2006年04月29日

Free Thinker

「ダウン・トゥ・アースとモダニズム」 by Mother Earth


マザー・アースと言えば90年代初頭のUKソウルの
「アシッド・ジャズ」ムーヴメントの中で出てきたバンドの代表格。
ジャミロクワイ、ヤング・ディサイプルズ、コーデュロイ、JTQなどと同列か。

最もこれらのブームは本国イギリスよりも「お洒落」な感じが
大好きな日本人に受け、盛り上がっていた。ただし、
ジャミロクワイを除く彼らは本国での評価が続かず、段々と
活動の場を追われる様になってしまった。

最初から良い意味で「ハイプ」っぽいコーデュロイなどは
それでも良かったのかも知れないが、ウェラーや
オーシャン・カラー・シーンと同様にアーシーな視点でモッズを見据えていた
マザー・アースまでセールスに苦しみ解散してしまったのは何だか残念だ。
彼らは実力派だと思っていたから。

初期はいかにもアシッド・ジャズなサウンドを聴かせていた彼らだが、
アルバムを追うごとにダウン・トゥ・アースなサウンドにシフトして行った。
それはウェラーの『ワイルド・ウッド』などの影響も有ったのかも知れないが、
そのサウンドは素晴らしく、後に同様のサウンドとスタイルで
成功するオーシャン・カラー・シーンの活動のヒントになったような気さえする。

中心人物のマッド・ディドンはギタリストとしても腕が高く、
ヴォーカルも非常にソウルフルで優れたミュージシャンだった。
強いて言えば破綻が無さすぎる嫌いがあるのだが。

アルバム『ユー・ハブ・ビーン・ウォッチング』はかなり
モッドな仕上がりの好作だ。実際にスモール・フェイセズの
「ワム・バム・サンキュー・マム」なんかもカバーしている。
(後にオーシャンもライブ・アルバムでカバー)



「フリー・シンカー」は横乗りのリズムが心地良い正に「アーシー」な歌。
70年代のストーンズの歌をトラフィックが演奏し、
フリー時代のポール・ロジャーズが歌ったような
「いいとこどり」な感覚がかなり素晴らしい。
UKのバンドは近年基本的な演奏力に乏しい人たちが多いので、
こういった演奏力は評価したい。

マザー・アース解散後、マッド・ディドンはソロ活動を地味に
続けながらポール・ウェラーのサポートやオアシス!の
サポートなどをこなしている。
本来はこんな所で燻っている才能では無いのだが
世間は中々世知辛い。
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2006年04月28日

ELT

「夏の余韻とウィルコの音像」 by Wilco


「ELT」と聞くと少し前なら女性がヴォーカルのアイドル・グループ、
エヴリー・リトル・シングの略名を皆思い浮かべるか。

少なくともそんな物がまだ流行る前だった僕は
このタイトルを見てむしろ「B.L.T」を思い出していた。
サンドイッチの事だ。ベーコン・レタス・トマト。
良くB.L.Tサンドと略されてメニューで見かける。

そんな事どうでもいいのだが、とにかく「エヴリー・リトル・シング」を
「ELT」とは随分なタイトルだなと当時は思った。



アルバム『サマーティース』自体がある意味で随分なものだった。
ウィルコといえば「オルタナ・カントリー」なんていうくくりで
紹介されていた。実際に当時のアルバムは”オルタナ”なんていう
無理やり同時代的な言葉を用いるよりは
「ネオ・カントリー・ロック」とでも言って良いようなサウンドを聞かせていた。

それが『サマーティース』では突然空間的な音像で、
彼ら流のソフトロックのようなサウンドを奏でていた。
それもとても涼しげに。

捉えどころの無いふんわりとしたサウンドとぼそぼそとした歌声。
サブカルに受けそうだ。

で、事実そうなった。
今でもウィルコのアルバムの中で評価が高いはずである。
僕もたまに耳にする。

「ELT」とってもポップなナンバーである。
地味な歌声のせいでキャッチーさが抑えられてるが
それが逆に良かったりもする。

最後に「エヴリー・リトル・シング」と言えば
ビートルズの曲名でもある・・・。
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2006年04月25日

Emily Chambers

「過ぎていく日々と変わらないもの」 by Ocean Colour Scene('99)


オーシャン・カラー・シーンがここまで登場してなかったので。

僕にとっては音楽の中身以上に大切なバンドかもしれない。
それは僕らの世代にとってのモダニストだったから。

60年代にはスモール・フェイセズがいたし、70年代ならジャムがいて、
80年代は引き続きウェラーがスタイル・カウンシルで
”ブレイン・ドレイン”な感覚を披露した。
80年代後半から90年代にかけて、70年代ソウルを再評価する
「アシッド・ジャズ」みたいなムーヴメントもあって、
そういう音楽性から初期のジャミロクワイやマザー・アース、コーデュロイ
辺りのかなりお洒落で鼻持ちならない雰囲気のモダニストも存在した。
僕は嫌いじゃないが。

90年代半ばになるとポール・ウェラーの復活やキンクス的な
「英国日常詩世界」を前面に出したブラーなんかの活躍で
モッズはもう一度表舞台に担ぎ出される。
そんな中でオーシャン・カラー・シーンは「スモール・フェイセズ」
のような出で立ちと「フリーやトラフィック」のようなサウンド・スタイルで
ある意味コテコテの「モダニスト」としてチャートを駆け上ることになる。
僕はそんな彼らに胸をときめかせた世代でもある。

80年代の商業的な音楽が蔓延した後、グランジが登場して
一気に音楽シーンは退廃的になっていった。それら全てが
嫌いなわけではないけど、「音楽はトキメキ」というのが大前提にある
自分にとって、耳にする音楽全てが精神論のような状態は
正直余り心地よい物ではなかった。
そんな時代に「音楽は音楽であれ」を求めたので
僕の好みは自然と古きよき時代に向かっていった。
こんな僕にとって「クールなスタイルと継承的な音楽」で
現れたオーシャンには自然と惚れこんでしまった。

「エミリー・チェインバーズ」はいつもの彼らのようなソリッドな
モッド・ロックではなく、エフェクトされたレトロな音色のピアノが
最後まで耳に残るドリーミーな歌。
かなり意味深い事をサイモンは歌っているが、
彼の歌詞はかなり詩的にフェイクされてるので
中々僕の英語力では全てを理解しきれないのだけど。
彼らの中では地味だろうが僕としては
1、2を争う好きな曲である。難しい音像のせいかライブでも
余り披露された記憶が無いのが残念だ。

名作と言って良いアルバム『ワン・フロム・ザ・モダン』に収録。
アルバムもタイトルも凄く素敵だと思う。



実質的なデビュー作と言ってよい2nd『モーズリー・ショールズ』で
「現代のモッズ」としてあれよあれよとUKのアリーナ・アクトに登りつめた
彼らは続く『マーチング・オールレディ』で遂にはチャートでもNo.1を
獲得する。本来キャッチーでも現時代的でも無い彼らが
ここまで成功するとは思わなかったが、それ以前はレコード契約すら
失いスティーヴ・クラドックが黙々とウェラーのサポートに徹する姿を
見ていたのでそれ自体はファンとしても嬉しいことだった。
そしてそんな成功を自信に、余裕を持って作り上げたのが
『ワン・フロム・ザ・モダン』という訳だ。
そんな自信はこのタイトルからも感じ取る事が出来るような気がする。
楽曲の充実度もアレンジの完成度も非常に高いアルバムだと思う。
これが彼らのピークと言っても良いだろう。

僕は彼らが理想のバンドだった。決して誰よりも優れている訳じゃないけど。
posted by cafebleu at 01:41| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Ocean Colour Scene | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月20日

Shipbuilding

「不安定な声の先にある悲しみと癒しの同居」


ロバート・ワイアットの音楽を聴いていると何とも不思議な感覚に陥る。
時に前衛的とも言えるほど不思議な音響を聴かせ、
そこにメロディも歌声も不安定な彼自身のヴォーカルが乗る。

聴いていてとても不安定な気持ちになりそうなのだが、
その一方で包まれるような感覚にも陥る。
癒されているような、不安定になるような、
何とも捉えどころのない音像と精神性を
ロバート・ワイアットの音楽から僕は感じ取る。

「シップビルディング」はポップ・ファンなら有名だろうが、
エルヴィス・コステロのペンによる至高のピアノ・バラード。
本人も演っているが、ワイアットのヴァージョンには及ばないと
自ら述べている。確かにワイアットのそれは元々気品の高い
このバラードに祈りにも似た精神性を与えているように思える。



ロバート・ワイアットは60年代、超絶な技術を持つドラマーであった。
しかし下半身不随になってしまい一旦は彼の音楽キャリアは
絶たれたかに思われた。それでありながら彼は楽曲を作ること、
そしてそれを自らが歌うことで第二のキャリアを築いた人である。
本当の悲しみを知る人間だからこそ伝えられる深遠な音楽世界が
彼の作品にはあるような気がする。
posted by cafebleu at 01:31| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Robert Wyatt | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月18日

The Nursery Walls

「あの夏と 広がる田園風景と」 by Lilac Time


このブログではここまで余り触れてないけど、
僕はスティーヴン・ダフィというシンガー・ソング・ライターの
大ファンである。
その熱はファンクラブに入るほどだったのだから尋常ではないのだ。

彼のソロ以上に私的なユニットだったライラック・タイムで聴ける、
「ネオアコ」と括るには余りに孤高で、非商業的で、
伝統的な英国フォーク・スタイルはある意味ニック・ドレイク直系の
「ケルティックなフォーク」スタイルとも言えたかも知れないし、
逆にソロやライラックの3rdアルバムで見せるコテコテの「箱庭ポップ」は
アンディ・パートリッジの遺産を地味なりに受け継ぐものだったのかも
知れない。そしてそのどちらもこよなく愛する僕としては
ダフィとは色々な意味で憧れの存在だった。

元々商業的に恵まれた人では無いので情報源はそう多くない人だが、
近年は更に活動の噂も少なくなり、本当に音楽とは何が基準なのか
色々考えさせられてしまう。

「ナーサリー・ウォールズ」はライラックの5枚目にあたるアルバム
『ルッキング・フォー・ア・デイ・イン・ザ・ナイト』収録の
緩やかで美しいワルツ。カントリーの要素をこんなに
「土臭さ」ではなく「草の薫り」に変えてしまうのは彼と
プリファブ・スプラウトのパディ・マクアルーンくらいなものだろう。

たまたまこれを長野の立科という田園風景が綺麗な場所で
車を運転しながら聴いた時、僕はこの曲の持つ美しさの
真意に気付いたような気がした。



少し話がそれるが、96〜7年に来日した時行かなかった
(行けなかったというのが正しいが)のを今でも悔やんでいる。
その時はポール・ウェラーのサポートでも知られる女性ベーシストの
ヨランダ・チャールズ、クールと言う言葉がぴったりハマるモダニスト、
ジョージー・フェイムの息子を引き連れて来日したのだ。
こんなレアな組み合わせを見損ねた事は今でも後悔しきりだ。

どうかこんな不出世のシンガー・ソング・ライターに
もう少し機会を音楽界は与えてくれないものだろうか?
posted by cafebleu at 01:13| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Duffy[Lilac Time] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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