルバム1曲」

淡々と続きを書きます。

『タッグ・オブ・ウォー』・・・「サムバディ・フー・ケアズ」

「テイク・イット・アウェイ」とどちらにするか迷ったけどこちらで。
ポールのモダンなマイナー調の曲と言うのはウイングスの「ブルー・バード」
辺りから1アルバムに1曲は存在していたりするので、そんな中でも
ファン好みな「サムバディ・フー・ケアズ」は佳曲だなと。
曲調に反して実は相当不穏な歌詞だったりするのもポイント高い。
「マックスウェルズ〜」なんか猟奇的だし、そんな毒のあるポールも好き。

『パイプス・オブ・ピース』・・・「パイプス・オブ・ピース」

このアルバムは前作の続編的と言うか同時期にレコーディングされた
マテリアルが結構使われてるので確かに質感は似ている。
社会的な歌からスタートするのも共通点なら、スターとのデュエットも
入っているのも共通点。中々面白い曲が入っているのだけど、
やっぱりタイトル曲かな。パイプにかけるなんてケルト人らしい
平和への願いじゃないかと。歌いだしのメロディでとろけそう。

『プレス・トゥ・プレイ』・・・「オンリー・ラブ・リメインズ」

既に悪名高き80年代臭満点のアルバム。エリック・スチュワートも
素晴らしいソングライターなのに良いコラボレートにはならなかった。
って言われてるけど、音像はいかにもヒュー・パジャムのそれだけど、
実は楽曲は光るものが少なくない。
全部が良いとは言わないけど結構耳にする事がある。
「オンリー・ラブ・リメインズ」は80年代の「マイ・ラブ」だなと。
勿体ぶった展開だけどそれも悪くないし、ブリッジのメロディは気が利いてる。
ライブでピアノ弾きながら歌ってくれれば良いのに。

『フラワーズ・イン・ザ・ダート』・・・「ディストラクションズ」

佳曲、名曲揃いのアルバム。シングル「ディス・ワン」「マイ・ブレイブ・フェイス」
も優秀だし、「プット・イット・ゼア」はキュートで「モーター・オブ・ラブ」は重厚。
でもポールお得意のモダンな「ディストラクションズ」が一番ゾクっとする。
どんな時にポールが「蝶が頭の中を舞うように狂気」するのか?そんな
ミステリアスな詩作も含めてクールな曲。アコギの使い方が本当に上手い。

『オフ・ザ・グラウンド』・・・「ゴールデン・アース・ガール」

このアルバムは単純に曲の出来だけで言ったらこれが頭一つ抜けてる、
僕はそう思う。ジャケットの青と良く似合う曲。お得意のコードを使って
ポールならではのピアノ・バラードに。この時50歳を超えていたが
こんな瑞々しい歌を聴かせてくれるポールは本当に素晴らしい。
全くライブでもやった記憶が無いし、本人も忘れてそうなのが悲しい。
歌詞的には「マザー・ネイチャーズ・サン」の兄弟的なニュアンスも。

『フレイミング・パイ』・・・「ザ・ソング・ウィ・ワー・シンギング」

ビートルズの『アンソロジー』で大仕事を終えたポールは共同プロデューサー
だったジェフ・リンと気ままな感じでこのアルバムを製作。
どちらかと言うとジョージ人脈だったジェフ・リンとビートルズの作業を通じて
意気投合と言った所だろうか?それもそのはず、ジェフ・リンのELOは
ポールへの憧れの成れの果て。ポール・チルドレンで装飾過剰な
ジェフ・リンとの作業は宅録感溢れるさっぱりとした音作りへ。見事。
切ないほど美しいリンダへの「ビューティフル・ナイト」も良いけど、
久々にトラッド臭全開で来た一曲目「ソング・ウィ・ワー・シンギング」は
見事なオープニング。生々しいD-28のアルペジオから一気に開ける展開。
こういうのに僕はとても、とても弱い。ライブでやってもらえないだろうか?

『ドライビング・レイン』・・・「シーズ・ギヴィン・アップ・トーキング」

以前ブログで「マジック」の持つ深さには触れたので
(その時の日記)今回は上記の曲を。
当初このアルバムが嫌いを越して憤りを感じていたのであるが、音楽は
強烈な拒絶反応の後にじんわり来ると言うのもまた魔法だったりする。
XTCの『イングリッシュ・セトゥルメント』なんか最初は吐き気がして、
絶対XTCなんか聴かないと思っていたが今では尊敬している訳だし。
レディオヘッドがトラッドをヘヴィーに解釈したかのような曲。
歌いだしはトラッドだけど、重心の低いサウンドが途中からフィル・インして
オルタナ風味の現代的な音像になっていく。ヴォーカルが熱くならないのが
クールで格好良い。

『ケイオス・アンド・ザ・クリエイション〜』・・・「シーズ・ソー・ビューティフル」

このアルバムは悩ましい。「フォー・ノー・ワン」第二弾の「イングリッシュ・ティー」
とかポール流『スマイル』の「プロミス・トゥ・ユー・ガール」とかも大好きだけど、
敢えてボーナス・トラックだったこの曲を。曲もアレンジも完成度も高いのだけど
恐らくは余りに暗いのでアルバムから外されたのでは?と思う。今思えばいくら
でも深読みできる歌詞も意味深だし、所謂”ブライアン・ウイルソン”ビートで
内省的な側面に拍車をかけている。ご丁寧にウッドブロックにディレイがかかる
「キャロライン・ノー」サウンドまで登場。後半のインスト・パートは本当に美しい。
ボーナス(B面曲)でこのクオリティと言うのがこのアルバムの充実を物語る。

『メモリー・オールモスト・フル』・・・「フィート・イン・ザ・クラウズ」

新作は最初の3曲がとっつき易くて確かに素晴らしいのだけど、メドレー序盤の
この曲も素晴らしい。ポールらしいざっくりとしたEコードから歌がスタート。
最初は極力シンプルに、そして少しづつコーラスで肉付けされて行き、バンドが
入ってくる。まるでモノクロに少しづつ色づけしていくような、そして
エフェクトかかったコーラスではビーチ・ボーイズの『フレンズ』みたいに。
コードの数ではなくてアレンジの妙で魅せるポールの真骨頂。


アルバムにして20作で20曲。ざっと振り返ってもこれだけ素晴らしい曲を
ポールは残してくれてるし今でも充分元気で居てくれている。
これからも僕は彼の残してくれた素晴らしい音楽を愛していきたい。

最後にここで紹介した曲のプロモやYouTubeならではの投稿者による
秀逸な編集物を紹介して勝手なポール特集は一先ずお終い。

音楽ネタが続いたのでしばらくは日々と勉強に戻る予定。
まぁ僕のやってるバンドの色々も少しづつ。

「Only Love Remains」


「Pipes Of Peace」

ストレートに社会的なプロモ。まぁ理想主義みたいに展開するのに
最後は現実に引き戻されるバランスがポールらしいかな。
でもこういう変装物みるとエリック・アイドルみたいに見えるんだな。

「Distractions」

これは有名なプロモとでも言えば良いか。曲のイメージどおりのクールな
仕上がり。ウォルの5弦ベースを使用したLo-Bの太い音域の使い方なんて
格好良いの一言に尽きるんじゃないかな。
posted by cafebleu at 04:15| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Paul McCartney | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Footprints

”変態ポップ・メイカー、ポールを振り返る” 最終回

「1アルバム1曲」

ポールの新作発表、誕生日なんていう盛り上がりもあったので
独断と偏見でアルバム・レビューとか想いを書いてきたけど、
ポールの誕生日も終わったのでこれで一区切りという事で。
他にもお気に入りのアルバムや曲はいくらでもあるけどそれは
また別の機会にゆるりと書いていこうかなと。

最後は何のアルバムについて書こうか迷った。
近年作ではやっぱり『ケイオス〜』が一番好きだけど、それは
つい2年前にブログやらmixiやらで色々書いたし、それ以外も
『フレイミング・パイ』だって素敵だし。
もはやポールの最高傑作と言う事になっている『ラム』なんかも
取り上げて無いなぁとか。

と言う事で最後は「1アルバム1曲」コラムで締めてみようかなと。
ライブ盤は無しで、一応ファイヤーマンとかコラージュ、オーケストラ
みたいなのは含まず彼やウイングスのオリジナル・アルバムと言える物から。


『マッカートニー』・・・「ジャンク」

これはもう何というか何度も言ってるけど”ポールのトロ”でしょう。
『ホワイト・アルバム』からこの時期くらいまでのアコースティック曲は
ハズレ無しと言っても良いくらい。
美しいコード使い、マイナーから始まってメジャーで解決するタイミング。
優しいヴォーカル。そしてケルト感を伝えるワルツ。
理屈書いてるけど理屈じゃない、そんなポールのおいしい部分。
後に披露した『アンプラグド』での「シンガロング・ジャンク」も美しい。

『ラム』・・・「ハート・オブ・カントリー」

『ラム』は佳曲が多いので悩ましい。
でも「ハート・オブ・カントリー」も綺麗なのに変な曲。
カントリーを可愛く解釈ってのはポールもジョンも共通点なんだけど、
途中ではなぜかブルーズみたいになる。リード・フレーズと歌がシンクロ。
これってブルージー。でもやっぱり綺麗な曲。ポールにしか出来ない技。
『ジェームズ・ポール・マッカートニー』でこれとか「ミッシェル」とかを適当に
爪弾くシーンがあるけど、ああいうので何気なく弾いても美しいメロディ
だってわかるのがポールの歌の凄いところ。

『ワイルド・ライフ』・・・「サム・ピープル・ネバー・ノウ」

パッと聴くと地味な曲多いけど、中々スルメ的なアルバム。
リーダーに洗脳されて「トゥモロウ」にしようかと思ったけど、
長尺でだらしくなく、でも美しい「サム・ピープル・ネバー・ノウ」で。
アコギの素朴なイントロと裏からさりげなく入るベース。これで決まり。
ささやくようなヴォーカルも最高。徹頭徹尾アレンジはシンプルで
Aメロ-Bメロの繰り返しで6分超えるのだけど、ファンにはたまらない
一曲なんではないかなと思ってしまう。

『レッド・ローズ・スピードウェイ』・・・「リトル・ラム・ドラゴンフライ」

もう毎度大好きだと言ってるけど、このアルバムではこれが完成度で
抜けてる気がするので。僕が勝手に「ケルト組曲」と名づけてる。
もう、全てのパートが全部美しいのに次々展開しちゃう。凄い曲。
本人はまるでライブで披露しないけど、昔カバー・バンドのターコイズ
(現ファイヤーグロウズ)がポールのバースデー・イベントで披露してくれたのは
忘れられない思い出だったりする。ポール役の寄本さんに話しかけたら
「マニアは好きだよね〜」と言われたのも忘れられない(笑)。
寄本さんが本当の「マニア」である(笑)。

『バンド・オン・ザ・ラン』・・・「ミセス・ヴァンデビルド」

勿論「ブルー・バード」や「ノー・ワーズ」のような美しい曲もあるのだけど、
子供の頃この歌が大好きだった。こればっかりリピートしていたら父に
頭はたかれたのを思い出す(笑)。いい加減なアフリカ風味とか
「ホッヘホ」とか素敵じゃない。ジャズベースの
ぶっといベース・サウンドも最高。多分年末くらいのライブでカバーする。

『ヴィーナス・アンド・マース』・・・「コール・ミー・バック・アゲイン」

個人的には難しいアルバム・・・通してはほとんど耳にしなかったりするので。
いや、ある意味ウイングスの頂点的なアルバムなんだけど、これらの楽曲は
『オーバー・アメリカ』で聴いたほうが良い気がする。「ワインカラーの少女」は
アルバムではなんとも思わなかったけどライブでは素晴らしいポール流
”マイナー・ブルーズ”だし、「あの娘におせっかい」も完璧なヒット・チューン。
でもこのアルバムでは「ニューオリンズ」に赴いたことが話題になっていたのだから
そんな香りが少しだけする「コール・ミー・バック・アゲイン」を。粘っこいリズムと
ヴォーカル、ポールなりにR&Bへの敬意を示したようなソウルフルな曲。

『スピード・オブ・サウンド』・・・「ウォーム・アンド・ビューティフル」

「ポールの”うた”が少ないなぁ・・・」一聴してそう感じるアルバム。
ライブ用の企画盤と思えば良いのかも知れないが他の面子の歌は
僕には退屈だ。「ワイノ・ジュンコ」って日本語かと思ったとかそんな感想。。
このアルバムは「ウォーム・アンド・ビューティフル」でしょう。
勿論「幸せのノック」や「心のラブ・ソング」とかヒットチューンは完成度高いけど、
「ウォーム・アンド・ビューティフル」の甘ったるい胸キュン度は
素晴らしいと思う。これもリーダーに教えてもらったけど、ライナス・オブ・ハリウッド
がこの曲をビーチ・ボーイズ風アカペラでカバーしたのは凄かった。この曲なぜか
スタックリッジみたいなB級ポップ・バンドも思い出す。

『ロンドン・タウン』・・・「ロンドン・タウン」

この名盤では素直にタイトル曲を。エレピのイントロから
静かに立ち上がるオープニングってだけでも素敵だ。
Bメロの開けるような展開も何度聴いても惚れぼれする。
後半は少しドタバタするけどそれもまたポール。

『バック・トゥ・ジ・エッグ』・・・「ウインター・ローズ」

これも”トロ”ですかね。英語が一語一句わかるわけでは無いけど、
これを聴くと英国(スコットランド)冬の白い大地が自分の心の視界に
すっと拡がっていくような錯覚を覚える。かすれたヴォーカルも良い。
「ラブ・アウェイク」につながって行くのも完璧。

『マッカートニーU』・・・「ウォーター・フォールズ」

評価は高いだろうけど、これも個人的には難しい。これはさすがに
ただの”宅録テクノまがい”だろうって。でもそんな手作り感が
良いと言われればそうかも知れないとか・・・。
友人で『ウォータ・フォールズ』の12インチ・シングル持ってる奴が
昔いて、散々自慢されたので嫌になっただけかもしれない(笑)。
「ウォーター・フォールズ」は文句無しのアンビエント感溢れるバラード。
「白熊を追いかけないで」って言う事でプロモにも白熊登場。
このプロモが人気高いと思う。「カミング・アップ」の
”プラスティック・マックス”もイカしてます。


前半折り返したところで長くなったので続きは次回。
posted by cafebleu at 01:43| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Paul McCartney | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月18日

Here, There and Everywhere

「これからも素敵なポールで」

今日はポールの誕生日だったわけだけど、当方は急な用事が出来て
日帰りで長野を往復する強行軍だったのでせめて車の中でポールを
聴くくらいしか出来なかった。

本当は”18”に因んだコラムでも書こうかと思ったのだけどそれも間に合わず。

とにかくスタミナが切れたので今日はおめでとうだけ言いたかった。

昔乗っていたMINIが売った持ち主から返された。どうしても扱えないから
勿体無いのでとの事。全く乗っている様子も無く、しばらくの眠りに
ついていた旧いMINI。時間も無かったので切れているバッテリーだけ
載せ換えてエンジンをかけてみた。

何と一発起動。

元々壊れ易い壊れ易いと言われている旧MINIだが、僕のそれは
マメなオイル交換とグリス塗り(今の車では有り得ないラジコン的行為)
だけで元気に動いていてくれた。たまにオイルは漏れたけど。

KC240009[1].jpg

処遇をどうするかは今後の問題ではあるけど、
ポールやジョンが乗る姿に憧れて勢いで買ってしまったようなものだから
じっくり考えよう。

paulmini001[1].jpg

以上、おやすみなさい、ポール、おめでとうございます。
来日待ってますよ。
posted by cafebleu at 23:54| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Days | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月15日

Paul Is Live

”変態ポップ・メイカー、ポールを振り返る” その6

「ポールはライブの人」

ここまでアルバム単位で振り返ってきたのだけど、ここでは
ポールの主戦場とも言えるライブ活動について書いてみようかと。

ビートルズが64年から66年にかけて行った過密スケジュールによる
ライブ・ツアーによって、少なくともジョンとジョージにとってライブとは
トラウマになってしまったようだ。年3枚のアルバム作りのノルマとTV出演、
そしてそれに伴う全国行脚。今では良く語られているが、当時はスタジアム
向けのPAもまともでは無い時代な上、残っているライブの映像を観ても
ファンの絶叫だけがスタジアムを包み込んでいたりする。

今では先進的だったと言われているプロモ・ビデオの製作も発端は、
「ビデオを作れば世界で流れるからライブもTV出演もしなくて済む」
何て言う現実的な理由も作成された背景にはあったようだ。

映像版『アンソロジー』でもそこら辺の事は語られていて、ポールと同様に
比較的ソロでもライブを行っているリンゴですら当時の述懐では余り
良い思い出とまでは行かない様であった。

結局ビートルズとしてのライブ・ツアーは66年の8月30日、サンフランシスコの
キャンドルスティック・パークでの公演が最後のライブとなった。
これはファンにとっては有名な話だ。この公演だけの写真集が発売されていた
事を踏まえてもこの日がビートル達にもファンにとっても現在では一つの節目に
なっていると言えるのではないだろうか。

話が戻るが『アンソロジー』でリンゴとジョージが異口同音に言っているのが
「少なくともポールはライブも嫌じゃなかったし、続けたかったんじゃないかな」
と言っている事。そして続いてポールのコメントは、
「女の子が頭を振り乱してキャーキャー言ってるのは悪くなかったなぁ」

ポールはアイドルを謳歌していたようである。

ビートルズ自体がライブに消極的になっていくのは勿論上記の理由もあるし、
『リボルバー』辺りからは当時の鍵盤楽器や4人だけではその再現も難しく
なりつつあったと言うのも根底にはあるだろう。既に66年のツアーの段階で、
新作であった『リボルバー』から演奏された曲は一曲も無かった。
66年リリースの曲で演奏されたのは「ペイパーバック・ライター」1曲のみである。

その後『サージェント〜』をリリースし、ビートルズの「引き篭りバンド」具合は
ピークに達していくのでライブの終焉はある意味必然だったと言えるのかも
知れない。

ポールがビートルズ解散後もパーマネントなバンド結成に早くから拘っていた事、
それは何よりもライブ活動を定期的に出来る環境が欲しかったからと言う事だろう。
ジョンも名義上”プラスティック・オノ・バンド”という名称を使ったが、それは恒久的な
バンドではなくて、名前の通りプラスティックな物であった。

逆にウイングスはライブに始まり、(逮捕のせいではあるが)ライブで終わった
バンドである。ただし”パーマネント”なメンバー編成を得る事は、結局最後まで
出来なかったが。

考えても見ればそれは当たり前で、ポールが選ぶ人選は明らかに”格下”と言える
ような人選だった。70年代初頭、クラプトンとウインウッドのブラインド・フェイスや
マリオットとフランプトンのハンブル・パイ、名前の通りベック・ボガード・アンド・アピス
のような所謂”スーパー・グループ”と銘打たれた60年代には別個で活動していた
スターたちの集合離散が繰り返されていた。そんな一時的なセッション・グループの
ような寄り合いにしたくは無いというポールの気持ちもわからなくは無いが、タダでさえ
ビートルの中で一番エゴの強そうなポールが無名の若者たちを前にしたら
いくらウイングスと言う固有名詞を与えられたところで、それはポールの独壇場でしか
無かったと言えるだろう。また、変にメンバーもバンド名を貰えるものだから少しは
意見が言えるのではないだろうかとか考えてしまい、結果思う事は何でも出来ずに
脱退と言う事になるのだろう。誰だってライブや楽曲を残したくてバンドに加入して
いるのにいきなり「アフリカで次は録音するぞ〜」とか言われれば気が滅入る。

それはさておき、ポールは非常にライブの音源や映像が今でも豊富に残っている。
ビートルズ以降のライブ盤も、正規のリリースだけで『オーバー・アメリカ』
『トリッピング・ライブ』、『ポール・イズ・ライブ』、『バック・イン・ザ・ワールド』のような
ツアーの(ほぼ)収録盤もあるし、アンプラグドやオールディーズ中心のような企画物
もいくつか存在していたりする。勿論映像もそれは然りである。

初期ウイングスはビートルズの楽曲を取り上げないポリシーで動いていたので
レパートリーも少なく、バンドとしてもこれからの段階だったので、大学をゲリラ的
に回るツアーや欧州の近国程度までしか足を伸ばさなかった。
それでも『ワイルド・ライフ』や『レッド・ローズ〜』はライブを前提にしたような曲が
多く含まれているのでポールの中にツアーをやるというのは確固とした目標だった
のだろう。今ではボーナスなどでそれらの音源の一部を聴く事は出来るし、この
時期のブートなども結構存在していたりする。また、初期の面子は、ドラムを
除いて、無名では有るがパブロック界隈にいた所謂ケルト系の英国人が主体に
なっているので後のウイングスとは違う雰囲気があってそれはそれで興味深い。


「ザ・メス」 有名なTVショウ、『James Paul McCartney』の映像だろう。

ウイングスは中期になるといよいよワールド・ツアーを開始するので公式、
ブート共に映像、音源は豊富に残っていたりする。75〜6年の面子
(変な日本かぶれのドラマーだけすぐに交代しているが)はライブバンド
としては完成された面子なので”大陸的ロック”としてのウイングスはここで
完成している。僕はジョー・イングリッシュのやたらとライドを多用する上、
個性的な鳴らし方をするスタイルを「チンドン屋ドラム」と呼んでいる。
ポールの選ぶドラマーは個性的な人が多い。


「レッティング・ゴー」「ハイ・ハイ・ハイ」、75年のオーストラリア・ツアー。
日本で放送されたもののようで字幕付です。この年は来日許可が
降りずに来る事も出来なかったので代わりに放送されたのか?
「レッティング・ゴー」は明らかにスタジオ盤より優れている。そして
「ハイ・ハイ・ハイ」では字幕は付きません(笑)


75〜6年のメンバーを従えてウイングスは世界ツアーに挑むわけで、
その成果は『オーバー・アメリカ』として今や70年代ロックのライブ盤の
中でも好盤の一つに挙げられている訳だけど、そのバンドも程なく
2名が脱退。かくしてウイングスはまたもやリード・ギターとドラムの
面子が変わる。そして末期のウイングスはそれまでの横ノリ的な
グルーヴからニューウェイブ時代を反映した”縦ノリ”で英国的な
バンド・サウンドに変貌を遂げる事になる。この時期は後の逮捕劇も
あって英国でのツアーと年末に行われた『カンボジア救済難民コンサート』
程度の音源しか残っていないのだが、『カンボジア〜』がビッグイベントだった
事と、英国ツアーがちゃんと録音されていた事もあってか思ったよりも音、映像
共に出回っている。このツアー時の演奏、選曲もファンには人気が高い。


ビートルズ時代の人気曲「ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ 」。
当時のツアーのオープニング曲である。BBを手にしたポールがタイトで
引き締まったベース・サウンドを聴かせる。素晴らしいオープニングなのだが
ビートルズの曲をトップに選んでいる辺りからもウイングスへの迷いが
有るのかも知れない。この時期のツアーは他にも「エヴリー・ナイト」
「フール・オン・ザ・ヒル」「レット・イット・ビー」
「ホット・アズ・サン」「ワンダフル・クリスマス・タイム」等
非ウイングスからの選曲が目立つ。
また米シングル『カミング・アップ』のライブ版は
ソロ名義ではあるものの、79年ウイングスのグラスゴー公演のテイクである。
79年末の『カンボジア難民救済コンサート』より。


ウイングスの消滅以降、ポールの80年代は『ライブ・エイド』のようなイベント
以外では行われることは無かった。アルバムでも今までのような固定の面子
では無く、楽曲に応じたスタジオ・ミュージシャン等を用いるようになる。
なので80年代の純粋なツアー音源は存在しないのだが、いくつかのTV出演
などでライブ演奏は行っていたりする。


サックスとかコーラスなど入るものの、「オンリー・ラブ・リメインズ」の
ピアノによるほぼ独奏。TVショウだろう。
最初に映っていたのはジュールズ・ホランド?だとすると・・・。
ここではミドルのヴォーカルが中々味わい深い。
『プレス・トゥ・プレイ』で聴けるテイクでは
過剰な装飾の中で埋もれていたポールのヴォーカルの表情が
しっかりと聴き取れる。


90年代に入るとポールは俄然ライブ漬けの生活にシフトチェンジする。
先ずはアルバム『フラワーズ・イン・ザ・ダート』に伴うワールド・ツアー。
この時はようやく日本にも演奏する事が出来た。この時期からの
音源は時代が進化した事も含めて公式、非公式ともかなりの数に渡る
音源が存在する。公式映像でも『ゲット・バック』『ポール・イズ・ライブ』
など有名どころは存在するし、各種イベント・ライブ等でもポールの演奏、
ヴォーカルはそんなに苦労しなくとも目にする事は出来る。


97年に行われたチャリティー『Music for MONTSERRAT』における
”オール・スター”による「ゴールデン・スランバーズ〜ジ・エンド」のメドレー。
ドラムはフィル・コリンズだし、最後のギター・バトルはポール、クラプトン、
マーク・ノップラーという豪華さ。ベタなんだけど、結構背筋がゾクゾクする
スター集結版”アビー・ロード”メドレーである。


新作『メモリー・オールモスト・フル』におけるライブ映像も早速
目にする事が出来る。


新作収録曲の中でも如何にもライブ向きな「オンリー・ママ・ノウズ」。
65歳のポールは現在でも激しくシャウトしてみせる。素晴らしい。
『ジュールズ・ホランド・ショー』出演時のもののようだ。
posted by cafebleu at 10:26| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Paul McCartney | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする